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ざ・ねば〜えんでぃんぐ・みすてり〜 縮小版



■ ミステリコラムス0001 『横型十角館の話』

 『十角館の殺人』(綾辻行人・著)に出てくる十角館は、館全体を上空から見下ろしたときに十角形になっているから「十角館」なわけですが、例えば真横から見て十角形になっている館があったとしたら、それも立派な「十角館」であると思うわけです。先日、東京の某所で建築中の横型十角館を見る機会がありました。鉄筋コンクリート製で骨組みは既に完成しており、ユニット型と思しき部屋が沢山用意されていたんですが……どうやら、設計段階で致命的なミスがあったようです。十角館なのに部屋の数が十個以上ある! しかも建て付けが悪いらしく、すべての部屋がグラグラと揺れ動いています。きっと中村青司氏に連絡が付かず、そこら辺を歩いている三流建築家に設計を依頼してしまったのでしょう。せめて森博嗣氏にしておけば良かったのに。いや、ひょっとしたらまだ間に合うかな? 純粋な親切心から、僕は館の入り口にいた現場監督者らしき男性に声をかけました。するとその男性、僕のことを気の毒そうな目で見て、一言。

 「コレ、十角館とかそういうんじゃなくって、『観覧車』っていうんですよ」

 折角、親切で言ってあげたのに。不愉快です!



■ ミステリコラムス0002 『斜め屋敷の住人たち』

 何かというと文句に愚痴、斜に構えて社会批判を繰り返す人の目には、この世のありとあらゆるものが斜めに見えているに違いありません。『斜め屋敷の犯罪』(島田荘司・著)の流氷館は、例の事件の後、そうした人たちに健全な精神を取り戻してもらうための特別療養施設として平和利用されています。現世では常に眉間に皺を寄せ、触れるもの皆傷つけていたような人でも、斜め屋敷に来ればアラ不思議。平穏で落ち着いた生活を送れるようになる。つまり、斜めと斜めが相殺されて丁度いい感じになるんですね。ここで大切なのは、左斜めに世の中をみている人には右斜め屋敷、右斜めに世の中を見ている人には左斜め屋敷、といったように正しい住み分けをすること。誤って、右斜めに世の中を見ている人を右斜め屋敷に住まわせたりしようものなら、これはもう、ホントとんでもないことになります! 斜めと斜めの相乗効果でほとんど真横。斜に構えるだけでも社会不適合者の烙印を押されかねないというのに、これが「真横に構える」となったら……嗚呼、考えるだけで身の毛が弥立ちます。アンソニー・ホプキンス演じる『羊たちの沈黙』(トーマス・ハリス 著)のレクター教授『MONSTER』(浦沢直樹・著)のヨハン・リーベルト以来の、現代社会を揺るがす怪物の誕生です!

 まあ、「真横」ってことはつまり寝たきりなんですけどね。結構安全。



■ ミステリコラムス0003 『ペガサス・ファンタジー』

 『空飛ぶ馬』(北村薫・著)と聞いて何を連想されますか? ミステリ好きは別にして、普通の人は、白馬の背から大きな翼が生えた伝説の生物、所謂 “ペガサス” を連想することでしょう。しかし、よくよく考えてみるとこれはおかしい。ペガサスはペガサス、馬は馬。両者は完全に別の生物であり、馬に翼が生えていたらそれはもう馬じゃない、ペガサスなわけです。ペガサスを馬の延長線上で考えてはいけません。そんなのは馬にもペガサスにも失礼です。ひょっとしたら「奇蹄目ウマ科 和名:ペガサス」なんてのがいるかもしれないので、念のため、このサイトで調べてみましたが、やっぱりいませんでした。信頼のおける結果だと思います。

 この『空飛ぶ馬』とは一体何なのか? 答えは簡単、空を飛ぶ普通の馬のです。ペガサスが空を飛んだってそれは当たり前のこと。普通の馬が空を飛ぶからこそ不思議で謎で、ミステリのタイトルにもなるわけです。とにかく生物学上非のつけどころのない、完全無欠の超々馬君に空を飛んでもらう必要があります。でなけりゃ読者は納得しません。

