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0031 - 0040ざ・ねば〜えんでぃんぐ・みすてり〜 縮小版
■ ミステリコラムス0031 『九マイルは遠すぎるなんて言わないよ絶対』
『九マイルは遠すぎる』(ハリイ・ケメルマン)というミステリがある。有名な海外古典なので詳しく説明するまでもないだろうが、それでも読んだことがないという稀有な読者、つまり僕のために、簡単に説明する。「九マイルの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の道ともなるとなおさらだ」という短い台詞から、ニッキイ・ウェルト教授がまだ発覚すらしていない殺人事件を推理するという“飛躍推理”物の代表作である。この“飛躍推理”は、現代の日本ミステリ界では西澤保彦が特に好んで使っており、真相よりも推理のアクロバット自体に興味を覚えるタイプの読者から根強い支持を集めている。最近、このミステリコラムスも似たような内容ばかりでどうも煮詰まっているいるので、ここはひとつニッキィ教授に習い、「九マイルの飛躍推理」で新しい可能性を模索してみたいと思う。
まず、9マイルの道程を「遠すぎる!」と感じる人間は、まず間違いなく、歩幅が9マイル以下である。1マイルは1,609メートルだから、9マイルは14,481メートル、およそ14.5キロメートルとなる。身長と歩幅の関係は「身長の約45%=歩幅」なので、歩幅14.5キロメートルの人間の身長はおよそ32キロメートル。富士山の八合目ほどの高さということになる。これくらい長身の人間であれば、9マイルなどまったく取るに足らない。1歩足を前に出せばそれで到達するのだから、「容易じゃない」などと口にするなんてありえない。さらに、「雨の道が苦手」と感じる人間は、まず間違いなく、河童ではない。河童なら雨は大歓迎だろうし、ぬかるむ道だって足に馴染むはずだ。河童が「雨の道ともなるとなおさらだ」などと口にするなんてありえない。
結論として、この台詞の発言者は、「身長32キロメートル以下の河童ではない何か」ということになる。逆説的にいえば「身長32キロメートル以上の河童は発言者ではない」ということになるのだが、ところがこれは罠である。問題の台詞をもう一度注意深く観察して欲しい。そう、実はここに大きな聞き間違いがあるのだ。どこの部分を聞き間違えているのかといえば、それは「容易じゃない」の部分である。実はこれが「容易じゃない」ではなくて「良いじゃない」なのだ。つまり「九マイルの道を歩くのは良いじゃない、ましてや雨の道ともなるとなおさらだ」となり、台詞の意味合いは逆転する。発言者は9マイルの道を歩くことも、それが雨の道であることも、「良いじゃない」と歓迎しているのである。
ミステリにおけるミスリードは、読者の推理を真相とは反対方向に誤導するためのものである。ならばこのケース、消去法によって削除された可能性こそが真相ということになるだろう。つまり発言者――否、もうそのような迂遠な呼び方をすべきではない――犯人は、「身長32キロメートル以上の超巨大河童」なのである。彼にとっては身長60メートルの大怪獣ガッパ@日活映画ですら豆粒同然、人間などは塵芥に等しい存在といえる。歩いているうちにぺしゃんこになった人間が、ド根性人間が足の裏に貼りついているなんてことは日常茶飯事。中には不幸にも命を落としてしまう人もいるに違いない。そう、これこそが殺人事件だ。当の河童は気づかないだろうが。
『九マイルは遠すぎる』の舞台は英国であり、台詞の原文も英語なんだからこんな聞き間違いは発生しない、などと指摘する向きとは、私はお友達になれない。それこそ9マイルほど距離をとって、琵琶湖に住んでいる超巨大河童を召還してやる。河童の1歩目で無粋な相手はぺしゃんこになる。無様な様子を笑ってやろうじゃないか。無論、2歩目でぺしゃんこになるのは、この私だ。
