意外な真相

 
注意!! くだらない冗談が嫌いなかたは、読まないようにお願いします。
(でもって、もしかしてここに19話放映後に辿り着いたかたへ。
もうお忘れかも知れませんが、これはパン屋の店長が殺された直後。
まだ誰が犯人か解っていない段階で勝手な妄想をめぐらしつつ書いたものです)


 冷たい雨が降っていた。刑事部屋の窓から見上げる空は、厚い雨雲がたれこめている。
 凶悪事件が発生したのは、五日前。犯人は、多くの遺留品と目撃者を残しており、逮捕は時間の問題であると、誰もが楽観していた。
 しかし、大方の予想を裏切って、捜査は遅々として進まない。遺留品も目撃情報も多すぎるのだ。あまりにもたくさんの情報が錯綜したせいで、警察は、犯人像を絞ることが出来なくなった。ある者は、まだ若い長身の男だったと言い、ある者は、くたびれたようすで腹の出たおやじだったと言い、またある者は、初老の紳士風に見受けられたなどと言う。
 警視庁きってのエリートと評判の司は、同等レベルで仕事が出来る後輩としてお気に入りの北條とともに捜査に加わっていた。自分の優秀さや周囲の注目度の高さを日々意識している司は、いつでも小奇麗な恰好をして、ぴしりと背筋を伸ばして歩いていたが、さすがに事件発生から五日間、家に帰れないままだったのでよれてきてしまったスラックスやスーツの背に、憔悴の色が見てとれる。
 そこへ、大きな紙袋を抱えた女性が勝手知ったるようすで訊ねてきた。
「また、来たのか」
 司は呆れたような言葉とは裏腹に、相好を崩しながらその女性を迎え入れた。
「また来たよ。だって兄さん、まだ当分帰ってこられないんでしょう? 着替えだっているし、ほかにも色々ね」
 と、司の妹は刑事部屋の片隅にある小さな応接セットのうえで、紙袋の中身を取り出しはじめた。
 司と一緒に、目撃情報の整理をしていた北條も席を立ち、顔見知りである妹に頭をさげる。
「こんばんは、司さん」
「こんばんは、北條さん。兄がいつもお世話になってます」
「おまえ、俺も司だろうが」と司は北條に言ってから妹に向き直り「お世話してるのは、俺のほうだぞ」
「しかたがないでしょう。妹さんの名前、教えてくれないんですから姓で呼ぶしかないじゃありませんか」
「そうだったか? こいつは、明子だ」
「でも、このまえは早苗、そのまえは佳奈美とか言ってましたよ。適当な名前を教えるのは、教えてくれないのと一緒でしょう」
 妹は、兄とその後輩のそんなやりとりを目を細めて見ながら、紙袋の中身を差し出した。 
「はいこれ、北條さんと一緒に食べてね」
「あ、やっぱりおまえ、俺をダシにして本当は北條に差し入れに来るんだな」
「やめてよ、北條さんの前でそんな変なこと言うの」
「司さん、わたしは別に気にしませんから大丈夫ですよ。今のは、お兄さんの単なる照れ隠しでしょう」
 頬を染めた妹の立場は、まったくなかったのだが、北條はまるで気がつかずに平然と言ってのけて、差し入れに手をのばす。
「それにしても、このピクルスサンドは絶品ですよね」
 司の妹は、捜査が長引くと度々こうして訊ねてきては、兄に着替えを渡し、得意のピクルスサンドを差し入れていくのだった。そうして毎回、同じように誉め、嬉しそうに頬張ってくれる北條の食べっぷりを喜んで見ていたのだが、残念ながらそんな思いは現在進行中の捜査のことでいつも頭を飽和状態にしている北條には、かけらも伝わってはいなかった。


 そうしてその夜。それは起こってしまった。
 犯人逮捕を焦った北條の失態をかばった司が、犯人の銃弾を受けて入院。そのまま長期に渡って職場復帰が出来ないでいるうちに、配置換えがあり、北條は司の部下ではなくなった。
 司の妹は、なんどか北條と連絡を取ろうとしたが、合わせる顔がないと断られた。
 そうしているうちに、彼女はいつしか消息を絶ってしまった。北條は、司に大怪我をさせたうえ、自分の口からその状況を説明して詫びなかったことが、彼女を傷つけ、出奔させてしまったと深く思いこんでしまった。


 一方、司の妹も実はかなり思い込みが激しいタイプだった。北條の思い込みは、激しい勘違いであったが、一点だけ、彼女の失踪の原因が北條にあるということだけは、当たっていたのだ。
 北條が会ってくれないのは、兄に大怪我を負わせたことがものすごくショックだったせい。→実は、北條は兄を愛していた。→北條は、女より男のほうが好き。→兄が北條のタイプであるというなら、自分ももしも男であれば北條に好かれるかも知れない。
 というとんでもない論法により、彼女は決意してしまったのだった。
 そうして、北條のタイプだと思い込んだ姿で、はじめは彼のまわりをうろうろしたりしてみたのだが、北條は振り向きもせず、彼女があの司の妹だということにさえまるで気がつかなかった。
 彼女は・・・というか彼は、そうなってみて、初めて自分の論法のどこかに・・・というかほとんど全部に誤りがあったことに思い至った。けれど、時既に遅し。
 警察官としてプライドが高く、優秀な者が好きだなどと公言してはばからない兄は、妹の性転換など、絶対に赦しはしないだろう。どんなに後悔していても、もう兄のところへ帰ることは出来ない。
 彼は仕方なく姓名を偽り、得意のピクルスサンドで生計を立てることを思いついた。そうして、花村ベーカリーというパン屋の雇われ店長におさまった。彼は辛い過去を忘れようとするかのように、熱心に働き美味しいパンをたくさん作ったので、店はみるみる繁盛し、自分ひとりでは、きりもりするのが難しくなった。
 そこで、アルバイト雑誌にバイト募集の記事を掲載したところ何人かの学生やフリーターが集まった。そんななかで、記憶喪失でいまいち精神的なより所が少ない印象の青年に親近感を覚え、バイトに雇うことにしたのだった。過去のない青年になら、自分の過去を詮索されることもないと、どこかで計算していたのかも知れない。バイトはなんど言っても、まだそれほど歳でもない彼のことを「おやじさん」と呼ぶところだけが難点だったが、おおむね素直で働きもので、女性客にも明るく爽やかな笑顔が好評だった。
 そんなある日。彼の店の常連客が、得体の知れない化け物に殺されるという事件が起きた。
 捜査にやってきた刑事は、長身で美形。どうやらバイトの知り合いらしい。彼は、それが兄や北條ではなかったことに安堵しながら、客の心当たりなどを喋った。
 ところが、その刑事と喋っている途中で電話が入り、中座して電話の応対をしたあと、振り返った先にはもっとも会いたくない人物の姿があったのだった。
 北條は相変わらず彼が妹であるとは気がつかなかったが、どんなに姿が変わっても兄の目はごまかせなかった。だいたい、被害者の遺留品がピクルスサンドだったのも彼が実は失踪した妹であるという裏付けになってしまったことだろう。
 彼は、自分を見つけた兄の目に殺意を感じた。エリートで完璧主義者な兄は、絶対にこんな妹の存在を赦さないだろうことは、最初から解っていたことだった。
 その夜、花村ベーカリーの店長は、ともに働くうちに短時間でも信頼できると確信したバイトに、パンのレシピを託し、特に思い入れの深いピクルスサンドだけは自分がいなくなっても作り続けて欲しいと頼むのだった。

 

fin.2001.5.30
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