はっぴぃ★べーかりー

byりか


なんだか折角なので…編はっぴぃ★べーかりー


 翔一の看病のお蔭で、奇蹟的な回復を見せた涼。朝日のさす、もとは榊亜紀の部屋のテーブルを挟んで、翔一は心から涼の回復を喜んでいた。
「良かったです、一時は本当に死んじゃうのかと思いました」
「…世話をかけた…な」
 もそもそとした返事をしながら、涼は翔一がつくって店で売っていると言うパンを食べていた。自然食材を厳選して作っているパンは、涼の口にも合うのか久しぶりに美味しい物を食べていると思えた。
「…うまいな…、今度…買いに行くよ」
 実現するかはわからないが、一応は社交辞令の一環としての涼の言葉に、翔一は本当に嬉しそうに笑った。
「本当ですか? ありがとうございます、自信作なんです! ア…でもなァ。実はもう直ぐ店を閉めなくちゃいけないんです」
「潰れたのか?」
「あはは。違いますよ、実は…」
 翔一は豪快に笑いながら、自分がアルバイトしていた花村ベーカリーの店長が殺されてしまった事や、その後を任されていること、最後に、店長が亡くなってしまた事で店舗の契約が切れてもうパン屋をたたまなくてはいけない事をざっと話した。
「それは…あ、ええと…」
 なんとなく翔一を慰め様としてくれているらしいが、上手く言葉が見付からない。
「…別なところで…店ができたら…行くよ」
 余り言葉を知らないが、しかし彼らしい慰めの言葉で、翔一は嬉しそうに微笑み、頷いた。どちらかと言うと、言葉よりも先に手が出るタイプらしい彼なので…こんな言葉でも彼にとっては精一杯の事だと思うと、自然と顔が綻んでしまいそうだった。
「さて…っと。俺、今日からは、閉店の準備をしないといけないんで、結構忙しいんですよ。葦原さんは好きにしていてくださいね」
 食事を終えて、翔一は使ったマグカップ(これも、真魚が翔一用にと新しく買ってくれたものだった)をざっと洗ってから、出かける準備をする。暫く、その様子を眺めていた涼は、翔一が出かける段になると自分も一緒に玄関まで出てきた。
「あれ? 帰っちゃうんですか?」
 驚いた顔をする翔一に、涼はクールな表情を隠さないで嫌…と、小さな声で答えた。
「―忙しいんだろう? 手伝おう」
「え? そんな…、俺そんなつもりで言ったんじゃないですよ? 葦原さんは、まだ病み上がりなんですから、もう少しゆっくりしていた方が…」
「かまわない、看病してもらった礼だ」
「ハァ…」
「さぁ、いくぞ」
 困惑している翔一を促して、涼は部屋を出た。

 パン屋までの道を、翔一は愛用のバイクで通っていた。いつもなら自分もバイクに乗っていると言う涼だったが、今は―無い。そこで、二人乗りをする事になった。
 翔一のバイクなので、彼の後ろに乗せてもらう。バイク自体に捕まっていれば良いのだが、しかし大柄な男子二人の二人乗りなので、バランスを取るために翔一にしがみ付く格好になってしまった。彼の運転は中々に安定していて、不安は無かったが…。時々すれ違う人々の驚き、困惑の視線を感じてしまうのだった。
「ハイ到着です〜!ここです」
 にこやかにバイクを降りて、翔一は店を紹介した。小奇麗で可愛らしい、お洒落な感じの店で、女の子が好みそうな店だった。そうして、おそらく買いに来る客の大半は…。
「キャァ〜! 翔一君〜! おはよ〜! お店、これから? あら…まぁ、こちらの子は? お友達なの?」
 朝帰りの水商売の女性たちが数人、にこやかに話し掛けて来る。翔一はその一人一人の名前をしっかり覚えているのか、受け答えしながら店を開けて、そうして昨夜のうちに作りおきしていた分のパンやサンドイッチを彼女達に売っていった。
「本当に、惜しいわぁ〜!」
「そうそう、折角可愛い男の子のパン屋さんになったのに〜」
「ね、いっそお姉さん達が翔一君にお店持たせてあげましょうかァ?」
 彼女達も閉店の話を聞いているのだろう、酷く残念がりながら半ば本気でそんな事を言ってくれる。嫌ァ…と、照れながら翔一は賑やかな彼女達を見送った。
「―凄い人気だな?」
「エエ、お得意さまでした。凄く残念です。じゃあ…取り敢えず作業をはじめちゃいますね、ええと…」
 在庫の小麦粉をパンに加工しながら、使わなくなるものを片付けて行く。一部はほかのパン屋などに引き取ってもらったり、器具も色々と整理して行く。
 翔一がパンを作っている間、涼はその荷物の整理の作業を手伝った。

