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2005年01月の日記

2005/01/31

■旅情再び

 昨年の11月14日、トルコから帰国の途にあった私はトランジットに失敗し、アエロフロートの怖いお姉さんによってモスクワのノボテルに強制収容された。私と同じ目にあった日本人が他に3人、男性が2人に女性が1人いた。女性は専用の部屋を与えられたが私たち男性陣は3人一緒の部屋に押し込まれてしまった。

 最初はちょっときまずかったが、まもなく3人の間で大いに話が盛り上がった。トルコでの体験、その他海外での思い出、仕事のこと(1人は写真家でもう1人は海運貿易事務に携わっている人だった。)、などなど……

 その1人、写真家の方から今日メールがきた。アエラの今週号に彼の写真が掲載されているという。早速コンビニでアエラを買って記事を探した。

 見つけた。最終ページの『世界の遺産』というコーナー。トラブゾンの南にあるスメラ修道院の写真だった。断崖絶壁にはりついた修道院の神秘的な佇まいを見て、出張生活ですっかり麻痺してしまった旅情が再びよみがえってきた。


■日記

 会社行事があったので、今日は鹿児島行きを免れる。おかげで昨日は夜遅くまで音楽を楽しむことができた。やっぱり出張に伴う負担感は大きい。聞いていたのはヒューバート・ロウズの『シカゴ・テーマ』というアルバムなのだが、この3トラック目の『誓い(YOU MAKE ME FEEL BRAND NEW)』が気に入った。ちょっと哀愁が入っているのだが、すがすがしい秋の風のような感じ。知っているひとは全然違うというかもしれないが、『まじかる☆アンティーク』の『牧部なつみのテーマ』と雰囲気が通じる。


2005/01/30

■Weekly Precure Report by montague [テクスト経営システム主任研究員]

第49話 未来を信じて!明日を信じて!さよならなんて言わせない!!
キャラクター★★★★★
マーチャンダイジング★★★☆☆
テーマ★★★★★

 プリキュア対ジャアクキングの最終決戦は、文字通り光対闇の真っ向からの力比べになった。アクション性やひねりのない展開を見て、「ブラックとホワイトにはもっと積極的な役を果たして欲しかった」と残念に思った視聴者も多かったのではないだろうか。

 プリキュアにおける戦闘様式のあり方を大雑把に振り返ってみると、初期はなぎさとほのかの意志がプリキュアの動きに反映されることはほとんどなかった。変身後のふたりの口は意図しない口上をしゃべり、身体は勝手に動いてしまうのだった。

 しかしシリーズ中盤では、変身後のプリキュアになぎさとほのかの個性や主体性が次第に浸透してくる。戦術・戦法を自分たちで組み立てるだけでなく、高度な戦略レベルでも独自の判断を下すようになり、日常と戦闘の切り分け・やりくりも堂に入ったものになってきた。個人的にはプリキュアが一番面白かった時期だ。

 ところがここに一つのジレンマが持ち上がる。それは、ふたりがプリキュアとしての役割を自分のものにしてゆくにつれて、「普通の女の子」ではなくなってしまうというジレンマである。時折変身前のふたりが人間ばなれした運動性、防御力を発揮することがあったが、その傾向が昂進してやがて素手でコンクリの壁をぶちぬくようになっては、プリキュアという物語はバランスを失して破綻してしまうのである。

 この危機を回避すべく、物語はなりふり構わぬ方向転換を行った。なぎさとほのかは単なる「光の使者」という地位に引き戻され、また特になぎさは「普通の女の子」に戻りたいという願望を強めた。この方向転換がやや露骨にすぎたため視聴者の「がっかり感」を惹起してしまったことは、いわば良薬に伴う必然的な副作用であった。

 こうした戦闘様式の変遷を踏まえてみると、今回の最終決戦は至極妥当なものとして解釈できる。ジャアクキングはプリキュアを「別の存在」と見なし、鼻にもかけないどころか、「光の使者になどならなければこのような目に遭わずに済んだものを」と憐れんですらいる。レインボーストームに飲み込まれるときも、「これがクイーン、おまえの最後の力か」と言うあたり、明らかに自分の相手はブラック、ホワイトのふたりではなく、光のクイーンそのものと理解しているのだ。要するになぎさとほのかはジャアクキングから「おまえたちは「普通の女の子」なんだよ」と認められることにより救われているのである。

