ボックスシートの風景

70年代、まだ長距離移動には4人掛けのボックスシートが当たり前だった頃、相席の人同士で“どちらまで”と尋ね合うのは結構日常的な光景だった。今であれば“俺の勝手だろ”となるが、その当時、そういった問いかけはそれなりに意味を持っていたのである。見ず知らずの4人が向かい合って一坪にも満たない空間を数時間から一夜共有するのであるから純粋な興味というよりは探りを入れつつ互いの警戒心を解く、という高度な心理テクニックというか旅の知恵であったはずだ。
自分もよく問いかけられたものの(要は相手が警戒していたということだろう)、こちらから問いかけたことは無い。さりげなく話しかけ手元の冷凍ミカンかセンベイの一枚でも出すにはやはりそれなりの年季が要るものだ。
かようにこの一言は“あなたはどこの駅で降りるか”を確認するにとどまらない奥深さがあった。今4人掛けボックスといえば「成田エクスプレス」だが、この列車で冒頭の問いを発する必要はさらさら無く、仮に訊いたとしても単に“あなたはどこの国に行くのか”という意味になってしまい、話が全くかみ合わなくなってしまう。
昨今“汽車の旅”は日常生活の一コマから“ノスタルジーの対象”になった。平成の世に入ってからは旧来の“汽車”が姿を消す一方で「北斗星」や「カシオペア」などという汽車そのものを目的とする旅が大衆に認知され、それらはある程度の人気が定着しているようにも見えるが、さりとてブレイクする気配もない。70年代的鉄道少年の感覚からすれば、今は時間的にも経済的にも“汽車”を指をくわえて見送らざるを得ないその足で羽田に急ぐ、という不条理がまだ心の中で決着が付いておらず複雑な心境だ。
江戸時代の食文化では寿司や蕎麦、天ぷらなどは主食足り得ず、いわゆるスナックの扱いだったようだが、この汽車と飛行機の関係も、現代におけるそれらと握り飯の関係に近いものを感じることがある。
旅や食い物の話となると、何か最近は“訳知りの大人”が静かなブームのようで、それを売り物にする雑誌が何種類も創刊され店頭に平積されている。表紙を見る限り内容的にはどれも似たり寄ったりで、温泉宿、食や酒に対するウンチクの伝授に始まり、行き着くところ“オジサンかくあるべし”的マニュアル本の様相を呈している。
常識的な社会生活を送っていれば自然と“常識的なオジサン”になるからいいじゃないか、という素朴な疑問はさておいて考えてみると、乱立するこれらの雑誌は、自分の時間を持てないまま社会的に先が見えてきた団塊世代やかつて「POPEYE」や「HOTDOG PRESS」のようなカタログ・マニュアル誌にハマった自分らポスト団塊をターゲットにしているようにも見えてくる。
と平静を装ってはみても、そんな雑誌がたまに「夫婦でゆったり夜汽車の旅」なんて特集を組んでいたりすると、つい手に取って見てしまう(もちろんキャッチコピーの前段はどうでも良く肝心なのは後段である)。21世紀に入り“汽車”が何らの実用性を喪失し、長距離の移動手段としては既に遺物扱いされる中、狙いはともかくわれわれ物好き以外から注目を集めることは結構なことだと思う。
ところが書店で斜め読みしただけでも、“ちょっと待てよ”である。一言で言うと“寝台車は果たして極楽か?”(我々サイドには極楽かもしれないけれど)という問いに行き着くからだ。
“走るホテル”と言われた時代もあったが、所詮鉄道だから揺れも衝撃も騒音もそれなりにあるわけで、それを解って乗るのとそうでないのとは印象がまるで違う。自分の回りは後者が殆どなので、こういう人たちはまずリピーターにならない。雑誌だって商売だから揺れるよ、うるさいよ、と書いたら身も蓋もないのは解るが、ほとんど“ホメ殺し”というか“贔屓の引き倒し”に近い記事が多い。それらを鵜呑みにして“揺れに身を任せて静かに眠りに落ちる”期待を胸に乗った人は、大抵は加えて相当のアルコールの酔いに身を任せないと発車時の衝撃で真夜中に目を覚ますハメになる。
結果“素人さん”からは揺れる、狭い、もう乗りたくない、という意見が大多数という悪循環にハマり、はたから見ても勿体ない。そういう“素人さん”たちもかつては上野駅や新宿駅で何時間も並んだ挙げ句ボックスシートに詰め込まれたり床に新聞紙敷いて寝たりしたのだろうけれど、我々の様に“その筋”の人達ではないので、そういうような事は懐かしい記憶として頭の片隅には残っていても体験として体が覚えているわけではない。
ボックスシートの夜明かしに比べればまだマシだ、という一部の利用者の諦めと事業者の惰性が微妙な共通認識の下でかろうじて寝台列車を動かしているように感じる。
ボックスシートの車両の減少に伴い、次第に旅といえばボックスシート、という刷り込みのない世代が台頭しつつあるが、我々くらいまでの年代は早くからボックスシートを通じ“社会”を体で学んだように思う。
ボックスシート(広義では公共交通機関)は物理的には狭いが、概念的には極めて広い社会空間だ。仲間数人で座れば和気あいあいだが、大抵のケースは初対面の四人によるゴルフや麻雀のようなもので、それなりの気配りとささやかでも主張がないと場の微妙なバランスが成り立たない。食事一つをとってもタイミングを計りつつ駅弁か、停車時間にホームのソバか、更に駅弁であればその選択が問われる。 良くも悪しくも昔で言う“隣近所”や“世間様”が凝縮された空間なのである。そのしがらみと肉体的苦痛を少しでも軽減するコストが寝台料金やグリーン料金で、そこには合理的なヒエラルキーが存在していた。
昨今の豪華列車もあくまでボックスシートの延長線上で捉えた方が良く、ここのところの認識を取り違えると先述のような悲劇のミスマッチを招く。寝台列車を理解し堪能するにはボックスシートでそれなりの修行を積まねばならない、と70年代をそこで過ごしたオジサンはここで言い切ってしまうのだが、70年代的ボックスシートの環境は既に姿を消している。
国鉄時代とは比較にならない持ち上げられ方をしている昨今の寝台列車だが、それは自分にとってみては“悪女の深情”のようなものなのかもしれない。