九州の路面電車
ここ数年を除くと九州に行ったのは3回。列車に乗って知らない所へ行くのが楽しかったので、いわゆる“鉄道写真”という奴が残っていない代わりにホームでの列車とか駅前の路面電車の写真などが何枚かある。
当時、東京の都電はとうとう荒川線のみになってしまった。今でこそ脚光を浴び始めた路面電車だが、車両の古臭さと路上での肩身の狭さはこの頃全国共通だったような気がする。
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西鹿児島にて、1974年、確か桜島に行った帰り。この時は“湘南色の市電”という印象が残っている。乗ってみたかったが、この時の国鉄ダイヤがストで壊滅状態。志布志線の岩川まで帰るので時間を考え断念した。“また来た時に乗ろう”なんて軽く考えてたらそれから27年経ってしまった。 あまり関係ないが右の電車側面の広告の「さつま白波」、これだけで大抵の人が鹿児島の市電と認識するはずだから大したブランド力である。都電の脇に「電気ブラン」とやってもこうは行かないだろう。 |
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長崎にて、1975年。高校時代の修学旅行中のひとこま。長崎の何処だったか、移動中か自由行動中かは全く覚えていない。ただ右上の看板を見るとダイエーの当時のマークがあるので、見る人が見ればわかると思う。 この時の昼食が名物「皿うどん」。元々麺類は大好物なのだが、教えられるまで目の前の固焼きそばだか揚げソーメンみたいなものがそれだとは気付かなかった。食物に関しこれ以上のカルチャーショックはこの時以来経験していない。 この後何年もしてから酒の席で焼きうどんを食べたが、その時に“あの時漠然と想像していたのはこれかな”という気がした。今でも焼きうどんを見るとこの風景と共にショックを受けつつもとても旨かった「皿うどん」を思い出すのである。 |