HELP!

(涼モテモテ編)
byりか

―37話より


「涼さん! しっかりしてよ、涼さん!」
 漸く電気が繋がっているらしい廃墟ビルの中、真島の声と苦しそうな呻き声が聞えてきた。信頼しきっていた木野の信じられないような裏切りにあって、涼は負傷してしまった。ギルスに変身しても、木野のアギトにはかなわなかったのだ。
 唇の色も悪くなり、息も荒い。もう脂汗さえ出ることもできないのか、とにかく医学の知識のない自分にも、彼がかなり危険な状態なのだというのは解った。
「なんとかしないと…なんとか…、なんとか…」
 焦る気持のせいで、よい案が浮ばない。落ちつけ、落ちつけと何度も繰返しながら強制的に、意識を整理しようとした。しかし、何も思いつかない。
「くそっ…! 僕は…こんな時まで落ち零れなのかよっ! せめて、真魚ちゃんみたいな力があれば…、あ…」
 ぱっと、希望が見えた一瞬だった。
「そうだ、真魚ちゃんに…!」
 かつて、一度涼は死んだのだと聞いた。しかし、その彼をこちらの世界に引き戻してくれた人間がいた。風谷真魚―あかつき号メンバーではないが、相良が新しい仲間、同じ能力者なのだと言って紹介してくれた美少女。自分同様、あのマンションで生活した時間もあった、気が強くて、でも優しい女の子だったはずだ。
「真魚ちゃんに…頼んだら…もしかして…」
 ごそごそと、真魚が家に戻る時に渡してくれた彼女の家の住所と簡単な地図を探しだした。最近の急展開と、濡れ鼠で飛び出してきたせいで、所々読みにくくなっているが、遠くはない。歩いてでもいけない距離ではない。
 涼を一人ここに残しておくのは心もとないが、しかし自分ではもう運び出す事も出来ないのだ。せめて、自分がもどってくるまでは…持ってください、と祈るような気持でビルを出た。

