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0011 - 0020ざ・ねば〜えんでぃんぐ・みすてり〜 縮小版
■ ミステリコラムス0011 『象が耳鳴り』
『象と耳鳴り』(恩田陸・著)を初めて読んだ時、僕は非常に憤慨しました。期待していたものと全然違います。「象」で「耳」と来たら、これはもう絶対にダ○ボじゃないですか。誰がどう考えてもそうじゃないですか。突然の耳鳴りで空を飛ぶことさえ侭ならないダ○ボを、○ッキー○ウスや○ナルド○ックといったお馴染み○ィズニーの仲間たちがあの手この手で治療しようとする、心温まるファンタジック・ストーリーだと思うじゃないですか。収録作品中の「魔術師」はまんま映画『○ァンタジア』の○ッキーのことだし、「海にゐるのは人魚ではない」は、映画『○トル・○ーメイド』の王子様の台詞か何かで、その後に「海にゐるのは、私の妻となるべき人だ!」とか続くと思うじゃないですか。ところがこれが全然違う。ファンタジーっぽい雰囲気は確かにあるけれど、○ィズニー色は全然ない。ダ○ボの「ボ」の字くらいしか出てこないのです。辛うじて「庭園」にファンタジー世界の住人が登場(?)しますが、これも○ィズニーとは何の関係もない、トーベ・ヤンソン作の『楽しいムーミン一家』シリーズに出てくるニョロニョロなのです。
これはきっと、恩田陸先生が当初書こうとしていた『象と耳鳴り』とは別のモノなのです。版権問題とかいろいろあって、担当編集者に無理矢理書き直させられたに違いないのです。可哀想な恩田先生。しかしながら、このまま真の『象と耳鳴り』を歴史の闇に埋もれさせてしまっていいはずがありません。ここはひとつ、僕の力で、『象と耳鳴り』の“真のプロット”だけでも再現してみたいと思います。
「うーん、うーん、耳鳴りがするよー、気になって空を飛べないよー」と苦しんでいるダ○ボ君。そこを偶然通りかかった白衣姿の○ッキーは、例の少しくぐもった声(日本語吹き替え版)で「僕に任せておいてよ!」と早速診察に取り掛かります。で、まずは耳鳴りの原因を探ろうと、ダ○ボ君の耳を持ち上げて中を覗いてみると……そこにはなんと小さなニョロニョロがビッシリ!(キャー!) こんなでは耳鳴りもしようというものです。よっしゃぁいっちょやったるかーとばかりに腕まくり、ワサワサと生い茂るニョロニョロをムンズリと鷲掴み、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ! その様子を木陰から覗き見ていたスティンキー、すぐさまムーミン谷に取って返して、ムーミンパパに「ムーミン谷の仲間が一方的な虐待を受けている!」という嘘情報を吹き込みます。激怒したムーミンパパは、ムーミン、ノンノン、スノーク、ミイ、スニフ、ヘムレン、ジャコウネズミといったムーミン谷の仲間たちを集結、将に“ムーミン一家”という様相でニョロニョロ虐待を続ける○ッキーを襲撃します。勿論、長年アニメ界に君臨してきた○ィズニー勢だって負けてはいません。すぐさま○ーフィー、○ルート、○ーター・○ン、○ノキオ、○ンビ、○ップ&○ール、○ディ&○ランプ、○ンゴ&○ーディタと101匹○んちゃん、○イアワサ、○ドロといった面々が駆けつけて、○ッキーに加勢します! ここから先は大乱戦! ムーミンのフライング・ボディプレス!(体躯からして威力ありそうだね) ○ッキーの噛みつき殺法!(ネズミだからね) スナフキンの凶器攻撃!(釣り竿を振り回すよ) ○ンデレラのガラスの靴ドロップキック!(自分も危険だ!)
