曲解とらいあんぐる
byりか
◆◇◆20話のラストから予告に向けての考察―氷川はいないけど、氷川&翔一◆◇◆
「翔一君? いる? 翔一君?」
扉をノックするが、返事はなかった。
突然駆け出してしまった翔一が、どこに行ったのか…予測はしたけれども、しかしモシモの事を考えて、真魚は翔一が一人で暮し始めたアパートへと向った。昼間の様子から、何かありそうな気はするが、それが何かははっきりとしない。
曲がった事が大嫌いですっきりしないもやもやを抱えるのも嫌いな真魚は、その事を確認する意味でも単身部屋に乗り込んだのだ。(太一がいては色々と揉めそうな予感がしたので置いてきた)
そうして、部屋の扉には鍵はかかっていなかった。もともと、どこかちょっと抜けた感じがする翔一だったので、もしかすると鍵を忘れただけかもしれないが…。
明かりをつけないまま、部屋の中に進む。何度も翔一の名前を呼んでみるが部屋の中はシンと静まり返っているばかりだった。しかし…真魚には感じるものがあった。
翔一の残した気配だけでは無く…何かもっと大きな物の気配が…!―はっ、と息を詰めながら自分の背後から迫っていた「もの」に振りかえった。
「―――!」
目の前に長身の男が迫ってきていた。ランランとしている瞳だけが闇の中に浮んで、一瞬真魚は身を引いた。が、悲鳴は上げなかった。気丈にもその場にとどまり、そうして自分を睨んでいるそれがちょっとふらついている若い男だと見極めた。
そう、翔一が看病している葦原涼である。かつて湖で翔一の事を殴りつけた相手だが、灯りが足りないせいで真魚には顔の判断はでき無かった。
「貴方、誰?」
「…」
一見すると儚げな美少女の思わぬ反撃に、青年は一瞬たじろぎ、今度は彼の方が困惑した顔でその場に立ち尽くしてしまった。
「誰? どうして翔一君の部屋にいるの?」
矢継ぎ早の真魚の言葉に、直ぐに返事ができなくなる。余りにも早口な言葉だという認識も追いつかなかった。
「あ! まさか、翔一君の留守にここに入った泥棒? じゃあ、お門違いね、ここにはお金になるようなものは何も無いわよ。さっさと出ていったほうが良いわ」
「ち、違う…泥棒じゃ…」
「じゃあ、なんでここにいるの? 翔一君の友達? 違うわよね、そんな友達を泊めるなんて事、一言も言ってなかったし、友達が出来たって言うのも聞いてないわ」
「……」
「それとも、あの女の恋人とかなの?」
「あの女…?」
亜紀…の事か?と思ったが、言葉はついていかなかった。
「それも違う? ア……まさか! まさか、貴方…、まさか!」
「…?」
見る間に、真魚の表情が険しくなった。何かとんでもないモノを想像したらしい。
「間男〜〜〜〜!」
「…ま、おとこ?」
「いい?! 言っておくけど、翔一君には、ちゃんと警視庁に勤めている恋人がいるのよ! だから、どんなにあの笑顔に騙されて親しくなろうとしても、絶対に無駄なの! 翔一君の彼氏はね、警視庁でも有望な刑事さんで、背が高くてハンサムで、一寸不器用だけどでも実直で、推理力だってあるし、将来は警視総監だって夢じゃないんだからね!」
どこまでが本気で言っているのかわからないが(多分全部本気)真魚は思い切り早口で、そうして大きな声でまくし立てた。
どうやら、涼は翔一の浮気相手と間違えられたらしい。その間違いを訂正しようとしたが…しかし、基本的に男が男の恋人である事が間違っている…のだと、気がついた。
「一寸待て…何か…間違って無いか?」
「なにが? どこが? どうして? 間違いじゃないわ、間男の癖に図々しいわ!」
「だから、その間男って言う部分が間違いだろう?」