 では、実際にどれくらい飛べば「空飛ぶ馬」と呼べるのでしょう? 99年〜02年に日本中央競馬の障害競争で活躍したゴーカイの飛越は、それはもうかなりのものでした。こう、迫力ある巨体(ピーク時524kg)がぼわ〜んと浮かび上がる様は将に圧巻! ただ残念なことに、彼の勝った中山グランドジャンプ(G1)や東京ハイジャンプ(G2)というレースはその名が示すようにあくまでジャンプなんですね。サラブレッドの逞しい体躯にとって、竹柵障害を跳び越えるという行為は、「跳ぶ」であっても「飛ぶ」には値しないのです。大体、こんなんではちっともオチになりません。郷原洋行調教師も納得しません。さあ、本格的に困りました。どうやってオチをつけましょう。

 で、散々悩んだ挙句に出た結論が「空飛ぶ馬」=「空飛ぶオランダ人」ということで元オランダ代表ヨハン・クライフばりのジャンピングボレーを決めることのできる馬だったんですが、これってどう思われますか。いくらなんでも飛躍しすぎだと思いませんか?

 ……あ、飛べた。<お前が飛んでどうする



■ ミステリコラムス0004 『嗤う京極ファン』

 あの、つかぬことをお伺いしますが、京極夏彦ファンの方ってやっぱり、(笑)の代わりに(嗤)を使うんでしょうか?

 意表を突いて出オチです。『嗤う伊右衛門』(京極夏彦・著)、実は未読なんですが、タイトルからするとどうやら伊右衛門さんが嗤っちゃうような内容のようです。嗤いのツボというのは人それぞれですが、例えばこの伊右衛門さんが他人の不幸を嘲嗤うような伊右衛門さんであったなら、ちょっとお友達になりたくありません。『爆笑!ON AIR バトル』でクスクス嗤ってしまう伊右衛門さんにあったなら、少し親近感を持てそうです。ラーメンズはなわで大嗤いする伊右衛門さんとなれば、これはもう、限りなく理想に近いといえます。「で?」っていう。時に半嗤い、時に泣き嗤い、時に苦嗤い、時に高嗤い、時に付き合い始めてまだ2ヶ月半の恋人から不意に両親を紹介されて内心大焦りもとりあえずは体裁を取り繕って作り嗤いのナイスガイ・伊右衛門さん。ここまで「嗤い」が似合うお武家さんもそうはいないでしょう。僕はもっぱら薄ら嗤いです。ウケケケ。

 ハイそこー、「嗤」という漢字は「嗤笑(ちしょう)」という言葉からも知れるようにそもそも「あざける」という意味を含んでいるのだから、「嘲嗤う」などといった表現は日本語としておかしいんじゃないか、なんてツッコミ入れるんじゃありませーん。いいんですわかってやっているんですからー。それでもしつこく噛みついてくるような大人げない人は、「ネタニマジレスカッコワルイ!」で伊右衛門さんに嗤われるぞー。



■ ミステリコラムス0005 『舞城王太郎は阿修羅ガール』

 本紙だけの独占スクープ! 舞城王太郎は女だった!!

 本紙記者による徹底取材の結果、『阿修羅ガール』第16回三島由紀夫賞に輝いたミステリ作家・舞城王太郎氏が、実は女性であることが判明した。舞城氏はデビュー以来マスコミ取材等に一切応じておらず、三島賞選考会後の記者会見にも姿を見せていない。「作品を純粋な形で読んでいただきたく〜」とのコメントはあったが、これはあくまで表向き。本当の理由は別にあったのだ。

 着目すべきは、筆名に「王」「太郎」という、男性を思わせる語句をふたつも使っている点にある。「王」は王様のことであり、当然男性。「太郎」も、普通に考えれば一家の長男の付けられる呼称、男性の名前だ。しかし、例えば女性の名前に「看護婦花子」「スチュワーデスさゆり」といったものが存在しないように(そういったタイトルのビデオもあるが、それはまた別の話である)、この組み合わせは明らかに不自然と言える。何故、必要以上に男性であることをアピールするのか? その答えは「本当は女性であることを隠すため」以外には考えられそうにない。何故、女性であることを隠しているのか? そこには舞城家の複雑な家庭事情と、ある壮大なプロジェクトの存在があった。本紙記者は講談社の厳重な警戒を掻い潜り、舞城家に長年仕えているという家政婦の女性と接触することに成功した。

