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劇団110SHOWインターネット公演

ONE DAY

〜市川房子の場合〜


劇団110SHOW

登場人物
市川 房子 山地医院の看護婦
山地 幹久 山地医院の院長
春日 空 (ソラ)
笠木 和輝 (カンフ)
木村 哲也 (キテレツ)

校舎裏

 房子
うららかな春の午後。

絶好のドライブ日和で千里浜海岸がごった返している頃、彼女〜市川房子〜は羽咋の町
中で迷える子羊となっていた。

「おっかしいなー。この辺のハズなんだけど…。」

この春めでたく看護学校を卒業した彼女は、4月からこの町の山地医院に勤務すること
になった。つまり今日からこの町の住人となる訳だが…。

「さい先悪いなぁ。もっとわかりやすい地図にしてくれればいいのに…。」
ぶつくさ言いながら地図を確認し、周囲を見渡す。

「だめだ。全然わかんない。」
あきらめて人を捜す。丁度向こうの方から小学生位の男の子が三人歩いてくるのが見える。

「ねぇねぇ、君たち。ちょっと場所を聞きたいんだけど…。」
小走りに近づく。

「お姉さん。道に迷ったんですか?」サンバイザーを被った男の子が市川を見上げる。

「うん。山地医院っていうんだけど…。わかる?。」

「山地医院?それなら…ここをまっすぐ行くと立志小学校ってとこがあるから、そこま
で行けばわかると思うよ。なぁ。」足に包帯を巻いている男の子が答える。

「あれ?僕、足どうしたの?」
看護婦の性分か、つい怪我をしている人を見ると話しかけてしまう。

「あ、これは…。」

「スキー遠足ん時、転んで骨折してん。な、ソラ」三人の中で一番背の高い男の子が答える。

「カンフ!あれは転んでじゃねえげんて!前すべっとる人避けようと思ってんて。」ソ
ラと呼ばれた男の子が喰らいつく。その間を押さえるかの様に

「あ、山地医院でしたよね。」サンバイザーの子が道案内し始める。

「それならこの道をまっすぐ行くと…まず、立志小学校に着きます。」その子が指さす
方向に目をやる。

「キテレツ。今何時だ?」カンフと呼ばれた男の子がサンバイザーの子に向かって聞く。

「2時すぎ…あっ、そうか!」

「どうしたの?急に。」

「小学校までたどり着ければ、もう大丈夫ですよ。後はすぐにわかります。」キテレツ
と呼ばれている男の子が答える。

「そう?じゃあ、まっすぐ行けばとにかくわかるのね。」

「はい。」少年らしい笑顔についつられて笑顔になる。

「ありがとう。じゃあね。」手を振り歩き出す。


数分後。やっと立志小学校の前にたどり着いたが、肝心の山地医院が見あたらない。

「あやつらー。嘘んこ教えたなー。」

悔やんでも時すでに遅し。ここが何処なのかもわからない。折角もらった地図も役に立
たない場所に来ていた。

「何か目印ー、目印は…と。」

とりあえず周囲を見渡す。校舎へと続く並木道に人影が見えた。
天の助け!とばかりに走り出す。

近づいていると、犬の散歩中だろうか…一人の中年の男性が犬を連れて歩いてくる。

「すみませーん。ちょっとお伺いしたいんですけど。」

「はい?」
ゆっくりとこちらに向かってくる。

「あの…ちょっと道に迷っちゃいまして。」

「ほりゃ大変や。で、何処に行くんや?」

「あの…山地医院っていうんですけど。ご存じですか?」

「山地医院か。丁度良かった。私も今からそっちに行くし、ほな一緒に行こか。」

「助かります。」荷物を持ち直して歩き出す。二人の少し前を犬が尻尾を振りながら歩
いている。

何となくきまずい間の後。

「地図は無かったん?」
おもむろに質問される。

「え?地図ですか?それが有るには有るんですけど…。」渡された地図を見せる。

「えらい簡略な地図やなぁー。」

「そうなんですよ。何か…病院だから行けばすぐにわかるって言われて。でも「病院」
じゃなくって「医院」っていうくらいだから、そんなに大きくないと思う!って言った
んですけどね。」

