小手指のこと(2)


 電車通学となると定期券を持つわけだが、自分にとっては撮影のための入場券でもあった。別にホームに入らずとも辺りを遮るものは何もなく、ただ漫然と駅の内外でシャッターを押していたように思う。
 電車の発着時以外は静かなものだったが、上空を低空で飛ぶ自衛隊機(今、航空公園に展示してあるC−なんとか?とかF−86かな)は際立ってうるさかった。
 腹の底から揺さぶられるような爆音は最近とんと聞かなくなり、飛行機も電車も静かになった。この爆音と釣掛サウンドが消えてからもう20年経つ。


   これは1972年、小手指の1番ホーム。351系はこの数年前に徹底的な特修を受け、この頃は結構いい状態だった。今で言えば、2000系初期車の特修のイメージである。
 これは2連だったか4連だったか記憶にないが、2連は朝の増結用によく使われており、小手指から所沢まで回送して、列車の合間で所沢の本線上で後続の8連を待ちかまえていた。
 秋津寄りのカーブ上で停まっている姿は、模型のようでのんびりしたものだった。
     
   これは親父と外出した際に1枚拝借したもの。この当時我が家ではそういう機会を機敏にとらえないとカラー写真はなかなか撮れなかった。
 今見返すと、これはこれでいい色である。もともとこの塗装を前提にデザインされたのだろうし、自分としては黄色一色には最後まで馴染めなかった。101系が窓廻りをベージュに塗ったのも解るような気がする。
 701は平均すれば黄色時代の方が長かったように思うが、自分の原体験はこの色である。
     
   朝のラッシュが一段落する頃、増結要員が戻って来る。“一仕事終えたベテラン職人達”という表現がぴったりだが、これに比べると今この位置にたむろしている101や2000の2連は“力を持て余すフリーター”とでもいった感じである。

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