The Neverending Mystery's Minimum
TOP > ぐぶらん『イニラブ』&『葉桜』 ざ・ねば〜えんでぃんぐ・みすてり〜 縮小版
GooBoo乱入スペシャル第9回・出張版
メタショッカーは本格ミステリーの夢を見るか?
課題図書:『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ 原書房) &
『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午 文藝春秋)
【前口上】 この原稿は本来、本格ミステリー系サイトの老舗・Junk-Landの1コンテンツGooBooミステリーの特別企画であり、Junk-Landにて発表されることを前提に書かれたものです。(GooBoo乱入スペシャル略して「ぐぶらん」についての詳細はこちらをご覧ください) しかし現在、Junk-Land管理人であるMAQ様は多忙につきサイトの更新停止を宣言されており、再開の目処もつかない状況とのこと。そこで今回は暫定的に、対談相手である僕(近田鳶迩)のサイト上に原稿を掲載させていただくことになりました。(Junk再開後のことは未定です) メインで扱っている作品が『イニシエーション・ラブ』というある意味旬な作品であるため、これ以上公開時期が延びることは好ましくないという、MAQ様と僕の共通認識からこの決定に至りましたことをここに明記しておきます。企画開始前のアンケートにお答えくださった方々からは、MAQ様を通じて当サイトの許可をいただきました。皆様の温かいご協力に感謝しつつ、Junk-Landの復活を一日千秋の想いで待ちたいと思います。
それでは、本編をお楽しみ下さい。
(2004/09/09 The Neverending Mystery 管理人・近田鳶迩)
【CAUTION!】以下の文中では、『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ 原書房)および『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午 文藝春秋)のネタバレに多数言及しております。未読の方は同作品を一読の上、あらためてお運びいただけますよう、くれぐれもお願い申し上げます。
・アンケート集計結果
G=Goo/MAQさん B=Boo/ayaさん e=近田鳶迩
(1) 正しい「気づき方」・正しくない「気づき方」
G
「久方ぶりの“ぐぶらん”GooBoo乱入スペシャルは乾くるみさんの、これまた久方ぶりの新作長編となる『イニシエーション・ラブ』を取り上げます。今回、お題としてこの作品を選んだのは、これを読んだ方の評価が“人によって極端に違う”ことに興味を持ったことがきっかけです」
B
「まぁ、同じ作品から異なる感想が生まれるのは当たり前っちゃ当たり前。べつだん珍しいことではないけどね」
G
「でもね、ここまで極端に差があるのは、やっぱり珍しい気がするんですよ。しかも、さらに面白いと思ったのは、これを肯定的に評価している方も否定的な評価をしている方も、押しなべて“何かいいたげ・議論したげ”に見えた点なんです」
B
「なるほど、それは確かにその通りだな。私自身もそうだけど、この作品で“サプライズを感じる読者がいる”こと自体、すんげ―不思議に感じるものねぇ」
G
「でしょ。――問題はそこです。『イニシエーション・ラブ』は、近年流行のメタレベルの仕掛けによるサプライズ一発勝負型の作品ですが、これってこのタイプの中でも、きわめてレベルの高い、洗練を極めた完成度の高い作品だと思うんですよね。しかし、にも関わらず、そういうことが起こっている。もしかするとそこには、こうしたメタショッカー特有の性質みたいなものを示すナニカがあるのではないか――これが一点。そして、その点を考えていくことで、本格ミステリとサプライズの関係というものをもう一度きちんと整理しなおすことができるのではないか。そんなふうに考えました」
B
「なるほど、それで『葉桜の季節に君を想うということ』を補助教材として取り上げているわけね」
G
「補助教材なんていっちゃ失礼ですが、まあそういうことです。これもぼくは不思議に思うんですが、同じくメタショッカーでも『イニシエーション・ラブ』を本格ミステリという人はあまりいないようなのに、『葉桜の季節に君を想うということ』は本格ミステリとされ、しかも非常に高く評価されています。この違いは何なんだ? と。これが今回のぐぶらんのもう一つのテーマということになりましょうか」
B
「なるほどね 、趣旨はわかった。しかし、その“メタショッカー”つーのはいったいナニ? 聞きなれない言葉だけど」
G
「メタレベルの仕掛けによる、サプライズ一発勝負型のミステリ作品のことですよ。ちなみにぼくの造語です」
B
「……センス悪すぎ」
G
「いちいち“メタレベルの仕掛けによるサプライズ一発勝負型の作品”なんて呼ぶのは面倒じゃないですか〜。いいですよ、もっといいネーミングがあるなら提案してくださいよ」
B
「あーもー時間がもったいないからそれでいいわよ。早くヘルパーさんをお呼びしましょ!」
G
「了解です。では、早速お呼びいたしましょう。もちろん皆さんおなじみ、ミステリWeb界のライナスの毛布こと癒しのカラオケ詩人、近田鳶迩さんです〜」
e
「HEY! 呼ばれて飛び出てジャ・ジャ・ジャ・ジャン・バル・ジャーン!」
G
「おわあッ!」
B
「なななななに? 何が起こったの?」
e
「どうも皆さんこんばんME! 孤高のミステリー系グダグダサイト管理人というか寧ろ歌野晶午にラブ・ユー・オンリー! いくら空回ってるといわれてもこの情熱だけは止められないっ! 輝け青春突っこめ赤信号、メタ萌え職人の近田鳶迩ですっ!!!」
G
「え、鳶迩さん?」
e
「空はこんなに青いのに、僕の心はちょっぴりブリリアント・グリーン。そんな憂鬱も混一色(ホンイツ)も都々逸も構造とかそういうのですっきり解決。本日は2003年&2004年のメタ界を語る上で欠かすことのできない問題作、『イニラブ』&『葉桜』のGood or Booing 対談企画にお招きに与り、恐悦至極夏彦でございます」
G
「ど、どーしたんです。鳶迩さん、何かあったんですか?」
B
「とうとう壊れたんじゃないの」
e
「いやいやいやいや、僕はまったくいつも通りですよ。ぐぶらんへの参戦は第4回の『安達ヶ原の鬼密室』以来4年振りなのでちょっと興奮してはいますがね。ともあれ、ピースな愛のバイブスでポジティブな感じでやらせていただきます! グッ!」
(……本当は過去2回の経験で、普段の丁寧キャラだとayaさんのパワーに太刀打ちできないことを痛感したため、今回は変化球で攻めてみることにした次第)B
「(ひそ)なんかキャラ変わってるし」
G
「(ひそひそ)ショックな出来事でもあったんでしょうか?」
B
「(ひそひそひそ)そーいえば、さっき楽屋で“こんなのボクのICOじゃないやい!”って泣き喚いてる声がしてたわ」
G
「(ひそひそひそひそ)それよりサカつくとかウイイレとかやりすぎて壊れたんじゃ? ほら、PS2のコントローラをに握りしめたままですよ」
e
(踊り狂っている)
G
「ま、まぁ“ぐぶらんヘルパー”としてはたいへん心強い変身かも……」
B
「でも、こーいうヒトが壊れると、怖いわよ〜」
e
(歌い叫んでいる)
G
「鳶迩さん鳶迩さん、あの、そろそろ……」
e
(仔犬とじゃれている)
B
「聞こえてないんじゃない?」
e
「(突然振り向いて)メタショッカーという造語、僕はかなり良いものだと思いますよ! 当然、メタ仮面ライダーと闘うんですよね?」
B
「だああっ! やばい!やばいよこのヒト!」
G
「逆らっちゃダメですよッ。そ、そそそそそそそーですそーです。そりゃもうメタショッカーときたらメタ仮面ライダーですよねぇ」
e
「(いきなりクールな口調で)何をいってるんですかMAQさん、ジョークですよジョーク。まぁ、“メタ仮面ライダー”というのは、いうなれば一つの暗喩ですね。だいたい“メタショッカー”という言葉それ自体は良いものですが、だからといってメタレベルの仕掛けが、全てそこに集約されるわけではありません――ま、このあたりはおいおいと話していきましょう(ニヤリ)」
B
「こ、こわ〜!」
e
「ふッ、常人には理解の及ばぬこの境地――さあ、早く始めましょう」
G
「そ、そうですねそうですね。早いとこ始めましょう。えとえと――まずは、そうだな。この作品の仕掛けに騙されたかどうか。途中で気付いたのであれば、それはどのタイミングだったか。それぞれのケースを発表いたしましょうか」
B
「ちょっと待ってよ。その“騙されるべき仕掛け”つーのはどれのことを言ってるの? マユ嬢がフタマタかけてたってこと? それとも、A面とB面の鈴木が別人で、2つのストーリィがほぼ同時期に並行して展開されてた物語だったってこと?」
G
「もちろん両方ですよ。それぞれお答えいただければよろしいかと」
B
「ふむ。じゃあまず私から。私の場合、マユが猫をかぶってるってことは50ページ行かずに気付いちゃったな。で、“マユの本性が伏せられている点”をキーに、B面で行われるであろう“いろんなどんでん返しのパターンを想像”してたのよ。だから、実際にB面を読み始めるとわりすぐ、2つのストーリィがほぼ同時期のことだってことに気づいて……結果的にA面とB面の鈴木が別人だと確信したわけだ」
G
「なるほどね。ぼくの場合はマユの正体(ってほどのもんじゃないですが)に察しがついたのは、50ページあたりですね。例の“タックというえらく不自然なアダ名”。そして100ページあたりの初セックスシーンの所で、ほぼ確信しました。ただ、ぼくの場合はB面では、A面鈴木がマユの黒い罠にはめられて怖い思いをするのかなー、なんて想像してましたけどね」
e
「なるほど。それはお2人とも、かなり早い段階で気づかれましたね」
B
「じゃ、構成に関わるA面/B面の仕掛けには?」
G
「B面の半ばくらいですかね、気づいたのは。順番でいえば“別人”→“同時期”ですが、まあほぼ同時でしょうね。A面鈴木とB面鈴木のキャラクタにおける齟齬、あと時制についても何となく違和感を感じることが積み重なって行って……なんとなく気づきました(笑)。まぁ、時制に関わる仕掛けについて確信したのは読了後ですけどね。鳶迩さんはいかがですか?」
e
「僕ですか? 僕は最後の最後まで、全然、何も、これっぽっちも気がつきませんでしたね。ネットで散々騒がれていましたから、叙述トリックの影はひしひしと感じていました。しかしその実態はまったく掴めなくって、最後の一行を読んでもまだわからない。何か読み落としがなかったかとページを遡ったところでようやくA面鈴木某の本名が目に入り、『アレ、これってB面の最後と違わないか?』と。読了からたっぷり10分はかかりました」
B
「え? 途中では全く気付かなかったの? 構成面の仕掛けはともかく、マユが二股かけてるってこととか、全然怪しまなかったの?」
e
「気がつきませんでした!(大威張りっ)ちゅーか、別に怪しむような書き方はされてないでしょう。読者視点となるA面の鈴木もB面の鈴木も、これっぽっちも怪しんでないわけですし」
B
「いや、バリバリに怪しいっつーか、思わせぶりな書かれかたしてたと思うけどなぁ……ともかく、きれいに騙されたのはたしかよねぇ。それはそれで今どき貴重な存在かも」
G
「でも、実際はそうでもないみたいですよ。もちろんミエミエだったという方もたくさんいるようですが、いろいろ聞いたり読んだりすると、ずっぽり全部騙されたという読者さんも、鳶迩さんを含めてけっこうたくさんいらっしゃるみたいです」
e
「ほおらねっ!」(勝ち誇りっ)
B
「うっそおおおッ」
G
「お二方ともご存じの通り、今回の“ぐぶらん”に先だって、幾人かの方にアンケートを実施したんですよ。で、戻して下さった回答が全部で12通。ちょっと数は少ないのですが、非常に興味深い結果が出ています。まずその中から、いま話題に上がっている“仕掛けへの気づきとそのタイミング”についての集計結果をご紹介しましょう。(アンケート集計結果全文はこちら)」
【Q1】以下3つの仕掛けに「どういう順番で」気づいたか?
