噂のオ・ト・コ

byりか

38話より―


「君は…」
「北條さん…」

 ヘルメットを取った「人間体のアギト」の顔を見て、北條は息を飲んだ。嫌という程よく知っている人間、津上翔一。こんな身近にアギトがいたというのが愕きだった。
 しかし愕きは一瞬で、北條は直ぐに本来の目的を達成すべく、翔一に向かって拳銃を構えた。変身する隙を与えてはいけない、直感でそう思ったが、しかし翔一は意外なほどあっさりと警視庁に連行される事を納得してしまった。

 2度目になる取調室なのだが、キョロキョロと好奇心そのままに辺りを見まわしている。その姿が普通の若者そのものなので、つい騙されてしまいそうになるが…間違い無く自分の目の前で、彼は変身を説いて人間に戻ったのだ。間違え様は無かった。
「さて…、貴方が《アギト》なのですね」
 翔一の正面に座った北條は出きるだけ威厳と脅威を持って翔一に対したが、彼の笑顔は相変わらずだった。肩を竦め、困ったような上目遣いをするが、実際は彼の方が体がしっかりとしているので、どちらかというと大型犬が悪戯を見付かってしゅんとしている雰囲気に似ていた。
「ここで、違うって言っても…無駄なんですよね…? やっぱり」
「エエ、あの道は一方通行です。我々は戦いの終わったアギトがその道に入ったのを確認して、そうして追跡。そこで、貴方に会ったのですから、間違え様はないです」
「ビューんって、空を飛んで行ってしまった…って言っても、無理ですよね?」
「《アギト》に飛行能力があるというのは報告されていません」
 どうやっても言いくるめられないというのが解って、フウゥと大きく溜息をつく翔一は仕方ないなぁと苦笑の混じった笑みを浮かべた。
「がっちりと証拠を固められちゃったんですよね…つまりは。う〜ん、さすが北條さんだなァ。氷川さんなんて、今まで全然気が付かなかったんですけどネェ」
 突然出てきた氷川の名前に、北條はあからさまに嫌そうな顔をした。ニコリ、と翔一が微笑む。
「北條さんは、氷川さんがキライなんでしたっけ?」
「別にキライという事ではないですよ。彼は―どう思っているのか解りませんが」
 最初はそこそこ信頼してくれていたとは思うが、さまざまないきさつから殴られた事もあるし…意見の衝突はしょっちゅうだった。なによりも、アギトに対しての彼の妄信的な信頼は実は結構、鼻についていたところだった。嫌いというのは、あながち外れてはいないのかもしれない。
「氷川さんは、北條さんの事を嫌いじゃないですよ。なんでも出来る凄い刑事さんだって、前に聞いた事があります。あの人は嘘なんてつける人じゃないから、今もその気持は変わっていないんじゃないですか? 別に態度が変わったわけじゃないですよね?」
「それはまぁ…そうですが」
「じゃあ、氷川さんのほうはまだ北條さんが好きなんだ。良いなァ…」
 本気で羨ましがる翔一に、北條はムッとしてしまった。
「…私は、貴方と氷川誠のことを話したいわけではないです。私が聞きたいのは―」
「俺が、どうしてアギトなのか? ですよね?」
「…そうです」
「それ、わかんないんです」
「は?」
「気がつくと、俺アギトだったから。ほら、記憶を無くしてるって言ったでしょう? その時に何かあったのかもしれないんですけどね、なんだか上手く思い出せないって言うか…その時の事があるから記憶が無いって言うか…」
 申し訳無いです、ちゃんと答えられないですと頭を下げる翔一を目の当たりにして、北條はますます混乱してきた。つい最近も、別な人間がアギトから人間に戻ったのを目撃した。氷川のあかつき号事件の関係者だったらしいその人物も、どうやらどうして変身できるのかに関してはまだ氷川に説明はしていないようだった。
 今ここで、翔一からその秘密を聞き出せば、アギトの秘密に関して、氷川に一歩リードする事になるだろうと思っていたので、内心がっかりするのと、焦る気持が露骨に顔に出てしまった。翔一は素早くそれを読み取る。
「本当にすみません、でもまぁ…俺自身がどうこうって言うんじゃないみたいだし…べつにアギトでも構わないのかなァって思ってそのままにしてました」
