暴 走

 
 あの日、赤いフォームで金色の力を使って、想像通り大爆発を起こした。まえもって、一条さんに話してあったから、周辺住民に直接的な被害者は出なかったけれど、そのあとのマスコミと警察上層部の攻防は、醜悪の一言に尽きた。
 それを哀しいともショックだとも思わない。英雄扱いされたいために戦ってきたわけではないし、いざというときに警察が庇ってくれるものと期待してきたわけでもないのだから。手のひらを返したようなマスコミや警察の反応など、最初から予想の範疇だったし、声高に言い立てられる『4号の弊害』とやらを、全面否定出来るだけの根拠など、自分自身持っていない。
 ただ、五代雄介=クウガだと知っているみんなのすまなさそうな、気の毒そうな、やたらと俺に気を遣っているような反応が心に痛い。
 そして、誰よりもこの現状を憂い、こうなってみて改めて俺に引け目のようなものを感じているらしい一条さんの辛そうなようすが、悲しい。いくら言葉で、気にしていないと笑ってみても、信じてはもらえない自分が歯がゆい。
 気にしてない。
 それは、嘘じゃない。少なくとも、一条さんが気に病んでいるような事柄については、いっさい、俺は気にしてなんかいない。
 気になっているのは、そんな一条さんがまたこの状況を打開すべく無謀な行動に出たらどうしよう、だとか、ようやく慣れて親しくやさしい空気のなかで二人寄り添っていけると思ったのに、こんなことでまた心の距離をあけられてしまったら、あれだけの物的犠牲を払ってまで頑張った甲斐がない、台無しだ、等々、そんなことばかり。
 だから俺は、一条さんが心配しているのとはかなり方向性の違うところで、迷って、悩んでた。
 俺しかいないなら、戦うって決めた。中途半端はしないって、一条さんと約束した。
 だけど、そのために生じた世間との摩擦で、一条さんが苦しむことになるとしたら、それは本末転倒じゃないか。
 かと言って、力をセーブして勝てないのでは、話にならない。
 