……互いに世界規模のファン層を持つ両者でしたが、他の軍勢を次々と吸収することにより巨大化した○ィズニー軍団と、ムーミン谷でひっそり暮らすムーミン一家とでは、所詮戦力に差がありすぎました。苦汁の決断を迫られたムーミンパパは、ムーミン谷の一画に自治権を認めさせることと引き替えに、○ナルドがが差し出した契約書に涙ながらにサインをし、軍門に降るのです。こうしてフィンランドのナーンタリにあるテーマパーク、ムーミンワールドは○ィズニーランドに吸収合併され(※)、○ィズニー軍団の力はより一層強大なものに! 嗚呼、アニメ界は兎にも弱肉強食! 神も仏もないものか!
次回、「動物」+「耳」シリーズ・衝撃の第二弾! 『鼠が牛耳り』をお楽しみに! (脱線したままで終了)
※ 本物のムーミンワールドは吸収合併されていません。
■ ミステリコラムス0012 『リアル・ゴースト・ポリスメン』
僕には幽霊が見える。誰にも喋ったことはないけれど、全身が半透明で脚元だけちょっと擦れていて、壁を抜けたり宙を飛んだりする。意志の疎通ができるやつもいればできないやつもいる。中には危ないやつもいるけど、大抵は話の判る、気にいい連中ばかりだ。職業を持って家庭を営んでいるやつもいたりする。ある日、刑事をしているという幽霊に出遭った。思わず息を飲む。こいつこそ本物の『幽霊刑事』(有栖川有栖・著)じゃないか。幽霊になれば尾行や盗聴は思いのまま、犯人を逮捕するにはイタコ体質の相棒に恵まれる必要があるけれど、その気になればポルターガイスト現象を起こして、犯人を心理的を追い込むことだってできる。幽霊にとって、刑事とは間違いなく理想的職業のひとつなのだ。
ところが彼は「私が追っているのは幽霊犯人なんだ」と言う。幽霊の刑事は幽霊の犯人を追いかけるのが当たり前で、生きている犯人を追うのは生きている刑事の仕事だ、というのが彼の主張だ。僕は言う。それはちょっと違うんじゃないのか、そりゃあ幽霊の犯人を捕まえることも大事だろうけど、君がその気になれば生きている刑事の何倍も何十倍も、生きている犯人の検挙に役立てるんだぜ。幽霊刑事は言う。私も自分勝手に動けるわけじゃないんだ、今だって、上司の幽霊警部の命令で動いているに過ぎない。俺は所詮、上からの命令に従うだけの下っ端にすぎないんだ。僕は言う。それが何だっていうんだ、そもそもその幽霊犯人ってのは、生きているときに罪を犯した連中なんだろう? だったら生きている犯人を捕まえることは、イコール幽霊犯人の数を減らすことにも繋がるじゃないか。彼は言う。いや、だけど、幽霊警察機構にも管轄というものがあってだな……
言い訳ばかりで埒の明かない幽霊刑事を、僕は大声で怒鳴りつけた。
「事件は霊界で起きてるんじゃないっ、現世で起きているんだっ!」
『幽霊刑事』文庫化記念&『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを閉鎖せよ』公開直前記念だった。
というネタを思いついたけれど、念の為ぐぐってみたら既に遣っている人がいた。このオチは諦めよう。お互い下っ端は辛いやねという話になり、さらに詳しく聞いてみると生前は制服警官で階級は巡査だったことがわかった。通り魔事件の捜査中に殉職、二階級特進して警部補となり、晴れて憧れの刑事になれたのだという。どうも話が妙だ。指摘しようかとも考えたけれど、ひょっとしたら霊界と現世とでは若干機構が異なるのかもしれないし、さらに勘繰るなら、コイツ、本当は幽霊刑事じゃなくて幽霊偽刑事なのかもしれない。幽霊のように壁を通り抜けることはできないので、黙して語らぬことでその場を切り抜けた。
■ ミステリコラムス0013 『寄生する話』
先頃、DX版が刊行された『寄生獣』(岩明均・著)は、宇宙より飛来した謎の寄生生物たちが人間に寄生、人間という種を喰い尽くそうとする結構怖い漫画です。確かに肉体に寄生されるのは怖い。『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明・著)の例を挙げるまでもなく、本来あるべき姿が第三者の一方的介入により歪められ、破壊され、創りかえられて、「似て否なる者」に成り果てる。自分が自分でなくなる。これ以上怖いことがあるでしょうか? もし自分が寄生されたらと思うと、恐ろしくっておちおち帰省もできません。ごめん母さん、最近忙しいんだよ年末には帰るから。
