byりか
33話で―――
どこに行くというのは考えられなかった。兎に角、ここにはいられないという恐怖感が心の中を占めていた。ブルゾンを羽織、そうして玄関を出てバイクに手をかけようとした時に、一台のバイクが背後で急停車した。
「翔一君! どこに行くの?」
ヘルメットを取って駆け寄ってきたのは、家出から戻ってきたばかりの真魚だった。こんな情けない顔を見られたくなくて視線を外しながら、別にどこでも…とだけ答える。ここ暫くの翔一の異常に、真魚はいち早く気が付い手いた。そうして、それが先のあの怪人との闘いにあったのも、察していた。
「翔一君を、守ってもらおうと思って―私が連れてきたの」
必死に訴える真魚の言葉に、翔一は力無く振り向いて、バイクから降りてきた若者を見た。どくん―と、その時、心臓が何かの予感に震えた。
男がゆっくりとヘルメットを外しながら、真っ直ぐに自分を見詰めてくる。
「津上翔一…だったな」
野生的な力強い瞳が、真っ直ぐに向けられてくる。精悍な、日に焼けた顔と引き締まった体。鼓動が、倍になった。
「彼女には…借りがある、その借りを返させてもらう」
「葦原さんに、翔一君を守ってもらおうって、そう思ったの」
泣き出しそうな顔をしているのは、自分だけではなかった。自分の腕を掴んでいる真魚も、泣きそうな顔をしている。こんな顔をさせたくなくて、彼女を守りたいと思っていたのに…酷く情けない思いで、翔一は真魚の手を静かに払いのけて、そうしてバイクにまたがった。
「翔一君!」
「―――」
叫ぶ真魚を置いて、バイクを出す。どこに行く予定も無く、ただ―彼女にはこれ以上被害を与えたくないという思いが バイクのスピードを上げさせた。
「おい!」
「―」
「とまれ! おい!」
いつのまにか、涼のバイクが並走していた。そうして隣で大声で怒鳴ってくる。その強気な口調や強引さを思い出して、胸の奥がジンジンとしてきた。
しかし、だからと行って止まれるはずは無かった。翔一は涼の言葉を無視してそのままバイクを走らせ続けた。
やがて、涼はあきらめたのかなにも言わなくなって、その代わりに翔一の隣や背後をピッタリと走るようになった。記憶を無くして以来、誰かと一緒にバイクを走るというのは初めてだと、ぼんやりした意識の隅で考えた。途端、目の前の信号が赤に変わった。
ブレーキを、と思った時には信号を待ちきれなかったらしい子供が目の前に飛び出してきた。
「っ―――!」
思いきりハンドルを切って、車体が大きくスライドしかかりながら、なんとか子供をはねる事は無かった。
「ごめんなさい―!」
殆ど転倒に近い格好で横断歩道の直前に止まった翔一に、その原因が自分にあるとわかっている子供が、大きな声で謝ってから、その場を駆け去った。
「ふぅ…」
ホッとすると同時に、その横に涼のバイクがつけられた。
「無事か? 今みたいな時には、ちゃんと子供を怒鳴った方が良いぞ。それが本人のためだ」
「……そんな事…」
反射的に反論しようとしたが、言葉に詰まってしまった所に涼の冷たい声がかかる。
「お前には無理だな」
すっと手を差し出され、そうして戸惑っているうちに引き起こされてしまった。
背後から他の車の迷惑になるからと、そのまま強引に歩道へと押しやられてしまった。「怪我は無いか? バイクも…無事か?」
自分のバイクも脇において、涼はその場に立ち尽くしてしまっている翔一の様子を確認し始めた。体に怪我は無く、バイクもどこも擦ってもいない。中々に良い腕だ…と内心思いながら、涼は今度は翔一のヘルメットを脱がせた。
頬に当る風の感触に、漸く正気に戻ったような瞳で翔一は涼に振りかえった。
「…葦原さん…」
