京都
大阪のように独特の泥臭さがあるわけでもなく、神戸のように洒落た雰囲気が漂うわけでもない。かと言って奈良のように観光地という割り切りも感じられない。東京生まれの自分から見た京都のイメージは、最近までこんなものだった。京都を“街”として見るか“観光地”として見るかというスタンスにもよるところは大きいだろうが、この頃の自分のスタンスは“目的地もしくはその途上に興味を惹く乗り物があるか”というものだったから、京都は通過はしてもそこを目的地とすることはあまり無かった。
76年春、この時は北陸周遊券に山科経由の乗車券を買い足して梅小路蒸気機関車館に行ってみた。
![]() |
記録がないので今となっては何処かは判らない。梅小路に歩いて行く途中であることはネガの流れから見て確かである。今この場所がどういう町並みになっているか興味深いが、乗り物に興味の無い地元の人が見れば何の変哲もない二十数年前の京都の町並みでしかないだろう。 少し前の路面電車の写真を目にすると、電車そのものよりも傍らの車や店舗、商店の看板に否応なく時代の移ろいを感じてしまうというアンバランスなノスタルジーに暫し浸ってしまうことがある。昔からの仲間でもよく会う連中とほとんど会ってない奴とが一堂に会すると、年の取り方の違いに愕然とすることがあるが、それと通じるものがあるのかもしれない。 |
|
![]() |
東京に帰る日、急行〔銀河〕に乗るまでの時間潰しに訪れた鴨川沿いでの京阪電車。 寝台特急からの20系客車引退が本格化したこの頃、玉突きのように旧型客車の寝台車が20系に置換えられて行った時期で、当の〔銀河〕も置き換わったばかり。20系には乗ったことがなかったのでバイト代も入ったこの機会に、ということであったと思う。 20系〔銀河〕、14系座席車〔銀河51号〕共々幹線の横綱、東海道本線を走り通す豪華急行であり、周遊券に急行券等を買い足しても乗る価値があると当時は思っていて、事実よく利用した。 本題のこの写真、こういうアングルを狙っていたわけではなく、何かのついでに河原に降りたらあのTV付の電車がやってきた、という具合。どちらかと言えばスナップ写真の範疇だが、橋の上を歩く2人連れにある種70年代の風情とでもいったものが感じられ、何となく気に入っている。 |