それはさて置き、人間に対する一種のアンチテーゼとして寄生獣が存在したように、私たちが日頃から愛してやまない小説にも“寄生文字”というものが存在することをご存知でしょうか? 寄生文字です寄生文字。規制文字ではなくて寄生文字。規制される文字ではなくて寄生する文字です。彼ら寄生文字は寄生獣と同様、自由自在にその姿形を変化させ、様々な文章の中に紛れ込みます。基本的には一文字だけの存在であるため、誤植と見逃されることも多いようです。が、中には『マリア様がみてる』(今野緒雪・著)シリーズに寄生文字「漢」が入り込んで作品の品格をぶち壊しにしたり、普通のミステリ小説に寄生文字「ィ」が入り込んで「あれ? これって森博嗣だったっけ?」などと読者を混乱させるといった報告もあり、結構な被害が出ているようです。複数の個体が集合して文章を形成することもあって、小説の最終ページ後に残されたわずかな空白を使って勝手な結末を付け足すなんてことも。小説について友人と議論していて、「なんだか話が噛み合わないぞ?」と思ったら、それは寄生文字が貴方の読んだ本にだけ勝手に結末を付け足している可能性があります。注意しましょう。そこまで極端ではありませんが、落書きを装った寄生文字「犯人はコイツ↓」などは図書館の本に目撃例が多いことで有名。退化した寄生文字が象形化してパラパラ漫画化したという事例などはまだマシな方で、いじめられっ子の教科書に時々現れる寄生文字「死ね!」はマジで洒落になりません。ホント勘弁して欲しいです。というか勘弁してください。やめてよ。
以上のように恐ろしさばかりが目立つ寄生文字ですが、中には人間と共存を図ろうとする寄生文字もいます。彼らは人間の役に立ちさえすれば排除されないことを学習すると、一様に同じ文字に変化、ある一冊の小説に集団寄生したのです。そう、寄生文字「ら」が、『ら抜き言葉殺人事件』(島田荘司・著)に!! 正しい日本語文化を守るためにも、寄生文字との共存共栄を目指しましょう。
■ ミステリコラムス0014 『古い歌を口ずさめばいいじゃん』
『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』(小路幸也・著/講談社)で少年時代の主人公(?)が口ずさんでいた「古い歌」は、日本の楽曲で唯一アメリカ・ビルボードチャートの1位に輝いている、坂本九氏のあの名曲でした。日本人なら誰もが知る「古い歌」であり、歌詞の内容がそのまま「空を見上げる」ことになることを考えるに、なるほど納得の選曲です。僕も「空を見上げて口ずさみたい古い歌・ベスト3を選ぶとするなら、ベスト1にはまず間違いなくこの曲を選ぶと思います。ベスト2はNHK教育テレビの道徳番組 『みんななかま』の主題歌 「口笛吹いて」、ベスト3はハリウッド映画『マトリックス』のテーマソング・MARILYN MANSON の「ROCK IS DEAD」でしょうか。
口笛吹いて〜 空き地へ行った〜
知らない子がやってきて〜 「ローック!」 ラン ラン ラン ラン ラア〜ン
それはそれとして。当たり前の話ですが、「古い歌」というのは世代によって移り変わっていくものです。今現在オリコンチャートをにぎわかせている最新のヒット曲も、20年経てば立派な「古い歌」になります。懐かしい歌を口ずさんでいる人がいるな、と思ったらサビから先が急に早口になって、実は若手アーティストのヒップホップMIXでしたジャンジャン♪なんてオチが植田まさし風の4コマ漫画で使われたとしたら僕はそれを破いて捨てますが、可能性としては十分にありえるでしょう。重要なのは、その人が何に対して懐かしさを感じるか、ただそれだけです。聴く人の胸に、ノスタルジアと共に刻まれるメロディ。それこそが十人十色の「古い歌」なのです。ここで気をつけなければいけないのは、それはあくまでノルタルジアであってノストラダムスではないということです。古い歌を口ずさもうと思って空を見上げてみたら突然、恐怖の大王が降ってきた! そんなとき口ずさむ曲は映画 『地獄の黙示録』から「ワルキューレの騎行」辺りが無難でしょう。歌詞がないからハミングで。
ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜んふふん〜
ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜んふふん〜
ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜ん ふふん ふ〜んふん ふ〜んふふん〜
……ああっ、しまった! そこから先のメロディが思い出せない! こういうことって、よくありますよね。迂闊にもうろおぼえの「古い歌」を口ずさみ始めてしまい、途中でそれに気がついた貴方は誰が聴いているわけでもないのに語尾を濁したり急に音量を絞ったり。恥かしくて恥ずかしくて、お天道様に顔向けができなくて、空を見上げられずに俯いてしまうことでしょう。しかし、挫けてはいけません! そんなときこそあの歌の出番です! 元気を出して、九ちゃんの「上を向いて歩こう」を口ずさもうじゃありませんか!
