Metamorphose part2
とうとう手に入れた。夢にまで見ていた『変身』する能力を!
氷川は、今までになく浮かれていた。しかし、そうなってみると、出来ることはきっと『変身』だけではないはずだ、と考える。
先日氷川と北條が乗っていた乗用車の後輪を難なく持ち上げた女性がいた。彼女は、氷川が助けたあかつき号に乗船していた過去を持つ。そして、驚異的な特殊能力を発揮したあとで、何者かに・・・いや、恐らくアンノウンに殺害されたのだ。
急がなければいけない。変身してG3として戦うのはもちろんのことだが、もしも、他にも出来る能力があるのならば、早くそれを会得し、効果的に使いこなせるようにならなければ、自分もいつアンノウンのターゲットにされるか解らないのだ。
氷川は、ひとり資料室にこもった。
目の前には、書類の束。
それを、視線の熱さで焼き尽くそうとでもいうかのように、一心不乱に睨みつけている。
どれくらい、時間が経ったろうか。
その書類の束から、一番うえにあった一枚が、ふわりと浮き上がった。
「やった!」
飛び上がらんばかりに、歓声をあげる氷川。
「あ、すみません。今日は風が強いんですよね」
呑気にそう声をかけたのは、尾室だった。あまりに精神集中していた氷川には、ドアを開ける音が聞こえなかったのだが、ドアの向こう、廊下の窓も開いていて、どうやらそこから風が入り込んできていたらしい。
がっくりと肩を落とす氷川を、尾室は不思議そうに見ながら、必要な書類を選び出し、さっさと退室していった。
「いきなり乗用車は無理だからって、こんな薄っぺらい紙では、風に先を越されてしまいますね」
氷川は呟いて、こんどは重そうなファイルがたくさん詰め込まれたキャビネットに目をやった。
「あれを移動させられたら・・・」
と、呟いて、たった一球投げる間に、30分間使ってしまう昔の野球漫画のヒーローのごとく、再び燃え盛る炎を目に宿し、キャビネットを睨みつける。
しばらくすると、キャビネットが揺れ始めた。
咄嗟に氷川は、周囲を見回す。だが、ドアは閉まったままだし、反対側の本棚や目の前の机のほうは揺れていない。つまり、地震ではないということだ。間違いなく、氷川が念を送ったキャビネットだけが振動している。
「こんどこそ!」
と、ガッツポーズを決めようとしたところへ、ノックの音がして、こんどは北條が顔を出した。
「なにやってるんですか、氷川さん。早く手伝ってください」
「手伝うって、なにをですか?」
「隣の第二資料室、戸棚の移動をしているんですよ。さっきから、そこの壁あたりがガタガタ揺れていたでしょう?」
気づいたら早く手伝え、と言わんばかりである。
当然、北條の言っている隣というのは、揺れたキャビネット側の部屋だった。
またしても失敗に終わったことに、落ち込んでいる氷川に、北條は命令する。
「そこの奥にある棚は、なかにカラーグラビア付き庁内報が詰まっているので、特に重いんですよ。早く運んでください」
「ですが、あの、北條さんは?」
さっきから、ほかの若い職員や巡査らがものを運んだり動かしているようすがあるのだが、北條はまるでそれに参加せずに、ただ氷川を急かしていた。
「このわたしに、肉体労働が向いていると思いますか?」
そう訊ねられ、氷川は素直に北條のつま先から頭のてっぺんまでを見る。身長は、それなりにあるようだが、ひどく細い。箸より重いものなど持ったことがないと言われても、頷いてしまいそうな華奢な体型だ。
「あまり、向いてそうではありません」
「当然です。ですから、氷川さん。よろしく、頼みますよ」
と、満足そうに言い残し、北條はすたすたと歩き去った。
氷川は、特殊能力を試すのを諦め、隣室の模様替えを手伝うことになってしまった。
試したのが、サイコキネシスだったからいけないのかも知れない。
そう考えた氷川の脳裏には、津上という青年の無実を証明した真魚の顔が浮かんでいた。
やはり、自分の特殊能力も、アレかも知れない。
模様替えが終わって、Gトレーラーに戻るやいなや、氷川はいきなり小沢の髪のあたりに手をかざした。
「氷川君、なにしてるの?」
「しっ!」