 「……ええ、そうです。舞城家というのは代々女人の家系でして、産まれるお子さんは本当に女の子ばかりなんです。(中略) どうしても男の子が欲しかった先代の旦那様は、年齢的に最後の子供になるだろうお嬢様に、「太郎」という男の子の名前を与えようとしました。勿論、奥様は大反対です。奥様はお嬢様が誰よりも女性らしく育ってくれるよう、「絶対に女性でしかありえない語句」を選んで、名づけようとしたのです。(中略) 多くの人を撒きこんだ凄惨な“名づけ合戦”は、「お互いが考えた名前を組み合わる」という妥協案を双方が飲むことで、一応の決着を見ました。ところがその組み合わせた名前というのが大層珍妙で、お嬢様はそれが原因で……」

 読者も既にお気づきのことかと思うが、この証言には決定的な矛盾がある。「太郎」が父親の付けた名前だとして、母親の付けた「王」はどう考えても「女性でしかありえない語句」ではない。これを説明できる解釈はただひとつ。つまり、「舞城王太郎」は筆名であって本名ではない、しかし限りなく本名に近い筆名なのだ。デビューに際して、「舞城*太郎」の「*」の部分だが「王」に変更されたのである。まったく無関係な語句を「王」に変えたということもありえるが、ここは心理的な観点から、極めて「王」に近い語句を用いたと推測する。それでは、変更前の「*」は一体何だったのか?

 ヒントは我々のすぐ目の前にあった。舞城王太郎氏のデビュー作 『煙か土か食い物』は、英題が『Smoke Soil or Sacrifices』でズバリ「S」が頭文字の単語を並べている。「S」から連想される語句といえば、これはもうSMの「S」以外にはありえない。サディストでかつ「女性でしかありえない」、そして変更後の「王」に限りなく近い語句。これらの手懸りから導き出される結論はひとつしかない。そう、「女王様」だ。舞城王太郎は、本当は「王」ではなくて「女王」、つまり 舞城女王太郎 だったのだ!! 「女王」が「女」を捨てて「王」となったわけである。これが「王」ではなくて「王子」だったなら、さしづめ『リボンの騎士』(手塚治虫・著)だ。

 ・・・

 さて、ここまで来れば、舞城氏が本当の性別をひた隠しにしている、もうひとつの理由もおのずと知れてくる。「舞城女王太郎」を略すと「城女」=「じょうじょ」=「ジョジョ」となる。つまり舞城女王太郎はあの大人気漫画 『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦・著)で一躍有名になったジョスター家の血統であり、第6部「スター・オーシャン」の主人公・空条ジョリーンの孫、副題以外何ひとつ明らかにされていない第7部「スティール・ボール・ラン」主人公なのである。勿論、スタンド遣いだ。第4部「ダイヤモンドは砕けない」に登場した岸辺露伴と同系統の能力を持っているに違いない。でなければあれほどキレまくった文章を書けるはずがないではないか!

 (中略) 『煙か土か食い物』でメフィスト賞を受賞したことで、亡き父の「息子を小説家に……」という願いは叶えた。本来であればこの時点で正体を明かしても良かったわけだが、ここで『ジョジョ』の荒木飛呂彦氏からストップが入る。現役ミステリ作家を漫画の主人公にしたいという荒木氏の情熱に負け、舞城氏は引き続き正体を伏せることにした。他の漫画誌に先を越されないため、『ジョジョ』との関連性を読者に悟られぬためとはいえ、なんという壮絶な決意であろうか。『阿修羅ガール』とはズバリ舞城氏本人のことなのではないかと、邪推を承知で疑わずにはいられない。

