congratulations

byりか

34話より



 見上げるほど大きなお屋敷というのではないが、しかし 全体に落ち着いた優しい雰囲気のある家だった。前に来たときは、この家の玄関前だけだったので、実際に中に進むと 自分が体験したことのないような「家庭」の匂いがあって、胸が切なくなった。

「葦原さん…! 翔一君に、何かあったんですか?」
 玄関のチャイムを鳴らしたところで出てきたのは、美少女真魚だった。何か作業をしていたのかエプロンをつけている。少し口ごもりながらも、訪問の目的を話すと真魚は静かに笑いながら、庭の家庭菜園の方へと案内してくれた。
「これが…津上が作っている家庭菜園か」
 素人でここまで作れるのはすごいと思いながら辺りを見回す。トマトがちょうど赤く熟しているようで、その場にしゃがみひとつ、手に取った。
「贅沢だな、あいつは」
「贅沢?」
 涼の言葉に、真魚は不思議そうな顔をする。彼女もまた、自分が恵まれているということにまだちゃんと気がついていないのかもしれなかった。
「こんなに安らげる家があって、心配してくれる人間がいる。−俺には、ないものだ」
「葦原さん…」
 返答に困っている風の真魚が、それでも何かを言おうとしたときに 家の中からこの家の主が息子とそろって顔を出した。
「真魚、家に入ってもらいなさい。お茶くらいお出ししよう、初めてだからね、翔一君のお客様は」
「え…」
 友達、という響きに少しだけどきんとする、涼。真魚はニッコリ頷いて、涼の肘を掴むと強引に家の中に案内をした。

「これ、翔一が作ったヌカ漬けだけど、どうぞ」
 小学生だという太一が、少々不恰好に切ってあるナスの漬物をお茶請けとして運んできた。かなり濃い目に入ってしまった緑茶の様子から、本当に、この家の家事は翔一がいっかつして行っていたらしい。
「いただきます」
 一応、社交辞令のつもりで一切れ口にする。店で売っているものよりは優しい味付けの、まさに家庭の味だった。いかにも翔一らしいと思いながら、ふと自分に向けられている三人の視線に気がついた。
「…なにか?」
「いや、それで―いつなのかと思ってね」
「は?」
 美杉教授のいきなりの切り口に、涼は首を傾げる。
「真魚もそうだが、彼のことは本当の子供のように思っているのだ。だから、できることはしてやりたいと思っているのでね」
「…はぁ?」
「いっそ、翔一とこっちに越してくると良いよ。部屋はあるんだし、そのまま翔一の部屋に住めばいいんだよ。まぁ、僕みたいなのは存在しないと思ってくれて良いですし、えへへ
 太一もニッコリ笑って話しかけてくる。
「あの…?」
「それが良いわ、家事も助かるしね。問題は、二人とも無職ってことだけれども、でもそれはちゃんとおじさんが何か仕事を見つけてくれるのよね?」
 真魚もニコニコ笑いながら太一の言葉を続ける。妙な風向きに、涼はますます首をかしげた。
「その点は大丈夫だ、見たとところ体は丈夫そうだしな。そうだなぁ、まずは大学で私の仕事の手伝いをして、それから…」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、何の話だ?」
 慌てて話を遮った涼に、太一が怪訝そうな顔をする。
「なにって?」
「決まっているじゃないか、君と翔一君の結婚のことだよ」
「けっ―――」
 思わず息を呑む。そうして頭の中でしっかりと、「結婚」の制度に関してもう一度思い出してみる。間違いなく、日本では男性同士の結婚は認められていないはずだった。
「世間ではなんと言われても、私たちは翔一君の味方だから」
「そうそう、翔一なら何でもありって気もするしね、いいお嫁さんになるよ。きっと
「お料理もお洗濯も、お掃除も得意だものね。お買い得だと思うわ」
 真魚と太一が深く頷きながら、恐ろしいことを言い出す。本気で、本当に自分と翔一を結婚させようと思っているようだった。
「思えば、彼が記憶をなくしてここにやってきたときから私は彼の幸せを願っていたのだ。いつまでもここで面倒を見ていてやりたいのは山々だが、しかしそうも言っていられなくなるだろう。
 それが、君の様な…伴侶となる相手を見つけることが出来て、本当に良かったと思っているのだよ」
 ウルウルと瞳を潤ませながら語る美杉教授の様子はまさに花嫁の父であった。
「俺は…」
 男同士で、どうやって結婚なのだ!と、怒鳴ろうとしたときには、隣に座っていた真魚ががっしりと涼の手を掴んで、そうしてまさに祈りの乙女よろしく熱い視線を向けてきた。
「翔一君のこと、お願いします」
「…あ」
 真魚に対しては断れない。生き返るときにそうインプリンティングされてしまったように、涼は無意識に頷いてしまった。
「頼んだよっ!」
「よろしくね!」
 真魚の手の上からがっしりと教授と太一の手も重なった。
 振り払うタイミングがなくなってしまったと気がついたときにはもう、反論の気力さえなくなってしまった涼だった。

『―変身しなくても、妙な人間ばっかりだ…』

 もしかすると、このなかでは自分が一番まともなのでは…とひそかに思う涼なのだった。


―END―
2001.9.24