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レクチャー講演「英国演劇と国家」所感



レクチャー講演「英国演劇と国家」'03.8.3シアタートラム
 講師:ジョン・ピーター氏、聞き手:河合祥一郎先生による世田谷パブリックシアター主催のレクチャー講演。
 こういった催しを1000円払って聞きにくるような変わりもんは大学の講義のように後ろから座って行ったりはしない。堂々と正面から席が埋まって行く。おもしろい。
 ジョン・ピーター氏はとても綺麗なブリティッシュ・イングリッシュを話す。(当たり前だが)むしろ通訳が悪くて、「オマエはまず日本語を勉強しろ」とイライラさせられた。”ほめのかす”って何だよ。
 意外だったのは、英国演劇というのはかなり歴史あるもののように勝手に思っていたんだけど、その歴史のほとんどは王室に主導権を握られていて、自由に演目を決められるようになったのはここ30数年程度のことだということ。日本で新劇とかアングラとかが出て来たのと、そんなに変わらないんじゃないだろうか。(私は日本の演劇史すらよく知らないんですが、うろおぼえで)そのルーツのバックエンドに宗教が絡んでいたり、国家の権力者の庇護の下で隆盛していったり、英国演劇と日本演劇(この場合能とかの古典芸能)にはものすごく類似点が多い気がする。
 ただ、英国では国家の庇護があっても演劇は文学よりも低いものとして位置付けられていたらしい。古典芸能と一般文学なら日本は逆かな、とも思ったり。
ピーター氏の意見として、「スター性と芸術性は無関係だ」という言葉があって大いに賛同。キャーキャー言われている人が芸術的に優れているとは限らない。芸術的に優れた演技をする役者が全てスター性を持つとは限らない。後者は文学やアートでもそうか。
国は違えど、演劇に携わる者のスピリチュアルなもの(たぶん、実際に「作る」人たちだけがわかる感覚)は普遍なのだな。(通訳の女がこの「普遍性」が出てこなくてなぁ…)
 河合先生がレクチャーの後を受けて「英国では観客の側も知性・教養を持って演劇を鑑賞していてすばらしい」みたいなことをおっしゃったのだが、ピーター氏に言わせると、「ミュージカルとミステリー物は除く」のだそうな。そういうものを好んで観に来る人は「なぜハムレットを(いまさら)ナショナルシアターで上演するんだ(国のお金を使うんだ」と思う傾向があるらしい。まあ、言下にハムレットを見る人が教養があってミュージカル見る人に教養がないと言うのは乱暴だけど、そりゃ、英国人にもいろいろいますわね。
 質問コーナー、最初にブリティッシュカウンシルの方が質問するのは決まっていたようだ。二番目の女性はちゃんと聞いていたのだなあ、という素朴な聴衆としての質問を投げていた。三番目の学生さんと思われる女の子、萬斎さんの「ハムレット」にひっかけて質問したかったらしいが、自分の中でまとまらず、玉砕。河合先生の「質問の意図がよくわかりませんが」というパンチある一言に、東大助教授の裏の顔を見た(笑)。最後の質問は恐らく演劇関係者の男性だろう、ナショナルシアターの上演演目に国家がプレッシャーをかけるようなことはあるのか、という質問。これは「無い」というのが回答らしい。国家に関係があるからこそ、演劇はプレッシャーなど恐れずにメッセージ性のあるものを多くやるべきである、というのがピーター氏の意見らしい。ものすごくポジティブだ。そういう意味では、最近新国立劇場の演目が色々言われているが、それが前向きな変化を前提としている限り、受け入れて良いものだと言っていいのかもしれない。保守派は保守派で、昔ながらのものもやればよい。
 今回のレクチャーは、国の管理下で上演される演劇に関する話だったので、小劇場の話はほとんど無いに等しかった。ピーター氏のような方からすればそういったものは微々たるものなのかもしれない。ちょっとその点だけ残念に思いつつ、英国も日本も小劇場は発展途上なのだと思った。もっと芝居がポピュラーになるといいなぁ。



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