(A)(A面で)うぶな処女と見えたマユは実は猫をかぶっていた
(B)「A面の鈴木」と「B面の鈴木」は実は別人だった
(C)A面とB面はほぼ同時期に進行しているストーリィだった
※集計結果は多い順に並べ直してあります
(1)B→C→A:5名 (2)A→B→C:2名 (3)B→A→C:2名
(4)A→B(Cには気づかず):1名 (5)気づかず意味不明のまま:1名
(6)C→A→B:0名 (7)A→C→B:0名 (8)C→B→A:0名
(9)B→A(Cには気づかず):0名
※ 無回答:1名
B
「これは……たしかに驚くべき結果だわねー」
G
「でしょでしょ! つまり、少なくともアンケート結果で見るかぎりは、ラスト2行の美弥子の『……何考えてるの、辰也?』というセリフに遭遇するまで、ほとんどの人は仕掛けには気づかなかったんですよ。そしてこのセリフによって、“A面鈴木とB面鈴木は別人”→“A面B面はほぼ同時期”→“マユの正体”と、バタバタと一気に理解したと。そういうパターンがじつは多数派を占めているんですね」
B
「つまり、鳶迩さんの気づきかたの方が一般的ってこと?……信じられない」
e
「いやいや、全然驚くような結果じゃないですって。これが普通ですよ。仮にお二方のご意見を加味したとしても、仕掛けに気がついた人の1位は“B面読了時点”なんですからね。僕らの方がマジョリティであって、ayaさんらの方がマイノリティ・リポート主演はトム・クルーズなのです。僕も独自に、親しくさせてもらっているミステリ系サイト管理人数名から話を伺ってみましたが、やっぱり“B面読了時点”の方が多数派でしたよ。だいいち、ayaさんやMAQさんくらい本格ミステリに慣れ親しんでいる人間はそうそういやしませんって」
B
「う〜む〜。しかし、データはしょせんデータ! だいたいさぁ、鳶迩さんの私的調査もそうだけど、このアンケートにしたってサンプル数が少なすぎるわよ。これじゃとうてい有意なデータとはいえないわ」
G
「とはいえしかし、一つの方向性を示しているのは否定できないでしょうね。しかも、今回ぼくがアンケートさせていただいたのは、この作品を既読であることがはっきりしている方、つまりWeb上の書評や日記で作品の感想を語ってらっしゃる人たち(もちろん全てではないですが)なんですね。顔触れをご覧いただけばおわかりの通り、ソレと知られたミステリ読みさんがほとんどなんですよ」
B
「うううううむう。だとすると――これは、この作品の仕掛けは、成功だったということになるのか?……いいや、認めん! こんなん引っ掛かるほうがどうかしている!」
e
「ビークワイエット! 日本は民主国家なんですから、アンケートの結果は厳粛に受け止めるべきでしょう。この時点でどちらがイレギュラーであるかは明白になったわけですから、今後僕のように“最後まで気がつかなかった”人たちを貶めるような発言は、厳に控えていただきたい!」
B
「ぬぅわぁにぃおぅ〜! どーかしてるからどーかしてると言ってるんだッ!」
G
「ああッ、またそういう見るからにカド立ちまくりな発言を!」
e
「少なくとも僕はどうかしてなんかいない! 他の人たちは兎も角として!」
G
「あうッ、鳶迩さんまでそんな! 他のヒトはアホだといわんばかりに!」
B
「……どうでもいいけど、アンタこっそり油注いで回ってない?」
G
「あ、いや、あのそのなんですねそこはそれということで、ま、置いといて」
B&e
『勝手に置くなあッ!』
G
「あは。あははは。ま、ともかくッ! 現に皆さん、(おそらくは)作者の狙い通りに引っ掛かり、これまた作者の狙い通りの流れで仕掛けに気づいていらっしゃる。これはどうあっても否定できません。その意味で作者の計算は見事に功を奏しているというしかないでしょう。したがって、あろうことか“最後に気づくべき”マユの正体に最初に気づいてしまうような、ayaさんやぼくの読み方のほうがイレギュラーといわざるをえないんですよ」
e
「そーそー! だいたいですねー、一体全体どうやったら“最初にマユの正体に気づく”なんていう妙な気づき方になるんですか? ぼくにはその方がよっぽど不思議ですよ」
B
「はん! だってそんなのミエミエでしょ! A面におけるマユの言動を普通に追っていれば気づくわよ。んもー彼女の描写の端々に出てるじゃん」
G
「そうですね。ぼくもそのあたりについては、かなりあからさまな描写だったと思いますよ」
e
「……MAQさん。貴方は一体、どちらの味方なのですか」
G
「え、いやあのその。あは。あははははは」
B
「いいからキミは引っ込んでろ! そもそも最初の出会いからしてそうよ。たとえばねぇ、最初の出会いである居酒屋のトイレで『彼女のほうから声を掛けて』くる。2度目の海では速攻で『じゃあ、数字を覚えるのとかも得意?』と電話番号を教える……オクテ男のリードの仕方なんざ堂に入ったものじゃん!」
e
「女性の方から声をかけることがそんなに珍しいですか? 男性が気に入った女性に電話番号を聞くことが珍しくないように、今の時代、女性から積極的にアプローチをかけるなんてことは日常茶飯事でしょう。そうした描写が“堂に入ったもの”と思えるのは、結果的にマユがそういう女性だったというだけで、それだけで即マユの性格を裏読みするなんてのは擦れすぎたミステリーマニアだけです! 僕はピュア! モイスチャーミルク配合!」
B
「あのね〜、鳶迩さん。悪いことは言わないから、ああいうシチュエーションでああいう手口を使う女に出会ったら、“即、裏読み”したほうがいいわよ〜。ま、A面鈴木みたくなってもいい、あるいは“なりたい”んだったら、目をつぶっててもいいけどさ」
G
「……シミジミ胸に染み入るご忠告ありがとうございます。ちなみにぼくの場合は、さすがにそこまで早くなかったです(笑)。初の1対1のデートで『タック』といいかけ、2回目のデートで『たっくん』というニックネームを提案されたとこで“ああ、これは!”と確信しましたね。“手口”としては非常にオーソドックスなものですもん。ちなみにこれはアンケート回答者さんの中にも、同様の感想をお持ちの方がいらっしゃいました」
●大矢博子さん
・「タック」と口に出したあとで「言葉を詰まらせ」、洋服のタックの話に持っていくところが、「お約束のミス」であまりにわざとらしい。その上、ユウキを「たっくん」と呼ぶよう話を進めるあたりで、「ああ、こいつ、二股だなあ」とすぐにわかってしまう。ここさえ、もうちょっと隠してくれれば騙されたかもしれないのに。
B
「ほぉらね〜。だいたいこの手の女っつーのは、たしかにタチが悪いんだが、ぜんっぜん珍しくもなんともない。もうそのへんにいっくらでも棲息しているすげー“アリガチなタイプ”なわけで。誰だってふり返れば一度や二度は接触しているはずよ」
e
「僕はそのような計算高いタイプの女性とは縁がありませんね。何しろ高貴な家柄の出なので」
G
「ウチは3代続いた貧乏人の家柄ですが、やはりそんな女性とは接触がありません」
B
「あのね〜、キミらの場合は接触しても気づかないだけなの! っていうか、思いきりパクられても最後まで気がつかず、それどころか“いい思い出だ”とかなんとかイカレたこといってる、頭んなか一年中花祭りタイプってやつよ。一生云ってろA面鈴木!」
G
「えらいいわれかたです〜」
e
「世の中にはネズミ講やマルチ商法に引っかかる人が実際に多数います。ホステスに入れ込んで、ひたすら貢物を続けるサラリーマンや、ホストにかもられているだけなのに“彼の愛は本物だ!”と盲目的に信じ続けるOLだっている。人間は周囲のあらゆる物事を自分の都合のいいように認識したがる動物ですからね。対人関係において偽られていることに気がつかないなんてことは、ごく普通のことなんですよ。B面鈴木だってその例に漏れません。確かに大層マヌケですが、それがわかるのはマユ自身とメタ視点に立つことができた読者だけなんです。A面鈴木だけを取れば、彼の行動・言動・考えは少しも破綻していません。“偽る・偽られる”という関係性においては“偽る”方が圧倒的に有利なんですよ! 本格ミステリ読者であれば自明の理じゃないですか」
B
「あーもー、論旨が無茶苦茶ッ! いい? ここで私が主張しているのは“マユのような女は、お前ら太平楽な男どもが気づかないだけで現実にいっくらでもいる”ってことよ。偽る方が有利なのは当然だけど、この場合はそういうことじゃない。“少しは現実に気づけ、スットコドッコイ”ってこと! だいたいさー、鳶迩さんはともかくキミはA面でマユの正体に気づいたんでしょうが。どういうことよ!」
G