 「神々の争い」を前にして、「普通の女の子」にできることは信じることしかない。「負けるわけにはいかない!」に代表される頑固な台詞を一心不乱に繰り返し、レインボーストームの「砲台」という動きのない役割に徹することは、彼女たちが人間としての一線を踏み越えないための、もっとも賢い選択肢であったのだろう。

 そして彼女たちは、異常な戦闘能力こそ放棄したものの、プリキュアとしての経験を通して何も得なかったわけでは決してない。卒業式で在校生代表の送辞を述べるため壇上にあがったほのかは、用意してきた草稿を開いたあと机上に置いてしまう。場は一瞬ざわめくが、彼女は皆の目を見て自分の言葉で表情豊かに語りはじめる。このシーンに彼女たちふたりの人間的成長が象徴されていると言えよう。

 人間の手が届かない超越的な光と闇という存在を措定しつつも、人間の卑小さではなくその素晴らしさと輝きを描いた現代のメルヘン――私は総括として『ふたりはプリキュア』をこのように評価する。最後に作品製作にあたったスタッフの皆様、このサイトを訪れてきてくれた読者の皆様に感謝の言葉を述べて、一年間続けてきた『Weekly Precure Report』の筆をおくことにしたい。どうもありがとうございました。


 (来週から『Weekly Precure MH Report』やります。)


2005/01/29

■PSP修理完了?

 SONYからPSPが届いたのだが…

 修理品ではなく代替品が送られてきてしまった。この新品は□ボタンのギシギシ感もなく、僥倖といったところか。もちろんメモリースティックも新品なのでセーブデータを失ってしまったのがやや残念だが、あまりやりこんでないので、まあよしとしよう。(だけど人によってはショックだろう…)


2005/01/27

待ち受ける家計の負担増[フコク生命]

 2005年から2006年にかけて、配偶者特別控除の廃止や所得税定率減税の廃止など、相次ぐ国民負担の増加が待ち受けているわけだが、この負担増がどの程度家計の消費を冷やすかは、その世帯の所得の多寡に応じて異なるという。大雑把に言うと、極端な低所得層も極端な高所得者層も、負担増によって消費性向はあまり減らない。中間層の消費が最も敏感に反応する。


欧州金融機関のデリバリー・チャネル戦略-1〜アビー・ナショナル(英国)の店舗戦略〜[農林中金総合研究所]

 某英銀における店舗フランチャイズ化の紹介。地域それぞれの店舗に応じて、店構え(デザイン)も異なれば、取り扱う商品も、営業時間まで異なるという。日本の銀行では考えられないワザだ。


2005/01/26

■日記

 昼食をとりに入った喫茶店でシャガールの『青い天使』を見つける。灰色の日常の中で、ささやかな安らぎをもらった。


2005/01/25

■ネグリ、ハートのヘビと攻殻機動隊の「STAND ALONE COMPLEX」

 ネグリ、ハートによると、現代の世界各地で発生している反体制的政治闘争の特徴は、互いに連絡をとらず、共感したりされたりもしないところにあるという。マスメディアやインターネットの発達にも関わらずそれらの闘争は互いにコミュニケーションできない。これは昔の社会主義運動が文字通り「インターナショナル」を通じて密に連携していたことと対照的である。しかし、現代の反体制運動は互いに示し合わせるでもなく、帝国的秩序の結節点に直接打撃を与える。(『<帝国>』「モグラとヘビ」pp.78-87)

 こんな議論を読んで、攻殻機動隊の主題である「STAND ALONE COMPLEX」の概念と似ていると感じた。「笑い男事件」の犯人たちも、個別の11人も、互いにコミュニケートすることなく共通の敵を直接無媒介に攻撃し、世間にあたかも共通の主体が存在するかのように思わせたのだった。


2005/01/23

■Weekly Precure Report by montague [テクスト経営システム主任研究員]

第48話 プリキュア最後の日
キャラクター★★★★☆
マーチャンダイジング★★☆☆☆
テーマ★★★★☆

 最強戦士へと変化したベルゼイら三人組とジャアクキングとの戦いは、後者の勝利で終わった。いや正確に言うと、最強戦士はプリキュア・レインボーストームを受けて反応した「すべてを生み出す力」の大きさに耐えられず自壊し、ジャアクキングの体内に吸収されてしまったのだ。