今回のネタ本:
『九マイルは遠すぎる』 (ハリイ・ケメルマン/ハヤカワ・ミステリ文庫) (bk1)
■ ミステリコラムス0032 『真説・暗黒館の殺人』
【連載第1回】 (全12回予定)
「さて」
一階の大広間に関係者全員を呼び集めた名探偵獅子谷カドミンは、不敵な微妙を浮かべながらキッパリと宣言した。
「これからこの暗黒館で起きた、恐るべき密室殺人事件の全貌をお話したいと思います」
暗黒館――謎の天才建築家、中村俊輔が設計したこの館は、その名の通り、壁も床も天井も、すべてが漆黒に塗り潰された異色の館である。
事件が起きたのは一昨日の午後十一時。暗黒館の当主A氏が密室状態にあった寝室から忽然と姿を消し、二時間後の午前一時、同じく密室状態にあった書斎から遺体で発見された。死因は絞殺。遺体は何故か全裸で、ほのかに石鹸の香りを漂わせていた。唯一のマスターキーは執事B氏が管理していたが、彼のアリバイは探偵である獅子谷自身が証明している。ふたつの密室と全裸の他殺体。将に名探偵獅子谷カドミンにうってつけの事件と言えるだろう。(つづく)
【連載第2回】 (全12回予定)
獅子谷はゆっくりと語り出した。
「この事件のポイントは3つあります。1つは、中から施錠された状態の寝室から消えたA氏が、遺体となって書斎に現われるまでの間、一体何処に“あった”のか? 死後硬直の進行具合やその他様々な状況から判断するに、A氏は絞殺された後、寝室から書斎へと運ばれた可能性が高いと思われます。しかしA氏失踪直後の午後十一時十分から開始した家捜しでは、彼を発見することはできませんでした。A氏が隠れるスペース、A氏の遺体を隠すスペース、そのいずれもできなかったというのに、です。
遺体が発見された書斎は、午前〇時半に容疑者C氏とD氏が捜索していますが、その際には何も発見できませんでした。そしてその後すぐにマスターキーで施錠されています。D氏が落し物に気づき、三十分後の午前一時に書斎を開けさせたところ、中にはA氏の遺体が転がっていました。遺体はどのようにして密室状態の書斎に現われたのか? 消失と出現、この謎が解けない限り、事件の全貌は決して見えてはきません。(つづく)
【連載第3回】 (全12回予定)
2つめのポイントは、遺体が全裸だった上に、何処かで洗浄された形跡があったことです。殺害方法が刺殺で、飛び散った血を洗い流したかったというのであれば兎も角、絞殺した死体の服を脱がしてわざわざ洗ったのは何故か? 犯人に時間的な余裕があったとは到底思えません。ここはやはり、犯人にそうせざるをえないだけの理由があった、と考えるべきでしょう。
そしていよいよ3つめのポイントですが……その前に皆さん、喉が渇いたのではありませんか? パチンッ」
獅子谷が合図をすると、大広間下手側の扉がゆっくりと開いた。獅子谷の助手である江東区南と、容疑者のひとりであるメイドのE嬢が、全員分の飲み物を運んでくる。それを見たほぼ全員の眼に、明らかな歓喜の色が浮かぶ。
「さあさ、遠慮せずにお飲みください。と言っても僕が用意したわけではありませんけどね。全員行き渡りましたか行き渡りましたね? いいでしょう、謎解きは一休みして皆で乾杯しようじゃありませんか。それでは、乾杯!」
わけもわからぬまま探偵の言われるまま、しかし喉の渇きとなみなみ注がれた白色の誘惑には勝てずに、次々とコップの中身を飲み干す容疑者達。探偵にメイド、そして助手も――額に脂汗を滲ませながら――皆に倣う。とそのとき、ひとりの男が探偵を大声で怒鳴りつけた。
「いいかげんにしろっ!」(つづく)
【連載第4回】 (全12回予定)