「ボケた顔をしているな、相変わらず」
喋りながらヘルメットを外す涼。精悍で男らしい瞳に翔一はクラクラしそうになった。
「……どうせ、トボケた顔です…よ」
二三度頭を振って、意識をしっかりさせようとするが、しかし事故未遂の緊張感も手伝って、指先は小刻みに震えていた。
「少し落ちつくまで…休んだほうがいいな。こい」
バイクを残し、涼は翔一の腕をつかんでチラリと見えた公園の方へと歩き出した。翔一はつかまれた腕を振りほどけなくて、言われるままに素直に歩く。
何時もの賑やか過ぎるほどのお喋りは、一言も無かった。
木陰近くのベンチに翔一を座らせてから、涼はぐるりと辺りを見まわし、丁度反対側に自動販売機を見つけると軽い駆け足で向って行った。
翔一は、そんな涼の背中をただぼんやりと見送るだけだった。事故未遂のショックも大きいが、しかし―それよりも今は目の前に居る涼の方が翔一にはショックだった。
突然、自分の前から消えてしまった彼が 消えた時と同じ様に突然目の前に現れたのだ。それも、何故か真魚と一緒に…。
「…真魚ちゃんと…どうして…」
おぼえている限り二人は接点は何も無いはずなのだが、彼は真魚に借りを返すと言っていた。それがきっと二人の結びつきだとはわかるが、どんな借りなのかまでは想像もつかなかった。
少しだけ胸の奥がチリチリとしてきた時に、唐突に冷たい缶が頬に押し付けられた。
「あ…」
「おごりだ」
自分の分のお茶の缶を開けつつ、翔一の隣に腰を下ろした涼は一気にそれを流し込んでいた。喉が上下する動きを、つい目で追ってしまいながら、翔一はふいに切ない気持になって目頭が熱くなった。
貰ったばかりの缶を目許に当てて、流れそうになった涙を押さえ込んだ。
「……元気だったか?」
「…」
言葉の代わりに、こっくりと頷いた。ぶっきらぼうな、でも言葉は自分の体の中に染み込んでくる優しいものだった。彼は、どうして真魚が自分を守って欲しいなどと言ったのか、その理由を聞いたのだろうか?と思ったが…、しかし怖くて細かくは聞けなかった。
「…葦原さんは…?」
「―死んでた」
「え?」
そっけない一言に、驚いて顔を上げた。
「冗談…だ。ちょっと…な」
あまりに驚いた顔をした翔一を見て、涼は苦笑しつつ肩を竦めた。
「お…脅かさないで下さい。―本当に…そうなのかと思って…俺…」
不覚にもツンと鼻の奥が痛くなって、熱いものがこみ上げてきた。唇を噛み締めて、缶をもっと強く押し付けるが一度兆しを見せた涙腺は静かに一滴だけ涙を生み出した。
「おい?」
「うっ…み、みないでください、俺っ…!」
グイと拳で目許を拭ってから唐突に立ち上がった翔一は、公園の隅にあった改装中のトイレの方へと駆け出した。
「ちっ…、ったくっ!」
短く舌打ちをしてから、涼も後を追う。守る、という約束をした以上、矢張り側にいるほうが得策なのだろう。それに―。
追いついた時には、翔一はチョロチョロしか出ない手洗いの水で顔を洗っているところだった。お世辞にもあまり綺麗とは言えないような水なのに、と思いつつもそう言えば自分が死んだ時にも汚い川の水の中だったなァ…などと、ぼんやりと思い出してしまった。
翔一は皮膚が擦り切れるのではないかと思うほどに激しく、乱暴に顔を洗っている、しかし水量がそれに追い付かないので、手のひら一杯に水を溜めるまで待つ事になる。その間も、背中で涼の視線を感じているが翔一は顔を上げられなかった。
どのくらいそうしていたのか、いい加減俯いてばかりいて頭に血が上ってきてしまう。クラリ…と軽いめまいを覚えて、翔一は洗面台に手をついて動きを止めた。
「馬鹿か…お前は」
翔一の異変に、涼は呆れた口調で感想を漏らす。