 ともあれ、舞城女王太郎主演「スティール・ボール・ラン」の連載さえ開始されれば、舞城氏に「王」の仮面を被り続ける必要はなくなる。我々の前に真の姿を現してくれるのも、そう遠い未来のことではなさそうだ。

(文責:近田鳶髄)



■ ミステリコラムス0006 『『クロック城』の秘密の秘密』

 貴方は『クロック城』をご存知でしょうか? そのものズバリ『『クロック城』殺人事件』(北山猛邦・著)に登場するこの城は、左右に二つの塔、正面に「過去」「現在」「未来」と別々の時間を刻む三つの大時計をかかげており、幻想と現実の狭間を漂流するかのようなその佇まいは、本格ミステリという物語を語る上で将に恰好の舞台と言えます。『クロック城』に棲むという謎の怪人「スキップマン」は元より、「ゲシュタルの破片」、「真夜中の鍵」、「十一人委員会」といった様々なキーワードもまた然り。“終焉間近”という破滅的な世界観を際立たせると同時に、本格ミステリの雰囲気を存分に発散し、読者の心をギュッと鷲掴みにして離しません。ただ、よくよく考えてみるとこれらの要素はすべてが幻想寄りで、幻想と現実の狭間にあってこその本格ミステリなのに、現実を連想させるキーワードがあまりにも乏しかったりします。思うに、こういうのはバランスが大事なのであって、どちらか一方に偏りすぎるのは宜しくないのではないでしょうか? 『クロック城』には現実感がなさすぎるのです。

 そんな妄執に取り憑かれ、夜毎寝言で「……スキップマンが……スキップマンが、来るようっ!」と繰り返していたある晩。突然、原作者である北山猛邦氏が僕の枕元に立ち、作品内では語られなかった『クロック城』の秘密を教えてくれました。いやあ、いい人ですねえ北山氏。足元透け透けだったけど。身長3mくらいあったけど。皮膚は緑色だったけど。その北山氏曰く、『クロック城』にはちゃんと現実的な要素も含まれているとのこと。それこそ世界の終焉が間近だなんていう緊急事態に見まわれる以前は、近隣の住人たちから「こんなに早くでき上がるなんて驚きだ!」と大評判のサービス店だったそうです。言われてみればなるほど納得で、僕が見たことのあるやつは「過去」の時計がなかったんですが、まあ、そういうやつもあるんだろうなと。つまり、どういうことかというと、





 「過去」の大時計 ⇒ この時間までに受け付けたフィルムはもう現像できてますよー
 「現在」の大時計 ⇒ 今はこの時間ですよー
 「未来」の大時計 ⇒ 今受け付けたフィルムの現像が終わるのはこの時間ですよー

 『クロック城』、元々は写真の現像屋さんだったんですね。「たった10分、何処よりも早い超スピードプリント!」を宣伝文句にかなり繁盛していたそうです。現像された写真は全部 心霊写真だったらしいけど。「スキップマン」の正体見たり?



■ ミステリコラムス0007 『名探偵もどきすぎ』

 ある晩、都内某所のカウンターバーでいつものようにカクテルグラスに烏龍茶を満たし、「嗚呼、俺って固ゆで卵……」と小声で何度も呟きながら自分定義における大人の雰囲気に酔い痴れていると、顔馴染のバーテンダーが卑屈とも鬱屈とも取れる複雑な愛想笑いを浮かべながら、僕に話しかけてきた。「お客さん、確か推理小説がお好きでしたよね? ちょっと前にバーテンダー仲間に聞いた話なんですけど、この業界にもひとり、お客さんに勝るも劣らない推理小説マニアがいるんですよ。その男はとにかく名探偵ってものに憧れてるらしくってね。一冊読了する度に、その作品中に登場していた名探偵になりきってしまうそうなんです」