「俺は喉なんか渇いちゃいない! それより謎解きはどうなったんだ、ははあん、さては適当なことを言って煙に巻くつもりだな? 俺は騙されんぞ、貴様は名探偵なんかじゃない、ただのペテン師だ! 茶番はごめんだ、帰らせてもらうぞ!」
「まあまあ、それより先ずはその飲み物を」
「帰る! 俺は帰るぞ!」
「お飲み下さいってば」
「五月蠅い、黙れ! 貴様の言うことなど聴く耳持たんはっ!」
「……それとも飲めない理由でもあるんですか?」
「な、なんだとっ!?」
獅子谷は激昂する容疑者F氏を完全に無視し、再び推理を始めた。
「3つめのポイントはこの屋敷に集まった貴方たち自身です。このことは、できれば直接、皆さんの口から教えていただきたかったのですが……今回この屋敷に集まった方々は全員、ある特殊な嗜好を持っていますね?」
広間に緊張が走る。
「そそそ、それは一体、何のことだね?」
「特殊な嗜好って、人のことをまるで変態みたいに、失礼だわ」
「お気に触ったようでしたら申し訳ない。ただ、これこそが犯人を特定するための最後の決め手なのです。つまり」
そのとき突然、ガタンと派手な音を立てて、助手の江東区南が床に倒れこんだ。見ると顔面蒼白で、今にも嘔吐しそうな顔をしている。
「ううう……獅子谷さんがどうしてもって言うから頑張りましたけど、これ、やっぱり無理ですよ……飲めるわけが……」(つづく)
【連載第5回】 (全12回予定)
「あら?」メイドのE嬢が小首を傾げながら、グッタリした様子の江東区南を見つめる。
「そういえば事件当夜も、今の江東区南さんと同じように具合の悪そうな顔をした方がいらっしゃったような……」
その台詞を聞いた全員の視線が、あるひとりの人物に集中する。E嬢は何か思いついたようにパッチリした両眼をさらに大きく開き、続けて喋ろうとしたが探偵が慌ててそれを制した。
「ちょちょちょ、困りますねメイドさん。僕の台詞を勝手に取らないでください。それを言うのは名探偵であるこの僕・獅子谷カドミンの役目なんですからっ!」
その場にいた全員が内心で(自分で名探偵って言うなよっ!)と突っ込んだが、獅子谷は涼しい顔。コホン。わざとらしい咳払いをひとつ、名探偵はいよいよ核心に迫る。
「3つの問題点はまったく無関係なようでいて、実は密接な繋がりを持っています。その繋がりに気がついたとき、僕にはこの悪魔のような犯罪の真相を瞬時に悟ることができました。犯人たりえる人物はたったひとりしかいません。つまり……」
獅子谷は左手を持ち上げると、緩やかだが自信に満ちた動きで、ビシッと犯人を指さした。
「犯人はアナタですっ!!」
【連載第6回】 (全12回予定)
『読者への挑戦状?』
構想50年、執筆1週間に及ぶこの長期連載も遂にクライマックスの時を迎えた。作者はここに、この問題が本格ミステリとして結構フェアっぽい?ことを宣言したいのだが、実際問題としてはそうもいかないだろう。何故ならこの連載は所詮ミステリコラムスの一環であり、作者には真っ当な犯人当てをやるつもりなどこれっぽっちもないからである。しかしまあ、それならそれでやりようはあるだろう。要するに、作者がどのようなオチを用意しているか、だ。犯人は誰なのか? 2つの密室は如何にして創られたのか? 死体が洗われていた理由とは? 館に集まった者たちに共通する嗜好とは? これらはすべて、とあるオチに集約される。作者は果たしてこの物語をどうやって落とすつもりでいるのか? これまでに貼られた伏線を回収する失笑のオチ、読者の皆様にはこれを見事的中させて欲しい。的中させたところで何の益もないが、作者に対してわずかばかりの優越感を抱けることだろう。幸運を祈る。
最後に、作者からひとつアドバイスを贈ろう。こんな問題、真剣に考えるだけ無駄である。早く本家の『暗黒館の殺人 <上>・<下>』(綾辻行人/講談社ノベルス)を読みなさいっ!