涼の言葉に、一瞬ビクッっと体を竦ませてから、ズルズルとその場に蹲ってしまった。
「どうせ…馬鹿です。臆病者だし、馬鹿だし…みっともないし。こんな俺なんて、守ってもらう資格なんて無いんですから、それに葦原さんには関係無いんだし…もう、行って下さい。借りなら、直に真魚ちゃんに返してください」
俯いた顔は後からは良く見えなかったが、しかし泣きかけているのは口調でわかった。
涼は、また深く溜息を一回ついて―そうして猫を掴む様に翔一の襟首をつかむと、強引に立ち上がらせた。
「わっ、やっ…やめっ…、葦原さ…苦しいっ」
抵抗しても、無理矢理引きたてられるので首もとが苦しくなり、結局は諦めて立ち上がった。しかし涼は翔一を放すどころか、逆に頭をがっしりと掴みなおして、そうしてかなりの間近から自分のほうを振り向かせた。
「…葦原…さ…」
前髪まで、ビシャビシャに濡れてしまっている。濡れた顔は、涙なのか水なのか判断できないほどグシャグシャだった。
そんな自分の顔がわかっているので、恥かしさから翔一は両腕で自分の顔を隠そうとするが、涼はその手を払いのけて、そうして今度はしっかりと翔一の体を抱きしめた。
「ばぁか…」
「…」
見上げると、すぐそばに涼の瞳があって、その中に自分の姿が映っていた。
言葉の割りに、口調は優しかった。抱きしめられているのだとわかるまでに、少し時間がかかって、そうして呆然としている自分に、涼がキスをしているのだとわかるまでにはもっと時間がかかった。
「我慢するなよ、本当は怖いんだろう?」
かすかに唇を触れ合わせたままの状態で、涼が囁く。耳のそこにまで響く低い声は、忘れようとしていた感覚を下半身に甦らせてしまった。
「…無理です…だって、相手は…」
「聞いた、アンノウっていう化け物だろう? あの子―真魚に聞いた」
「だったらわかるでしょう? 相手は人間じゃない…、借りを返すなんて…割りに合わないですよ…」
そっと、涼の体を押しのけようとするが、逆にもっともっと強く抱きしめられてしまい、そうして新しい匂いの残るトイレの壁に押し付けられた。言葉を封じるように、涼の唇が再び翔一の唇を塞いでしまう。
唇の隙間をついて、涼は舌を中に押し込んできた。強引に舌先を絡ませてきて、強く吸い上げるようにしてキスを深くする。体がぴったりとくっついて、翔一は自分の体の中の変化を明確に涼に伝えることになってしまった。
涼の膝は、その変化を面白がっているようにぐりぐりと突き上げてくる。乱暴なキスとは反対に、その膝の動きは妙に優しくていやらしく、翔一は簡単に自力では立っていられなくなってしまった。
「…ふっ…うう…」
散々に口内を蹂躙され、視界が朦朧としてくる中ようやく唇が開放された。と、同時に今度は涼の手のひらが、ズボンの上から翔一の股間を包み込むようにして触れてきた。
「あっ…」
背中に走り抜ける電流のような衝撃は、その一瞬であっという間に涼のすべての手順を翔一に思い出させた。せわしなく求められ、しかし、翔一自身を弄るときは嫌味なくらい丁寧で優しく触れてくる。
その記憶と同じように、涼はすばやく翔一のファスナーを下げると中に手を差し入れていった。
「あ…しは…、あっ…だめっ…」
とっさに腰を引いて逃げようとしたときには、下着の上からそこをしっかりと握りこまれてしまった。がくんと、首をしならせて息を呑む翔一。涼の唇は、すでにその首筋に移っていて、軽く歯を立てながら強く吸い上げ、彼の熱を移したような赤い痕を残す。
くっきりと残った痕に、涼は少なからず満足そうに微笑みながら、朦朧としている翔一の顔を覗きこんだ。その間も、翔一の物を包み込んでいる手のひらはせわしなく蠢いて、直に下着の中にと入り込んでいる。
