2000年9月の修行日記
2000/9/30
MCPの勉強をはじめると共に、ホームページの改装にとりかかる。
2000/9/29
国勢調査の仕事欄に思い切って「データベース設計」と記す。いま実際にやっていることは画面項目の確定だが、誇りは高くというわけ。MCPのトレーニングキットも届いたことだし、今週末は勉強したいところ。
2000/9/28
(昨日の続き)
私が所属しているプロジェクトは大変きついところで、私がアサインされて以来すでに3人のメンバーが会社を辞めている。ある人が辞めると、他のメンバーたちは次の日から会話の中でまったくその人のことについて触れなくなってしまう。あたりまえなのかもしれないが、あたかもそういう人など最初から会社にいなかったかのように徹底している。
私は妙な違和感を感じて、その度に『ONE 輝く季節へ』を思い出す。辞職者は辞めたから忘れられたのではなく、忘れられたからいなくなったのではないか。そして私も、皆から忘れられてゆき(「使えないやつ」ということで仕事を割り振られなくなってゆき)、いずれはこの世に存在できなくなってしまうのではないか、という恐れにとらわれる。私は大学を修士で辞め、実家を出て会社に入ったから、大学関係者も古くからの友人も、家族すらも、いまや私がいないことを所与として生活している。誰からも必要とされなくなったとき、もはや私をこの世界につなぎとめるものはないのだろうか。
2000/9/27
プロフィールにも書いてあるように、私の好きなゲームに『ONE 輝く季節へ』というものがある。これは一言で片付ければ恋愛シミュレーションゲームなのだが、SFじみた筋立て(ただしSFの小道具は一切使わない)にその魅力と特徴がある。幼いころ妹を病気で失った主人公は、子供心にこの世界から逃げ出し、「永遠」の世界へ行くことを願った。その願いは、後に彼が高校生となったときに現実化しはじめ、彼の存在は少しずつこの世から消え始める。まず比較的親しくない知人が彼のことを忘れ、次に親しい友人や学校の先生も彼を初対面の人間として取り扱うようになる。やがて彼は物理的にもこの世界から消え去ってしまうのだが、この期に及んでなお彼の恋人だけは、彼の存在を忘れておらず、彼が再びこの世界へ戻ってくることを待ちつづける。そして一年後、彼女の想いによって主人公は再びこの世界に復帰するのである。
このゲームの面白いところは、「ある人がいなくなると周囲の人はその人のことを忘れてゆく」という常識を逆転させ、「周囲の人から忘れられると、その人は存在しなくなる」という突拍子もない命題を、十分なディテールとリアリティを感じさせるやり方でシナリオ化したところだ。
(明日に続く)
2000/9/26
今日ふと思ったことは、「功を焦っても仕方ないのかな……」ということ。要領よくタスクをマネージできない、分かりやすいドキュメントを手早く作ることができないといった一連の問題の背景にあるのは、いままでの私の生き様そのもの。これまで相当要領が悪く、怠惰な人生を送ってきたというのに、いきなり要領がよくなって、仕事をばりばりこなせるようになるはずがないだろう。虚心坦懐にエレメンタリーなレベルからゆっくり這い登ってゆくほかないのではなかろうか? しかしそれをやるにはもう遅すぎて、いずれは役立たずとして追い出されるか、自ら耐えられなくなって自壊してしまうのだろうか?
2000/9/25
他人の仕事のやり方を見て自分の仕事のペースをとるのはよくない。自分が働くべき時と他人が働くべき時とは異なっているのだから。
2000/9/24
13時間くらい眠ってから、掃除と洗濯。どんなに疲れていても、この二つを欠かしては生活が破綻するのは目に見えている。 ^^
会社でDATからバックアップデータのリカバリ実験を行う。今日は遊んでいるはずの同僚から頼まれた仕事だ。どちらにせよ私はさびしい人間なので、とくに不満は感じない。休日ともに遊ぶ人をもつ人は、その人間関係をたいせつにするべきだ。
2000/9/23
午前5:40に帰宅し、一眠りして10:00に再び出社。プロジェクト内ミーティングがあるから仕方がない。キューピーコーワゴールドを飲んでいたので比較的楽だったが……
2000/9/22
社内OOLABO企画の徹夜勉強会に参加する。『UMLユーザーガイド』に一通り目を通すというもの。やはり普段話さない(が、関心を共有している)人たちと意見を交換するのは刺激になる。眠りはしなかったがさすがに疲れた。
2000/9/21