【連載第7回】 (全12回予定)
獅子谷が指差した相手は……ひとり飲み物を飲まずに立っている、容疑者F氏だった。
「ななな、失礼な、この私が犯人だと? 証拠はあるのか証拠は!!」
「もちろんありますとも。巧く誤魔化したつもりでしょうが、もう皆さんわかっているようですよ。貴方は何故、皆さんと同じようにその液体を飲まないのですか? この館に集められた人間であれば、その液体は大好物のはずですよ?」
「それは……今は偶々、喉が渇いていないというだけだ」
「嘘だ! Fさん、貴方はそれを飲んだら気分が悪くなって、今の江東区南君と同じような状態になってしまうんだ。そう、事件があったあの夜と同じようにね」
「それって結局、どういうことなんですか?」
メイドE嬢の質問に、探偵は満面の笑みで応える。
「F氏は君たちとは異なり、その液体を飲み干すことができないんだ。無理をすれば飲めないこともないだろうが、そうすると途端に体調を崩してしまう。にも関わらず、彼は事件当夜、A氏が行方不明という緊急事態下で、何故かその液体に類するものを大量に摂取した。結果、蒼ざめた顔を我々全員に見せることになったのです」
「類するものって……探偵さん、持って回った言い方はもう結構ですから、ズバリ真相を言って下さいよ」(つづく)
【連載第8回】 (全12回予定)
「わかりました、それではズバリお答えしましょう。つまりF氏はこの液体、コンデンスミルクに類するものであるところの、暗黒館そのものを喰らったのです!」
広間に静寂が舞い降りた。
『…………ハァ?』
何人から疑問の声があがり、重なる。
「オイ君、それは一体全体、何の冗談なんだ。我々は真面目に聞いているんだぞ?」
「気がつきませんでしたか?」
B氏の憤慨を遮って、獅子谷は悪戯っ子のように口許を歪めた。
「この館、実は、餡子で出来ているんですよ」 (つづく)
【連載第9回】 (全12回予定)
F氏と探偵以外の全員が呆然とした表情で立ち尽くす中、探偵は苦渋のF氏を真正面に見据えながら、仰天の推理を続けていく。
「この館は、世の中のありとあらゆる甘い物を好き好き大好き超愛しているA氏が、建築家の中村俊輔に命じて建てさせたものです。数いる建築家の中から中村を指名した理由は唯一つ、A氏が建てたかった館というのが、普通の建築家であればまず断られるような突飛な館だったためです。甘い物好きが望む館といえば、これはもうひとつしか考えられません。そう、『お菓子の館』です。中村はA氏の嗜好に理解を示し、早速計画に取り掛かりました。
しかしA氏にはひとつの懸念があった。彼の表の顔は不動産会社の社長で、お菓子の館などというメルヘン極まりない館に住んでいては威厳も何もあったものじゃありません。そこで中村が考え出したのが、漆黒に塗り立てられ見る者すべてに威圧感を与える、餡子で出来た餡子の館でした。さらに“暗黒館”などという物々しい名前を付ければ、誰もそれをお菓子の館だなんで思いません。こうして建てられた暗黒館は、壁も床も天井もすべてが餡子、それも最高級のこし餡製という、最高に贅沢なお菓子の館となったのです。
このことはA氏の親族も知らないトップシークレットとなりましたが、それはつまり、誰にも自慢できないということでもあります。それでも何かしら優越感を得たかったA氏は、知人の中でも甘い物が好きな連中だけを暗黒館に招待し、心の中でこっそりと、自分だけのお菓子の館を誇ることにしました。それがこの集まりの真の意味だったのです。
ところがその中にひとりだけ、異端の者が混ざっていました。F氏です。(つづく)
【連載第10回】 (全12回予定)
彼は、実は甘い物が大の苦手で、甘い物好きの人間以上に甘い物に敏感だった。おそらくこの暗黒館に一歩足を踏み入れた瞬間から、その異様な臭気から館の材質を悟っていたことでしょう。今となっては被害者とF氏との間に、具体的にどのような軋轢があったかはわかりません。ただ、F氏を甘い物好きと信じて館に呼び寄せたA氏が、F氏が本当は甘い物嫌いであることを知って、傲慢にもF氏を断罪した可能性はあります。とにかく両者の間に何かしらの争い事が発生し、結果、F氏はA氏を殺してしまった。
如何なる理由であれ、殺人を犯したとあってはお先真っ暗です。そこでF氏は一計を案じ、A氏が失踪したように見せかけようとしました。そのためには、死体を絶対見つからない場所に隠さなければなりません。そこでF氏がしたことは、彼にとって大きな困難を伴う悪魔の諸行でした。