「やっ…ああっ…うっ…、葦原…さ…んっ…ああっ…」
「良い声だな、久しぶりに聞くと…ズンっとクル」
弱々しく涼の体を押し退け様としていた指先が、今度は涼の腕にすがりつく。支えられていて漸く立っていられる下半身から、ズボンがばさりと落ちたのにも気がつかなかった。
下着がズラされて、太腿に引っかかる時には涼の指先は前から回って、翔一の恋う方へと伸ばされていた。薄い皮膚を引っかくように、丁寧に優しくなぞりながら前後をすりあげると、翔一は本当に堪らないという声を上げて身悶えた。
昼間なのに、薄暗く湿った匂いのする空間に、翔一の息を詰めて掠れたような声が微かに漏れる。その中に混じって、粘液が絡まり蠢くような音も響いていた。
「きついか…?」
耳朶を軽く噛みながら囁く涼に、こっくりと頷くだけがやっとの翔一。途端、敏感な部分を弄っていた涼の指先が一本増えて、二本の指先が翔一の中に入ってきた。
「いっ…うぁああんっ…」
背中を大きく震わせて、翔一は一気に上り詰めて、弾けてしまいそうになった。が、涼のもう一方ので手が根本を押さえてそれを阻止する。
「まだだ…、久しぶりだからって、そんなに焦るなよ」
鮮明な翔一の反応に、涼は楽しそうに囁きかけながら、指先を内部でグルグルと弄り上げた。緊張で強張っていた内壁は直ぐにゆるゆると柔らかくなり、涼の指先に絡み付いてきた。体が、この感覚を覚えていた。
「うっ…ううっ…」
ぶるぶると全身と声を震わせる翔一。前と後ろの、敏感な部分を同時に弄られてほとんど何も考えられなくなってしまう。しがみつく指先に力が加わり、本能的に腰を涼に擦り付けるような格好になってしまった。
「も…だめ…苦しい…か…いかせ…てぇ」
涼の首筋に顔を埋めて、切なく声を震わせながら哀願する。中でうごめく指はいつの間にか3本に増えていて、もっともっと翔一の奥をあおり続けた。
「やっ…ああ…」
「―まずいな…俺のほうも…」
首にかかる翔一の熱い息と声、指先に絡まってくる柔らかな肉の感触に、涼のものも確実に頭をもたげ始めていた。
「まさか本番までするつもりはなかったんだけどな…」
お前があんまり可愛い反応するからだぞ―と小さな声で耳元にささやいてやると、翔一の頬がぴくっと震えた。たっぷりと涙を含ませたまつげを開いて、そうしてかなり近い位置から涼を見つめてくる。
「葦原さ…ん…」
「後ろ、向けよ。このままじゃ入れにくい」
腰を支えながら反転させる。背中の代わりに胸をぺったりと壁に押し付ける格好になった翔一が肩越しに涼に振り返る。不安そうな、しかし期待に満ちた瞳を見つめ返しながら、涼は手早く自身の前を開き、中から半ばまで勃ちあがっているものを引き出した。
「あっ…」
むき出しになっている翔一の臀部にそれが触れて、声が上がる。
いちいち翔一の反応が可愛らしくて、つい口元に笑が浮かんでしまった。そうしてその反応を楽しむように、すぐに入れないで双丘の間に挟ませてわざと周囲を掠めるようにして自分のものを高めていった。
涼の滲ませる先走りの蜜が擦り付けられ、それが潤滑油のように時折本当に先端部分だけが嵌る様に翔一の中にもぐりこむ。
「ひっ、あっ」
背中を震わせ、そのたびに声を上げる翔一。指先で抑えている彼自身のものも、本当に限界を訴えるようにいっそう硬度をまして涼の指を押しのけようとしていた。どくどくと脈打つ感覚もはっきりとしている。
「あっ…ああ…あしは…葦原さ…ぁ…」
声にならない、唇の動きで翔一はもう一度背後の涼に振り返り『ほしい』と訴えた。
瞳と唇の動きに、涼は一気に心臓を射抜かれてしまったように衝撃を感じる。
かちっ―と、残っていた理性のスイッチが完全に切れてしまった瞬間だった。