 かつてイルクーボがやはり「すべてを生み出す力」に耐えられなかったことを思い起こすならば、この展開は素直な繰り返しにすぎないのだが、逆に「最強戦士が勝つと思っていたのに、予想を裏切られた」と感じた視聴者も多かったのではないだろうか。

 かくいう私もその一人で、プリキュアという物語を規定する対立軸はいつか「光対闇」から「人間対人間」へと移り変わってゆくのでは、と推し量っていた。プリキュアもベルゼイたちも、単なる「光の使者」や「闇の力の僕(しもべ)」としてではなく、自らの判断で行動するようになってきていたのだから、その兆候はあったといえるだろう。

 だがそうはならなかった。ベルゼイたちもさることながら、なぎさとほのかも光のパワーがなければ弱いものだ。人間には超越的な存在の駒としての地位しか与えられていないという意味で、この物語の古めかしさは否めないだろう。

 しかし人間対人間のどろどろとした抗争が避けられたのは、ある意味正解だったのかもしれない……

 (深夜3:30まで仕事をしていた事情で今日はそろそろ限界です。また時間を見つけて書きますのでどうかご容赦を。m(__)m)


2005/01/22

■日記

 このところフルート・レッスンに触れていなかったので今日はその話題を。ここ2回の課題曲はバッハの『ポロネーズ』なのだが、もともと難曲なうえに、練習不足のためさんざんなできだった。低音のDはしっかり出ないし、フィンガリングもぎこちなく前後の音がキレずにつながってしまう。にもかかわらず先生はOKを出して次の曲に進もうと言う。次の曲はやはりバッハの『バディネリ』でさらに難易度が高い。初見譜デュエットでもスキルの低下が露呈してしまい、正直ついていくのがツライ……が、ちょっとばかり仕事が忙しくなったくらいでへこたれるのもしゃくなので、踏ん張ることにする。

 昼食後、体力をつけるためにジョギングする。出張中はほとんど歩かないので足が萎えてきているのだ。

 夕方、羽田空港へ。機中ではハートの『<帝国>』に読みふける。肉体労働ではなく、一応「知的」労働に携わっているはずの先進国サラリーマンが、なぜ身体に規律を課せられ、厳しく管理されているように感じるのか。産業革命からもう200年近く経つわけで、その間に労働は単純で辛いものから、創造的で楽しいものへと変化してきたはずなのに、相変わらず多くの人々が働くことに「生き辛さ」を覚えるというのは、いったいどういうことなのか? そんなことを少しでも考えたことのある人にはぜひ読んで欲しい本だ。

 明日朝はホテルでプリキュアを視聴することになる。放映チャンネルは「KKB 鹿児島放送」だ。(なお、視聴後すぐ出社のため、『Weekly Precure Report』の更新は深夜になります。)


2005/01/20

■トム・デマルコ『デッドライン』

 ソフトウェア開発のプロジェクト管理についての古典的名作。小説仕立てで読みやすい。本書で推奨されているプロセスは、少人数で設計フェーズに時間をかけ、終盤1/6程度の期間で大量に人員を投入してコーディングするというウォーターフォール型だ。反復型開発は評価されていない。

 謎の美女、ラークサーに拉致された主人公のトムキンスは、見知らぬ土地(モロビア共和国)でシステム開発のプロジェクト管理を任されるのだが……なんかIT業界人が抱きがちな甘い妄想をそのままストーリーにしたようなものだ。

 モロビア共和国のNNL(国家大総統)は当共和国を買収したアメリカの富豪なのだが、彼は明らかにマイクロソフト会長のビル・ゲイツを模したキャラクターになっている。ここまであからさまに書いていいのか、と気になってしまう。

 ラストはトムキンスがブルガリアのNNLの地位を得てラークサーと結婚する。小説とはいえ、ブルガリア人にとってはたまったものではない。


2005/01/20

少子化社会における結婚の経済学 〜未婚・晩婚化を促す結婚のメリット・デメリット 〜[第一生命経済研究所]

 結婚すると男性はお金を、女性は自由時間を奪われるという話なのだが、週あたりの自由時間についての統計資料を見て驚いた。未婚・既婚、男性・女性問わず、自由時間というのはせいぜい5-6時間程度なのだ。「自由時間とは娯楽・スポーツ・交際など自由に使える時間を指す。」という定義なのだが、どう考えても少なすぎる。週あたりではなく日あたりなのではと思ったがそうでもない。家事を行う時間が長いということなのだろうか?


