1972 東京駅
東京地下駅が完成し、総武線が入ってきた。お恥ずかしい話だが、新聞で見るまで工事をやっていることすら知らなかった。ホームは地下5階だとか日本一深い駅があるとかの話題も多く、新登場の183系特急車の物珍しさも手伝って、それでは見に行こう、となった。
長いエスカレーターや新造183系の美しさには感激したものの、車両のバラエティの乏しさに飽きてしまい地上ホームに上がって写真を取り始めた。今見返すとかなりの部分が新幹線ホームになっているが、当時の東京駅の広々とした風格が少しでも伝わればと思う。
世の中は田中内閣の誕生、連合赤軍事件と良くも悪しくも大物がマスコミを賑わしており、こっちの世界は鉄道100年でSLブームの真っ最中。東京駅のホームで写真を撮っている場合ではなかったのかもしれないが、当時はこれでそこそこ満足していた。ブルートレイン撮影にファンが集中するのはこの数年後である。
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この当時は東北、上信越方面の特急の何本かはまだ東京駅に発着していた。これは今の何番線になるのか、さっぱり思い出せないが、長距離列車のホームという雰囲気と風格は十分にあった。 今東京駅の中距離ホームは新幹線と通勤電車に挟まれて肩身が狭そうだ。 総武・横須賀線に続き東海道・東北高崎線も直通構想があるようだが、この優雅な佇まいが東京駅に戻ることはもうないのかもしれない。 やはり優等列車たるもの広いホームに泰然と停まっていて欲しい、というのは無い物ねだりか、はたまた時代遅れか。 |
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有楽町寄りには荷物用のホームがあった。別に珍しい存在ではなく、私鉄においても荷電は結構活躍していたが、案外地味な存在であった。 荷電の他にもEF58や旧型電機の牽く荷物列車というのが多数有って、時刻表にも載っていた。 ここには来なかったが、EF15が2軸貨車を何十両も牽いていたり、汐留の貨物ターミナルも築地への引き込み線も現役で、鉄道貨物輸送の最後の輝きの時代だったのかもしれない。 |
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「7」の番線表示に懐かしさを感じる。583系も全盛期で本来の用途をもってフル回転していた。 これで青森に行って、確か「ゆうづる」か何かで翌朝帰ってくる、という運用だったように記憶している。 特急ながらボックスシートとはいえ、隣の非冷房103系と比べればスピードも設備も桁違いで、まだ特急料金が説得力を持っていた時代である。 もっともこの頃足下何十メートルを走り出した183系あたりから説得力が乏しくなってきたのだが...。 |