初対面の印象は、女性にもてそうな優男ぶりにそぐわない中味の固そうな青年だな、といったものだった。
その顔で愛想のよい笑みでも浮かべようものなら、周囲はどれほど華やいだ空気になろうかと思うのに、終始眉間に皺を刻んで、難しい表情を崩さない。醸し出す老成した雰囲気から、もしや見かけが若いだけで実はそれなりの年齢なのかと誤解しかけたが、聴けばまだ4月で26歳になるところだという。
人当たりが悪いわけではないのだが、なかなか他人とうちとけたようすで和むこともない。笑わないし、無駄口をきかないうえに、近寄り難い端正な顔立ちが周囲に見えないバリアを張り巡らせているかのようだ。
けれど、たまにはその真剣な表情が崩れるところが見てみたい。敵がみつかった墓の数だけいるなら合同捜査本部は当分の間、今のメンバーで捜査を続けていくことになる。実情を考えれば有り難くもない話だが、長いつき合いになることは確かなのだから、ほかの皆のように遠巻きにするのではなく、少しでもうちとけて話が出来るように心がけるのが年長者としての勤めではないか。
そんなことを考えていた杉田が、当の一条が見掛け倒しの優男なわけではないということは、射撃練習場で思い知らされることになった。
新たに発見された奴らの墓のことなどを話題にしながら、新しく配備された拳銃を試射した。
重厚で、威力が強く、それだけに反動も大きいその銃では、的の近くに当てるのが精一杯だった杉田とは違い、一条はその同じ拳銃で、撃ちはなった銃弾をほとんど的の中心に集めた。
若きキャリアの、25歳にして警部補という地位が伊達ではない実力を目の当たりにして、杉田は目を瞠った。
それだけの実力を発揮しても、嬉しそうに表情が動くこともない。しごく当然のことととらえているのか、ポーカーフェイスは崩れない。
出来すぎだ。胡散臭い。
それが、杉田の率直な感想だった。
外側を完璧に鎧うその内側にある心を、感情を、無理なくさらけ出させてやりたい。
子煩悩な父親である杉田の、それは親心に近い気持ちだったのかも知れない。
「もしかして、また、長野の彼女からだったんじゃないか?」
一条が少々困ったようすで携帯電話を切ったのを見て、杉田は極力軽い調子でそう聴いた。
「違います。彼女なんていませんよ」
一条は、軽く笑って杉田の言葉を否定した。
あの、一条薫が、笑った。
それは、単なる苦笑といった程度の表情の変化だったのだが、それだけでも杉田にはとてもめずらしい見ものだった。
こうなってみるともう、実在の有無など二の次だ。とにかく、長野の彼女の話を持ち出せば、一条は固い表情を崩すらしい。
ならば、ことあるごとに。出来るだけほかの皆からも見えるところで、繰り返し。
杉田はそう決意し、事実、なんども一条に長野の彼女の話をふった。しまいには、一条も微かに笑うだけで、否定もしなくなるほどに。
その甲斐があってのこと、とはさすがに思えないが、一条は少しずつ変わっていった。
他人に向ける視線が、心なしか優しい。被害者の遺族への対応が、不器用ななりに心からの誠意をあらわせるようになった。ふと見せる表情が、生き生きとして見える。など、そばにいてよく見ていなければ見逃してしまいそうな微かな変化ではあったのだが、確かに変わった。
長野、ではなく東京に、大切な存在が出来たのだろうか? 一条を、こんな風に変えることが出来る女性とは、どんなひとなのだろう?
