旧型電機
物心ついた頃から見慣れた電気機関車群。空気のような存在で忘れた頃に走ってくるし、カメラを持ち始めても101系や801系にまず目が行っていたのであまり写真が残っていない。16歳位の頃で「西武電車も東急や京王並に垢抜けないかなあ」という思いが強く、E851を除いた当時の電気機関車達はどうしても地味に映ったものだ。
今振り返ってこそ気付くのであるが、この頃は“こういう故事来歴を持つ貴重な機関車が集まっている類い希な所”という事を理解するには若過ぎたのだろう。
いつの間にか昼間は見かけなくなり、終電間際の工事列車で何度か見掛けたのを最後に姿を消してしまった。
![]() |
75年の1月、至ってのどかな風景の入曽―新所沢間を走るE51型。数ある旧型機関車の中でも異彩を放っていたスイス製で、細面というか腰高の独特のスタイルは気品があった。と言ってもそれも引退後に改めて見て感じるわけであって、この当時はE851の方が数倍格好良いと思っていたのである。 このE51型、どちらかというと新宿線や国分寺線でのイメージの方が強く、所沢の2・3番線ホームを拡張するまであった中線で待機していた姿や小川での入れ換え風景などが印象深い。 今はやってないが、鉄道模型を親父に買って貰った時の最初の車両はカツミのED100という機関車だった。その頃「E851もED100みたいにしてボロ機関車の代わりにすればいいのに」なんて罰当たりなことを考えたこともあったが、E31という機関車が旧型を置き換えて出て来た時はさすがに思い出して苦笑させられた。 |
|
![]() |
武蔵野短絡線の工事が始まった所沢〜秋津間の本線を行くE71。この後ろにレールが沢山積み上げられてあった。この短絡線により国分寺や池袋の貨物連絡が無くなることになるのだが、当時はそんな深刻なこととは捉えずに「国鉄のEF65や66、旅客列車が所沢までこないかな。」なんて脳天気なことを考えていた。 秩父線開通以来の“新線”であり、また唯一の外部連絡線となったこの短絡線、貨物線としての役割はそう長くは続かなかった。武蔵野線は徐々に旅客線としての性格を強め、西武側も90年代半ばには貨物輸送を廃止してしまった。 今、赤錆にまみれたレールを見る度に先の脳天気な考えが郷愁と共に甦って来るのである。所沢の機関庫が跡形も無くなってしまった今、本線に貨物列車が走っていた名残は池袋や保谷、石神井公園などの側線にかすかに見出すことが出来るのみである。 |