 それはひょっとして、『名探偵もどき』(都筑道夫・著)の茂都木宏氏ではないだろうか? 茂都木氏は、ミステリ小説に登場する古今東西の名探偵に「完璧に」なりきってしまうという特技(?)の持ち主だ最後に彼の消息を聞いたのは彼是二十年以上昔のことになるけれど、当時はシャーロック・ホームズコロンボ警部フィリップ・マーロウ金田一耕介といったミステリ好きなら知らぬ者のない歴史的名探偵たちに次々となりきっては、ちょっとした事件を解決していたものだ。実際に名探偵の資質を持っていたのは奥方の方らしかったが、そんなことはどうでもいい。名探偵になりきる、というより、名探偵そのものになる。ミステリを愛する者にとって、これほどの幸せが他にあるだろうか? 僕は何だか嬉しくなって、しかしそんな様子はおくびも出さずに、冷静を装いながらバーテンダーに訊ねた。

 「ふうん。それで、その男はどんな名探偵になりきるっていうんだい?」

 「私は推理小説をあまり読まないもので、よく憶えてはいないんですけどね。ええと、聞いたところによると、確か……鴉城蒼也、九十九十九、龍宮城之介、天城漂馬、犬神夜叉、刃仙人、霧華舞衣、ピラミッド水野、九十九音夢、クリスマス水野、半斗舞夢、浮悠香澄水、氷姫宮幽弥……」

 僕は無言で、手にしたカクテルグラスの中身をバーテンダーの顔にぶちまけた。



■ ミステリコラムス0008 『烏龍茶を認めない』

 ご存知の方も多いと思いますが、僕はアルコール類が非常に苦手です。以前、居酒屋でグレープフルーツサワー3杯をゆっくり2時間かけて飲み乾した後、トイレに行こうとして立ち上がった次の瞬間、腰から下の感覚が綺麗になくなって派手に転倒したことがあります。そのときの記憶はちゃんと残っているんですが、一緒にいた友人からは「放心状態で魂が抜けているように見えた」などと言われました。すっかり酩酊していたわけですね。以来、余程のことがない限りは居酒屋でもノンアルコールを貫いているわけなんですが、そんな僕にとって、ひとつだけどうしても理解できないことがあります。それは「飲めない人間はまず烏龍茶」という発想です。

 いや、いいんですよ。別にいいんです。そりゃ僕たちはビール飲めませんからね。居酒屋のような特殊空間においては、飲める人間がインサイダーで飲めない人間がアウトサイダーです。皆が最初の一杯として「まずビール!」と愉しそうにやっている最中、「あ、ごめん俺、ノンアルコールで……」などと言ってしまう輩は、地面に深い穴でも掘ってそこで末永く暮らしていけばいいのです。偶然にも芋なんか掘り当てちゃって、喜び勇んで芋焼酎なんか作ってみたところで「あ、そういえば俺、酒飲めないんだったっけ……」と我に帰ってさらに深く沈み込めばいいのです。それはそうと、アルコールを飲める人間がアルコールを飲めない人間の飲み物として、アルコールの代わりに“お茶”を注文するという図式は、日本人の78.5%がお茶好きである(TNM調べ)ことを考えれば、ごくごく自然な成り行きです。髭面にテンガロンハットがトレードマークの上司に「アルコールが飲めないって? ふん、そんな坊やにはコイツがお似合いだぜ」とか言われてコップに並々注がれた白い液体、練乳ですが、そんなものを出されたりするよりは100倍マシなわけです。お茶はOK。ナイスチョイス。グッジョブ。

 嗚呼、それなのにそれなのに。そこまでアルコールが飲めない人間を思いやる気持ちがありながら、どうして“烏龍茶”になってしまうのでしょうか? 皆が飲んでいるのはビールなんです。漢字で書くと書くと“麦酒”なんです。お茶というところまで考えが及んでいながらどうして、何故 “麦茶”を飲ませることで「今、俺たちは同じ麦を飲んでいる……」ってな具合に一体感を高めようという発想が出てこないのでしょうか? だってほら、「まず麦酒!」「まず麦茶!」ってソックリじゃないですか! 具体的にどうソックリなのかというと、まず漢字二文字であること。烏龍茶なんか漢字三文字ですよ三文字! もう最低です! さらに「麦」に続く漢字が「酒=10画:茶=9画」、つまり画数がたったの一画違いであること。さらに決定的な類似点として、「しゅ」「ちゃ」母音『い』+ちっちゃい『や行』の文字から成っているのです! これはもう、完璧というより他ありませんね。大体、ちょっと考えれば誰でもわかることじゃないですか。「まず麦酒!」ができない人間に「まず麦茶!」と言わせてあげることが、どれだけ彼・彼女の孤独を癒すことになるか。麦茶を出す居酒屋が極めて少ないという現状にも大いに問題があります。烏龍茶葉がそんなに安価なんですか? 麦茶は夏場の飲み物だなんて誰が決めたんですか? 僕は認めません。居酒屋には、烏龍茶ではなくて麦茶を置くべきなのです。