「真魚ちゃん!」
「真島君? どうしたの? 何かあったの?」
 一軒一軒、表札を確認しなくてはいけないのかと思っていたが、彼女が庭に出ていてくれたお蔭で、偶然にも再会出来た。
 急いで涼の様子を話す、彼女はすぐに解ってくれたが、しかし―真島の期待は直ぐに打ち砕かれてしまった。
「もう、あの力は消えてしまったみたいで…使えないの」
「ええ! そんなっ!」
 絶望的な闇が一瞬、目の前に広がった。立っているのも辛くなる。このままでは本当に涼が死んでしまうと思った。真魚は最後の望みだったのだ。
「真魚ちゃん、ジュース入ったよ? あれ、お友達…? あ、君は…」
 赤いバンダナを巻いた青年が家の中からひょっこりと顔を出した。
 思わず息を飲んでしまう、彼は…あかつき号で一緒だった…。が、真魚は直ぐに彼の元に駆け戻った。
「翔一君、大変なの、葦原さんが!」
「葦原さん…?!」
 涼の名前を聞いた瞬間に、翔一の表情がきりりと引き締まった。
「彼に、何かあったの?」
 笑顔ではない、鋭い眼光で真島を見る。咄嗟に、上手く言葉が出なくて真島はこっくりと頷くのがやっとだった。
 翔一のバイクと真魚の自転車に乗って、真島は二人を涼のいるビルに案内した。涼はまだ苦しそうに唸っていたので、逆にホッとする。
 翔一はその姿を見た瞬間に駆け寄って、そうして涼の顔を覗き込んだ。
「葦原さん! 葦原さん、しっかりしてください、葦原さん!」
 肩を掴んで揺すってみるが、涼の返事はない。ただ苦しい息を吐いているばかりだった。
「翔一君、大丈夫そう?」
 真魚も涼の顔を覗き込み、次に翔一に尋ねる。
「…ヤバイかもしれない」
 真剣な表情で答える翔一。
「…」
「そんな! どうしたらいいんですか!」
 自分よりは涼に近い存在の彼の言葉は、最終宣告の様にも聞えた。真島は更に真っ青になって叫んでしまった。
「涼さんを…助けてください!」
 必死だった。
「…どうしたら良い? 翔一君…」
「兎に角…病院に運ぼう。まずちゃんとお医者さんに見せて、それからにしよう」
「…解った、じゃあ私、救急車を呼んでくるね」
 真魚はぱっと立ち上がり、急いで外に出ていった。まだ携帯電話を持っていなかったのだ。
「…葦原さん…」
 真島はしょんぼりとした顔で、涼の横顔を見詰め、その場に座り込んでしまっていた。かなり落ち込んでいるのが解る姿だったが、その彼に、翔一が少しきつめの視線を向ける。
「真島君…だったよね? 君…ずっと、葦原さんと一緒だったの?」
「はい…僕を…庇って…」
 気を抜くとそのまま泣き出してしまいそうなほど胸の奥が痛くなる。
「ずっと? ―君を庇って?」
「そうです、木野さんが…襲ってきて、それで…」
「本当に、本当にずっと一緒だったの? じゃあ、君が…葦原さんの服を脱がせたの?」
「え?…ええ…」
 なんだか不自然な言葉に気がついて、真島は顔を上げた。
「…脱がせただけだよね? 他には、何もしてないよね?」
「え…ええ…、それは…そうですけど…」
「本当に、本当に何もしてないよね?」
 鬼気迫る問いかけは、木野並に恐ろしかった。コクコクと無言で頷く。
「―しそうになったりしなかった?」
「え?」
「ふらふらっと、葦原さんに迫りたいとか、思わなかった?」
 心臓が飛び出しそうなほど驚いてしまった。
「なっ…! あ、ありません! だって、凄く苦しそうで…そんな事…」
「今はなくても…一緒にいる時に、そんな気にならなかった?」
 妙に自信のある問いかけは、うすらぼんやりした笑顔の中に棘を隠している様だった。うっかりした返事ができないというのを、本能的に察する真島は、首を横に振って答えた。
「ぜ、ぜん…全然、一回もそんな事はないです…!」
 本当は、二三回ほどカッコイイなぁと見惚れた事があった。しかし、それは純粋に、なんでもできる兄に憧れる弟のような心境で…特別な意味はない―筈だった。
「一回も無いんだね?」
「勿論です!」
 念を押す翔一に、思いきり力いっぱい頷く真島は、すでに命の危険さえ感じていた。
 絶対に、カッコイイと思った事も言ってはいけないのだと、本能が告げている。超能力でなくても、それははっきりと解った。
「ふぅん…まぁ、良いや。―じゃあ、俺がここに残っているから、真魚ちゃんと一緒に救急車の隊員さんを案内してきて」
「は、はい!」
 ビンと、飛び上がる様にして立ちあがって、急いで真魚の後を追う。正直、あのまま翔一に詰問されていたらなにか口走ってしまいそうだった。
 あの視線が怖かったのだ。
 しかし、部屋を出る時に、ほんの偶然、何気なく振りかえってしまった。
「―――!」
 慌てて見なかった事にする。そのまま飛び出した。

「真島君? どうした?」
 電話をかけてきた真魚が戻ってくるのに直ぐに出くわす。
「あ、ええと…あの…、き、救急車を案内してきて欲しいって頼まれて…」
「……」
 首を傾げた真魚は、何気なさそうに真島の手に触れ、そうしてフッと、溜息をついた。
「忘れたほうがいいよ、真島君。今、見たもの」
 真魚には ちゃんと解ってしまったようだった。
「…真魚ちゃん…、もしかして…あの人、本物?」
 怖くて想像しただけのことを、真魚に正直に聞く。真魚は静かに笑って頷く。
「但し、葦原さん限定ね。良かったね、うっかり葦原さんとキスの一つでもしてたら真島君、命が無かったかもよ? 翔一君、ああ見えて凄くやきもち妬きだから」
 クスッと笑った真魚は間違い無く美少女なのだが、矢張り翔一同様に怖かった。
 そうして、言われたように先ほどの、翔一と涼のキスシーンは彼の記憶から速やかに消去されたのだった。



―END―
2001.10.15