つまり、大嫌いな餡子の壁を食い破って、壁の中に死体を隠すスペースを確保したのです。
死体を隠すスペースを確保するには、相当量の餡子を食べなくてはならかったはずで、そのため事件当夜、F氏は涌き上がる嘔吐感を必死に耐えなければならなかった。吐いたら大量の餡子を食したことがバレて、そこからトリックが露見してしまうかもしれませんからね。具合を悪そうにしていたのはこのためです。F氏以外の、真正の甘い物好きである皆さんたちであれば、いくら餡子を食したところで具合を悪くすることなどなかったでしょう。このトリックはつまり、もっともトリックに向いていない人間の手によって実行されたわけです。
F氏はしかし、ここで大きな失敗を犯しました。餡子を食い破って死体を隠している最中に、謝って寝室の外に出てしまったのです。死体を隠す作業を誰かに見られないよう、扉には内側から鍵をかけていました。そのため計らずも、A氏は密室から姿を消したということになってしまったのです。F氏はさぞかし焦ったことでしょう、さりとて書斎に戻る時間はなく、そうこうするうちにマスターキーによって寝室は開かれ、A氏は自発的な失踪というよりも密室から可解な消失を遂げた、という状況が出来上がってしまったのです。F氏は止むを得ず、死体を発見させることにしました。もちろん自分には絶対的なアリバイのある状況をこしらえて、です。
ここまで説明すればもうおわかりですね? 壁を破れるのですから、書斎の密室は意味を成しません。ただ、餡子の壁に隠されていた死体はすっかり餡子まみれになっていましたから、そのことに気づかれぬよう、綺麗に洗ってやる必要があった。石鹸の香りが強かったのは、餡子臭を消すために念入りに洗ったためだったわけです」(つづく)
【連載第11回】 (全12回予定)
静まる大広間に、ゴクリ、と誰かが唾を飲みこむ音が響いた。
「さあ、これでもまだ白を切るつもりですか?」
名探偵に問い詰められて、F氏はガックリと膝を折った。その後、F氏の数奇な身の上話が延々2時間ほど続き、最後はどこからともなく現われた警察官たちがF氏を連行していった。
「思えば彼もまた被害者だったのですね……まあ、どうでもいいんですが。さて、僕らの役目もこれで終わりのようです。そろそろ帰らせてもらいますよ、ホラ、江東区南君、いつまで倒れているつもりだい。帰るよ」
と、その時。獅子谷は周囲の人間たちが、皆一様に顔面を朱色に染めていることに気づいた。明らかに興奮している。
「み、皆さん、どうかなさいましたか?」
B氏がゆっくりと口を開く。
「君、この館が全部、餡子で出来ているというのは本当かね?」
「ハァ? え、ええ、それはまあ、本当ですけど。それが何か……」
探偵の問いには応えず、周囲の人間たちは思い思いに呟き始める。
「こ、これが全部、餡子だなんて……」
「そういわれてみると微かな薫りが……」
「賞味期限とかどうなっているんだ……」
「ああ、でもこの見事な黒色……」
「最高級のこし餡……」
「ちょ、ちょっと皆さん!?」
異様な雰囲気にたじろぐ探偵。
そして、次の瞬間。探偵と助手以外の全員が声を揃えて、その言葉を叫んだ。
世界を滅ぼす破壊の言葉を。
つまり、
「いただきますっ!!!」 (つづく)
【連載最終回】 (全12回予定)
翌日、現場検証のために再びやってきた警察官たちは、水道設備といくつかの調度品を残して完全にサラ地と化した暗黒館のなれの果てを前に、ただただ呆然とするしかなかった。館というのは時として、その怪しい魅力でもって「人を喰らう」と言われている。しかし、この暗黒館のように「人に喰らわれた館」というのは、まず間違いなく前代未聞であろう。
暗黒館解体の場に居合わせた名探偵・獅子谷カドミンは、その後、事件に関する一切の情報公開を拒んだ。そして生涯、甘物を口にしなくなったという。
※ 本連載の間、タイトルの一部に誤植があったことを深くお詫びします。
【餡子喰う館の殺人・完】
今回のネタ本:
『暗黒館の殺人 <上・下>』 (綾辻行人/講談社ノベルス) (bk1)(bk1)
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