「いや、そりゃまぁたしかに気づきましたけど、それは現実にそういう女性に遭遇した経験があるからって分けじゃないんです。ぼくが気づいたのは、アダ名の件や言い間違いのエピソードが、例えば通俗な恋愛小説やテレビドラマできわめてよく使われる定番的な伏線というか、非常によく使われていたホノメカシ方だと思ったからですよ。さすがに今じゃあまりにも一般化しすぎて伏線として機能しないから、恋愛小説とかでは誰も使いませんけどね。ちなみにこれは、前に上げた“大矢博子さんの証言”と同じ感じ方ですよね。だってワザトラシイじゃないですか? 実際にはあんなことをする女性はいないと思うなぁ」
B
「なぁにをスットコドッコイなこといってんのよ。何度も云ってるように、あんなん珍しくもない、っつーか掃いて捨てるほどいるわい! みなさんちゃんとこう証言してらっしゃるぞ」
●紅蓮魔さん
・まゆの真実の姿ですが、これはミステリ的な意味合いに於ける謎でも何でもありません。このような二面性を持つ女性の存在は、決して珍しくないですから(失礼極まりない話ですけど)。
●大矢博子さん
・繭の二面性は驚くに値しない、ごくありきたりな女性だよ。
●匿名希望A氏(サイト無し)
・繭子がさほどひどい悪女ではなく、また、A鈴木がさほど応援したくならない人物像なので、衝撃が薄いこと。
B
「どぉよ!」
e
「や、初めて意見が合いましたね。その点に関しては僕もayaさんに賛成です。“会ったことはありませんが”、“A面鈴木が騙されたことは不自然ではありませんが”、ああいうタイプの女性はけっこういると思います。多い少ないでいえば、逆にA面鈴木のようなMr.ナイーブこそ稀少でしょう。さらに言うと、A面鈴木は“女性経験に乏しい男視点”、B面鈴木は“典型的な身勝手男視点”であり、いずれの視点もマユのような“二面性を持つ女性”を捉えるには些か力不足だったかと」
G
「う〜ん。そうかなあ、そんな女性はそれこそ作りごとの世界の存在だと思うけどなあ」
B
「……キミね、本当に大丈夫か? そんなんでさ、よく今日まで喰い殺されずに生きてこられたな〜。いや、もしかしたらとっくの昔に食い散らかされた残骸になり果ててるのでは?」
G
「しッ失礼なッ! まぁ、この問題は面白いんですけど、作品の評価とは直接関係しない感じがしますねえ」
e
「仕掛け云々を別にして“作品の評価”に焦点を絞るのであれば、僕はこの部分こそが本作の核心かと思いますけどね」
G
「そうですか? では、仕掛けに関わる議論が一段落したら、タイミングを見て再度考えてみることにしましょう。適宜声をかけてくださいね。――ということで、では本筋に戻らせていただいて。いずれにせよ、いち早く“マユの正体”に気づいてしまうのはイレギュラーだということ。そのことは否定できないと思うんですよね」
e
「そうそう」
B
「ふん!」
G
「だとすればですよ、ラストに仕掛けられた3連発のドミノ式サプライズは、見事に功を奏しているといえる。作者の鮮やかな勝利といってよいのではないでしょうか」
B
「それはどうかな〜。アンケートの集計結果を見るかぎり、たしかに仕掛けは作者の思惑通り起動している。しているがしかし、そこにサプライズが生まれているといえるのかな? たとえ仕掛けがきちんと起動しても、サプライズが生まれてなければ、それは不発というべきだろ?」
e
「あ、いや。それはどうかなあ。そこの解釈の仕方ついては根本的な疑問があるんですが――」
B
「なにかしら? いいたいことがあるのなら、どうぞハッキリいってちょうだい」
e
「つまり……仕掛けがきちんと発動することと、その結果そこにサプライズが生まれるかどうかということは、必ずしも等号で結ばれる必要はないんじゃないか、と……うーん、うまくまとまらないな。この件はもうちょっと後でお話します」
(2) サプライズは何処にあったか
G
「ともかくayaさんはいち早く気づいてしまったから、だからサプライズを味わえなかっただけのことでしょ。ぼくもそうですけど……実際には皆さん、きちんと驚きを感じてらっしゃると思いますよ」
【Q3】以下の3つの仕掛けのどれにサプライズを感じたか?
(A)(A面で)うぶな処女と見えたマユは実は猫をかぶっていた
(B)「A面の鈴木」と「B面の鈴木」は実は別人だった
(C)A面とB面はほぼ同時期に進行しているストーリィだった
※以下の集計結果は票の多い順に並べ直してあります
・驚いた仕掛け→B:5名 C:5名 A:4名
・驚けなかった仕掛け→A:6名 C:5名 B:3名
【Q4】3つの仕掛けのうちどれに感心したか?・不満だったか?
・感心した仕掛け→A:5名 B:4名 C:3名
・感心できなかった仕掛け→C:6名 A:5名 B:3名
G
「票数が拮抗しているので微妙ですが、大雑把に結果を括ってしまえば、“BやCの構成面の仕掛けに驚き、結果としてマユの二面性が明らかになることに感心した”という意見が大勢を占めているんじゃないでしょうか。これは、サプライズ演出という点に関しても、作者の狙いが功を奏しているといってよいのでは? 個人的には早々に気づいてしまった(B)の仕掛けのさらに奥に(C)の仕掛けがあったことに、実はぼくはいちばん感心したんですけどね」
B
「その総括はサプライズに関して肯定的な答だけをまとめたものよね。(C)についても5名の人が驚けなかったといっているし、“最終的な真相”というべき(A)については最も多い6名もの人がサプライズについて否定的だ。つまり“仕掛けの念入りさには感心するが、その結果として最終的に見えてくる真相には驚きが無い”とまとめることもできるだろ?」
G
「うーん」
e
「ちょっと待った!」
B
「って何かしら?」
e
「あ、今の『逆転裁判』のナルホド君っぽくなかったですか?」
B
「……(ナルホド君ってなによ?)」
G
「……(たぶんゲームのキャラクタじゃないでしょうか。『逆転裁判』はぼくも未プレイなんで知らないんですけど)」
B
「……(ってことは、いまのがそのキャラの決めゼリフってこと?)」
G
「……(おそらく)」
e
「……(何か言いたげな様子でMAQさんとayaさんの方を見つめている)」
B
「……(えらく嬉しそーだし、ココは素直に驚いておくトコロか)
G
「……(それが無難でしょう)」
B
「おおおッ! まさにナルホド君だッ」
G
「さぁっすが鳶迩さんッ!」
e
「いやまあ、それほどでも」(大満足っ)
B
「……で?」
e
「は?」
B
「だ・か・ら・な・に・が“ちょっと待った!”なのよお〜ッ!」
e
「ああ、そうでしたそうでした。えーっとぉ、揚足取りみたいなもんで恐縮なんですけど、このアンケートの“サプライズを感じられなかった仕掛け”という設問、そもそも選択肢の中に“なし”ってのが入っていないんじゃないですか?」
G
「あー、いわれてみればそうですね」
e
「実を言えば僕もこのアンケートに回答していて、この項目については確か(C)を選んだと思うんですが、それはあくまで(A)(B)(C)を驚いた順に並べた場合に(C)が一番驚かなかったというだけで。だからといって(C)に少しもサプライズを感じられなかった、と答えたかったわけではありませんよ?」
G
「ううむ、たしかにそうかもしれませんね〜。いや、これはぼくのミスだなあ」
e
「個人的な見解になってしまいますが、この結果は単純に“驚きの度合いが大きかった順”と捉えるべきでしょう。そもそもこの3つの仕掛けは密接に絡み合っていて、個別で評価することにそれほど意味があるとは思えませんけどね」
B
「ふむ。たしかにその意味ではデータの解釈の仕方はどうとでもできてしまうものかもしれないし、投票者の方の思惑はそれぞれ別のところにあったのかもしれない。が、そういったことを別にしたって、そもそもこの作品はサプライズストーリィとして、構造的に大きな問題を抱えていると思うのよね」
e
「ほほう」
B
「そもそもこの作品のトリックは、構成面に関わる(B)(C)の仕掛けだけしかないでしょ。で、あとは伏線(本当はA・B・Cであることをほのめかす手がかり)とミスリード(本当はA・B・Cであることを隠す技巧)のみで構成された、いわば一発勝負に近い非常にシンプルな構造を持っているのね。だから一箇所でも気づかれるとぽろぽろ数珠繋ぎに、全体を見破られてしまう危険性が非常に高い。しかもいったん見破られてしまったら、もはやそこには何の魅力も残っていないのよね。せめて表の物語と裏の物語(真相)にじゅうぶんな落差があるならばともかく、いずれもまったく面白みを欠いた陳腐なストーリィなんだもの。――実際、私と似た意見の方は多いわよ」
●大矢博子さん
・事件が起こるわけでもなく、謎が提示されるわけでもないので、もちょっとストーリーに魅力が欲しい。恋愛小説としては退屈なんだもん。それとも、退屈も作戦の内?