2005/01/19

■日記

 今日はプロマネといい会話ができた。これまでなかなかそりが合わなかったが、はじめて腹を割った話ができた感じだ。半分徹夜の日々が続くが、少し疲れがとれた。


2005/01/16

■プリティ☆パーティー

 冷たい雨がそぼ降る中、プリティ☆パーティーに行ってきましたが、いやはや、期待以上に(失礼!)楽しませてもらいました。ライブならではの迫力ある歌声、切れのあるダンス……とりわけナージャのダンスは冴えていました。

 もともと子ども向けのイベントなので子どもがたくさん来ているのはあたりまえなのですが、いざあれほど多くの子どもの観客を目にすると、「少子化の進んだ首都圏にもまだこれだけの子どもがいるのか」と奇妙な感慨にとらわれ、彼女ら(彼ら)の元気いっぱいの歓声を聞くと暖かい気持ちにさせられます。

 キャラクター・ショーの筋立ては、短い時間ながらよく練られたものでした。ニセプリキュアの活躍、ポルンの意表を突いた(でもユーモアあふれる)出現の仕方……目の肥えたプリキュアファンの皆も大満足だったと思います。

 五條真由美さんによる『キュア・アクション』と『プリキュアテンション BING BING BANG BANG!』、それから本名陽子さん、ゆかなさんによる『プリキュア登場!』は最高でしたね。小さなお友だちも大きなお友だちも手拍子を打って大いに盛り上がりました。いずれもアルバムで聞いていた曲だったのですが、いや、全然別物ですよ!

 ショーの後は夜霧さん主催の二次会にご一緒させていただきました。夜霧さん[風流[姫]君]、藤原さん[22w]、そにょ〜さん[みどりのその]と同じテーブルだったのですが、楽しいプリキュア談義ができてよかったです。

 正直この頃やられっぱなしでまいっていたところなのですが、今日はキャラクターの皆さん、五條さん、本名さん、ゆかなさん、それから二次会でお会いした皆さんから元気をもらうことができました。これも光のパワーというものでしょうか。どうもありがとうございます。


以下妄想談話

所長:「いや〜、今日の二次会で「テクスト経営システムのモンタギューです」と言ったら「ああ、『萌えテク』の…」と返してくれた人がいてさ、全然期待というか予想していなかっただけに、驚いたし嬉しかったよ。」

ITクラスター研究員:「ひゃっほう! やっぱり時代はIT! しかも『萌えテク』と略しているところがすごい!」

音楽クラスター研究員:「くっ…どうしてあんなマニアックで読者を選ぶ記事が目立つのかしら? 質でも量でも音楽がうちの看板コンテンツのはずなのに……!」

所長:「そういえば経済部門にも年が明けて初めて反響がきたよな?」

経済クラスター研究員:「ええ、メールフォームから『シンクタンク・カタログ』について好意的に評価するコメントが来ましたね。」

所長:「いや正直言って経済部門はまだ立ち上がりに相当時間がかかりそうだって覚悟していたんだよね。だけど注目を前借りしているようなものだから、これから相当頑張らないとね。」

経済クラスター研究員:「(中指でメガネを直して)お任せください。策はあります。」

所長:「ところで音楽部門は、このごろおとなしいな?」

音楽クラスター研究員:「だ、だって、音楽に割くリソースがこのところ少なすぎますっ! フルートは毎週最低2時間練習しないとフィンガリングもブレスもなまります。鍵盤は3日に1回はさわらないと和声の感覚なんか身に付きませんわ!」

所長:「うーん、確かにいまは仕事が出張続きだから、特に音楽クラスターは割りをくってるよなあ。そろそろ職を変えるべきかもしれない……」


■Weekly Precure Report by montague [テクスト経営システム主任研究員]

