新幹線
「東海道新幹線、0系の初期型、あの側面の窓が大きいやつ」という面倒な説明も、70年代半ばにおいては「新幹線」、この一言で済んだ。
個々に細かな違いはあったのだろうけど、当時は山手線といえば誰もが例外なくあのうぐいす色の電車を思い浮かべたように、新幹線といえばみんな冒頭のものを頭に浮かべたのである。それだけに趣味的には余り注目せず、もちろん写真を撮ることもしなかったが、何かのついでに撮ったものがほんの少し残っていた。
初めて新幹線に乗ったのは小学校低学年の時、こだま号で熱海まで。二回目は中学の修学旅行で京都までといった具合で、開業後10年の間に二回しか乗ってない。沿線に親戚縁者がいるわけでもなく、まだ自分にとっては特別な超特急だったのである。
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東京駅、まだ在来線のホームだった15番線から。フィルムを詰め替えた直後の最初のコマで、ダメもとの覚悟通り光が入ってしまっている。 新幹線に限らないが、この写真を見ていると鉄道車両というのは一段下がったこの角度から見るのがもっとも格好良く見えると思う。 前文にも記した通り修学旅行で新幹線を利用したわけだが、個人的には〔ひので〕号に乗りたかった。それら修学旅行用列車は時刻表にも載っており楽しみにしていたのだが、いつの間にかその任を新幹線に譲り東海道ローカル輸送に転じてしまった。 オイルショック、金大中拉致事件の頃で世評は“修学旅行もついに新幹線の時代...”というものだったが、今や飛行機で海外へ、の時代となってしまった。 |
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早川か根府川のあたりで、76年頃。(新幹線が)来るなら一枚くらい撮ってみてもいいか、と思っているうちに来たのでとりあえずシャッターを押した。ただそれだけの写真である。 時は流れて、昨年この0系車両が東海道新幹線から姿を消した。お決まりの大騒ぎを見ていていつも思うのは、“普通の物の普段通りの記録の大切さ”なのだが、その反面、別に趣味でやってることだから社会の規範の中でのお祭り騒ぎもいいではないか、という考えもある。 この辺の論点は両者の是非よりも融和あるべしと思うが、 その意味でこの先WWWというメディアは、体系的、断片的を問わず、今まで商業ベースから外れていた地道な記録を世に放ち我々に取捨選択を問うてくるのではなかろうか。 |