獣医師に憧れている若いあなたへ
「面接で『生体を用いる実習についてどう思うか?』と尋ねた時、『動物を犠牲にしたくない。』と言った受験
者は落とす。」
これはある獣医系大学の教官の言葉です。他の教官や大学は分かりませんが、動物を殺したくない人は獣医系
大学から門前払いを喰らう可能性もあるようです。それくらい、現在の状況では動物の犠牲は当たり前でなくて
ならないものと位置づけられています。
少なくとも日本の獣医系大学は「動物のお医者さん」を養成するところではありません。「人間のために動物
を利用するためのお医者さん」を生み出すところです。だから、多くの純粋な子供たちが最初に抱く「動物が好
きで、動物を助けたいから。」という希望は、日本の獣医系大学では叶えられません。今、獣医系大学の偏差値
は軒並み高くなり、医学部のそれを抜いてしまっているところもあります。しかし、「動物のお医者さん」に憧
れて必死で勉強し、そのような難関を突破して高い入学金と授業料を払っても、残念ながら動物を助ける人には
なれません。大学の実習だけの話でなく、獣医師免許を取得した後でも、獣医師は動物を殺す場面が多いからで
す。
動物が好きで殺せない人は今の日本では獣医にならない方がいいと思います(もちろん、理系の他学部でも動
物を用いた実習はありますが)。動物を人間のために利用するということを知った上で、覚悟した人、そういう
人でないと獣医になっても辛い思いをするだけです。結局のところ獣医だって動物を「飯の種」として利用する
職業でしかないのだから。いくら動物を助けたくても、動物はお金を払ってくれません。私たちも「ヒト」とい
う社会の中で飯を喰わせてもらってます。まだ十代の若い人にはピンと来ないかも知れません。でも、そういう
現実をきちんと前向きに話をしてくれる、そんな大人からいっぱい話を聞いて、自分が「なりたい人」になって
下さい。間違っても「動物のお医者さん」などという漫画やテレビを信じ込んだり、獣医系大学のかわいらしい
動物が載っているホームページの見た目に騙されないで下さい。
残念ながら、日本の獣医系大学では動物実験代替法について重視されていません。それならば、命を守ること
に興味がある人は医学部へ行った方がいいかも知れません。医学部へ行けば、臨床医として人を助けることもで
きるし、基礎研究分野で生体を利用しない医学の発展に貢献できるかも知れない。命を守ることに興味がある人
は生態学を学んだ方がいいかも知れません。大きな食物連鎖の中で人間が取るべき道を見出せるかも知れない。
それから、動物の苦痛を削減することに興味がある優秀な学生さんは、アメリカの獣医系大学へ行って実験動物
医学専門獣医師となり、医学などの発展のために使われざるを得ない実験動物の福祉について勉強した方がいい
かも知れない(日本では海外の獣医師免許は使えませんが)。日本の実験動物医学はまだ全くのマイナーな分野。
いつか日本でも主要分野になった時、技術を交換し合いましょう。
「動物のお医者さん」というイメージだけが一人歩きして、そのイメージだけで釣られて獣医を目指してくる
のが不憫です。動物の犠牲の削減は獣医師でない研究者−理学部、薬学部、医学部、化学、農学など獣医学出身
以外の人が大勢を占めます。European Centre for the Validation of Alternatie Methods (ECVAM)
というヨーロッパの代替法を評価する機関でも獣医師は一人しかいないそうです(もっとも日本には代替法を評
価する機関すらないのが実状ですが)。だから、「動物が好きだから」→「動物を助けたい」→「動物のお医者
さん」と結びつけてしまわず、もっと他方面へも目を向けて情報を収集して下さい。日本にも弱小マイナー学会
ですが、日本動物実験代替法学会というものがあります。そこに多くの優秀な若い人が集まり、実験動物の削減
について一緒に考えていけることを私は夢見ています。
地位が低いとはどういうことか?