第47話 最強戦士登場!っても〜ありえない!!
キャラクター★★★★☆
マーチャンダイジング★★☆☆☆
テーマ★★★★☆

 戦いの日々から解放されて自由になりたい、という願いはプリキュアのふたり、ベルゼイら三人組にとって共通のものなのだが、にもかかわらず早く終わらせるために激しく争わざるを得ない。ここにジレンマがある。

 だがもしベルゼイたちがジャアクキングに反旗をひるがえしたところに自由と抑圧のテーマを織り込みたいのならば、彼らが人間だったころの社会生活をもっと描いてもよかったのではないか。

 なぎさやほのかの家族からは、ふたりは部屋にいるものとして取り扱われている。「うちのなぎさが帰ってこないんですけど…、雪城さんなにかご存知ありません?」「あら、うちのほのかも帰ってないんですよ。」「駆け落ちでもしちゃったのかしら…」、などといった展開になっても困るが、全然波風が立たないというのも寂しいものがあり、戦いの悲壮感を募らせる効果をあげている。

 ベルゼイら三人組が合体して最強戦士に。もはや自由ではなく強くなること自体が目的になっているのではないか。この展開には疑問・不満を感じてしまう。

 キリヤ氏再登場。彼は闇の世界住民のなかでも、「仲間」や「心」に関心をもった唯一の人間らしい存在である。最後にそれなりの役割を発揮して欲しい。

 次回は「プリキュア最後の日」。絶対見たい……だが見れないかも、いやそんなことは考えたくもない!


2005/01/15

■日記

 今週は仕事が押していたため、土曜日の昼、東京に戻る。アニメを見たり、本を読んだりして地味に過ごす。だがこういう地道な積み重ねがある日実を結ぶこともあるだろう。


2005/01/11

企業が取り組む次世代育成支援−ワーク・ライフ・バランスの取り組みを提案する[ニッセイ基礎研究所]

 出産した女性社員が育児と仕事を両立できるように、労働時間を短縮したり社内に育児施設を設けたりする試みは日本企業の間でもちらほら見かけるようになった。ではたとえば独身の男性社員は気にかけるべき家庭がないのでいくら残業や休日出勤をさせてもよいのだろうか?…こんな問題意識を本稿は正面からとりあげ、出産前後の女性に限らず全ての働く人にとって私生活と仕事のバランスがとれるような企業労働環境を提案する。


2005/01/10

■こうの史代『夕凪の街 桜の国』

 休日出勤ということもあり、同僚とひさしぶりに夕食を外に食べに行った折に、ふと立ち寄った書店で掲題のマンガを手に取った。これが心にしみる。舞台は昭和30年代の広島、親兄弟を原爆で亡くしたが、パターナーとしての職を見出し祖母とバラックで生活する平野皆実(23歳)は、同僚の打越から好意を寄せられるも、自分だけ幸福になってよいのかと煩悶する……というお話。

 で、この平野さんがなんというか、萌えキャラなんですよ!(爆) 特に打越さんにすねてみせるところや、靴を脱いで素足になるところなんか素敵です。『はだしのゲン』の作画を想像してはいけません。終戦の傷跡癒えぬ時代の女性なのにどうしてここまで魅力的に描けるのか、不思議でならない。『火垂るの墓』の絵とも違う。まったく独自。

 えっ、せっかくの感動作品のどこを見てるんだって? そうですか、すみません。つい興奮して…


■日記

 仕事が多い……サーバーから妖精の女の子が出てきて手伝ってくれないかな…


2005/01/09

■Weekly Precure Report by montague [テクスト経営システム主任研究員]

第46話 サイアク〜!石の力が奪われた〜!?
キャラクター★★★☆☆
マーチャンダイジング★★☆☆☆
テーマ★★★☆☆

 再び、というか最後のストーリー重視特別期間が始まった。そう、「第24話 決戦!プリキュアVSイルクーボ」から「第26話 さよならメップルミップル!?やだー!」までに見られたような、学園生活・家庭生活をすべてなげうって仕事に専念する暗い期間がやってきたのだ。

 三学期初日の朝は、襟を正して「明けましておめでとう」と挨拶する。普段はどんなにギャル風の仕草をしていようとも、ベローネの生徒はやはりきちんとした教育を受けたお嬢様なのだ。