●大盛有閑さん
・初読の時にはそれこそ読んでも読んでもただの恋愛物語で、99.9%ミステリ味がないにもかかわらず、そこそこ退屈せずに読めたのは、なかなかの筆力かと思いました。ですが、やっぱり「物語」があまりにもステロタイプで、あの仕掛けを書くのにあのストーリーでなくてはいけなかったのかとその点はちょっと不満。
●松本楽志さん
・まず表に出てきている物語が、まあ仕方ないとは思うんですが、つまらなすぎました。で、肝心の浮かび上がってきた物語のほうも、これも仕方ないのかなと思いつつ、いかにも現実的すぎてどうかと思いました。狙いは感心したんですが、この作者なら捻ってもらえるはず。というかもっとすさまじい企みを隠してくれることを期待してしまいます……
●匿名希望C氏(サイト無し)
・恋愛小説としては、筋も登場人物もありふれすぎたものでつまらなかったです。
B
「むろん、その作品の仕掛けを見破れるか見破れないかは、その個々の仕掛けの性質に対する適性みたいなものも有るし、最終的には人によると思うけどね。だけど、いったん見破られてしまったら、ストーリィ的な陳腐さ弱さがあらわに露呈されて、こういう感想ばかりが出てくることになる……。そう考えると一点突破で頼るには、やはりこの仕掛け自体、はっきりいって弱点が多すぎると思うわね」
G
「弱点?」
e
「地球上に3分間しかいられないこと?」
B
「……」
G
「……」
B
「(何事もなかったかのように)そう、弱点。この(B)(C)の仕掛けというのは、本来“1つだったマユの物語”を、(1)同じ時期に彼女に関わった2人の人物(A面鈴木・B面鈴木)に視点を分けて――つまり“2人の鈴木の2つの物語”に構成し直し、さらに(2)この2人の鈴木を同一人物であるように見せかけつつ、(3)その2つの物語を前後に配置することで、“1人の鈴木の物語”に擬している。都合3つのステップを踏むというなかなかの手間をかけているわけだけど、結果として表に現れてくるトリックは(B)(C)というごくごくシンプルなものでしかない。大山鳴動鼠一匹ね」
e
「(少しも挫けずに)おお、なるほど。そのステップは非常にわかりやすいですな」
B
「そうりゃそうよ。だけどさ、(B)にしろ(C)にしろ、叙述トリックとしてはありきたりで、しかもパターン自体の数が少なく、幅が狭いものなのよね。例えば(C)なら、時制について疑い始めたらもう可能性としては“順序が逆か同一か、或いは全く別の時代”しかありえないでしょ。検証すればすぐ分かっちゃうわよね。さらに(B)に至っては疑いを持った瞬間、もう“別人という可能性が唯一の選択肢”なんだもの。いずれもちょっとでも疑い始めたら、あっという間に容易に真相に行き着いてしまうわけで、むちゃくちゃ懐が浅いのよ。つまり効果を発揮するか否か、という肝心な部分についてはほとんどイチかバチかって感じで、どう見ても騙しの仕掛けてとしてのリスクが大きすぎる。つまり“読み手を選びすぎる”仕掛けなのよね」
G
「しかし、現に効果を発揮しているケースも多々あることが証明されたわけですしね。この場合“見抜いちゃったのは運が悪かった”だけなんじゃないかなあ」
B
「だけどそういう読者――“見抜いてしまう読者”を想定してなかったのは、作者の手落ちというべきではないかしら? それとも見抜かれない自信があったとでも? ……はっきりいって、このトリックを含め、総体的な仕掛けは“乾さんのファンなら見抜いて然るべきレベル”だと思うわね。楽志さんたちだっておっしゃってるわよ」
●松本楽志さん
・あと、評価として伏線伏線と言いますが技術的に難しそうな伏線ってあまりない気がしました。どれも複数の物語を書いてからひっぱってこれば書けそうな伏線かと、これも無い物ねだり? むずかしい小説です。
●匿名希望A氏(サイト無し)
・それが意図かもしれないが、繭子がコンパ登場時から「絶対こいつ二股かけてる」とわかるので、その後はその推測を補強する事象を拾うばかりとなり、後半の衝撃がなかったこと。
・「ミステリリーグ」であるのに「謎」がいつまで経っても登場せず、「謎がない」こと自体が「構成(叙述)に謎があること」を強く指し示すこと。
・以上の2つから、「B面はこっそり別の男の話になるのだろう」と容易に思いつくこと。
B
「つまり、そういうことなのよね。(B)や(C)なんてのは、ここまでは見抜かれてもいい“捨てトリック”と思わせてくれるのが、本来のこの作家さんの手口なんだと思うわけ。なんというか、なぜこんなに見通しのいい、つまり“全体の仕掛けが一目で見渡せるような仕掛け”を採用したのかが、私にはどうも理解しがたいわ。一発勝負の大技だから決まればインパクトは大きい、という判断なのかもしれないけど、でもねぇ。……実際引っ掛かった方にとっても、サプライズ自体のインパクトはけっして大きいものとはいえなかったみたいよ」
e
「それはどうでしょうか。全著作を読んでいるわけではないので断言はできませんが(※ちなみに『匣の中』だけ未読)、乾くるみの過去作品を見ても、そこまで複雑な構造を持つトリックは用いていないと思うんですが? それと、楽志さんの仰っていることはあくまで“期待が大きすぎた”というだけの話であり、これを一般論として受け取るのはフェアじゃないでしょう。乾くるみに“そこまで期待をしていない”多くの読者にとっては十分すぎる仕掛けだと思いますが?」
B
「あのね、私にとって乾くるみ作品は複雑というのとは違うの。あの方は早い話が“そこまでやるか!”な作家であるわけよ。特に初期作品は(ちなみに『匣の中』は読んでおいた方がいいわよ。期待しても裏切られると思うけどね――その裏切られ方が面白いのよ)ジャンルの壁もミステリとしてのごく基本的なお約束も平気でぶち壊したあげく、終いには読者を後から殴りつけてニヤニヤしている――そういう作家さんなのよ。少なくとも前半読んだだけで見渡せちゃうようなフトコロの浅い仕掛けは、この人らしくないと。そういわざるを得ないわ。鳶迩さんがいうように“乾くるみにそこまで期待をしていない”読者がほとんどであるにせよ」
e
「(なるほど読んでおくとします>『匣の中』) それはもう、完全に主観だけの問題ですね。仕掛けそのものの評価とは直接関係ないものだと思います。あれ? えーとえーと、なんだか話の流れから乾くるみさんを否定するような発言をしてしまいましたが、僕の本心は違いますよー。僕も乾さんにはさらにスゴイ作品を書いてくれるはずだという、並々ならぬ期待を抱いていますからねー」
B
「どこに向かっていってるのかしら? ともかく私のような不満を感じてらっしゃる方はいるはずよ」
●松本楽志さん
・狙いは感心したんですが、この作者なら捻ってもらえるはず。というかもっとすさまじい企みを隠してくれることを期待してしまいます……が、謎解きパートがなく、読者が気づかなければならないパターンなのでこれも無理なのかなあ。
B
「いろいろ擁護してらっしゃるけれども……私は敢えて言う。特にキミがいうところのメタショッカーでは、サプライズだけが取り柄なんだからね。“サプライズを生みださない叙述トリックに価値はない”のよ! ま、言ってみればそんなの、食べただけでは美味しさが分からなくて、蘊蓄を聞いて初めてスゴイと思える“名ばかりの名店”の料理ごときものよね。あたしゃそーんな蘊蓄よりも、舌に美味しいものを食べたいわ!」
e
「むー(ちょっと怯んでいる)」
G
「まあ、たしかに通常のメタショッカーだったら、そういうことがいえるのかもしれませんが――ただ、ぼくはどうもこの作品が、ただのメタショッカーには思えないんですよ」
B
「はあ? それはいったいどーいうことなの」
(3) 驚かせること・感心させること
G
「上でご紹介したお二方の証言もそうでしたが、この作品はどちらかといえば“驚いた”というよりも“感心した”という、そういう感想のほうが勝っているケースが多いように思えてならないんですよ。だとしたら――」
B
「だとしたら?」
G
「つまり、作者の狙いもむしろそっちにあったのではないか、ということです」
e
「おお、そうですそうです。僕もそれが言いたかった……っぽい」
B
「じゃあなに。これはメタショッカーでありながら、“読者を驚かせることよりも感心させることに重きを置いた作品”だ、とでもいいたいわけ?」
G
「いやいや、そういうことじゃないんです。いや、結果的にはそういうことになるのかな。――ともかく、なんというか作者は、この作品でメタショッカーをとことん洗練させていって、或る意味この方向の技法を極めたのではないか。そんな気がしているんです」
B
「……あのさ、わけわかんないよ。どっちにしろ、すっごい妄説臭いんだけど」
e
「えーと、ちょっと宜しいですか? 僕としてはそもそも“どちらに重きを置いた作品”なんて、規定する必要はないんじゃないかと思うんですが」
B
「こっちもかい! なぁにがいいたいのかしらね、この人たちは」
e
「まあまあ、お聞きくださいな。冒頭、僕は“メタショッカー”という言葉に対して“言葉自体は良い”と言いましたよね。メタレベルの仕掛けによるサプライズ一発勝負型、大いに有りでしょう。ただし、この『イニラブ』がそれに該当するかと問われれば、そう簡単には頷けないのですよ」
G
「そうそう、そうですよ。ぼくもそれがいいたかった!」
B
「いいから、キミは黙ってなさい!――それで? 鳶迩さん」
e
「たとえば、本格ミステリにおける物理トリックや心理トリックは、必ずしもそのすべてがサプライズに奉仕するわけじゃないですよね」
B
「それは、もちろんその通りね」
e
