近鉄北勢線


 近い内に廃止の動きがあるらしいが、今日まで奇跡的に残っているナローゲージの現役路線。75年と77年の2度、尾小屋鉄道に行くときに寄り道した時の写真である。
 大垣夜行(当時は列車番号で呼んでいたと思う)を名古屋で降りて近鉄電車。標準軌の本線に目が慣れた頃に西桑名のナローゲージに出会うわけだが、そのギャップが印象的だった。


 生来のものか何をやるにも“ぶっつけ本番”が多い。本人は“臨機応変に結果をコントロールする”つもりなのだが、今風に言うと“戦略的思考に欠ける”のかもしれない。切羽詰まらないと腰を上げないし、写真を撮るにも下調べなんてあまりやらない。
 この時も例に漏れず気の向いた駅で降りて線路沿いの道を歩いていたらたまたま後ろから電車がやってきた、というパターン。頭の中は車両のことより“お昼はどこの駅で食べようか”ということの方が比重が高かった。
 写真撮影の機会もめっきり減った最近ではさすがにこんないい加減なスタイルは取らないが、そうしたらそうしたで今度は時間や構図に縛られ貯めずもがなのストレスを持ち帰る羽目に陥る。そういう写真は苦労話のネタにはなっても思い出話のそれにはなりにくかろう。
   
 北勢線の終点、阿下喜の近く。段ボール箱の底の方にあったサービスサイズのプリントからスキャンしたもの。自分の写真にしては珍しくきれいに写っているのだが、写真同様腕が悪く取り込みが上手くない。そろそろこの辺の技術も真剣に修得しないといけないようだ。
 このシーン、“模型のような”という表現をしてしまうが、もともとそういう表現は博物館のジオラマのような“未来志向のデフォルメ”的意味合いを持つというのが個人的見解である。積木の橋桁でプラレールを高架にして遊んだあの感覚、とでも言うような。
 “模型のような本物”の車両が続出する今は、“(かつての)本物のような模型”がもてはやされているように映る。その昔のロックシーンでは“レイドバック”というムーブメントがあったが、最近は鉄道の模型もそんな環境下にあるのかも知れない。

戻る   TOPページへ