 底抜けに明るいなぎさの年賀状(「あけまして おいしそ〜」)は、もう二度と会えないかもしれない友人たちへの置手紙になってしまった。

 同級生や家族から引き離される分だけ、ふたりの間の絆はいやがうえにも盛り上がらざるをえない。手をつなぐときに互いに指を相手の指の間にはさむシーンを見て、「ああ、なぎさとほのかはやっぱりそういう間柄なんだな」と思ってしまった。

 ポルンはなぎさとほのかがふたりだけの親密圏に閉じこもってしまわないように歯止めをかける安全装置として機能している。一般的なラブコメで出てくる「おじゃま虫」のようなものだ。

 パジャマにシャッポというスタイルで登場したベルゼイ。以前は歯を磨くシーンもあったが、3人組の中では実は彼が一番生活感あふれるキャラである。普通は仕事が忙しくなってくると生活の時間が減るが、その多忙さが一定限度を超えると、今度は逆に生活が仕事の中に入り込んでくる。第二次世界大戦期のチャーチルのようなものだ。彼もパジャマ姿で大臣や将軍と会っていた。

 夕陽に向かって異常に使命感が高揚したラスト。合宿の回とは違い、まだ虹の園の住人に具体的な被害が出ているわけではないのでやや違和感を覚える。ちょっと「ネオコン化」しているのだろうか。


■書評:酒井順子『負け犬の遠吠え』

 少子化問題調査の一環として20代、30代女性の意識を知るため、かつて柏木恵子『子どもという価値 少子化時代の女性の心理』を読んだ。統計資料に裏打ちされたその内容は客観性に優れたものだったのだが、なにぶんばらばらのアンケート結果からは意識の総体ではなく断片しか浮かび上がってこない。それに対して『負け犬』はもろに筆者の主観視点で著されているものの、活き活きとした女性の意識の総体的イメージをよく伝えてくれる。

 筆者によると、非婚化・晩婚化の責任の半分以上は男性の側にあるという。そして興味深いのは、結婚しない男性の類型としていわゆる「オタク層」に一定の照明が当てられていることだ。帰宅途中の路上で丸めたポスターの入った紙袋をさげた男性とすれ違った筆者は、少子化の秘められた背景を悟って叫ぶ。「今、日本で余っているのは、日曜の夜の道を一人で歩く私みたいな女と、このおたく君みたいな男なのだ!」

 しかし本書でオタク層が「キモオタ」として嫌悪・非難されているかというと、そうでもない。オタクは生身の女性にそもそも興味がない人であり、興味があっても全くモテない「ブサ夫」とは異なる。むしろゲイと同じカテゴリーに入る(!)のである。そしてゲイは負け犬未婚女性にとって恋愛対象ではないものの、よき相談相手であって決して嫌悪すべき存在ではない。

 これは私が本書を読んで考えたことだが、一見かけはなれている負け犬独身女性層と男性オタク層はある意味経済的に同じ役割を担っているのではないだろうか。育児の負担を免れている負け犬は服飾雑貨、スポーツ、旅行、観劇に多くの消費を傾けることができ、これらの文化産業の発展に貢献している。他方、オタクたちはいわゆる「大人買い」や「ついカッとなって買い」を通じてアニメ・ゲーム産業の振興を助けている。

 とはいえしかし、日本経済が薄利多売的製造業から高付加価値コンテンツ産業に軸足を移すにあたって少子化は歓迎すべき現象だ、というスタンスをとるわけではない。むしろ問題なのは、子育てにいそしむ若い夫婦に経済的ゆとりがないことだ。そして文化産業の方でもこういう消費者層をターゲットにした商品・サービスの考案が弱いのではないか。

 食玩が一部の心無い人によって買い占められ、オークションで高値取引される結果、肝心の子どもたちが商品を入手できない。アニメの時間帯が深夜にシフトし、その内容が年季を積んだオタクにしか通じないネタを満載している。文化産業はその顧客層から子どものいる世帯が離れてゆくままに任せていると、(短期的な利益は得られるかもしれないが)、いずれ自らの首を絞める結果になりはしないだろうか。


■購入書籍

アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『<帝国>――グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』以文社。

トム・デマルコ『デッドライン』日経BP。

 『帝国』は政治学の本。大部で5600円(外税)もするので迷ったが、普通に面白い。いやほんと。

 IT系で働いていながら実はこれまでデマルコの本はひとつも読んでませんでした。お恥ずかしい…。明日からの出張のおともに。(PSPは赤坂のSCEインフォメーションセンターに緊急入院のため、出動できなくなりました。TT)


