国分寺


 東村山にいた頃、自分にとって国分寺というのは一大ターミナルだった。別に町が特別栄えているわけでも駅が立派なわけでもなかったが、西武の電車を待っている間に中央線ホームを通過して行く10両の特別快速、急行アルプス(当然サロ・サハシ組込)、特急あずさなどに自分の目は釘付けだった。またこれより以前は客車鈍行に暖房車なるものも繋がれていて、電気機関車の後ろで煙を吐いていたのも記憶に残っている。
 立川もよく利用したが、いつもバスを降りて南武線に乗るパターンだったので、中央線の華やかな印象が残っていない。都心へ出るにも西武新宿線より中央線廻りの方が心ときめくものがあった。


   国分寺駅の空がまだ高く、そして広かった時代の一枚。変われば変わるものである。
 左は下河原線のクモハ40で、これを撮影した一年後に武蔵野線が開通し過去帳に入ってしまうのだが、駅ビルが出来るまでの10数年間下河原線のホームと線路は残っていた。
 今でも西国分寺の手前までかろうじて線路が残っており、この当時を偲ぶことが出来る。
     
   国鉄通勤冷房車の先駆けとなった101系の試作冷房車。正面窓中央の“冷房車”のサインが誇らしげである。10両全部が冷房車だったかどうかは記憶にないが、当時は画期的な出来事で、同じ線路を走る115系が冷房化されたのはもっと後になってからである。
 この頃西武鉄道は国分寺で貨物の受け渡しがあり、線路の先に貨車が見える。子供の時分は小川にあるブリジストンの工場の貨車の入れ換えをよく見に行ったものだ。

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