上を向いて歩こう 涙が零れないように
……そこから先の歌詞が思い出せない!
■ ミステリコラムス0015 『オペラのように』
『ミステリ・オペラ 宿命城殺人事件』(山田正紀・著)のタイトルにある“オペラ”は、ひょっとしたら今貴方がこのページを参照するのに用いているかもしれないWWWブラウザのことでは勿論なくて、作中、満州国建国に当たって奉納として上演されることになったオペラ『魔笛』から来ているものと推測されます。国産のミステリで能楽や歌舞伎といった日本古来の伝統芸能を扱ったものは数多くありますが、オペラという舶来の芸能を持ち込んだ作品はなかなかないでしょう。 神津恭介シリーズに『魔弾の射手』(高木彬光・著)、それと『三毛猫ホームズの歌劇場(オペラハウス)』(赤川次郎・著)があるくらいでは? 海外には『オペラ座の怪人』(ガストン・ルルー 著)という古典の名作があるというのに、寂しいものです。オペラマニアでミステリマニアな人からすれば将に目が鱗になりそうな作品であるわけですが、本書の試みは単純に「オペラを使ってみました」という舞台設定の留まるものではありません。
17世紀初頭にイタリアで発達したオペラは、独唱、重唱、合唱に管弦楽演奏の前奏曲、間奏曲などを織り交ぜつつ、さらに舞台美術、演劇、バレエまでも合わせた総合芸術。そして、第二回本格ミステリ大賞と日本推理作家協会賞を同時受賞した『ミステリ・オペラ』が属するカテゴリ、つまり本格ミステリもまた、名探偵、密室殺人、ダイイング・メッセージ、首なし死体、大胆な伏線、緻密なロジックといった様々なガジェットで彩られた一種の総合芸術なのです。ジャンルの異なる総合芸術を見事融合させた山田正紀氏の慧眼は本当に素晴らしいものです。ただ、惜しむらくは現代の日本において、オペラという総合芸術は大衆に広く受け入れられてはいるわけではありません。本格ミステリ読みという狭い範囲に限れば尚更のこと、その重厚さから中途で挫折している人が結構な数いるようなのです。偏見かもしれませんが、オペラには古典的なイメージが強く、僕のような薄い読み手には取っつき難いところがあるのも事実。
そこで当コラムでは、ミステリと総合芸術の融合をもっと気軽な形で楽しんで頂くべく、新しい形を提言したいと思います。そうです、『ミステリ・ミュージカル』の上演です。合宿のため古城に集まった劇団関係者たち。そこで起こる不可解な連続殺人。第一発見者である演出家は恐怖のあまり踊り出し、「次は自分の番では?」と怯える役者の卵たちは皆で合唱することで恐怖感を和らげようとします。通報を受けて現場に駆けつけた制服警官たちがロボットダンスを貴重とした見事な群舞を見せれば、容疑者たちは個性的かつ情熱的な振り付けで己の潔白を主張。捜査の指揮を取るエリート警部は不可能犯罪を前に頭を抱えてブレイクダンス。いよいよ迷宮入りかと思われたその時、ワイヤーに吊られた名探偵が天空より颯爽と登場! クライマックスは勿論、名探偵が登場人物全員を従えて圧倒的迫力で迫る真相解明の舞です。躍動感に満ちたダンスと力強い歌声が読者もとい観客の心をバッチリ魅了、最後は効果音をフルに活かしての犯人指摘! これぞミステリ! これぞミュージカル!