2005/01/07

■日記

 鹿児島発東京行最終便、機中の人となった私はスチュワーデスの好奇の視線と子どもたちの羨望のまなざしを受けながら、PSP版三国無双に没頭していたのだが……

 突然上ボタンが入りっぱなしの状態になってしまった。関羽はまっすぐ曹仁に突っ込んで討死、私は呆然としてスクリーンに映ったGAME OVERの文字を見ていた。

 再起動したがやっぱり上ボタン入力が常に入ったままだ。いわゆる「初期不良」というやつか。仕事が忙しい中でPSPは数少ない憩いのひとつだったのだがそれすらも許されぬとは……正直、かなりへこんだ。


2005/01/05

■日記

 仕事始め早々深夜2時過ぎまで労働。年末にコンテンツを作っておいて本当によかった。『リリカルなのは』の滑り出しは予想より好調かもしれない。CCさくらやプリキュアと違ってそもそも元ネタがわかる人の絶対数が少ないだけに、うれしいところだ。

 とにかく読者の間口を広げることを狙うならば、ポピュラーな作品を題材にすればよいわけで、実際『マリみて』で萌えテクノロジー・シリーズを書こうとしたこともあったのだが、すごく難しくて断念してしまった。^^; ITが入る余地というか隙が見当たらなかった。

 そうは言いつつも、「萌えテクノロジー」というコンセプトはとても気に入っているので、もし読者の方で、「この作品、このキャラを取り上げて欲しい」というのがあれば、ぜひお寄せいただきたい。もちろん技術要素の観点から、「データベースだけでなくプログラミング言語やインフラ系の技術解説も欲しい」というリクエストも歓迎です。


 『マリみて』の聖さまで!、とか来たらどうしよう……


2005/01/04

COMIC RAINBOW at かごしま県民交流センター

 鹿児島は天文館バス停付近の掲示板にて、ローカルの同人イベントのポスターを見つけた。手作りのいい雰囲気が漂う。ちょっとだけ鹿児島という土地に愛着がわいてしまった。


個人マネーの群像(その2)〜ペイオフ完全解禁で資金はどう動くか〜[第一生命経済研究所]

 残高1000万円を超える分も全額保護される決済性預金口座が登場するが、個人富裕層にとっては魅力が少ない。だがこれまで当座預金口座に敷居の高さを感じてきた中小企業層にとっては、この決済性預金口座の開設にはメリットがあるという。タイトルには「個人マネー」とあるのでやや脱線の感もあるが、着眼点は面白い……と思ったら著者は経済調査部の熊野英生氏でした。


■日記

 出張先へ向かう機内。スーツ姿でPSPの三国無双をプレイしていたところ、ドリンクサービスに来たスチュワーデスのお姉さんに笑われてしまった。そんなに熱中していたかな……


2005/01/03

■萌えテクノロジー・シリーズに寄せて

 新年おめでとうございます。新春記念コンテンツとしていくつか企画はあったのですが、結局作ったのは『萌えテクノロジー・シリーズ』になりました。もともとこのシリーズはかの有名な『もえたん』に触発されて、「可愛い女の子でなごみながら知識を得られれば」という願いをこめて始めたものなのですが、今回3作目を書いていて実はもう一つ動機があることに気づきました。

 SE、プログラマなどのIT産業従事者は、ときに「デジタルドカタ」と呼ばれ、知性より体力や根性を要求される職種のようにみなされています。ですが本来ITとは、がむしゃらな労働集約ではどうにもならない問題を、知識と工夫によってスマートに解決する技術であるはずです。そしてその問題解決とは第一義的に、人々の暮らしを豊かに・便利にすることであって、企業の生産性・効率性向上は第二義的な副次効果にすぎないはずなのです……

 こんな問題意識から私は、魔法少女にITのエバンジェリスト役を担わせることにしたのだろう、と思います。魔法少女は体力や根性には頼りません。そして彼女の行動指針は身近な人々の幸福です。

 『萌えテクノロジー・シリーズ』を読んだ人々がちょっとでも、「SEってかっこいい」、「ITってすばらしい」、と思ってくれれば幸いです。


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