「謎に対する解答を導き出す上で、整然と積み上げられた論理は、時として読者の胸にサプライズよりもアドミレ(Admire:感心)を刻みつけるはずです。アドミレをサプライズの出来損ないとする向きもあるでしょうが、僕はそうは考えません。サプライズにはサプライズの、アドミレにはアドミレの良さがあるのです。そして“メタショッカー”があるならば、“メタアドミラブル”(Admirable:感心な〜)だってあって構わないのではないでしょうか?」
G
「なるほど。メタレベルでサプライズ演出を行うのではなく、そこでアドミレ――“読者を感心させること”の演出を狙った作品ということですか。そういったご意見の方も多いですもんね」
●政宗九さん
・人が違うネタは叙述としてはありきたりなので、他の構造部分に感心したところが大きいです。
●匿名希望B氏(サイト有り)
・私の場合、両者に重なる時期があったという点、B面におけるマユの行動と、互いにスキマを埋めるがごときA面のマユの行動とをきっちりマッチングさせた作者の構成の妙にとにかく唸ったわけで。
●匿名希望A氏(サイト無し)
・ドラマ「男女7人」に絡めた時間軸の扱い。特に、B面において、繭子の誕生日のシーンが7月第1週の平日である、という「ここしかない」絶妙の配置。
e
「でしょう。そもそも僕は、この作品の仕掛けを(A)(B)(C)と分けて考えること自体に無理を感じるんですが――それでも敢えて分けるなら、(B)は明らかなメタショッカーと言えます。しかし、(A)(C)はどうでしょうか。これらについては先程MAQさんが仰った、“メタショッカーの方向性をとことん洗練させた”ことにより、“不意打ちによる驚き”を“完成されたパズルの芸術性”が凌駕した、とは言えないでしょうか」
G
「ひじょうに納得のいくご意見です。特に“完成されたパズルの芸術性”というのは、言い得て妙ですね。そもそもさきほどayaさんがおっしゃったように、この作品はほとんど全てが“伏線/手掛かり”と“伏線/ミスリード”のみで構成されていますよね。そしてそれらはどれを取っても非常に洗練されている。まさに“驚くためではなく観賞し感心するため”の芸術性というに相応しいものだと思います」
B
「芸術う? たとえばどれよ?」
G
「拾っていけばきりがありませんが――例えば(B)の別人トリックについてはA面鈴木/B面鈴木の属性(読書家/非読書家、喫煙者/非喫煙者、穏和/キレやすく暴力的 etc)、(C)については各種の時制を示す実名アイテム(JRの呼称、『男女七人夏物語』/『男女七人秋物語』、NEC N5200/富士通FM-7 etc)などなど夥しい数に上るでしょう。ついでにいえば、物語の舞台として80年代という“中途半端に近い過去”が選ばれているのも、作者のセンスの良さを示す選択です。つまり、きちんと調べれば確実に個々のアイテムが属する年代がわかる、イコール(C)のトリックが解ける、のだけれども、記憶に頼っているだけじゃはっきりとは思い出せず、漠とした違和感だけが残る、そんな位置の時代設定。――すなわち時制を示す実名アイテムが“目立たせずに記憶に残す伏線”として最も効果的な、“微妙な距離感”を持っているのがこの80年代なんではないかと思うのです」
B
「ふむ」
e
「おお、MAQさん流石! 僕はそこまで考えていなかった! パチパチパチ!」(能天気に拍手)
G
「はは、ありがとうございます。で、です。これほどまでに膨大な“伏線/手掛かり”と“伏線/ミスリード”を配置しつつも、それでいて作者が実務レベルで行っている人工的な仕掛け/詐術は、本来“1つだったマユの物語を2つに分けた揚げ句、また1人の鈴木の物語に構成し直している”という構成面の仕掛けと、A面鈴木とB面鈴木の“名前を出さない”という省略のみなんですね。その他については作者は一切嘘をついていないし、特に隠しごともしていない。すなわち見た目にはありのままの描写そのものなんです。だから実際、ミステリ属性のない読者さんには“ただの恋愛小説”と受取られたケースすら現実に存在します。
●匿名希望C氏(サイト無し)
・最期まで読んでも仕掛けがわからなかった。最後の最後で名前が違っていて「あれー」と思って読み返しましたが、それでもどういうことなのか、わかりません。悔しかったけれど仕方がないので人に仕掛けを聞きました。
B
「ふむ、それはまあそうかもね。裏では大変に手の込んだ、精緻な仕掛けを凝らしているのに、表には現れてこないものね」
G
「でしょ。もう一ついえば、それだけ技巧を凝らしているにも関わらず、表に見えている1人の鈴木のストーリィにも、その裏に潜められた真相/2人の鈴木/マユのストーリィにも、謎も事件も一切見当たりません。まさにありふれた、陳腐でさえある“平々凡々たるラブストーリィ”になっている。つまり、バリバリに本格ミステリ的な技巧を駆使したメタショッカーでありながら、そこからはすでに技巧の痕跡の全てが消し去られ、謎や謎解きも跡形無く消滅しているんですね。……これは、この方もご指摘くださっています」
●紅蓮魔さん
・叙述トリックは気前のいい手品だと常々思っているのですが(驚きがもたらされると同時に種明かしもしてくれますので)、この作品は三つの仕掛けのうちの一つ(多くの読者はBだと思います)が明かされると同時に、仕掛けが存在すること自体が隠されていたという事実が現出、作者の罠があのような形で仕組まれていたことに気付かされるという段階が経られています。これは、叙述トリックの新しい可能性を開拓したと言えるのかも知れません。オーソドックスな本格ミステリと対極を成す、という上記の言は、突き詰めればそういうことです。まさか、大小、メインサブを問わず、謎や仕掛けそのものの存在を一切隠そうとする本格ミステリなんて、自分は考えたこともありませんでしたから。叙述トリックの多くが作中で描かれる謎の存在に寄るものとして用いられていることを考えると、この作品は本当に新鮮でした。
e
「さすが紅蓮魔さんだ! 僕の言いたかったことをすべて語ってくださっているパチパチパチ!」
B
「はいはい(気のない拍手)。しかし、よ。しかし、メタショッカーとはそもそも“そうしたもの”なんじゃないの? 例えば『葉桜の季節に君を想うということ』だって、そういう方向でしょう?」
G
「そうですね。メタショッカーというのは、つまり作中では“伏線だけが張られている”状態で、メインネタのどんでん返しはメタレベルで行われるわけで。作中、つまりその物語世界の内部には、謎も謎解きもどんでん返しもない。もちろん“驚く人(キャラクタ)”も“疑問に思う人(キャラクタ)”も作中には存在しない。なぜなら“どんでん返しは彼らの上位レベルで行われている”から。メタレベルでどんでん返しが行われ、メタレベルでサプライズが演出されるから、だからぼくもメタショッカーと名づけたわけです。当然『葉桜』もこのメタショッカーの系列に属する作品ですが……『葉桜』の場合は、まだしも作中の物語世界の中に“事件”や“謎”なんてものが存在していましたよね」
e
「そうそう。簡単に解説すると、主人公の成瀬は依頼を受けて、蓬莱倶楽部というインチキ霊感商品を売りつける悪徳業者に単身乗り込んだりしています。これは本格ミステリ的な“謎”でこそありませんが、立派な“事件”ですよね。もうひとつ深読みしましょうか。仕掛けが明らかになった後でようやく語られることですが、成瀬は麻宮さくらが接近してきたことについて、実は当初から疑問を抱いているんです。これは登場人物だけが感じていながら、読者には提示されないというちょっと捩れた“謎”パターンですね。この謎の所在を読者が察知するには、メタ構造によって隠蔽された“正しい映像”を見抜かなければなりません。僕はこの点を評価して、ひょっとしたらこれも本格なんじゃないか?と考えたことがありました。今は、まあ、ちょっと灰色なんですが」
G
「なるほどなるほど。さすがは歌野研究家でらっしゃいますね〜。ともあれ“メタショッカー的に”いうと、そういう物語レベル/下位レベルの“謎”なんてものはいわば不純物であるわけです。おそらくは『葉桜』の場合は、メタショッカーとしてのメインの仕掛け、すなわち主人公の老人という属性を隠すためのミスリードの1つとして、それらの謎が配置されたんだとぼくは想像しているんですが、しかしメタショッカーの概念からすればやはりあくまでメタレベルの操作/加工だけでサプライズを演出するほうがはるかにスマートだし、洗練されているといえますよね。大げさな身振り手振りのミスリードや注釈なんて、いってみれば野暮の骨頂でしょう」
e
「実際『葉桜』は多くのミステリファンに支持される反面、MAQさんが指摘されている “メタショッカーにおける不純物”の存在を否定的に受け止めている方も多いようです。ラストでいきなり社会派になっちゃうのは何だ、とか、ハードボイルドとして面白く読んでいたのにメタ仕掛けのせいで台無しだ、とか――」
G
「そうそう、つまり“仕掛けが浮いちゃってる”んですね」
B
「ふぅむ。つまり『イニシエーション・ラブ』はメタショッカーとして、『葉桜』よりもはるかに洗練された、純度の高い作品である――ということね?」
G
「そういうことです。技巧が洗練を極めるほど、それは目に付かないものになっていくでしょ。表面的に、つまり表に現れた物語が、また裏に隠された物語も同様に“平々凡々とした陳腐な物語としか見えないもの”であること自体が、この作品の“メタショッカーとしての圧倒的な完成度の高さ”の証明に他ならない。――そういえるわけです。当然、その仕掛けの所在自体に気付かずただの陳腐な恋愛小説として読み終える人がいたなら、それもまたメタショッカーとしてのこの作品の勲章の1つということになるんですよ」
e