弱々しいながらも、一応反論をしてみる。
「まぁ〜! じゃあ自分の方が、翔一君の恋人だって言うの? いい、翔一君と氷川さんは運命の糸で結ばれた恋人同士なのよ! 翔一君は、氷川さんと逢う時間を増やすために、一人暮しを始めたんだから! なのに、その翔一君の部屋に転がり込むなんて、いくら翔一君がお人好しのお間抜けさんだからって、甘く見ないで貰いたいわ」
「……」
完全に自分が「そっち」の趣味の人間だと思い込んでいるらしい真魚に、涼はもう反論する元気も無くなった。男の間男などという不名誉な呼び方をされた時点で、グッタリと疲れ果ててしまった。
しかし、先ほどまで聞こえていた、耳鳴りのような不気味な声も、彼女を前にすると聞こえなくなる。
彼女の声だけが耳に届き、そうして生きていると言う現実を見せ付けてくれる様だった。
深く溜息をついて、そうしてこの猪突猛進な少女をどうやって納得させようか…と、思っているときに、唐突に背後からのんびりとした声がかかった。
「あれ〜? 真魚ちゃんどうしたの? 何か忘れ物?」
「翔一君!」
ほんわかしたムードはいつもと変わり無いが、しかしその翔一の体はぼこぼこに傷め付けられた跡があちこちに残っていた。このぼこぼこにされた事で、何時ものほんわかムードが増している様に見えてしまっていた。
「翔一君! だ、大丈夫? …もしかして、誰かに襲われちゃったの?」
真顔で恐ろしい事を言う真魚に、翔一は苦笑しながら首を振って、小さくお腹の辺りをトントンと叩いた。それで、直ぐに真魚には翔一が何をしていたのか察する事ができた。
「怪我…してない? 大丈夫?」
「アア、平気、平気。それより真魚ちゃんこそ、どうしたの? 先に帰ったんだと思ったのに」
「ア…! そうだ! 思い出した! 翔一君、彼は誰? どうして、翔一君の部屋にいるの?!」
「え…?」
再び怒りを取り戻した真魚は、ぐんと翔一に顔を近づけて、そうして交互に涼を睨みつけた。何がなんの事だかわからない翔一は
何度も首を傾げるばかりだった。
「夕べは、お騒がせして済みませんでした」
なんとか真魚に事情を説明して納得して帰った貰った翌朝、少し起き上がる元気のでた涼に自作のパンを勧めながら翔一はふかぶかと頭を下げた。
「…賑やかな女だな」
「あはは、真魚ちゃんは元気がありますから」
「しかも、頭も悪いぞ、あの女」
「え? そんな事はないですよ、確かに学校の成績はジェットコースターですけど、真魚ちゃんは凄く優しくて頭の良い子ですよ?」
「……妙な発想をしてた…誤解も甚だしいし」
「妙?」
「俺が…お前の、間男だって言ってた」
「…ぷっ…」
涼の真顔に、翔一は思わず吹き出してしまった。真魚らしい勘違いで、そうしてその勘違いに遭遇してしまった涼に同情する。
「あはははは、それはお気の毒様でした。真魚ちゃん、俺の恋人が男だって思ってるから」
「警視庁の刑事だとまで言っていたぞ、良いのか? 訂正しなくても」
「う〜ん。別にそれは…構いませんよ。だって、俺が氷川さん、あ、氷川さんって言う刑事さんなんですけど、―の事を好きなのは本当ですから」
「―――!」
涼は、その場で固まってしまった。朝日を浴びてにっこりと笑いながら答える翔一の言葉は嘘など微塵も感じられない。
「ア、でも恋人って言うのはまだなんですよね。
なんかこう、上手く俺の気持が伝えられないって言うか…、向こうが鈍感って言うか。何か良い方法って無いですかねぇ?」
「……」
屈託無く笑う翔一を前にして、涼は早く元気になってここを出ていこうと強く心の中で
誓うのだった。
―END―
2001.6.12