私の父母は私に人間の医者になって欲しかったようです。私が獣医になる方向で進学を決意した時、両親は
「獣医は地位が低い。」と快く思いませんでした。若かった私は「地位が低い。」という言葉に反発しました。
「地位が低くても関係ない!やりがいのある仕事ならいいじゃないか。」と。
大人になり、獣医としてさまざまな現場を見た時に「地位が低い。」の本当の意味が分かってきました。そし
て地位を上げなくては自分の本当にやりたいことはできないと思いました。日本の獣医の地位を下げているのは
獣医自身です。「獣医の職域」に固執して、食品衛生行政分野では薬剤師とその領域を競争して取ることだけに
執着し、狂犬病予防員として下位の獣医師をあてがい、狂犬病予防接種で得られる利益に目を輝かせ、動物愛護
団体で働く他の獣医師を「自分の仕事を奪う者」として排除しようとし、狂犬病ワクチンに生理食塩水を混ぜて
打ち、抗生物質の投薬期間を誤魔化して廃用牛を肉用に出荷する…、社会的信頼を損なう行為を行う者が地位を
上げられるわけがありません。
どんな職種にもいろいろな人間がいます。私は悪い面ばかりを見過ぎたのでしょうか?しかし、良心的な若い
獣医が己の利益のことしか考えない同業者の中で堪え忍んでいる姿を見ると、それは獣医師が真の義を、年を経
るごとに忘れてしまい、本来自分たちが社会の中で果たすべき役割を忘れてしまっているからではないかと思い
ます。これからどうしても獣医になりたい人は、そういう世界に飛び込んでいくのだということも覚悟しておい
た方が良いだろうと思います。そして、自分の初心をいつまででも忘れないよう心掛けて下さい。そんな獣医師
が将来多くなってくれば、日本の獣医師の地位も上がるかも知れません。
結局、獣医学とはどういうものか?
動物が好きで獣医系大学に入った人が誰しも経験する悩みは尽きません。自分自身が属する「人間」という種
類の生き物が営む社会の中で獣医師という職業でもって生きていこうとした時に、「人間以外の生物」を助けた
いと思っても叶わない場面に数多く出くわすからです。「仕事」と「理想」の間に当然出てくる矛盾がようなも
のだと思います。獣医師というのは一つの職業ですから、その生活を支えてもらうために自分に支払いをしてく
れる誰かが存在してくれるわけですが、当然それは命を助けた動物自身ではなくその周囲の人間です。お金を払
うという行為はサービスや物など何かの対価となるわけですが、獣医師の場合、社会に出て初めてその対価の対
象が動物を助けること以外に多くあることを知ります。しかも、その多くは獣医師の場合動物を犠牲にして対価
を得る場合が多いのです。具体的には保健所の犬猫の引き取りもそうですし、畜産動物の診療もそうですし、屠
畜場の屠畜検査もそうですし、動物実験もそうです。獣医を目指している人たちにそのような情報がもっと早く
十分に伝わるといいのですが、獣医師自身が口を閉ざしているせいもあって世の中の多くの人は未だに「獣医師」
=「動物のお医者さん」というイメージを持っています。私は、獣医師に限ったことではないのですが、もっと
世の中にある職業がどんな仕事であるのかを分かってもらうような情報を伝えるべきだと思います。テレビで出
す映像は差し障りのない情報が選択され、「ショッキング」な情報は意図的に伏せられています。マス・メディ
アが公正公平だというのは大間違いです。そもそも民法にはスポンサーという大物が付いていてその利益を損な
うような情報は意図的に流しません。「獣医学というものは、動物のためではなく、人間のためである。」とい
うのが「大人」と呼ばれる人たちの見解です。それは仕事というものを考えた場合、最も基本的なことなのです
が、獣医師の場合、一番最初の思いが「動物のため」である人が多いため、「人のため」が基本である仕事をし
ていく中で、いきなりつまづき、或いは歪んだまま不正・不法行為などとんでもない方向へ向かったり、矛盾を
抱えたまま「こんなはずではなかった。」と己の人生を嘆く場合が多いように思われます。獣医師は「動物のお
医者さん」ではありません。「人間のための動物利用を目的とした人間のための学問」が獣医学です。