杉田は興味を引かれていたが、生憎奴らの被害は拡大の一途を辿り、その手の無駄口をきく機会を逸したままにときを過ごすことになってしまった。
そんなある日。BTCSを4号に渡せない。などというふざけた上層部の決定により、一条が科警研に直談判に出向くことになり、杉田が代わりを勤めることになった。未確認生命体第4号。そんな呼称が定着しているが、彼は五代雄介という名前だった。
一度は杉田の命を救ってくれたこともある彼は、娘の葉月が言った通りの人物だった。
いや、それ以上だったかも知れない。まるで、想像とは違う存在。明るくて、つかみ所のない雰囲気で、それでもひたむきで、ひとを安心させる、とても自然な笑顔の持ち主。
何度も近くで目にした4号の戦いぶりとは、どうしてもイメージが一致しない優しげな青年をまえにして、杉田は年甲斐もなく心が浮き立っているのを感じた。
だから、ついつい娘のことなども口にのぼらせた。
「葉月ちゃん」
と、五代は言った。まだ名前まで言っていなかったのに、名前ばかりか娘のピアノのことまで知っている。
誰がそこまで、この青年に話したのか? と、考えるまでもないことだ。自分は初対面であるし、桜井は、一条に紹介しろと頼んだと言っていたくらいだから、まだ会ったことがないだろう。ほかに、杉田の家庭事情をそこそこ把握しているのは、榎田か一条くらいだ。だが、榎田の場合は、根っからの仕事狂。五代の顔を見たら、ゴウラム関連で騒ぐばかりで、杉田の噂話をする時間など1秒たりとも惜しむだろう。それほど長い時間、五代が科警研にいる機会もないだろうし。
と、なれば・・・一条しかいない、という単純な消去法が成り立つ。
そして、唐突に気がつく。
一条の変化の原因は、彼にあるのではないのか? ということに。
日本の警察は優秀だという神話は、崩れつつある。相次ぐ警察官の不祥事に加えて、この未確認騒ぎ。犠牲者は、増え続けるのに、警察だけの力では、とても太刀打ちできない。相手は化け物なのだ。有史以来、未曾有の大事件だろう。
こんな厳しい状況下にあって、精神的な成長をとげ、日々人当たりのよくなっていく一条に、このそばにいるだけで心が温まるような青年の影響があったとしたら?
そう思いついてしまえば、もうそれしかないと思えてくる。
単独行動が十八番であった一条なのに、ことあるごとにこの青年にだけは、しっかり連絡を入れているようだ。しかも、同僚のプライベートまで話題にするほど親しいらしい。
決まりだな。と、何故かそれを嬉しく思う。
確認してみる方法はあるだろうか? あの、ポーカーフェイスが地顔のような一条を相手に。
ある。という気もする。こと、五代雄介に関してならば、きっと―――。
後日。杉田は、その機会を得る。合同捜査本部にて、もらした一言。
「しかし、4号があんな男だったとは、いまだに不思議な気がするな」
もっと強面で、いかつい男かと思った。無頼な雰囲気を持った、孤高の戦士。一条と同様に近寄りがたい存在なのかと。
けれど、五代雄介という男は、どこまでもそんな想像を裏切った。華奢な体型に優しげな容姿。人懐こい笑顔で、手に入れた力に対するおごりも気負いも感じさせない。
杉田の言葉に一条は、なにも答えなかった。
けれど、少しだけ俯いて本人が隠そうとしていた表情は、まるで恋人のことを賞賛されたときのような、あまりに無防備でストレートに嬉しそうな表情だった。だからそれは、百万の言葉よりも如実に語っていた。
五代雄介という存在。彼が一条に与えた影響の大きさ。一条が五代を大切に思う気持ち。背中を預けて戦えるパートナーへの誇らしさ。
ひとは一生のうちに、どれだけのひとと出会うことが出来るだろう? 生まれる場所も環境も、本人の意思とは関係なく決定されてしまうものである。ただ、どう生きるか。なにを生業とするか。それによって、出会うひとも大きく変わっていくだろう。
選択肢は、無数にあるように見えて、実際にはそれほどたくさんはない。学校や職業選択のきっかけや理由は、生まれ育った環境でほとんど決定づけられてしまうものだから。
警視庁のエリート警部補である一条と、冒険家で育ての親のもとで、飲食店のアルバイトをしている五代。有事でなければ、二人の人生はどこにも接点がなかっただろう。長野の遺跡での騒ぎがなければ、二人の人生は一生交差することなく、それぞれが別々場所で、まるで無関係に生きてゆくことになっただろう。
それでも、彼らは出会うべくして出会ったのだろうか?
それとも、グロンギなどという多くの人類にとってのマイナス要因を生み出したことへ、バランスをとるように施された天の配剤だったのだろうか?
どちらにしても、これは歓迎すべき出会いなのだろう。
無言のまま物思いに耽り、そんな結論を出した杉田は、やわらかく笑って一条の肩を叩く。
「良かったな」
当然、杉田の物思いの内容など知る術もない一条である。いきなりの行動に、戸惑いながらもまえの台詞が頭にあって、五代のことを言われたということだけは解ったのだろうか?
びくりと顔を上げて杉田を見た一条は、綺麗で大きな目を瞠っていた。
fin.2000.10.14