 そんなわけで、これまでビールを飲めないことから「こんな俺がこの作品を好きだなんてことが知れたら、きっと世間の笑い者になる……」と嘆き、『麦酒の家の冒険』(西澤保彦・著)が大好きであることをカミングアウトできなかったそこの貴方! もう心配ありません。さあ、胸を張って堂々と言おうじゃありませんか、僕は、私は、『麦茶の家の冒険』が大好きだと! 大丈夫ですから! きっと誰も気がつきませんから!!



■ ミステリコラムス0009 『爪切れよ、歯磨けよ』

 多くの動物にとって、『歯と爪』(ビル・S・バリンジャー著)というものは非常に強力な武器です。ビーバーなどげっ歯類の鋭く尖った歯は堅い木材をいとも容易く食い破りますし、百獣の王ライオンの爪はサイやゾウの分厚い皮膚をズタズタに切り裂きます。人間も同じようなもので、成人男性なら誰でも一度くらいは、付き合っている女性から「ちょっと、その首筋のキスマークは一体何なのよ!? キーッ!!」とばかりにマニキュアコーティングされた爪で顔面を碁盤の目にされり、その勢いで野生に帰った彼女に肩口の肉を喰いちぎられたりしたことがあるでしょう。フレッド・ブラッシー「噛みつき攻撃」フリッツ・フォン・エリック「鉄の爪」といった3歳の子供でも知っている有名な事例を挙げるまでもなく、人は皆、歯と爪を武器に世の中を渡り歩いているものなのです。そういうものなのです。

 かように危険極まりない「歯」「爪」ですが、こと本格ミステリではそれほど重要視されていません。精々、顔面を潰された被害者の身元特定に歯型が使われたりとか、被害者の爪の間に残された肉片から加害者の血液型が割れたりとか、その程度です。バリンジャーの『歯と爪』にしても、確かに「歯」と「爪」が事件の重要な証拠となり伏線となるわけですが、全体としては「ちょい役」である感じが否めません。これではいけません。全然駄目です。本格ミステリにおける「歯」と「爪」は、それこそ「名探偵」「密室」と同様に、もっともっと脚光を浴びるべきなのです。クローズアップされるべきなのです。それでは、実際に「歯」と「爪」に焦点を当てた本格ミステリを、僕なりに書いてみるとしましょう。

 「ええとですね、つまりですね、犯人はBさんではなくて、Aさんなんじゃないかと、思うわけなんですよ。何故かというとですね、この歯がですね、というかこの歯はですね、犯人が被害者を殴りつけた際に折れたもの、いや、折れたものではないかもしれないと、そういうこともあるんじゃないかなと。例えばそう、被害者の虫歯治療に当たっていた、友人の歯科医師であるCさんが犯人と、共謀したって可能性だって、それこそ神様でもない限り、絶対にないとは言い切れない、そんな風に思ったりもするんです。爪にしても、事前に被害者の部屋に忍び込んで、爪切りに残った爪を探して、回収しておくとか、ほら、できるじゃありませんか。男性の場合、特に成人男性の場合、爪は一日で、0.08mmから0.12mmも伸びるらしくって、僕は本当に驚いたんですけど、手の爪なら約半年、半年というと6ヶ月ですが、とにかくそれくらいで綺麗さっぱり、生え変わってしまうものなんですね。つまり誰にでも、おそらくは用意できたんです。だから、つまり、今回の事件で重要な証拠ということになっている、歯と爪というのは、この際ですね、関係ないってことにしちゃっても、いいんじゃないかなと。以上、僕の推理なんですけど、警部、どう思われますか?」