問題はこの舞台脚本を担当するミステリ作家です。舞台脚本といえば若竹七海さんが劇団フーダニットのために二度脚本を書いていますが、ここは敢えて経験のない作家をチョイスしたいと思います。そうですね、森博嗣氏なんてどうでしょうか? 当然、舞台の主催は劇団○○○四季で。そんなオチかよ。そんなオチです。
※ この文章を書いた人間は『ミステリ・オペラ』を読んでいません。
■ ミステリコラムス0016 『ハラキリスキヤキ』
小説や漫画において、外人さんが喋った日本語の台詞を表現する手法として、「ワタシハニッポンダイスキデスー」といったように全部カタカナ表記にしてしまう、というものがあります。カタカナ表記された台詞というのは何となく片言っぽい、イントネーションがおかしいというイメージがあって、同様に旧型コンピュータの合成音声などもカタカタ表記されることがあるようです。これはきっと、「サンドイッチ」や「ランドセル」といった外来語の表記にカタカナを使うことから、動詞や形容詞も助詞も接続詞も、全部残らずカタカナにすることで外国っぽい雰囲気を演出、外国っぽい雰囲気を臭わせているからにはこれは当然外人さんだろう、外人さんが喋っているんだからそれは流暢な日本語ではなくて片言だろうと、そういうことなんだろうと思ったり思わなかったり。
しかしながらこのような表現方法は、懸命に日本語を学んで渋谷の女子高生たちを遥かに上回る日本語能力を身につけた外人さんたちからすると、非常に失礼な話です。大体、今僕が「あ」と発音したとして、それを「あ」と表記するのか「ア」と表記するのか「A」と表記するのか『痾』(麻耶雄嵩・著)と表記するのか、決めていいのは発音者である僕ただ一人ではないんですか? 何故そんな差別をするんだい? 俺たちが喋っている日本語はそんなに妙なのかい? 俺たちの日本語と君たちの日本語は所詮別物なんだよとニヒルな顔で主張したいのかい? 例えば俺はアメリカ人だけど、君たち日本人が喋る英語を表現するのに、わざわざ使う文字を区別したりしないぜ? それとも何かい、君たち日本人が口にした英語を表記するための文字として侍アルファベットでも作れって言うのかい? オー、もしそうなったら、「X(エックス)」の文字は間違いなくチャンバラだな! Ha-Ha-Ha-Ha-Ha、イッツァアメリカンジョーク! 最後に「アメリカンジョーク」と付けさえすれば何でも許してもらえると思っている症候群。危ない危ない、もう少しで『Xの悲劇』(エラリー・クイーン 著)がミステリではなくて戦国絵巻になってしまうところでした。
さて、そろそろオチです。もう大半の人は読めているかと思いますが、今回のポイントはズバリ「カタカナで表記された台詞は片言である、故に発言者は外国人ではないか?」。何が言いたいのかというと、つまり、『ダレカガナカニイル…』(井上夢人・著)の主人公・西岡悟郎は実は外国人だったんじゃないでしょうか? ラフカディオ・ハーンだけど小泉八雲みたいものなんじゃないでしょうか? 物語そのものには何の影響も与えていませんが、そういうこともありえるんじゃないかと。だって、片言の日本語を普通にひらがな+漢字表記しちゃいけないって決まりがあるわけじゃないですもん。髪が黒くて東洋人風の目鼻立ちをしているため周囲からはただの「濃い顔の人」と思われているけれど、実は北中米出身。独学で学んだ日本語は文章にすれば完璧だけど、イントネーションはケント・デリカットそのもの。そんな西岡悟郎氏が自分の頭の中に正体不明の何かがいると気がついたとき、彼はきっとこう叫んだに違いありません。さあ、皆さんもご一緒に!