「ありがとうございました、大分と進みました」
 お昼、近くの会社の人のお弁当分のサンドイッチや菓子パンを売りさばいた後、翔一は自分達用によけてあったサンドイッチと牛乳を持って、涼を近くの公園へと誘った。
「朝も昼もパンで済みません。もしかして、お米の方が良かったですか? そうなら、夜にはなにか…美味しいもの作りますよ。ア、疲れて…ませんか?」
 ニコニコ笑いながら話す翔一に、涼は思わず見惚れてしまいそうになっていた。そうしてそんな自分にハッとしながら―首を振る。
「別に…このパンは美味いしな…気にしてない」
「ありがとうございます、でもやっぱり夜は何か作りますね。いっぱい手伝ってもらっているんだし、ささやかな感謝の気持ちです」
「いや…俺は…」
「なにが好きですか? 煮魚とか作りましょうか? あ、肉のほうがいいですか?」
 翔一の声はどこまでも心の中に染み込んできて、心地よい。涼はこの声を聞いていられる今の状況だけで充分に満足していた。
 本当は翔一に対して感謝したい気分な涼だったが―しかし、こうして彼と一緒に居るのは中々に心地良い。誰か他人と一緒に居て心が休まるなどと言うのは、ココ最近全く経験のない事だった。

 そうして、その二人の姿は―公園の植え込みから驚愕の瞳で見詰められていた。
「…涼…生きていたの…!」
 長い黒髪をたらし、濃い派手目の化粧をしているがそれは榊亜紀であった。たった今までギルスを射殺した機動隊員をその超能力で殺してきたばかりだった。その帰り道に偶然にこの公園により、そうして…発見してしまったのだ。
 仲むつまじい涼と、そうして―。
「…どうして彼が…。何故一緒にいるの?」
 自分が恋人と偽って近付き取り込もうとした「アギト」が、そのそばにいて、あの人間の姿をしている時の、能天気な笑顔を振り撒いている。
 涼は…一応クールに振舞っているが、「アギト」に向ける視線は余りにも優しすぎる。
 亜紀は、女の直感として涼が「アギト」に心を寄せているのを感じ取った。二人に接点はないはずだったのに…。
 とんびに油揚げを横取りされてしまったような気分になる。
「どうして…なんで、彼…なのっ!」
 パキン、パキンと、亜紀の周囲の金網が弾ける様にして切れた。彼女の感情の高ぶりのせいらしいが、本人にはその様子は見えていなかった。
 彼女の周囲だけ、温度が急速に上がっていく。それは紛れもない、嫉妬の温度だった。

「あ、葦原さん、ココ。パンくずが…」
「ン?」
 翔一の指先が涼の唇に触れる。そうして払い落とすと、そのまままた楽しそうににっこりと微笑んだ。つられて、涼も苦笑ではあるが、一応微笑を浮かべる。
「なんだか…こんな感じって、いいですね」
「―そうだな…」
 ほぅっと、涼の苦笑した顔を見つめながら翔一は小さな声で呟く。涼もその呟きに、小さな声で応えて…二人はお互いに驚いて、しばし見詰め合った。

「なっ、なに! 何、あの恋人同士のような空気は〜!」
 バキバキっと、金網の枠が物凄い力で引き千切られる様にして曲がって行く。あたりには子供も、犬も、野良猫さえいなくなって、気温が更に上がった。
 亜紀の背中からは真っ赤な炎の様なオーラが吹き上がり始めていた。
 可愛さ余って憎さ百倍…とでも言うか、自分と一緒に生きてくれると思った涼のその変わり身の早さにムカムカとしてきた。

「あの…葦原さん…。これから…どうするのかとか、決めているんですか?」
「嫌、別に…」
「あの…あの、良かったら…」
 珍しくもじもじしながら涼の横顔を盗み見ている翔一は、言葉を捜している。涼はその言葉を聞く前から解っている様に、小さく微笑むとそっと頷いた。そうして、今度は涼の方から話し掛けてくれる。
「…もう少し、世話になっても…いいか?」
 涼の言葉に、ハッと顔を上げて、そうして次の瞬間に翔一は本当に嬉しそうににっこりと笑った。
「ハイ、勿論です」
「ありがとう」