同僚たちによれば、「深夜仕事をしているとオリンピックの録画放送をついつい見てしまう」そうだ。私は深夜に仕事をしたくないし、貴重な睡眠を削ってまでオリンピックを見ようとは思わないが……どうもこのへんにギャップを感じる。
2000/9/20
いま姫路でこの日記をかきとめているのだが、今日はじめて、じぶんがこのままだとダメになってゆくのではないか、価値のない無用な人材になってゆくのではないか、と本格的に恐れるに至る。もう9月も終わろうとしているのに、仕事を通して何かスキルを身に付けたわけでもなく、MCPは一科目も取得していない。プロジェクトが混乱しており、やるべきことがころころ変わり、飛び込みでちょこちょこいろいろな仕事(雑用)が入ってくるということもあるが、私の知識不足と要領の悪さが大きな問題だ。
毎日神経を使っているけれど、頭を使っているという実感が湧かない。おとといはあんなことを書いたけれど、最初に破綻するのはやはり私かもしれない。
2000/9/19
社内のアプリケーション・コンポーネントチームによる査閲が入る。要件定義がまずできていないとの診断を下される。ユースケースは要件定義になるが、業務フローはならないとのこと。やはり途中でユースケースをあきらめて業務フローに逃げるべきではなかったのかもしれない。ユースケースに不安を感じるならば、シナリオをどんどん充実させてゆけばよかったのだ。ユースケースの肝は、決して丸と矢印ではない。自然言語で書き下されたユースケースレポートである。安易なチャート化に走り、地道に文章を書くことを怠った代償は、あまりに大きい。
2000/9/18
いよいよ修羅場を迎えつつあり、深夜に及ぶ労働で少し胸が痛む。ただ精神的には周りの人々のほうがまいっているようだ。わたしはもともとペシミスティックというか、事態をありのままに厳しく眺める方だからそれほどでもないけれど。妙に楽観的だったひとはこれから苦しくなるだろう。
2000/9/17
今日はやたらに眠い。朝遅く起きたのにもかかわらず、午後も3時間くらい寝る。世間では3連休なのに、今日しか休みがないというのが原因か。
明日からいかにして仕事を進めるべきか、考えあぐねる。
みつけたいなあ かなえたいなあ
信じる それだけで
越えられないものはない
とは言うものの、
この世に一つだけの存在である私
祈るように 星のように
ちいさな光だけど何時かは
もっと もっと つよくなりたい
(ともに、作曲:菅野よう子 歌:坂本真綾「プラチナ」より)
2000/9/16
今日は土曜日なのになぜかミーティングが…
自分の力を過大評価して、絶対できるはずのないことに挑戦するのは無謀。自分も会社も。
2000/9/15
プロジェクト用のNTドメインを構築。会社からクラスCのIPをひと組もらって、クライアントコンピュータにひとつひとつIPを割り振ってゆく。lmhostsテーブルの作成。なかなか面白い。
2000/9/14
戦う毎日 すれ違うHello Goodbye
傷つけないように歩いてゆければいいのに
田村直美『光と影を抱きしめたまま』
2000/9/13
今日は昼過ぎに2時間ほどものすごく眠くなって、このあいだろくに仕事にならなかった。まずい。
忙しいからといって、他人に奉仕することに被害者意識をもってはいけませんね。(←これは自分自身に言っているわけで誤解なきよう) 周りの人もつらい時期なのだから。
昨日ずいぶん消極的であったモデリングの話だが、やはり具体的なメリットはあるように思える。
2000/9/12
今朝は夢の中で誘惑に打ち勝ったため、早く起きることができた。あとは夢をみないようにすることだけ。
チーム内でERの検討会。リーダーが書いたER図がシステム化範囲のほぼ全域をカバーしているのに比べて、私が書いた部分は顧客まわりだけ。しかも改心のアイデアと思っていたモデルが、実は旧モデルに比してたいしたメリットを持っていないことが判明する。なかなか自分のバリューが発揮できず落胆する。
今はとかく自暴自棄になりやすい境遇だが、平静を保って一日一日を丁寧に生きること。
2000/9/11
どうにもこうにも、読むべき書籍や資料は膨大なのに、仕事が多いため時間があまりにも足りない。知識を得る際にまず、外堀から埋めていく(1ページ目から読んでいく)という長年の癖を改めねばならない。短時間で価値のある資料、本質的なページを読み当てる。この意味で読書はいわばハンティングである必要がある。そうでなければ生き続けられないことがようやく実感を伴って分かってきた。もちろんこれまでも意識はしてきたのだがなぜ実行できなかった(あるいはしなかった)のか?