「ダレカガナカニイル……
ダレカガ ナカニ イルヨーッ!!!」
前半は一言一句を噛み締めるように。後半はジョン・ロビンソンの「ジュリアナ東京ーッ!」っぽく言えたら完璧です。
■ ミステリコラムス0017 『ねば〜えんでぃんぐ赤川次郎』
もう随分前にチェックをやめていたため、先日、人伝に聞くまでまったく知らなかったのですが、赤川次郎の≪杉原爽香≫シリーズ、主人公の杉原爽香、最新刊ではもう30歳になるんだそうです。ご存知ない方のために解説しておくと、このシリーズは毎年1冊ずつ刊行されているんですが、なんとその度に主人公が1歳ずつ年を取る、つまり、主人公が読者と一緒に年齢を重ねていくという世にも珍しいシリーズなのです。初出の『若草色のポシェット』では15歳の元気溌剌女子中学生だった杉原爽香も、先月刊行されたシリーズ16作目の『茜色のプロムナード』ではドドンと倍の30歳。年上の読者からすれば爽香はいつまでも年下、年下の読者からすれば爽香はいつまでも年上。読者の隣人として同じ時間の流れを歩んでいる、こんなフィクションの登場人物は他にはちょっといないでしょう。改めて言うまでもないことですが、これって相当に凄いことですよね。毎年ちゃんと新刊を出せるという自信、シリーズ物を途中で投げ出したりしないという自負がなければ、到底できることじゃありません。皮肉じゃなしに見習って欲しい作家さんが沢山いますね、ピー先生とかピーピー先生とか!(好きな先生の名前を叫ぼう!)
ただ、この試み自体は確かに凄いことなんですが……肝心の内容がちょっと。ごく平均的な赤川次郎作品といった感じで、突き抜けるものがないんですよねー。僕がこのシリーズを7作目の『象牙色のクローゼット』でやめてしまったのも、その辺に原因があったりします。主人公の渾名が「爽香」の「爽」の字からとって「さわやか」なんていうくせに、作品の雰囲気は全然さわやかじゃないし。人間関係とかメチャメチャブルーだし。このまま35歳、40歳、50歳、60歳……と続けていくのも、まあ悪くはないんですが(杉原爽香60歳だとしたら赤川次郎先生は85歳ですけどね)、僕が望むものはそんなものじゃない。そんなものじゃないんです。
じゃあ、どんなものなのか、と申しますと。
これはもう、タイムスリップしかないんじゃないかと。
記念すべきシリーズ20作目となる『黄金色のデロリアン』で、34歳を迎えた杉原爽香は19年前にバックトゥザフューチャ!(でも精神だけね) 34歳の記憶に15歳の肉体を取り戻した爽香は、毎年のように事件に巻き込まれていた己の人生を振り返り、「事件そのものを未然に防ぐことができれば……」と断固とした決意を胸に行動を開始するわけですよ。シリーズ19作目までが全部前振り! 長っ! 『陰摩羅鬼の瑕』(京極夏彦)の前振りよりも長っ!(読んでないけど) 『ドカベン』(水島信司)で山田太郎が柔道をやっていた期間よりも長っ! ともあれ、過去に遡った爽香は『若草色のポシェット2』、『群青色のカンバス2』、『亜麻色のジャケット2』と順々に事件を防いでいくことになるのです。おおっ、これはなかなか面白そうだ! 突き抜けている感じですよ!
