旧塗装の頃
高校生の頃だったが、帰りの電車の中で小学生くらいの子供の“赤電”という言葉を初めて耳にした。対向列車が赤白塗装の在来車だったので、“ああ、この電車のことか”と思うと同時に強烈な違和感を感じたことをはっきり覚えている。
自分にとっての話だが、西武電車はあくまで赤と白の塗り分けが基本であって、黄色は新性能車の象徴だという意識がある。
良し悪しとは別の意味で“黄色い電車が増えてくる”という捉え方と“赤と白の電車が減って行く”というそれにおいては結果において同じでも原体験の在処に決定的なギャップがあるように思う。
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久米川にて、801系。この頃通学時に所沢で801系に飛び乗った時、ドアが当時の101系と同じステンレス製になっている事に驚き、降りてから閉まったドアを見て外側も無塗装なので2度びっくりしたことがある。 701系以降のアルミハニカムのドアは造りも動作も上品で好きだったのだが、意外と短命だった。 ドア交換、冷房改造前のこのオリジナル801は旧塗装最後の新製車であり、雨樋の塗り分けラインの美しさは今見ても際立った輝きを放っている。旧塗装を締めくくるという意味では、全体的デザインとしての完成度は極めて高いと思う。 30年程の車齢における最初の僅か5年程の姿だが、自分にとってはこのオリジナルの姿に特別の思い入れがあり、“佳人薄命”という言葉がふと頭をかすめてしまう。 |
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小手指の車両基地にて、72年。101が少しづつ増えてきて、その分右奥の留置線に17m車の廃車が溜まりだした頃。 カメラの練習も兼ねて何度か見学で入れて貰ったことがある。 今に比べて格段に車両の数も出入りも少なく、事務所で簡単な注意事項を受け腕章を付けて監視役の職員の人について色々教えて貰う事が出来た。ある時は(もう時効だろうが)新製間もない5000系の運転席に座らせて貰ったこともあった。 後年に地方私鉄へ譲渡された551系の表情にはある種好々爺然とした雰囲気すら漂うが、両側に701系を従えて、増備されつつあった101系に向き合うこの時の写真のクモハ551の面構えには、まだまだ主役としての迫力と凄みを感じてしまうのである。 |