幻 S.H(25歳)
ピエロ M.T(29歳)
学校 T.F(22歳)
幻
想い、想い、想い憧れてた鉄の扉が開いた
夢にまで見た鉄の扉が開いた
松の林を抜け、希望の積み木を積み上げる
あれから、四年の月日が流れた
積み上げるものは、もう何もない
はじめからないのだ
幻を見てきた
現実に戻る勇気はない
幻のままでいい
ピエロ
俺は、東京に出て来て、ピエロになった。いつの間にか、ピエロになった。毎日俺はピエロになる。着るものも、話し方も変わった。もちろん、考え方も変わった。昔のことは夢なのかも知れないそんな気がしてきた。電車に乗ると俺は、無口になる。何故だかわからない。愚かな人間が造った都市に、怒りを感じているのかも知れない。ピエロは、タバコを始めた。うまくないタバコを始めた。吸いたいから吸うのである。そんなものである。最近パラドックスを信じている。これで話は終わってしまう。こんなはずじゃなかった。俺は、ピエロになるため東京に出て来た訳じゃない。もうピエロはうんざりだ。俺は俺として生きることに決めた。そして次の日、俺はまたピエロになった。俺はまたピエロになった。俺はピエロになった。俺はピエロに・・・・ 俺はピエロが大好きだ!
学校
"Yes,I do"。それは泰造がまだ中学へ入学したばかりの時だった。幼い顔で丸坊主。1学年5クラスある、田舎の中学だった。全校生徒が50人の小学校から来たものだから、中学校は泰造にとって外国だった。そんな外国で変な日本語の授業があった。それが英語だった。
小学校の時は1学年1クラスしかないものだから 、○○学級と言うように先生の名字をクラスの名称にしていた。それで十分だった。中学校では○年○組と呼ばれるのに何か抵抗を感じた。昔日本人が初めて背広を着たような気持ちであろう。
初めての英語。もちろん田舎だったので塾など行かなかった。というよりも、塾などなかった。教科書の表紙に訳の分からない文字。未知との遭遇である。
"Yes,I do"。この3つの単語の中に今まで経験しなかった未知の世界があった。
「よっ」右手をちょこんと挙げ、無表情に子供っぽく挨拶を交わしていたのは、小学校の頃だった。泰造は、この仕草が結構気に入っていた。何の配慮もない子供の挨拶だが子供にとっては、味方だなという識別信号だったのである。朝家を出たときから識別信号は出される。近所のおばちゃんには「おはようございます」と言っておく。学校が近ずくにつれて識別信号が飛び交う。校門をくぐる。本部はもうすぐである。教室へ入ると最後の識別信号を出す。任務遂行完了。日直がロボット化したように朝の号令をかける。「おはようございます」まるで台本でも読んでいるかのようだ。
こんな田舎の小学校でも6年経てば中学校へ行くことになる。最初に覚えた英語が"Yes,I
do"。誇らしげに首を縦に振りどんな質問にも自信を持って答えていた。それからは何か質問されると「Yes,I
do」、否定は[No,I don't」。すべてこれで合っていると思っていた。
そんな泰造も大人になった。彼は毎日同じ電車に乗る。7時前には出社する。ピエロのような格好の残業を終えた女子社員の帰る姿を見ながらシャッターを開ける。そして彼は病んでいる企業に吸収されるように入っていった。お昼のチャイムが鳴り、まるで同じ時刻に同じ場所でキノコを食べて大きくなるスーパーマリオである。
気が付くと年をとっていた。会社を辞める時に思い出したのは、上司の激励や誉め言葉や叱咤ではなく虚栄感だった。