はなし好きのひとは、いつもまわりを楽しくし、明るく照らしているように見えます。しかし、ひとが本当にひかれるのは、そのひとの言うことに心から耳を傾けてくれる相手であることに、私たちは時として気づくことがあります。それは、どうしてなのでしょうか。人間関係のなかで、「聞く」という行為のもつ意味について改めて考えてみることにしましょう。
既に死を察知した主人公が、その病床を訪れる友から「君のことだ。すぐによくなるよ。」、「病は気からというじゃないか。もっと元気を出さなくっちゃ。」と励まされるたびにおちこんでいった。こんな話が文豪、菊池寛の短編にあります。1995年1月17日の未明、神戸、淡路を中心とした阪神地区をマグニチュ−ド7の烈震が走り抜けました。そうです、阪神大震災とそれにつづく月日のはじまりでした。一瞬にして最愛の肉親を失ったひとびと、営々と築いてきた事業の基盤を灰燼に帰してしまった多くのひと。住家をなくした無数の市民。その大半が体育館などの学校施設を仮の住まいとして過ごすことになりました。当時全国からかけつけたボランティアの献身的な支援活動は、いまなお耳目にのこるところです。もちろんと言いますか、収容施設となった学校の教職員も、その先頭にたちました。支援物資の分別整理、給食から被災民の各地との連絡まで、先頭にたっての活動は寝食も忘れるほどだったといいます。「頑張ってください。」、「気をおとしたらいけませんよ。」、「元気を出してください。」、「こんな日ばかりじゃありませんよ。」、「いいこともきっとありますよ。」 等々。からだを酷使しながら励ましの言葉をかけつづけました。被災者は、不自由な毎日に神経をいら立たせながらも、その言葉に黙ってうなずいていたということです。ところが何日かするうち、被災者の表情に変化が現れてきました。激励の言葉をかけられても、彼らのうつろな表情にはなんの兆(しるし)も見られなくなりました。そして、やがて反感の表情さえ浮かべ、反発の態度さえ見せるようになったということです。これは、いったいどういうことだったのでしょう。教職員の方がたは大いに戸惑ったとということです。これは当時マスコミでひろく報じられたことですから、ご存じの方も多いことでしょう。先生方は察するところがあって地元の大学の心理学教室に出向きました。そして、彼らは気づいたのです。
ひとは。自分とはかけ離れた世界からくる声に対して容易には耳を傾けることは出来ないのです。受け入れることはむつかしいのです。烈震の衝撃からまだ抜けることが出来ない恐怖。肉親が火にまかれるのを目のあたりにしながら、手のだしようがなかった悪夢。生活の基盤を一瞬にしてなくした絶望。こうした被災者の心には、すべての励ましの言葉は耳をうつろにかすめていくしかなかったのです。そして、少しばかり冷静さを取り戻して現実を直視できるようになったとき、さまざまな激励の言葉は、それが善意の気持ちからとわかっていても、反発を誘うものにしかならなかったのです。いや、むしろ善意であればあるほど反発を誘ったのかもしれません。なぜなら、被災者からすれば異次元の遠い世界からくる声、被災者の心が住む世界とは無縁の世界からくる声ということが、いっそうはっきりとしてくるからです。
冒頭の菊池寛の短編、死の病床にあるひとの心象は、まさにここにあったのでしょう。若くしてひとりこの世を去っていかねばならない無念。言い知れぬ寂寥の想い。これをわかってくれる人ひとりとてなく、この世を旅立つ暗黒の深淵。神戸の被災者の反発も実はここにあつたのです。自分をわかってくれるひとはひとりもいない、そして、ますます落ち込んでいったのです。
では、ボランティアの先頭にたった教職員の方々にとってはどうだったのでしょう。被災者の心を想い、こころを気づかつて励ませば励ますほど、彼らの気持ちが離れていく。この戸惑いといら立ち。被災者の声を聞いていなかったのです。聞こうとはしなかったのです。と言えば、あまりにも冷たい言い方でしょうか。被災者の気持ちは痛いほどわかる、言葉で聞かなくてもというのが普通のことでしょう。しかし、そのひとの気持ちの本当のところは、その人にしかわからないということも事実です。その心の底の声を聞こうとしなかったのです。聞こうとしても容易には口を開こうとしなかったのかも知れません。。では、言い換えましょう。被災者の心の奥底にあるものを汲み取ろうとはせず、被災者の気持ちはおしなべてこんなものだと決めつけて激励の決まり文句を言い立てたのです。読者のみなさんは、そんなむつかしいことを…………ときっとお思いでしょう。そっと手を差しのべるだけでいいのです。手を握って慰めの言葉を。励ましの言葉ではなく。そのとき、被災者ははじめて己の心の淵に折り重なっている想いを汲み取ってくれるひとがいる、そんな気持ちに浸れるのです。そして、重 い口が開くのです。そこで始めてこころが通うのです。一緒になって嘆いてくれるひとがいる、手を取って共に泣いてくれるひとがいる。それが立ち直るきっかけになったと、後に多くの被災者が言っておりました。激励の言葉は、あとのあとのことです。被災者が現実を現実のものとして受け止めることが出来るようになってからのことです。聞くということ、心の声なき声を聴きとることの意味をあらためてかみしめた神戸の震災でした。
「聞 く」という行為にもいろいろな聞き方があります。
他者(ひと)への話しかけは、「同質の原理」によるときに最も相手に受け入れられやすくなります。
「同質の原理」:話しかける相手の、その時の心の波長にあわす。
相手の気持ち、感情が「喜」の状態のとき ともに喜ぶ → (戒める)
〃 「怒」 〃 ともに怒る → しずめる
〃 「嘆」 〃 ともに嘆く
→ 励ます
〃 「楽」 〃 ともに楽しむ → 励ます
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