「―――きぃ〜〜〜! なによ、なによ、なによっ! なんであんなに急展開で恋人同士の様になっちゃうのよっ!」
 亜紀はジタバタと地団太を踏む。と、それは彼女の力の暴走の始まりでもあった。ぎりぎりと怨みの念を、涼と翔一に送りつける。

「うっ…」
 突然、涼は胸を押さえて苦しみ出す。何か妙な力が内臓を押し付けてくる様な激痛だった。
「葦原さん? どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
 亜紀の念を受けて苦しんでいるとは知らない翔一は、また涼が発作を起こしてしまったのかと焦り出す。涼の肩を抱える様にして顔を覗き込み、その苦しさの原因を探ろうとした…時に、背後になにか不思議な気配を感じて振り返った。
「え? あの…?」
 すっかり様変わりした亜紀に、翔一は最初気がつかなかった。優しくて美人の家政婦さん―という印象しかなかったので、今のような派手なメイクや怪しげな黒い服装では、亜紀だとは…わからない様だった。
 しかも、彼女の全身からは翔一でも解る異様なオーラが立ち上っている。これでもし、彼女の頭が何かの獣であったなら…、翔一はアギトに変身していたかもしれなかった。
「あの…ええと?!」
「さ…さがっていろ…翔一っ…、なにか…危険な…気配が…」
 苦しい息の中、涼は翔一を庇う様に身を乗り出してくる。ぐらりと一瞬揺れた体を翔一が支えながら、二人はぎりぎりと怒りのオーラを放ちつづけている亜紀に、それとは気がつかずにじっと対峙していた。
「葦原さんっ…!」
「…あいつ…か?」
 涼はうっすらと目の前の女が、自分を苦しめているのだと察する。なので、ますます翔一を庇おうとする。
「お前は…逃げろ…、早くッ…」
「そんな! 駄目です、葦原さんを残してなんて…!」
「馬鹿、俺に構うな!」
 結局、二人ともお互いを庇いあってしまう形になって、一層、亜紀の怒りを買ってしまった。
「―許せないっ…っ、許せない! 許せないっ!」
 ブワッと、亜紀の髪がまいあがって、思い切り力が暴発しそうになった。

―殺させない!―

 強い意思の篭もった声が唐突に聞こえた。それは翔一の声で…、涼の背後に押しやられながらも、隙があれば直ぐにでも変身して反撃してこようと身構えている。
 涼の苦しさの中から発せられる気も、尋常ではなくなってきている。下手をすると、そのままギルスに変身してしまいそうな勢いだった。
 流石に、彼らを二人同時に相手にするのは無謀だと、―瞬時に自分の不利な事をはじき出す亜紀。しかし、怒りは…収まらない。
 たまらない屈辱感で胸が張り裂けそうになる。
 バシバシっと、二人の近くの噴水の囲いのコンクリートを吹き飛ばす。噴水の水が一斉に足元に溢れ出して、一瞬、二人の気がそれた時に亜紀は身を翻してその場を駆け去った。

「な…なんだったんでしょうね…今のは?」
「アア…それにしてもあの女…どこかで…見たような…」
 ホッと息をつく翔一と、涼は首を傾げながらも結局はあれが亜紀だとは気がつかなかったようだった。
 結局は、お互いの姿しか見えていないのだから、当然と言えば当然なのだが…。
「帰りましょうか…店、まだ片付け残っているし…」
「ああそうだな」
 立ちあがった翔一が、すっと手を差し出す。一瞬驚いたが、しかし、涼は静に微笑みながら、老人のような手で翔一の手を掴んで立ちあがった。

「ばかみたい、ばかみたい、ばかみたい! きィ〜〜! 人を馬鹿にして〜!」
 駆け去りながら、亜紀は…この結果に導いた原因が、ギルスを射殺した警察にあるとやつあたりの言い分を思いついた。
「絶対に…ぶち殺してやる〜〜〜〜〜!」
 げに恐ろしきは…女の嫉妬であった。


―END―

PS−きっとこの後、亜紀が暴走して捕獲作戦の隊長の北條を襲うのを決意したのだろうなァ…と思ってください。