その原因・理由を自分なりに考えてみると次のようにまとめることができるだろう。わたしはのんびり派・マイペース派であるため、焦ってハンティング式読書法をとることはない、大部の書籍にじっくり取り組むべきだと思ってきた。しかし実はこの読書法は、のんびり派ではなくアクティブ派の読書法なのだ。一日4時間しか眠らなくて済む人は、時間が多いのでこのやり方に向いている。だが1日7時間眠る人にとって、起きている時間はより貴重なものになる。それゆえタスクの優先順位付けはより厳しくならざるをえないというわけだ。
逆説的だが、のんびり屋こそ、ショートカット戦略をとるべし。
2000/9/10
公営プールに行く。前回よりフォームが乱れないので調子に乗って1200mも泳いでしまう。疲れにくい体質を作るためなのだが、一時的にはいつもより疲れてしまった。
午後は出社。業務チームが作った業務フローを読んでERDに落とし込むのがわれわれの任務だが、なにしろ業務領域が広く、業務が多種多様なため4人ではカバーしきれない。
2000/9/9
同期の一人がついにMCPに合格。Active Directoryで受けたらしい。焦って英語版のトレーニングキットを衝動買いするも、どれだけ目を通す時間があるだろうか。それにしてもますます静養している場合ではない。
2000/9/8
今日でRUP講習が終わり。仕事がたまったので、土日も出るか。そうそう、少しだけVL更新しました。
2000/9/7
昨日と同じく、朝起きると精神力が削られている。自分の心に巣くう魔物を克服することが先決か。
私は基本的に、心の中の障害は心の外の問題(その人が現実に直面している問題)が解決されない限り、解決されえないと考えている。それゆえ自分の心の中だけで問題を解決しようとする世の中の風潮(癒しブームとか脳内革命とか)には批判的なスタンスを取っている。しかし現実の問題を克服するために規則正しい生活を送ろうとしても、精神的障害のせいで健全な睡眠がとれないというのでは、やはり心の側からのアプローチもとりあげねばなるまい。
2000/9/6
今朝方また悪い夢を見て足がつり、声も出ないほどの激痛で目がさめる。おかげでびっこをひきながら出社するはめに。夢なのに現実にダメージを受けるとは。下手をすると夢で殺されかねない。
2000/9/5
RUP講習の1日目。だが仕事で悩みの種が多く、落ち着いて勉強できない。
とうとうプロジェクト全体として本腰を入れてCOBOLソース解析に乗り出すことになった。リーダー層苦渋の決断。それにしてもCOBOLなんて古い技術要素を勉強しなければならないとは……せっかくJAVAが勉強できると思っていたのに。暗澹たる気分になる。
2000/9/4
プロジェクトの懇親会。協力会社から派遣で参加している一人が、どうやらうつ病で仕事を離れるらしい。私がこのプロジェクトに入って以来、出てゆく仲間はこれで早くも3人目。
そうそう、私の私事に関して何人もの仲間から慰めや励まし、そして暖かいアドバイスをいただく。皆ありがとう。ほんとうに嬉しかった。
フェイ・ウォンの"Eyes on Me"、短いが妙に切ない間奏がすばらしい。
2000/9/3
例えばこれから10年間、一生懸命働いたとする。それでも(多分)何千万もの資産が築けるわけではない。幸福な家庭をもつことすらおぼつかない。だがだからといって、仕事をやめて人生かけてまでやりたいことはなにもない以上、とりうる方針は、仕事を相対的に面白くする(enjoy business)、ないし相対的に面白い物事に関連付けるしかないのではなかろうか。
いま面白いことは強いて言えばERD、UMLなどの(方法論と結びついた)モデリング。現実世界の抽象化の仕方が、むかしやった分析哲学のやり方と似ている。実際T字型ER手法は、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』にヒントを得て開発されたものらしい。佐藤正美『論理データベース論考』ソフト・リサーチ・センター、を参照。
本当はモデリングは、私のような新人が手がけてはならないのであって、もっと経験を積んだ玄人がやるものらしい。なるほど確かに私はなかなか満足な作図ができない。とはいっても面白いものは仕方ないではないか。
2000/9/2
昨日上司から勧められたのに続き、親からも夏休みをとるように言われる。だが仮に夏休みをとったとしても、仕事の総量が減るわけじゃない。また私がやりたいことっていうのは、一日や二日で達成できるようなタイプのものではないわけ。本を読むにせよ、勉強するにせよ、その他にせよ、継続しなければ意味のないことばかり。夏休みを入れるより勤務時間を短くしたほうがずっと効率的な気がする。旅行……すでにちょくちょく行っているような……海外なら行ってみたいけれど、一緒に行ってくれるような人もいないしね。
しかし、休みを取ってまでやりたいことがない、というところが悲しい。「何かあるだろ、何か」と自問して苦しむ。
2000/9/1
顧客のシステム課の方から次のように叱責を受ける。いわく、
「COBOLのソースを読んでもらわねば困る。今のやり方は、われわれにファイルの項目ひとつひとつの意味を尋ねてゆくというものになっている。しかしそれぞれのファイルの目的というものを知らなくては、データを理解することはできない。そしてファイルの目的を知るためには、そのファイルが位置している処理の流れを知ることが必要であり、その流れをつかむ最善の手段は、COBOLのソースを追うことなのだ。またあなたがたの質問に対してわれわれの返す答えが正しいとも限らない。われわれも業務上、いろいろな問題に直面したときには、ソースを開いてそのつどプログラムの流れを確認しているのだ。……いまのあなた方のやり方は、われわれにとっては異次元のもの、あまりに違いすぎる。オープン系には別のやり方があるのかもしれないが、不安だ。個人的に、今のやり方では絶対にシステムはできないと思う。」
うーん、個人的にもっともだと納得。名言だ……とか言っている場合ではない。
姫路駅と姫路城の間に位置する白銀(しろがね)交差点。周囲には各種金融機関や大型電気店、百貨店などが軒を連ねるにぎやかなところだが、妙にまがまがしい妖気を感じる。だが今の私は負のパワーすら利用するのにやぶさかではない。
東京の自宅に帰って風呂に入ったとき、腰が細くなって肋骨が浮き出ているのを見てぎょっとする。私の人生は充実しているのか、それともみじめなのか、分からなくなってきた。
修行日記
ホーム