 
 俺の迷いを反映したかのように、その日、一条さんからの電話で奴らが現れた現場へ急行しようとした俺は、不調のトライチェイサーに足を引っ張られることになった。
「一条さんっ、これじゃあ、遅くなりますっ!」
 なにをどう説明していいか解らないまま、俺は無線に声をなげた。
『どうした、五代? なにがあったんだ?』
 パトカーで現場に向かっているはずの一条さんの心配そうな声が返る。
「TRCSの調子がおかしいんです。タコメーターレッドゾーンまでもってきてギアあげても、スピードがのりません!!」
『五代、あまり無茶をするな』
「もちろん、一般道で無茶なんかしませんよっ!」
 無茶したいのは、一条さんを抱き締めたときだけです。
 と、ホントは言いたかったけど、心のなかで呟くだけにしておいた。これ、警察の無線だからね、ほかに誰が聞いてるか解らない。
 なんて、ことはさておき。TRCSの状況は最悪だった。一条さんには、客観的事実を伝えたけど、それは本当のことだけど、実は一番心配のないところの不調。
 ギアあげてもスピード出ないなんて、バイクとしてはとんでもない役立たずだけど、今の大問題はそれ以上だ。
 イカレてるのは、ギアだけじゃなかった。
 最悪なことに、右手のレバーを握り締めても、右足を力いっぱい踏み込んでも、スピードは変わらない。
 つまり、ブレーキが死んでるってことだ。
 ギアをオーバートップにあげるまえに、スピードは変わらなくなっていたから、今の時速は80kmほどだが、それでもカーブを曲がれるかどうかあやしい。ギアがイカレてるせいで、エンジンブレーキをきかせるって手も使えない。
 いざとなったら、誰かにぶつかるより先に、自分からガードレールかなにかにぶち当たって停まるしかないだろう。
 あのベルトをつけてから、俺の身体は普通の人間よりもかなり丈夫になった。だから恐らくは、ガードレールがぺしゃんこになるような派手なぶち当たりかたをしたところで、ちょっとケガをする程度だろう。
 気をつけなきゃいけないのは、ほかの誰かを巻き込まずにうまく停まること。それだけだ。
 左足を蹴って、なんとかギアを動かしてみたり、右手のレバーに渾身の力をこめてみたり、フットブレーキを思いっきり踏みしめてもみたけれど、事態はまったく好転しない。
 そのうちに、このバイクを警察の人間が見咎めたらしい。
 無線が、それらしいやりとりを繰り返したあとで、一条さんの声が聴こえてきた。
『五代、TRCSのブレーキ、きかなくなってるんじゃないのか?』
「あーあ、バレちゃいました?」
『バカを言うな!』
 のほほんとした俺の返事に、激昂した一条さんの怒鳴り声がかぶさってきた。
『現在地はどこだ?』
「ええと、いや、いいです。大丈夫です。いざとなったら川に飛び込んででも停めますから」
『大丈夫なものか! いい。現在地はこちらの目撃情報から推測出来る』
「一条さんは早く、奴らを追ってくださいよ」
 そもそも、俺たちは現場に向かう途中だったのだから。
『台東区、柳橋のあたりだな。このまえ、合流した近く。それで川なんて言ってるんだな』
 なのに一条さんは、俺の言葉など無視して、俺の現在地を特定してしまった。
「一条さん、こっちには来ないでください。危ないじゃないですか!」
『危ないから行くんだ! いいか、俺が行くまで絶対に軽はずみな行動をするな!!』
「はい」
 と、俺は返事をしてしまった。止めなきゃいけなかったのに。一条さんのあまりの勢いに、ほかの言葉が出なかった。
 そうしている間にも、TRCSは暴走を続けていた。クウガに変身するようになってから手に入れた、並外れた運動能力をもってして、どうにか車にも歩行者にもぶつからずに今のところ走ってきているけれど。赤信号もぶっちぎるほかないこの状況が、いつまで持つものか・・・・・・。
『五代、よく聴け! あと少しで、おまえのバイクに伴走出来るところまで行かれる。極力同じ速さで隣を走るから、TRCSを捨てて、この車の屋根に飛び移れ』
 うまくTRCSを乗り捨てることが出来るなら、それは有効な方法だろう。ガードレールに突っ込むとか、川に飛び降りるよりは、同じ速さで走る車に飛び移るほうが、俺のケガの心配は減る。
「で、でも、それでTRCSがちょっとでも曲がれば、一条さんの車の進路を妨げることになるし」
『もう、がたがた言ってるひまはないぞ、その先は急なカーブだからな!』
 一条さんが指摘した通り、この先に急カーブがある。
 どちらにしても、強硬手段しかないのは解ってた。ただ、一条さんを巻き込みたくなかった。
 そう思ったとき、ミラーに一条さんの覆面パトカーが映った。
『いいか五代、いますぐこっちに飛び移れ!』
 対向車なし。脇を歩く歩行者もなし。一条さんは、そうした状況を確認したうえでGOサインを出したのだろう。
 一条さんのドライビングテクニックに間違いがあろうはずもない。
 そんなことは、解ってる。
 それでも、俺は躊躇した。俺がケガしたって、すぐに治る。今はもう、そういう体質なのだから。でも、一条さんは生身の身体で、もしものことがあったら?
 こんなことで一条さんをわずらわせた挙句に、ケガなんかさせたら、俺は俺を許せないだろう。
『どうした、五代! 早くしろ』
「駄目です、一条さん。お願いですから、離れてくださいっっ!!!」
 そう叫んだとき、周囲にまばゆい光が充満したような錯覚におそわれた。
 そして、気がついたとき、TRCSにはゴウラムが合体していて、無意識に踏みしめたフットブレーキがいつの間にか復活し、拍子抜けするほどあっさりと、バイクは道路の半ばで停止したのだった。
 一条さんが急ブレーキをかけて、パトカーを路肩に停めると、かけおりてきた。
「時間がないぞ、五代。TRCSはそんな状態では危険だからな、この先はあれで一緒に行こう」
 と、乗ってきた覆面パトカーをあごで指す。
「はいっ!! 一条さん、急ぎましょう」
 そう言った俺に、一条さんはかすかに笑って頷いてくれた。
 その笑顔を見た俺は、もう迷うことはないと思った。
 これから行く現場で待ち受ける敵がどれだけ強くて、またあの金色の力でなければ倒せないような相手であっても、その力を使うことを躊躇したりしない。
 TRCSは停まってくれたけれど、一条さんを想う気持ちはまだどこまでも暴走を続けていきそうだった。
 
 

fin.2000.9.7