で、シリーズ41作目となる『若草色のポシェット3』のお話ですが……(以下略)
今回のネタ本:
『茜色のブロムナード』 (赤川次郎/光文社文庫) (bk1)
■ ミステリコラムス0018 『推理小説禁止』
若い警官:「ホラ、抵抗するなっ! こっちに来い!」
男:「イタイイタイ、そんなに引っ張らないで下さいよ。痛いじゃないですか」
年配の警官:「なんだそいつは」
若:「わかりませんか? ほら、格好は違うから一見するとわかりにくいけど、2週間前にも捕まえてる奴ですよコイツ」
年配:「うん? ……ああ、ひょっとして例の『推理小説常習犯』(森雅裕・著)か?」
若:「そうですそうです」
常習犯:「ヘヘヘ……お世話になります」
年配:「確か前回は、セルの着物に袴姿でもじゃもじゃの髪を掻き毟りながら、ハチ公前で『犬神家の一族』を読みまくっていたんだったな。犬神とハチ公をかけたわけだ」
若:「その前はこともあろうか、小学校の教室に勝手に入り込んで、黙々と推理小説していたんですよ」
年配:「なるほど、『沈黙の教室』(折原一・著)か。まったく、とんでもない常習犯だ」
常習:「……別にいいじゃないですか。誰に迷惑かけてるわけじゃなし」
若:「馬鹿野郎! 推理小説ってのは立派な犯罪なんだぞ!」
常習:「いや、そりゃあ犯罪は書かれているかもしれないけれど、推理小説そのものは犯罪じゃないでしょ。所詮はフィクションじゃないですか」
若:「屁理屈を捏ねるんじゃない!」
常習:「屁理屈じゃないと思うけどなぁ……」
年配:「ほら、そこの椅子に坐るんだ。お前がつい推理小説してしまう気持ちもわからんじゃないがな、法律で禁止されている以上、それは立派な犯罪なんだよ」
常習:「前からお聞きしたかったんですけど、その、『推理小説する』って日本語、おかしくないですか?」
若:「これだから推理小説馬鹿は厭なんだ! 何かと言うとすぐにロジックで攻めてきやがる!」
常習:「ロジックっていうか何て言うか……もういいです。話通じなし、面倒臭いから誓約書書きます」
若:「最初からそうやって素直にしていればいいんだ。ほら、ここにサインしろ」
常習:「うわぁ、条件が厳しくなってるよ。『(1)私は今後年3冊以上、推理小説しないことを誓います。(2)推理小説的な格好をして推理小説しないことを誓います。(3)公共の場で「あー、西之園萌絵と×××してぇーっ!」とか叫ばないことを誓います』だなんて。俺、守れるかなぁ」
年配:「……そんなことまでやってたのか」
若:「今度やったら豚箱行きだかなら。まあ、お前らみたいな推理小説常習犯は、豚箱に入るのは寧ろ嬉しいそうだけどな。マーロウにでもなったつもりか?」
常習:「そんなこと考えてませんよ」
若:「なんでもいいから早く書け」
常習:「まったく、世知辛い世の中になったもんだなあ。一体全体、推理小説の何が悪いって言うんですか。今日だってちょっと『殺人鬼』(綾辻行人・著)読みながら、殺人鬼の格好をして殺戮しまくっていただけなのに……」
若・年配:『いやそれは普通に犯罪だろ』
今回のネタ本:
『推理小説常習犯 ミステリー作家への13階段+おまけ』 (森雅裕/講談社+α文庫) (bk1)
■ ミステリコラムス0019 『真のロシア紅茶飲みであれ』
『ロシア紅茶の謎』(有栖川有栖・著)を読んで以来、ロシア紅茶というものに俄然に興味が涌いてきた。「紅茶の中にジャムを入れて飲む」という独創的な飲み方が私の心を捕らえて止まないのだ。この飲み方がロシアの一般的な紅茶の飲み方かというと実は違うのだが、そんなことはどうでもいい。既にそういうイメージが私の頭に出来上がっている以上、私にとってのロシア紅茶はジャム入り紅茶なのだ。しかしこれだけではロシア的雰囲気が足りないこともまた事実である。真のロシア紅茶を味わうには、飲み手もまた真のロシア紅茶飲みでなければならないはずだ。理想はロシア国籍を取得することだが、さすがにそれは難しいので、形から入ることにしよう。