「まあ、それはあくまで“メタショッカー的には”ですけどね。実際、『葉桜』の支持層がメタショッカーとしてのみ作品を評価しているとは思えませんから、そこにはショッカー“ぷらすアルファ”があったはずです。メタ的構造を読者に気づかせぬよう、しかしあくまでフェアに、ギリギリのところで読者の誤読を誘う見事なまでの“メタアドミラブル”――これぞ『葉桜』が各種ランキングを総舐めにした最大の要因ではないか、というのが僕の見解です」
G
「なるほどなるほど、そういわれると、あの作品に対する評価があれほど高いのも腑に落ちますね。その“ぷらすアルファ”についても近田理論をうかがいたいところですが――とりあえず、ここまでayaさんはいかがですか?」
B
「これ以上ないくらいのスットコドッコイな妄説であることはさて置き……百歩譲って仮にそうだとしても、それはこの作品が徹底して読者を選ぶ、つまり限られた読者にしか楽しめない作品だということにほかならないんじゃないかしら? また、その限られた読者にとっても、肝心かなめのメタショッカーとしてのサプライズそれ自体の効果は、正直いってきわめて疑わしい。つまり“感心することは出来ても驚くことはできない”可能性が非常に高いように思えるのよね。ゲージツ作品じゃあるまいし、エンタテイメントとしてそれでいいのかしら? 私には何か根本的に間違っているとしか思えないわね」
e
「さっきの発言とちょっくらばっかり矛盾しますが、別に読者を選んだっていいんじゃないですか? そもそも“乾くるみ”という作家自身が読者を選ぶ作家だし、出身のメフィスト賞だってこの上なく読者選びまくる新人賞ですよ。いや、それ以前に本格ミステリというジャンル自体が読者を選ぶことによって成立するといっても過言ではないわけで。極論するならば、読者を選ぶことこそ本格ミステリ作家の誉れとも言えるわけですよ! 本格ミステリを楽しめる読者は選ばれた読者であり、同様に『イニラブ』を楽しめる読者もまた選ばれた読者なのです! 乾くるみ万歳! 大本格ミステリ帝国万歳!」
B
「――くぉおおらああッ! ちょおっと待たんかーい! そ・れ・が・ど・う・し・て・本格だってことにつながっちゃうのよ! この作品と本格ミステリはむぁあああああああッたくッ! 関係ないッ!」
e
「関係なくなんかないやいッ!」
G
「まあまあまあ、そういう美味しい話題は後に取っておくとして――とりあえずこの作品が読者を選ぶということは、公平に見てやはり否定できないでしょう。実際、この作品のメタショッカーとしての仕掛けは、サプライズを味わうためのものというより、サプライズを演出する構造そのものを鑑賞するためのものという鳶迩さんの主張は、ぼくにとって非常に納得いくものです」
e
「ああ、良かったー。やっぱりMAQさんは僕の味方だったのですねー」
G
「ぼくはいつでも鳶迩さんの味方ですよぉ――実際、だからこそ複雑精緻な三段落ちでありながら、仕掛け自体の構造は読者が気付けさえすれば一目瞭然の、非常に明快な、単純なものとなっている。さらにそのことをわかりやすくするために、物語さえもあえて平凡なものに設定されている。つまりこの作品にあっては“物語さえも仕掛けに奉仕している”わけですね。……こんな奇怪な作品、ほかにはほとんど例がありません! わかる人しかわからないのはある程度仕方が無いし、それはそれでよいのではないでしょうか」
B
「物は言いようというか、絵に描いたような詭弁だな〜。キミらがどれだけ強弁しようと、結果として表にあらわれてきた作品としての達成は、平凡な物語を小手先の技巧で並べ替えて見せただけの、しかも退屈なトリック小説でしかない。芸術だかなんだかしらないけど、受け手に伝わらなければ価値はない。――私がこの作家さんに期待したいのはそんなものじゃなくて、洗練よりも混沌、安定よりも不安定、シンプルで明快な仕掛けよりも、鬼面人を驚かすハッタリに満ちたエゲツない仕掛け地獄だ。アーチストも優等生もお呼びじゃない!」
e
「ふっ、凡人しか理解の及ばぬこの境地――やはりこの“メタアドミラブル”は、エンタテインメント作品としてよりも、洗練を極めた芸術作品という評価が相応しいってことですね!」
B
「なんでそうなるんじゃーい!」
(4) “本格ミステリとして”のイニラブ
G
「というわけで、ここらで先ほど寸留めしていただいた、もうひとつのテーマ、この作品の本格ミステリとしての評価と参りましょう」
e
「待ってました! よっ、リチャード・B・チェイニー副大統領!」
B
「だからあ〜。どこをどう読んだら本格ミステリになるんだよ。キミは正気?」
G
「ん〜、まぁね。ぼくもこの作品を本格ミステリの範疇に入れるのは、なんぼなんでも無理があると思うのですが、例えばです。例えばあの『葉桜の季節に君を想うということ』が、昨年度の本格ミステリ作家クラブ大賞を受賞したのは記憶に新しいところですが……だとしたら、その路線でさらに洗練を極め、遥かに高い完成度を示したこの作品が同賞を受賞しても不思議ではない。というか、むしろ当然だという気がしませんか? 本格としての是非はどうあれ、ともかく『葉桜』を受賞させてしまったからには、少なくとも『イニシエーション・ラブ』を候補作にしなければ収まりが付かない。というかおかしいでしょう」
B
「それは……まあそうかもしれないな」
G
「実際、この作品を本格として評価している方も、いらっしゃるんですよね」
●政宗九さん
・私はこの作品でさえも「本格ミステリ」として許せてしまうのですが、これは『葉桜』よりも「本格だ」と考える人は少なくなりそうな気がします。年末でどうなるかが楽しみですね。
●紅蓮魔さん
・オーソドックスな本格に比べれば、確かにこの作品は異質でしょう。認められない方がいても、不思議とは思わないです。ただ、本格ミステリの新たな可能性が示されたのは間違いないと感じました。それだけでも、自分はこの作品を読めて良かったと思わずにはいられません。
e
「本格ミステリという冠が、世間的にどれだけ多様に解釈されているかを示す良い証拠ですね。本格ミステリを語ることあざなえる縄の如し、本格ミステリ読みが100人いれば100通りの論があるのです。本格ミステリという殻の中で成熟していったメタショッカーの仕掛けとそこに満ちる“本格魂”を感じ取って、本書を本格と評価する方がいらっしゃっても何の不思議もありません」
B
「たしかに不思議ではない――が、間違っている! “あらためていうまでもなく”本格ミステリの技巧や雰囲気を使っているからといって、本格ミステリとは限らないわよッ」
e
「そんなことは僕だってわかっています。ただ僕が言いたいのは、メタショッカーにだって本格と非本格はあるということです。要は個々人の中における本格ミステリの定義に沿うかどうかですが、『イニラブ』の記述はフェアだし、伏線もあるし、整合性も取れている」
G
「ふむ。ま、『葉桜』についていえば、本格ミステリ作家クラブ大賞を受賞したからというばかりでなく、実際に非常に多くの読者さんがこれを本格ミステリと認識してらっしゃるのは事実であって、こうした見方がミステリ界の中で大勢を占める一大潮流となっていることは否定できません。繰り返しになりますが、だとすれば『葉桜』と同タイプの、しかもさらに洗練を極めた『イニシエーション・ラブ』が本格ミステリとみなされるのは、ある意味当然ですらあるでしょうね。もちろんぼく自身は、これを本格として捉えるのには断固として反対ですし、だからこそわざわざ“メタショッカー”なんぞという軽薄な造語を使ってまでして、これを本格と区別しようとしているわけですが」
B
「だったらそれでいいじゃん。“いうまでもなく”『イニシエーション・ラブ』は本格ミステリではないし、そんなことが議論になること自体、私にはいまだに不可解だ」
e
「いやいや、本格ミステリの度量はそんなにせせこましくはありませんよ。まあ僕自身、『イニラブ』を本格と捉えるべきか否かについては一考の余地ありと思っていますが、それはあくまで“本格原理主義”的なスタンスでのジャッジにすぎないんですよ。現実には本格にも“いろいろある”ようになってしまったんですから。それに、いちいち七面倒臭い定義なんぞにこだわらず、“作品”そのものについて語った方が楽しいじゃないですか」
B
「んっとーにわからない人ね〜。まず、云っておくけど、私にとって本格ミステリは“いろいろ”なんてありゃしないわ。“いろいろある/あってほしい”と思ってる汎本格主義者がいるだけよ。そして、本格ミステリというのはジャンルの名称なんだから、そのジャンルは何処から何処までを示すのか明確に定義しておかなければ、ある作品を“本格として議論する”ことなんて、できるはずがないわ。2人以上の人間が議論する以上、最低限議論の基盤となる足場について共通の認識を持たずにどうやって議論しろっていうの? 話は100パーセント永久にすれ違っていくだけよ。つまり“七面倒臭い定義”にこだわって、これについてきちんとした共通の認識/足場を確立しないかぎり、本格として意味のある議論を行うことは不可能なの。本格として論じたいなら、どうあってもまず、“鳶迩さんの本格ミステリ定義”を聞かせてもらう必要があるわ」
e
「ううん、それなんですけどね……」
B
「うん?」
e
「実は僕は今回、敢えてその本格ミステリ定義に踏み込まないやり方をしたい――そう考えてたりするんですよ」
B
「にゃあにぃい!」
e
「まあお聞きくださいな。何故、定義論に踏み込みたくないかというと、それによって僕の中に“本格”と“非本格”が産まれてしまうからなんです。そしてそれは、僕が“非本格”とした作品を“本格”と考える他の誰かを否定することになりかねないからです。――といっても、“みんな仲良く”とか言いたいわけではありませんよ。ただ“本格”という言葉が濫用され、拡大解釈され、拡散していく今の時代に、確実にスタンスの異なる者同士が“作品”について有意義な議論なり討論をするためには、必要以上に“定義”にこだわるべきではないのでは? そう思うのですよ。今こうして“本格か否か”という話題を持ち出したのは、“イニラブが本格か否か”ということよりも、“本格か否かという議論の有意性”そのものについて言及したかったからなんです」