 「……あー、キミキミ。一体その推理の何処に、A氏を犯人と断定できるだけの論拠があるっていうんだね?」

 「あ、あれ?」

 痒い推理で、詰め()も甘い、と。



■ ミステリコラムス0010 『殺戮にいたるメロディ』

 「ごめんごめん、待った?」

 「ちょっと何やってんのよアンタ。こんな繁華街の外れで、BGMは70年代後半のアニソンばっかりで、レスカも小倉トーストも置いてないセンス最低の喫茶店に、一体全体何時間待たせるつもりなの? あんまりにも遅いもんだから、この間借りた文庫本読み終わっちゃったわよ」

 「だからごめんって。それより、貸してた本って?」

 「忘れたの? コレよコレ、『殺戮にいたる病』(我孫子武丸・著)。面白いミステリ小説だっていうから借りたのにさ。なんなのよコレ、エログロなだけで全然推理してないじゃない。名探偵だって出てこないし」

 「いや、それはそれでいいんだ。そういうのも立派な本格ミステリ小説なんだよ。いいかい、その作品の肝はだね……」

 「どうでもいいわよそんなこと。それよりもさ、この≪蒲生稔≫って主人公の設定? これだけは絶対に許せないわ。これは音楽に対する冒涜よ」

 「どうして?」

 「どうしても何も、こんな奴いるわけないじゃない! 私、岡村孝子の歌って結構好きでよく聴くんだけどさ、『夢をあきらめないで』みたいに素晴らしい歌を聴いて殺戮上等モードに突入するなんて、そんな奴いるわけないわよ。無理矢理すぎ!」

 「そうかな。そんなことはないと思うよ、人それぞれなんじゃない?」

 「何言ってんの。いい、例えばよ、彼氏を拉致監禁して人里離れた山奥の小屋に幽閉して、水も食料も与えずそのまま餓死させて白骨化するまで待った女がいたとするじゃない? その女の動機が、「♪長い間 待たせてごめん〜」ってな具合にKiroro『長い間』を歌いながら彼氏の遺骨を拾い集めるためだったなんて、そんなのがありえると思う?」

 「……いや、それは思わないけど。でもそれって根本的に違わない?」

 「違わないわよ。道行く人を片っ端から路地裏に引っ張り込んでは、大声で相手の鼓膜を破り殺す“サイレント・キラー”みたいな怪人が出没したとして、そいつの動機がDreams Come True『Love Love Love』を聴いて感動して、思わず愛を叫びたくなったからだったなんて、誰が納得すると思う?」

 「だから、その、それはまた、違うんじゃないかと」

 「ああ、だけど、この間アンタの部屋で読んだ漫画、『多重人格探偵サイコ』(田島昭宇・著 大塚英志・作)のフラワー殺人、アレの模倣犯が出てきたとして、そいつの動機がSMAP『世界にひとつだけの花』とかKinki Kids『Flower』を聴いて、「そうだ、俺も愛とか世界にひとつだけとかの花を咲かせてみせよう」と思ったからだった、くらいなら、百歩譲って認めてあげてもいいけど。でも、それ以外は駄目」

 「基準がわからないよ。それって五十歩百歩じゃない?」

 「なによ、人が折角歩み寄ってあげてるのに」

 「歩み寄ってもらえてる?」

 「歩み寄ってるじゃない」

 「そうかな」

 「そうよ」

 「それより君も、岡村孝子好きだったんだ。案外と可愛いところあるんだね」

 「な、なによそれ。関係ないでしょ、別に」

 「そうでもないよ」

 「……」

 「……」

 「ん? ねえ、アンタ今、君 “も”って言わなかった?」

 「言ってないよ」

 「言ったわよ」

 「どっちでもいいよ。あ、BGMが替わった。随分とタイミングがいいね。コレ、君が好きな岡村孝子の『夢をあきらめないで』だよ」

 「……」

 「……」

 「……ちょ、ちょっとアンタ、目の色が変わってるわよ」

 「つまり、そういうことだ




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感想お待ちしてます、いやマジでマジで。