氷川は、小沢のほうに、黙っていてくださいというように人差し指を立てて口にあてると、じっと目を閉じて、精神を集中した。
すると、あるイメージが浮かび上がってくる。
「小沢さん、小沢さんはさっき、焼肉を食べてきましたね」
「そうだけど。煙の出ない店だったから、髪に匂いなんかついてないはずよ」
と言いながらも、自分の髪を一束手にとって、鼻に近づける。
「匂いなんかしなくても、小沢さんが焼肉食べる頻度を考えたら、適当なことを言っても当たるに決まってるじゃないですか」
呆れたような声が割って入った。実験の邪魔をしたことなど、まるで気がついていない尾室である。
「小沢さんは、週に三日は焼肉なんですよ。昨日がラーメン、一昨日が麻婆豆腐定食だったんですから、今日はもう焼肉に決まってるじゃないですか」
「見事な推理ですね、尾室さん」
「氷川君、それは推理とは呼ばないわ」
がっくりと小沢は額を押さえた。しかし、気を取り直したように顔をあげて、心配そうに氷川を見た。
「どうして急にサイコメトリーしてみようなんて、気を起こしたの?」
そこで氷川は、例の『変身』から、他にもなにか出来るはずだという考えに至ったことを説明した。
驚くか共に喜んでくれるだろうと思っていた小沢は、どちらの反応も示さずに腕組みして言った。
「氷川君、がっかりさせて悪いけど、それはあなた自身の特殊能力じゃないわね」
「は?」
「このまえ、あなたの身体を改造しておいたのよ」
「かいぞう?」
氷川は、数秒間考えてから訊く。
「それはまた、どんな象さんですか? えーと、海の象でしたら、確か・・・」」
尾室は、寒いっと、両腕を抱える。小沢は、めげずにレポート用紙を取り出して、すらすらとペンを走らせ『改造』と書きながら言う。
「セイウチじゃなく、この『改造』よ」
「それじゃあ、それじゃあの、『変身』は小沢さんが・・・」
と呟いて絶句している氷川を見て、それから小沢を見た尾室は、また気の毒そうな視線を氷川に戻した。
「小沢さん、まだ内緒にしといたほうが良かったんじゃないですか。世間に知れたら、人道的にどうのと非難されかねませんし、こうして、氷川さんのほうもかなりショックを受けているようですし」
いつも強気の小沢も、今回ばかりは、少しだけすまなさそうに氷川のようすをうかがっていた。
しかし―――。
次の瞬間、氷川は満面に笑顔を浮かべて、両手で小沢の両手を握り締めぶんぶんと振り回した。
「小沢さん。僕は今、モーレツに感動しています!」
「はぁ?」
「改造人間こそが、真の仮面らいだーの姿ですよね。人間でありながら、改造されてしまった悲劇のヒーロー。やはり、これです。これが、似合うのはきっと僕しかいませんから!」
ショックを受けるどころか、うっとりとしながら氷川は語った。
「悲劇のヒーローは、改造されたことをそんなに歓迎したりしないと思いますけど」
ぼそり。と、小さな声で呟いた尾室の言葉が、感動で浮かれまくっていた氷川の耳にも届いてしまった。
ぴたっ、と動きを止める氷川。
「そ・・・それもそうですよね。悲劇のヒーローなら、もっと悩まないと」
と、言いつつ、その頬がほころんでしまうのを、どうにも止められないらしい。
困ったように両手で、崩れそうになる頬を押さえる。
「う・・・嬉しい。嬉しいけど、喜んでしまうと、憧れ続けた真のヒーロー像から遠のいてしまう。ああ、でも、僕は改造人間になってしまったんだ。しまった・・・ああ、しかし嬉しいものは、嬉しいわけで・・・」
小沢と尾室の呆れ顔に見守られながら、氷川の苦悩と百面相は続くのだった。
fin.2001.6.27
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「氷川の変身は小沢さんの改造よ」と、黒媛さんが言うので、こんなモノを書いてみちゃいました。ネタをありがとうvでも、正統派氷川ファンのかた(で、うちの小説読みにきてるかたがいらっしゃいますか?)には不本意な内容だったかも、ごめんなさいです_(_^_)_
しかもアノ台詞がもう、キャラ違い。解るひとだけ解って、笑ってやってください。