2002年12月の修行日記
2002/12/31
〜2002年の総括〜
例年のように、年末の日記では今年一年を総括することにしたい。
今年は第一に、DBやアプリの設計者として仕様変更を行うことについて多くの苦難を味わった。
システム開発の後期フェーズにおいて仕様変更を実施ないし試みることは、単に局所的なコード修正に留まらない大きな工数を発生させる。ひとつのモジュールを直すことによる他のモジュールへの副作用を調査し、要件定義書を書き直し、再テストを行い、顧客に変更点を説明して承認を得、マニュアルを書き直す・・・・・・などなど。システム全体の規模が大きくなればなるほどこの困難も増大する。
そのため本来は、後で仕様変更を行わなくて済むように、正確かつ柔軟性の高い設計をきちんとやっておくことが大切だ。しかし仕様変更の発生原因として、純粋に「設計ミス」にあたるものは意外と多くない。合理的に予測することが不可能な顧客要求や外部環境の変化が仕様変更を強いるケースが、とりわけこのような大規模長期プロジェクトでは多く見られる。
そこで仕様変更の発生を予防する能力だけではなく、発生した要求をうまく(なるべく全体工数を増やさず、かつ場当たり的でないように)さばく能力が、プロジェクトの中で求められるようになる。多くの苦しい代償を払いつつも、私はこのスキルに長けてきたと思う。
第二に、私は相変わらず「設計者」であり、「開発者」や「DBA」ではなかった。他人が書いたソースを読んだり、机上で勉強を重ねて補おうとはしてきたものの、入社3年を経ていまだ本格的な「技術体験」をしていないことは今後のキャリアの途上で、大きなリスクファクターになるだろう。
最後に、今年はマネージャーたちの本音に接する貴重な機会に遭うことができた。彼らは一般のメンバーが期待しているほど問題解決力に長けているわけではなかったが、他方、一般のメンバーが想像するよりはるかに深く物事を考え、多様な方面に配慮していた。
2003年は遅延したプロジェクトがようやくカットオーバーし、ひとつの大きな物語が終わる。運用フェーズの重要さはもちろん認めるが、それは別の物語であり、私にはそれに参加するかどうか決定する権利があるだろう。
2002/12/22
子供の頃、宴会で馬鹿騒ぎしている父親の写真を見て、「大人ってなんてバカなんだろう」と思っていた。でも今は、なぜ大人の宴会に極度のばかばかしさが要求されているのか、分かるような気がする。
業務の肝心の場面でイライラを爆発させないようにするためではないだろうか・・・・・・
もっとも私の場合、そんなことではストレス解消できないのだが、さてどうしようか。
2002/12/14
移行アプリの処理時間が長すぎる。今のままでは最終移行日程に収まらない。
デスマーチプロジェクトの辛さに耐えかね、失踪したある男について。
彼の場合まったく連絡がとれないので、家族が警察に捜索願を出したところ、秋葉原でぶらぶらしているところを無事保護されたそうだ。
この話の哀感を誘うところは、責任も面子も何もかもかなぐり捨てて自由を手に入れた彼にとって、行く先が秋葉原しかなかったというところだ。
まあ、行くあてもなく逃げ出してもろくなことがないという見本のようなエピソードだ。
2002/12/09
朝窓から外を見ると雪が積もっている。どうりで昨夜冷え込みが厳しかったわけだ。
深夜帰宅途中、駅前のシュークリーム屋の前に人影がうずくまっているのに気づいてぎょっとした。彼は床板の隙間にペンライトの光をあて、落ちている(かもしれない)小銭を熱心に探している。
仮にいくらか見つかったとして、それで何になるというのか。それでも探さないではいられないのだろう。
2002/12/08
異常に寒い。一日中引きこもって『黒い時計の旅』や『OracleMaster教科書』を読みながら耐えているが、冷気が否応なく室内に染みとおってくる。
明日は渋谷の浮浪者が凍え死んでいることだろう。状況は第二次大戦前夜のウィーンとあまり変わらない。
2002/12/04
いま我々が作っているシステムは、欠陥マンションのようなものだ。費用と工期と抑えている分だけ、あちこちに(バグではないにせよ)不便なところがあり、データベース設計の観点から見て長持ちしそうにない。
自分があたかも悪徳マンションデベロッパーであるかのような良心の呵責を覚える。でもそういう気持ちをえいやっと押し殺して、とにかくでっち上げて、売りつけて、さよならするしかない。建物が崩れる前に。
きれいさっぱりリセットして、新しいシステム作りにとりかかりたい。
だが、その機会が訪れたとき、また欠陥マンションにならないという保証があるのだろうか。まだ間に合うのだからいまのうちに必死に欠陥を補修していく、そういう努力を怠っては、再び機会が訪れても失敗を繰り返しそうだ
しかし構造的な改造を実施していては納期に間に合わない。それが一番悪い結果なのだ。(逃げの論法だな・・・・・・)
2002/12/01
音楽教室で練習をしているとき、隣のレッスンルームから聞き覚えのあるピアノ曲が聞こえてきた。
かつてNHKで放映されていた『映像の世紀』のテーマ曲だ。
さっそく会社で検索(いや、もちろん仕事の合間に)したところ、加古隆という人の作曲で『パリは燃えているか』という曲名とのこと。
さらにこの曲名の元ネタは1960年代の名画『パリは燃えているか』(アラン・ドロン、オーソン・ウェルズら出演)らしい。
・・・・・・『サクラ大戦』しか思い浮かばなかった俺って・・・・・・
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