両手で翔一の臀部を押し開くようにして掴むと、一気にその中央に自分のものを突き立てた。フラッシュバックするような快感の波が、それだけで二人の間に生まれる。
涼の挿入だけで、翔一は限界だった熱を思いきり吐き出してしまった。
「…早いな…」
くすっと笑ったつもりだった涼も、しかし直ぐに限界を感じてしまう。久しぶりのはずなのに、翔一の中は驚くほど滑らかに涼を飲み込み、もっと奥へと誘う。淫らな動きに誘われるまま、涼はしっかりと翔一の腰を掴んで息を詰めながら深く奥へと突き上げていった。
「やっ…ああっ、ああ…」
切なそうに声を震わせ、翔一の体が覚えている通りの涼のリズムに合わせてくる。延々とそのリズムを刻んでいたいと、心の底から思いながら―涼が自分の中でクライマックスを迎える瞬間を感じ取り―――自分もまた、二度目のクライマックスを迎え、真新しいトイレの壁を汚してしまったのだった。
お互いに、繋がったまま何度かの吐精の後、涼は翔一から自身を抜き出して素早く身支度をした。自由に動ける涼とは違い、翔一は中々自分では後始末が出来ないで、その場に崩れ落ちそうになりながら必死に壁にしがみついていた。内腿に滴る二人分の体液は、結局、涼が拭ってくれた。
そうして、涼は自分が脱がせたのとは逆の手順で翔一に下着をはかせ、ズボンを元に戻す。身支度を整えて、漸く辺りの淫猥な空気が少しだけ薄まった様な感じがした。
「動けるか?」
もう一度正面から抱きなおすようにして、涼は翔一の顔を覗き込んできた。すっかり激情の余韻は消えている、涼しい顔をしている涼に、翔一は少しだけ恨みのこもった瞳を向けつつ、口を尖らせた。
「まだ…ガクガクしてて、動けないです…」
実際、膝には力が入らなかった。涼の支えがなかったら、そのまま座り込んでしまいそうだった。
ちっ…と、短く舌打ちをした涼は、ひょいと翔一の体を抱き上げた。
「うわっ!あ、葦原さん!」
童話の中のお姫様のような格好で抱え上げられて、焦った声を上げる翔一を無視して、ずんずんと最初に座ったベンチまで運んでしまう。辺りに人がいないことを感謝しながらも、翔一はぎゅっと涼の首に腕を回してしがみ付いていた。
ベンチに座って一息つくと、まだまだ太陽の光が降り注いでいて、先ほどまでの自分たちの淫靡な空気はその場で浄化されて行く様に感じられる。翔一は眩しそうに太陽を見上げてから、そうしてとなりに座った涼の肩にコツンと頭を預ける。
「ひどい人ですね…葦原さん…」
「俺か?」
「急に会えなくなって、それで突然現れて、守ってやるなんて…驚かされてばかりです」「……」
恨み言を言っているのに、口調はとてもゆっくりで優しげだった。いくつもの言葉を交わすよりも、先ほどのセックスで翔一は離れていた間の二人の溝が埋まったのを感じていた。だから、本当は文句を言うのではなく―甘えている意味も、密かにあった。
「…もう、戻ってきてくれないんだと思ってました…」
「怨んでるのか?」
「まさか! ―ずっと…好きでした、俺…本当は強いんですよ? だから…こんなコトするのは葦原さんだけなんですから。今までも…これからだって…」
ぎゅっと、翔一の手が涼の手首を強く握る。
「いい心がけだな、俺も―いまさらお前と離れるつもりはないよ」
「…葦原…さん…」
どんなにぞんざいな言葉を向けられても、その奥にある優しいものは感じ取れる。彼が言葉以上に自分のことを大事に思ってくれているのも、わかる。
だからこそ―。
涼までも、アンノウとの事に巻き込みたくないと、強く思った。
『俺が…守る…』
くしくも、二人はほとんど同時そう強く誓っていたのだった。
―END―
2001.9.23