ヤサシイヒト

byりか

お約束なネタですが

45話より―何故か 氷川と北條で・・・

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 そのあまりにも無様な戦いの様子を見て、北條は氷川の異変を直感していた。
 同じようにモニターを通して戦いを感じているだろうG3メンバーには、もしかすると病み上がりの後遺症かあるいは、アンノウのほうが数段動きが早いと判断しているのかもしれないが、しかし―現場で、リアルに氷川を見ている北條にはすべてがわかってしまったようだった。

 ほっと息を吐き、氷川は警視庁の中にあるG3トレーラーとは別の、彼らのための部屋に一人残っていた。今日の戦いの無様さを思い出して、酷く落ち込んでいる。小沢は自分のシステムの更なる進化をしなくてはならないかもしれないという思いからか、PCルームにこもったままだった。尾室は、その使いっ走りな状態になっている。幸か不幸か、一人きりになって漸く、氷川の視界は元に戻っていた。
 こんこん、という軽いノックの音とともに部屋の扉が開かれた。氷川は顔を上げずにうなだれたままで、誰が入ってきたのかまったく気にしていないようだった。
「無様な戦いでしたね。今回も」
 言われて唇をかみ締めた。と、同時にその声に言い返そうとするようにして氷川は顔を上げ、そこにいる人物の名前を驚きで、大きな声で叫んでしまう。
「北條さん…! あ…」
「あまり大きな声を上げないでください、小沢さんは私がここに来るのがあまりお好きではないようですので、すぐに聞きつけてやってきますよ」
「あ…」
「それは困るのでしょう?」
 嫌味なくらい静かに微笑んで、北條はそっと氷川の目の前に自分の手のひらをかざした。瞬間、瞬きをしてから氷川はその手のひらに気が付く。
「…やはり思ったとおりですね、目が…」
「だ、大丈夫です! 見えています!」
 北條が何を言おうとしているのかすぐに察した氷川だったが、逆に自分自身の状態を肯定するものにしかならなかった。
「…君は、自分の立場というものをわかっているのですか?」
 小さくため息をつき北條がずいと氷川の前に迫った。静かな怒りさえ感じるその気迫に、一瞬だけ身じろいだが、しかし氷川も引きはしなかった。
「判っています、しかし」
 北條の痛いほどの視線に氷川は軽く唇を噛んでから首を振った。
「僕は…まだ戦えます…」
「私が、いや他の誰かがG3―Xを装着するのが嫌ですか?」
「…」
「つまらないプライドですね」
 ふんと鼻で笑うような、嫌味のこもった笑みをむける北條に、氷川はとっさに反論が出来なかった。しかし、かなり痛い部分を突いたのは間違いがなかった。
「そんなプライドのために、命を安売りするのは賢明とはいえませんよ? さっさと捨て去って、すぐにでも医師に診察をしてもらったほうが良いのではないですか?」
「…それは…」
「完全失明をしてしまう危険も充分に考えられます。何よりも、アンノウとの戦いの際、どうやって…」
 最後まで言う前に、がっしりと氷川の馬鹿力が北條の手首を掴んだ。
「それでも…、それでも僕は…戦いたいんです。僕には、津上さんや葦原さんのような力はないですが、それでも…何も出来ないままでは嫌なんですっ!」
「君は、アギトではないのですよ?」
「…」
 静かな北條の一言が、いっそう深く突き刺さる。傷ついた表情を見逃さなかった北條が 再度、深くため息をつく。
「君のプライドの矛先は、あの二人ですか? 馬鹿馬鹿しい、彼らと対等になろうと、本気で思っているのですか?」
「不可能だというのは、判っています…でもっ! それでも僕は、戦いたいんです。もちろん、市民のためだという思いだってあります。だけど、なによりもあの二人だけに任せておくのは―胸が痛いんです」
「痛い?」
 妙な言い回しに、北條は眉を寄せる。
「僕に少しでも力があるなら、役に立ちたいんです、あの二人の。少しでも、負荷をやわらげたいんです」
 小刻みに震えながら、拳を握り締める氷川。大きな体を強張らせ、しかられる直前の子供のように緊張している表情をしばらく眺めた後、北條はふっとため息をつきながら肩を竦めた。
「全く、熱血なんていまどきはやりませんよ」
「…」
 反論も出来ず、ただうなだれる氷川。北條はいまだに自分を掴んでいた氷川の手を静かに振り解く。はっとして顔を挙げ、氷川は背中を向けて部屋を出て行こうとする北條を思わず呼び止めてしまった。
「ほ、北條さん!」
 ぴたりと足を止めて、北條はわずかに背後に視線を向けつつ静かな声で答える。
「妙なプライドだけだったら、このまま小沢さんに報告するつもりでしたが…どうも、妙な熱気に当てられてしまったようです」
 再び歩き出し、ノブを掴んでから、さらに言葉を続ける。
「私の声を…聞き取れますか?」
「え?」
「無線を使えば、小沢さんに筒抜けですからね」
「北條さん? それは…」
「私が傍にいるときだけですよ、いつもいられるとは限りません。それにそうそういつまでも隠せることではない」
 はっきりと形にしてくれない言葉の意味が漸く氷川の中に届く。北條らしい湾曲した物言いだったが、それでも彼の気持ちはわかった。
「は、はい! ありがとうございます!」
 ぱっと表情を輝かせ、そうして出て行く北條に深々と頭を下げる。
 その気配を感じながら、しかし北條はもう振り返らなかった。

 扉を閉じてから小さく息を吐く。
「また小沢さんに…恨まれるのは、私になりますね」
 しかし、それでもなお氷川の願いを見届けたいと思ってしまったのは、先ほどの言葉のとおりに、彼の熱気に当てられてしまったせいなのだろう。
「それに…」
 彼の瞳が完全に闇に落ちてしまうのは嫌だった。
「全く…善良な優しい人間だと、こんな貧乏くじばかり引くことになります」
 アギトの謎を探ると同じだけの重要な秘密が、北條の胸の中にしまいこまれた。

―END
2001.12.20