B
「鳶迩さんの気持ちは、まぁ分かるけど、根本的なところがズレてるんじゃないかしら? “本格”という言葉が濫用され、拡大解釈され、拡散していく――鳶迩さんはそうおっしゃったわよね。じゃあ、そんなあやふやなモノサシを使うことが、どうして“作品について有意義な議論なり討論”をすることになるの? “スタンスの異なるもの同士”が有意義な議論をするには、最低限よって立つ用語に関する認識を統一し議論の土台を作るか、さもなければその“異なったスタンス”は最初から使わないか、どちらかしかないでしょう。そもそも“作品そのもの”について議論するのに、なんでわざわざこんな風に異論の多い“本格として”なんてモノサシを引っ張り出す必要があるのか、そのことが私は理解できない。なぜそうまでして本格として論じたいの?―― いや。“なぜそうまでしてこれを本格にしたいの”?……そういう根拠の無い“なんでもかんでも本格として論じたい/本格として論じることで価値を上げたい症候群”な姿勢こそが、すなわち、本格ミステリを拡散させている元凶、汎本格主義よ!」
G
「ああッ、禁句が! それはいわない約束ですう〜。ともかくですね、この件についてはおそらく年末にかけてまた議論になる……というか、これを本格として見なそうという動きが出てくるのは、避けられないんじゃ……」
B
「ええい、そこになおれ! 天に代わって成敗してくれるわ!」
e
「なんのこれしき、返り討ちしてくれる!」
G
「まあまあまあまあまあ。どうどう、落ち着いて落ち着いて」
B
「とーもーかくッ! なんで“謎の提示”がない作品が本格になるのか、そこんとこを説明してほしいわ。私が思うに、本格ミステリというのは“謎と謎解き”が最低限の1セットとして構成されるミステリなのよ。その片方あるいは両方が欠けていれば、それは本格足りえない。んなこたー考えるまでもないことでしょ!」
e
「そのことについては既に紅蓮魔さんが仰っているじゃないですか。『仕掛けそのものを読者に隠してしまっている』と。謎そのものが隠されていたとしても、それは隠されているだけであって“ない”わけではないのです。この辺の話は確か『安達ヶ原の鬼密室』のときにもしましたよね。こうしたメタ仕掛けに対する僕のスタンスはあの頃と変わっていません。これだって立派な“謎”です、欠けているなんてとんでもない!」
G
「そうですね。あえて『イニラブ』本格肯定派に立っていうならば、この作品において謎や謎解きは、存在しないのではなく注意深く読者の目から隠されているだけだと、そんな風にいうこともできるかもしれませんよね。その隠された所在を含めて読者にゆだねられているのだ、だから本格といえるのだ、と」
B
「それは違うわよ。この作品において“謎の所在が隠されている”のは、読者に謎解きをしてもらうためなんかじゃない。謎の存在がわかってしまったらラストのサプライズ効果が半減しちゃうからよ。つまりサプライズを演出するために、謎の存在を隠している。実際、謎の所在をいち早く察知して解いちゃったら、この手の作品はちぃっとも面白くないでしょうが。まさに“謎―謎解き”を犠牲にして“サプライズ演出”を行っているのよね。言い方は悪いけどさ、こっそり読者の後ろから抜き足差し足忍び寄っていきなり殴りつける――これがメタショッカーのやり方なの。本格はそれじゃダメ。正々堂々読者に正対して、その肩をがっしりつかんでその目を見つめながら、“解けるもんなら解いてみやがれ!”と宣言する。これが本格なのよ」
e
「でも、そんなことを言ったら、普通の本格ミステリだっていろいろ隠してるじゃないですか! 犯人が“犯行を犯す瞬間”を読者に隠しているからこそ、そこに“謎”が発生するのです。最初から時系列に、犯人が被害者を殺害して、そこで犯人が死亡推定時刻を誤認させるトリックを仕掛けて現場から逃走する、その後、第一発見者が死体を発見して警察が捜査に乗り出し、さらに事件が迷宮入りしそうなところで名探偵が現れる。で、うーんうーんと悩んだところで天啓を授かり、トリック解明犯人指摘でめでたしめでたし――そんなのは本格ミステリにならないでしょう? 本格ミステリというのは、何かしら“読者に隠す”ことで始めて成立するジャンルなんですよ! そして“隠されているもの”がイコール“謎”となる。メタショッカーと同じじゃないですか。“解けるもんなら解いてみやがれ!”と宣言しているじゃないですか。そりゃ解けてしまった人にはつまらないかもしれませんし、メタショッカーとしての評価には傷が付くかもしれません。しかし、“謎と謎解き”が1セットになっている以上、これを本格と評価する人がいることを否定してはいけないのです!」
B
「(肩をすくめ両手を広げて小さく首をふる)――あのね(噛んで含めるように)、鳶迩さんがおっしゃるところの“本格ミステリのなかに隠された謎”というのは、それとは別に“メインで提示されている謎”を作りだすために必要な処置にすぎないのよ。大切なのは読者に対してあらかじめ明確に“提示されている謎”が存在することなのね。いわく――犯人は誰か? 密室はどう構成されたか? ……何でも良いわ。フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットなどの謎が、“読者に対して明確に提示されている”こと――そういう構造を作品が持っていること。それが本格ミステリの必要条件なのよ。無論、例外はあるけどね。さらにいえば、この“読者に対して提示される謎”の所在を明確化するために“名探偵という作中人物”が存在しているともいえるわね」
G
「たしかに、残念ながら『イニラブ』の場合は、作者は謎も答えも何処にも書いていないし、“解けるもんなら解いてみやがれ!”という宣言も書かれてない。この手掛かりとあの手掛かりからこういう推理が導き出されて――なんて謎解きも何処にもないですね」
B
「そうなのよね。たしかに作者は“解けるもんなら解いてみやがれ!”と“心の中で思いながら書いた”のかもしれない。でも、それは“読者にそれと分かる形で”作中に書かれていなければ、明確に提示したことにはならない」
e
「でも、ですよ。どうしてその“謎”と“謎解き”が、どちらも作品中になければならないんですか。例えばAという読者がその作品の隠された“謎解きに気づかなかった”場合は、Aにとってその作品は“本格ではない”かもしれませんが、一方でBという読者がその“謎解きに気づいた”場合は、Bにとってその作品は“本格である”。そうはいえませんか? 実際、そうなっても何の問題もないでしょう」
B
「私はそのBという読者なんだけどね(笑)、残念ながら問題は大有りよ。この作品の場合は、謎も答もそれを繋ぐ謎解きも作中に存在しない。つまりそれが本当に謎なのか、答なのか、謎解きとして正しいのか、読者には明確に判断する根拠が無い――というより、あらかじめそれは奪われ尽くしているわけ。つまり本格ミステリとしての基本的な要素に関して、読者は一切“あらため”を行うができない。いやむしろ、作者は、読者が謎解きをしようという気を起すことを、可能なかぎり避けようとしているといってもいいわね。それこそ超絶的な技巧を発揮してね。なぜなら“そうしないと、ラストで読者を驚かすことができない”から。つまり、読者の謎解きへの指向を奪うことでサプライズを演出しようとしているのね。私の定義ではこれは本格ミステリではない。それだけのことね」
G
「……結局、やっぱり定義の問題になるんですよね。“本格はサプライズの演出装置”という見方を肯定するか否定するか。結局はそこに行き着いてしまう」
e
「ひとつ確認しておきたいのですが、つまりayaさんやMAQさんの仰られる本格ミステリには、“読者に対する謎の提示”が必要不可欠なのですか?」
G
「そうですね、ayaさんはいうまでもなくそうでしょうし、ぼくもそう思っています。少なくとも本格ミステリは、書店で“本格ミステリと記された棚”に並べられても不都合の無い作品――いえ、そこに並べられることを“みずから望む”作品でなければならないと思います。つまり謎を隠すことによってではなく、現わすことによって成立するミステリなんです。少なくともぼくにとっては」
e
「だとするなら、この点についての討議は平行線にしかなりませんね。なんせ、僕をはじめとする“汎本格主義者”たち――ひょっとしたら僕がそう思っているだけなのかもしれませんが――は、“結果として謎があり解決があれば、事前の提示はあってもなくてもいい”と思っているんですから」
B
「ううむ〜。それが事実だとしたら呆れたものだとしかいいようがないなあ。一体全体どこをどう押せば、パズルとビックリ箱が一緒くたのジャンルになるのか、私にはむぁああったく理解できない!」
e
「ジグソーパズルだってパズルの一種には違いないでしょう!」
G
「あー、やっぱり……平行線」
B
「平行線で結構!――こんなことを言うと、たぶんそこらじゅうからいろんなものが飛んでくるんだろうけどさ、メタショッカーに代表されるサプライズメインのミステリを本格ミステリジャンルに取り込もうとしている人たちには、“本格はエライ”というまったくもって根拠の無い誤解があるように思えてならないのよね。つまり、“本格はエライ”→“この作品は素晴らしい”→“素晴らしいから本格だ”というような気持ちがあるんじゃなかろうかと邪推しちゃう……。まあその意味では“本格”という用語は不適切なのかもしれないね。こんなの本来、単なるレッテルでしかないのにさ。どうしても“本格的な”という語義的な連想を逃れられない人がいる、そんな気配さえあるもの」