まず服装。極寒の地を想像するに、帽子、毛皮のコート、手袋、皮のブーツと防寒対策には完全を持さなければならない。帽子は長ければ長いほどいいだろう。ホコホコ感も大事だ。見た目を重視するのであれば髭も欲しい。スターリンのように威厳のある立派な髭を生やせたら最高だ。姿勢。これはもちろんコサックダンスだ。コサックダンスなくして私のロシアは完成しない。白鳥のように優雅に、テーブルの下で脚を動かすのだ。長時間のコサックダンスに耐えるためには身体を鍛えておく必要がある。強靭な精神力を養う意味でも、ここは格闘技を習うのが良いだろう。習う格闘技はもちろんサンボだ。より実践的にコマンドサンボを習うのもいい。ヴォルク・ハンを師匠と仰ぎたい。次にBGM。メリー・ホプキンが歌った「悲しき天使(Those were The Days)」の原曲であるロシア民謡「長い道を(By The Long Road)」でもいいし、TVドラマ『青の時代』で使われた、ロシアの妖精・オリガが歌う「ポーリュシカ・ポーレ(POLJUSHKO POLE)」でもいい。しかし今、私の心にもっとも訴えかけるロシアをイメージさせる楽曲は、ジンギスカンの「めざせモスクワ(MOSKAU)」である。陽気な感じの曲でコサックダンスにもちょうどいい。
最後に、独りきりで紅茶を飲むのは少し淋しい。なので、向かいの席には日本でもっともロシアが似合う有名人、『シベリア超特急』の水野晴郎氏を招待するとしよう。水野氏にはゲームボーイ版『テトリス』をプレイして頂く。これで完璧だ。これぞ真のロシア紅茶飲みがロシア紅茶を嗜むに足るシチュエーションだ。さあ、いよいよロシア紅茶を飲むとしよう。嗚呼、最高だ。私は今、この上なく満ち足りている。これから飲むロシア紅茶は、きっと我が人生における最高の一杯になるであろう――
・ ・ ・ ・ ・
「……というわけで、携帯ゲーム機で遊んでいた水野晴郎氏と同じテーブルに座っていた、筒状の帽子に毛皮のコート、厚手の手袋に皮のブーツという服装で、カイゼル髭で、ウォークマンでジンギスカンの『めざせモスクワ』を聴きながら、コサックダンスを踊りつつマーマレイドジャム入りの紅茶を飲もうとしていた、コマンドサンボ使いの日本人が殺されたんや。○村、お前ならこの謎をどう解く?」
「ロシア人が怒ったんじゃないか」
今回のネタ本:
『ロシア紅茶の謎』 (有栖川有栖/講談社文庫) (bk1)
■ ミステリコラムス0020 『世界終始』
ミステリコラムス用にストックしていたネタのひとつに、「一昨年刊行された『世界の終わり、あるいは始まり』(歌野晶午・著)が今一つブレイクしなかったのは、タイトルが長すぎたせいではないだろうか? ここはひとつ、いかした略称をつけてやろうぜ!」というがあったのですが(ちなみにどの部分で略しても既刊の作品と被る)、先程2ちゃんねるの某板を閲覧したところ「世界終始」なるいかした略称が書き込まれていて、僕のハートを鷲掴みにして下さいました。元の読み方はサクッと無視して、「セカイシュウシ」なんて読むと四文字熟語っぽくてで素敵です。いや、いっそ四文字熟語ということにしたい。ミステリ四文字熟語。意味は――ネタバレになるから内緒です。
他にも、タイトルに四文字の漢字を含んでいる作品であれば、四文字熟語化が可能です。「時計忘森」(ジケイモウシン)、「煙土食物」(エンドショクモツ)、「朱漆壁血」(シックイヘキケツ)、「過行風色」(カコウフウショク)、「花下春死」(カカシュンシ)、「海見陸見」(カイケンリクケン)などなど。意味は――各自、当該作品を読んで適当にでっちあげて下さい。究極的には「面白いこと」「つまらないこと」の二択になってしまうかもしれませんが、それもまた由。他に「海奈良死」で「カイナラシ」とかどうでしょう。意味は――有栖川ファンの反感を買いそうなので割愛。あと、「追者追者」で「オシャオシャ」。なんだかムツ●ロウさんみたいですね。満面の笑みを浮かべながら動物を可愛がろうとするムツ●ロウさん(追う者)と、嫌がって逃げる動物(追われる者)を表現した四文字熟語。って、それは既に熟語でないが。
愛する動物たちに裏切られた、ムツ●ロウ氏の世界はそのとき、終わりを告げた。
あるいはそれは、新たなる世界の始まり。
今回のネタ本:
『世界の終わり、あるいは始まり』 (歌野晶午/角川書店) (bk1)
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