 妙に軽く、自分が別なものに変わっているという悲壮感が殆ど感じられない翔一。少ししか彼を知らないがそれでも、こんなところがいかにも彼らしいと納得させられてしまい、何時もの調子が崩されてゆく。
 このままではいかん! と、心の中で思いつつ北條はなんとか打開策を考えようとした。
「あぁ〜あ、それにしても残念だったなァ…」
「何がですか?」
「俺の予定では、俺の正体に一番に気がつくのは氷川さんだったんですよ〜」
「―――?」
「アンノウと戦っている氷川さんがピンチになった時に俺が助けて、またその逆なんかもあったりして、俺達《アギト》と《G3−X》って結構良い感じだったでしょう?」
「…」
「で、ある時 本当に偶然に俺の正体に気がつくんです、氷川さんが」
「偶然…ですか?」
「まぁ、ヒントは今まで一杯出してたんですけどネェ。なんだか、氷川さん全然気がついてくれなくて…っていうか、そもそも不思議とも思わないんですよ」
「……」
 北條は、氷川にそんな小細工が通用しない事をなんとなく察していた。良く言うと素直で信じやすいが悪く言うと真っ直ぐにしか物事を見られなくて、あまり細かな物を推理するというのは…彼にはむいていないのだ。彼の《思考判断能力》はおそらく、小沢澄子というブレーンが無いとちゃんと稼動しないのだろうと…思えた。
「俺が、アンノウに襲われた時だって、どうして俺が襲われるのかとか、少しも考えないんですから…ただ側にいて、警護してくれるだけで…」
 ま、それはそれで楽しかったんですけどね、と言うおのろけにも聞えるフォローは忘れなかった。
「なんか、いい加減ちゃんと正体を見せた方が良いのかなぁって言うくらい一寸に詰まりかかってた時だったんですけど、今日パトカーに包囲されて、一寸ラッキーかも!って思ったんです。けど…結局、気がついたのって北條さんのほうが先だったンだものなァ…。もう、氷川さんって鈍すぎるって思いませんか?」
「…そこが彼の…美点ではあるのかもしれませんが」
 一応、同じ警察官として、フォローを入れておく北條。
「ええ? 細かい事に気がつかないって事ですか?」
「違います、純真で…真っ直ぐだと言う事です。彼の中には、その…理想のアギトの《人間像》って言う物があるようですから。その理想の人間から外れてしまったら、興味は無くなってしまうんじゃないですか?」
「俺って…氷川さんの理想から離れてますか?」
「……それは…彼本人に聞いてください」
「北條さんは知らないんですか? 氷川さんの理想」
「知りません―っと言うか、先ほども言いましたが私は貴方と氷川誠のことを話したいのではなくて…」
「ええ〜? 一寸位、聞いていませんか? どんなのでも良いんですよぉ〜。
兎に角、北條さんは俺の夢を打ち砕いちゃったんだから、責任を取ってくださいね」
「…氷川誠に、最初に正体を見破られるって言う、夢ですか?」
 ばかばかしいとも思うが、一応付き合ってやる事にする。同時に、嫌な予感もしたが。
「そうです、まぁ。厳密には、身近な所ではもう二人にはばれちゃっているんですけど、でもそれはどっちかって言うと仲間としてなんで…」
「氷川誠とは、そうではないんですか?」
 半ば呆れて、話を元に戻すのを少しだけ諦めかけた北條に、翔一はにっこりと笑って頷いた。
「勿論、俺の正体がアギトってわかって、それで今までの助け合っていた時の様子とかを思い出して、感謝と深い友情を感じて…、ふふふ」
 一寸だけ自分の想像で含み笑いをしてから、翔一はきっぱりと北條に言いきった。

「運命の恋人同士になるんです!」

 予想はしていたが、しかし、矢張りクラリと眩暈を覚えた。一体、どうしてそんな風に思ったのか…彼の頭の中を覗いて見たいと、思う。
『…そうか、その手があった…か』

 そうして北條は、翔一に催眠術を掛ける事を思いついたのだった。



―END―
2001.10.24
実は、りかさん38話見る前に書き上げてらしたんですよね。三咲がのろまで、申し訳ないっす_(_^_)_