e
「それはいいすぎでしょう。第一まったく逆のことだって言えちゃいますよ? たとえば――メタショッカーに代表されるサプライズメインのミステリが、本格ミステリジャンルに取り込まれることを拒絶している人たちは、“本格はエライ”→“この作品は駄目だ”→“駄目だから本格じゃない”という気持ちがあるんじゃないか。そんなふうに邪推することだってできちゃいます。それこそ本来“単なるレッテル”に過ぎないものに、どうしてそんなに拒否反応を起こすんですか。いいじゃないですか、本格ミステリは万人のもの、作者のものであり、評論家のものであり、何より読者のものなんですから」
B
「うーん。まずいっておくけど、私は“本格が本格であるがゆえにエライ”なんて思ったことは、金輪際一度だってないわ。本格ミステリにも箸棒な駄作はそりゃもう嫌になるくらいしこたまあるし、本格ミステリ以外にも傑作は無数にある。――そんなことあたりまえよね。実際、GooBooでも私は年がら年中“本格として”ダメダメだ! とダメだししてるつもりよ。私がサプライズメインの作品に本格ミステリのレッテルを貼るのを拒否するのは、それが“私の定義に照すと本格ではないから”。ただそれだけ、それ以上でもそれ以下でもないわ」
G
「なるほど。だから同様に、“サプライズメインの作品に本格ミステリのレッテルを貼りたい”というのなら、まずその根拠となる本格ミステリの定義を明らかにして欲しい、ということなんですね」
e
「それにしては言葉の選び方が極端すぎるというか……うーん、それにしても、ayaさんの気持ちは分からないではないのですが、逆に“定義を抜きに語ることで見えてくるもの”もあるんじゃないかなぁ」
G
「とおっしゃると?」
e
「つまり、定義にこだわらず、本格ミステリのフィールドをある意味“ユルくアイマイに”広がったものとして捉え、考察することで、本格ミステリ自体に原理主義的な捉え方では不可能なほどの“読者層の拡大と創作の可能性の広がり”が生まれるのではないでしょうか。原理主義に縛られ、定義に縛られてばかりでは、その未来への可能性の芽を摘んでしまう気がするんです。本格原理というものは、ひょっとしたら既に完成形であって、成長もなければ退化もないのかもしれませんが、現実として年々発表させる本格の形態は多様化しているように感じられる。だからこそ僕は、今の本格が完成形だとは思いたくない。核として原理主義があるのは揺ぎ無いでしょうが、そこから派生する“波”というものを、拒否せず許容したいのです」
G
「それは一理あるかもしれませんね」
B
「一理あるけど、それはやりたくないな、私は」
G
「ふむ」
B
「私が“本格としてダメ”とダメ出しするときってのはさ、私自身の本格ミステリ専用の物差しで測って/評価して、そういってるのね。で、この“本格ミステリ用のモノサシ/評価の尺度”はじつはきわめて特異なもので――本格ミステリ以外の小説作品には使えないのよ。無理に本格以外の作品に使うと、その作品を不当に貶めることになりかねないの。だからこそ私は“本格・非本格の別”にこだわるわけ」
e
「うーん、“本格ミステリ以外の小説作品には使えない”っては、ちょっと頷けないものがありますねぇ。本格ミステリの枠組みやガジェットだけを借用した非本格の作品も結構多いじゃないですか。こういう作品は、本格の評価尺度無しでは語れませんよ?」
B
「なにいってるのよ、それは“本格ミステリ的なアレコレを使った非本格として”観賞し評価するのよ。“本格として”評価するのとは全然別のことよ」
e
「そうまで細分化する必要性を、僕は感じません……(肩をすくめて軽く首を振る)……それにしても譲りませんねぇ。ayaさんは認めてくれないかもしれませんが、僕はどちらかといえば原理主義を保護したいと思っているんです。しかし、そのことと原理主義以外のものを排他するということは、それこそ全然別だと思うんですが。この場合は作品自体の評価ということを多少離れて……というか脇において、メタショッカー的なものを含む本格というものの可能性を論じることはできませんか? その方が建設的だという気がしますけど」
B
「鳶迩さんは――優しいわね。優しすぎて泣けてくるわ……でも……でもね。あたしゃあ優しさなんかいらないのッ! ともかくねー、私にとって“いま”は、何が何でも! 石にかじりついてでも! “本格原理に、そして定義にこだわりぬくべき時”なのッ!」
e
「その迷いなき姿勢、立派といえば立派ですが、要は他人の意見なんて聞く耳持たず、唯我独尊の極地ですよ。……さすがの僕もなんだか腹立ってきたんですが」
G
「ま、まあまあまあまあ、鳶迩さん、お腹立ちとは思いますが、ここは1つ耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び……」
e
「いいんですけどね。最近はこういう扱いをされることにも馴れましから……シクシク。それではお聞きしますが、いったい全体、何故“いま”はダメなんです? 事と次第によっては上にコップやらお皿が満載されているちゃぶ台をスゴイ勢いで引っくり返しますよ。割れて散乱した硝子の破片で、足の小指とか怪我しますよ」
B
「それは――“いま”が、明らかにメタショッカーに代表されるサプライズメインのミステリをも本格と見なす考えのほうが主流であり、本流であり、圧倒的多数である、からよ。例えば『葉桜』のトリプルクラウン――本ミスベスト1位、本格ミステリ大賞受賞、推理作家協会賞受賞からもそれは間違いない、と私は思うわけ」
e
「でも、それは偶々じゃないですか? サプライズメインといっても『葉桜』ほどの作品がそうそうあるわけじゃないですし、今年は綾辻先生の『暗黒館の殺人』だって法月先生の『生首に聞いてみろ』だって出るんです。原理主義本格で面白いものが出れば、状況はまた変わるはずですよ」
B
「まぁねぇ。べつだん“メタショッカーに代表されるサプライズメインのミステリをも本格と見なす考え”があっていけない、とは私もいわないわ。いわないけど、だからってそれを“何の議論もないまま前提として、本格として語る”なんて断じてできないし許せない。……ま、こーんなふうにいうと、また“ナルシスティックな滅びの美学に酔”ってるとか断じられちゃうんだろーけどね(爆笑)」
G
「わわわわわわ! そそそそそそそそーゆーことを云ってはなりません! これ以上敵を増やしてどーするんですかッ!」
B
「わーかったわよ、この小心者! でもね、この流れの大きさの前では、もはや原理主義者は定義にこだわり、声をあげ続けることでしか流れに抗することはできない。――そう思えてならないのよ。悪いけどね、“私の愛する本格”を、私は守りたいの。むろん議論のテーブルに乗らないとはいわないわ。話なら幾らでもする。でもその前に、“単にそう思う人の数が多いから”なぁんて数の論理じゃなく、“明確な根拠に基づいた定義“を示して“メタショッカーに代表されるサプライズメインのミステリをも本格と見なす考え”について説明してほしい。少なくとも“そう思う人が多いから、これは本格ミステリと認めるべし”なんて、残念ながらなんにも考えてないとしか思えないわ。そんな根拠じゃ死んでも私を説得できないわよ〜」
G
「だからぁ、お願いですから、そういうアカラサマな当て擦りはやめてくださいよう(泣)」
e
「あのー。なんだか話が見えないんですが。僕、もういらないんじゃないですか?」
G
「ああ、ごめんなさいごめんなさい。ayaさんが立場を忘れて個人的なルサンチマンに走ってしまったようで……どうかここいらへんの発言はどうか聞かなかったことに! どうか! 平に平に!(号泣)」
e
「とは仰いますが――既にこうして、Web上で発表されてしまっているわけで」
G
「ああッ、鳶迩さんまでそーゆーメタな発言をッ! もうまとめらんないじゃないですかあああ〜ッ」
(Talk in 2004/07/25〜9/3)
TOP > ぐぶらん『イニラブ』&『葉桜』
e
(……あーあー。結局まともな議論にならなかったなあ。本格を憂う気持は充分すぎるくらい伝わってくるんだけど、如何せん本格読みとしての原点が大きく異なるものだから、根本的なところで同じ土俵に立てないんだよね。そもそもジャンル論に“明確な根拠”なんてありえるんだろうか……。ああ、それにしても、折角準備してきた“変なキャラクター”もいつの間にか抜けちゃってるし、なんかもう、グダグダだなあ)
B
「鳶迩さんの中の人もけっこうガンコよね〜。今回けっこうオトコを感じちゃったわ(はあと)」
e
「!(おびえている)」
G
「イヤもう終わりですって! メタな発言をしないでくださいってば!」
B
「なんならもうすこし付き合ってあげてもいいわよ〜。私もけっこーお馬さんが好きだし〜、カラオケ唄わせりゃなかなかのもんだし〜」
e
「!(両方の眼を妖しく光らせて) それは本当ですか? 僕と一緒にカラオケ行ってくれるんですか? 何時間くらいですか? 僕の希望としては3時間以上5時間未満なんですがどうですか? システムはDAMよりもJOY SOUNDがいいと思うんですがどうですか? 炭酸系の飲み物は歌っている最中にげっぷが出てしまい美しくないのでなるべく頼まない方がいいですよ? 得意なジャンルは何ですか? 洋楽ですか? 邦楽ですか? シャウト系ですか? バラード系ですか? アイドルですか? アニソンですか? 意表を突いて軍歌ですか? 替え歌ってお嫌いですか? 狭いカラオケルームで踊りながら歌っているとコップとか倒してしまうので危険極まりないですよ?」
B&G
「!!!(光速で逃走)」
(The End)
TOP > ぐぶらん『イニラブ』&『葉桜』