「「病院」と「医院」…ね。」

「「病院」とは患者を収容して診察・治療に当たる規模の大きな医療機関で、医療法で
は二十人以上の患者収容設備のあるものをいう。」

「ほう。…で、「医院」とは?」

「医院とは病気の診察・治療を行うところで、普通は個人経営の小規模のものをいい、
医療法では十九人以下の施設を言う。「診療所」とも言われるが、たいていの所は「医
院」と名が付いている。」思わず熱っぽく語ってしまったが、ふと横を見ると誰もいない。

「おじさん?」慌てて振り向くと、中年の男性は座り込んで愛犬とたわむれていた。

「おじさんっ!」思わず声が大きくなる。

「あぁ、別に話を聞いてなかった訳じゃないんや。いやー、大熱弁やったなぁー。」ゆ
っくりと立ち上がる。

「あ…すみません。ちょっと熱くなってしまって。」急に恥ずかしさがこみ上げてくる。

「いいんじゃないですか?初々しくって。新米看護婦ってとこかい?」

「えっ?わかります?実はそうなんです。四月から山地医院で働くんですよ。」

「この辺は若い看護婦さんがおらんから、すぐに人気者になりそうやなー。そのうち山
地医院も「美人の看護婦さんが来たらしい!」って有名になるかもな」

「またまたー。おじさんったらお世辞が上手なんだからー。」誉められると、つい調子
に乗ってしまう。こうなると、その人の飼っている犬まで更に可愛く見えてくる。

「可愛いワンちゃんですね。名前何て言うんですか?」

「ん?ケンちゃん。」

「へー、ケンちゃんですか…。」

しゃがみ込んで頭をなでると、嬉しそうに尻尾を振っている。

「ほー。どうやらケンちゃん、市川さんのこと気に入ったみたいやな。」

「ホントですか?嬉しいなぁ…。」

頭を撫でながらも何か心に引っかかる。何でだろ…。ぐるぐると考えを巡らせる。巡ら
せる。巡らせ…。

「あー。」立ち上がって振り返る。

「どうしたんだね。」

「何で名前を知っているんですか?」

「は?」

「私、名前言ってませんよね。どうして私の名前を知っているんですか?」

「何でって…。あ、そこがお探しの山地医院。」数軒先に「山地医院」の看板が見えた。

看板を指さしたまま微笑みかけられる。

「市川さん。」

「はい…。」

「私が山地医院の院長。山地幹久です。」

 院長

後のことは覚えていない。
気がつくと山地医院の中で会う人会う人に紹介をされている自分がいた。
勤めてみてわかった事だが、山地医院は十二時から三時までが昼休みと往診の時間で、
大抵の日は往診の合間に愛犬の散歩に行くのだった。散歩の時間は決まって二時…。町
の人はみんな知っているのだった。

あれから二年。病院内では院長を凌ぐ迫力と権力を持っていると言われるようになった
彼女も、最初の頃は(知らなかったとはいえ)自分の病院の院長を「おじさん」呼ばわ
りしてしまったことが尾を引いたのか、「おとなしい看護婦さん」で評判だったのだ。
最近は患者さんから「めっきり女らしくなってきたのではないか」と言われ、院長には
「好きな男でもできたんじゃない?」とからかわれているが、彼女は笑顔で質問をかわ
す。

午後二時。

「じゃ、ちょっと行って来ます。後よろしく」いつものように院長はケンちゃんの散歩
に出かける。

「はい。わかりました。」見送りながら考える。

あの人は何を考えているのかわからない。二年たった今もそうだ。いつもマイペースで
こっちの方が振り回されてしまう。自分よりずいぶん年上なのに…何だか放っておけな
くなったのはいつからだろう。考えても答えは出ない。

「さてと。」気を取り直して、足早に廊下を歩く。院長が散歩に行く間、病院内を見回
るのが彼女の日課となっているのだ。

市川房子、23歳。山地医院の名物看護婦さんである。
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