無理をするのはよくない。どっかで絶対に、その反動がくる。自分に余裕がないと、思いやりのない言動で子供を泣かせたりして、あとでどっと落ち込む。結婚して、子供を産んで、だけど家事や育児よりも仕事を選んでしまった。
女性でも能力は男性以上だとつっぱってきたわけじゃない。いつだって、その時々に、自分が出来る限りのことをしてきただけのこと。誰かと比較することには、あまり意味がない。そういうことじゃなくて、ただ仕事に興味のある自分を納得させたかった。やるなら、とことん、と思っただけ。
でも、世間様はなかなかそうは見てくれない。立場上、しかたないかな、と思うところもあったし、どんな自分を期待されているのか解ってしまうと、ついついその通りに振舞っている自分がいたりする。
だけど、なんだか今はさっぱりした気持ちで、爽快。
警視庁の一条君が連れて来た青年は、色々興味深い研究対象であり、どんな局面でも元気で自然体だった。
彼を見ていると、もっと自分らしくしてていいんだって気になった。思うことは思った通りに言えばいいし、好きなものは好きだと、楽しいときは楽しんでいいと、いろんなしがらみから解放されたような気になった。
そんなわけで、その青年がらみで調査依頼をうけたゴウラムって遺跡から出土したもんがあるんだけど。これは、なにものなんだか、さっぱり解らない。変化したときと同じ金属を下敷きにしても、電流ながしても、なにも変わらない。
こうなったらもう彼、五代雄介に触ってもらうしかない。まえに彼が来て触ったら、計器類が思いっきり反応したんだよね。是非ともあれをもう一度お願いしたい。
でも、初対面のときってまったくこんな風に関わってくるって認識がなかったから、もらった名刺、捨てちゃったのよね。2000の技を持つ男。だっけ? 変な名刺。あれ、どっちみち携帯の番号とか書いてなかったような気がするんだけどね。
で、とにかく連絡とらなきゃ、ってことでまずは一条君に電話してみた。
そしたら、これがいきなりビンゴ!!
「はい、一条です」って、変な声で言われたときには、間違えたかと思ったんだけど。それが、五代雄介本人だった。こんなにおちゃらけた、ヒーローらしからぬヒーローって、かつていなかったんじゃないかしら。でも、多分、それが五代君の魅力なんだな。格好いいと感嘆されることよりも、面白いって笑ってもらうことのが好きみたい。
そうして私はと言えば。
「早く触りに来てー!!!!」
と、思わず奇声を発してしまった。で、一条君の携帯にかけたのに、持ち主本人とは話もせずに切ったりして。これもまた前代未聞。なにせ、一条薫は鑑賞に耐えうる見目麗しさで、声も耳に心地いい。仕事柄、用もないのに電話するわけにはいかないけど、用があるのに喋るチャンスを逃すなんて、今までだったら考えられなかったのに。今は、それより早く五代君に来てもらって、ゴウラムなんとかしてもらおうって、そればっかり考えてた。
同僚が引いてる気がしたけど、そんなの気にしてらんないわよ。
どうやら一条君と一緒にいるらしい五代君は、昼食とってから来てくれるってことになった。いい店知ってるって、言ってたな。二人でどんな店に入ったのやら、ちょっと興味あるなぁ。どんな会話してんの? あの二人。まえに電話で、彼の話したときの一条君。言葉につまってたのは、なんでかな? 追求したら、またあの困った顔でごまかされちゃうかしら?
そうして電話から約二時間後、二人は仲良く連れ立ってやってきた。
五代君はつい最近入院してたって聞いたけど、全然そんな感じじゃなくて、お気楽そうな笑顔全開で、やたらと元気そうだった。で、早速ゴウラムに触ってもらったら、案の定、反応した。やったぁ。と思ってるところに、署員が慌ててやってきて、26号の菌腫が、なんて叫ぶもんだから、ついついその慌てぶりにつられて五代君を突き飛ばして走っちゃった。
彼は多分、ゴウラムのほうに気を取られてたせいで、避け損ねたんだろうけど、それでもあのコケっぷりが妙に可愛らしくて密かに笑ってしまった。自分で突き飛ばしておいて、ひどい奴かしら。
そして、26号の菌腫はなんだかわけがわからない不気味な増殖のしかたをしていた。
すぐにどう対処していいか解らなくて固まっていたら、五代君がバーナーで焼いてくれた。なんというか、こんなときでもどっしり足が地についてるっていうか、肝が据わってるところがさすがだなって思った。けども、貴重な研究対象かも知れないものでもあるわけで、一言くらい断ってからにしても良かったかもね。なんて、後から思ったけど。やったのが五代君だと思うとそんなこと怒れないのよね。
そして、燃える菌腫を見て、一条君がすかさず消火器で消火してくれた。このタイミングがもう絶妙だった。
阿吽の呼吸ってやつかな? なんだか、目に見えない絆を感じちゃったのよねぇ。
と、私がすっかり感心しながら、二人に対する見方を変えるべきなんじゃないかなー、なんてことを検討してたら警視庁の杉田刑事から一条君に電話が入った。どうやら、26号のクローンが出たらしい。
それを聴くなり、五代君はなおったばかりのトライチェイサーで飛び出してった。
いいんだけどね。でも、毎回、科警研のなかで変身して、いきなり壁を壊して出陣してくのってどうかと思わない?
これはね、ちょっと相手が五代君でも困ってしまうところなわけよ。
だけど、もう出てちゃった五代君に今更文句も言えないじゃない。そうなると、あとは一条君でしょ。でも、ストレートに苦情を申し立てても面白くないよね。
だから、26号に関するデータから対処方法なんかの説明を丁寧にしてあげて、そのあとでちょっと真面目な顔で言ってあげた。
「ごめんね、一条君。私、長野から帰ってきて久し振りに会ったとき、ひとつ大きなミステイクをしてたわ」
「ミステイク?」
一条君は、真剣な表情で首を傾げてる。この子って、いっつも真面目だから、なにか仕事の話だと思って必死に記憶を掘り起こそうとしてるんだろうな。これがまた、からかい甲斐があって素敵、というかもうかまいたくなる最大の理由なんだけど。
「その顔は、彼女出来た? って、言ったでしょう」
「はぁ」
何故、今更そんな話を蒸し返すのかまったく解らないという顔をしてる。あのときは、いいえってあっさり答えてたんだけどね。
「あれ、間違いよ。もう、勘違い。だから、言い直してもいい?」
律儀な一条君にしてはめずらしく、返答に詰まっている。なにを言われるか、予想してるのかしら?
と、私はおおいに勘繰りつつも、言った。
「ね、その顔は、彼氏出来た?」
そのあとの、一条薫の表情こそは見ものだった。ホントにもう、どんな顔をすればいいのかと途方に暮れてるって顔してくれちゃって。誰のこと考えてるかなんてバレバレで。
でもね、その誰かのせいで、私はもっと自然体でいこうって決めたわけだから、恨むなら彼氏を恨んでね、一条君。
「さ、彼氏が待ってるでしょ。行ってらっしゃーい!!」
私は元気にそう言って、一条君を送り出した。
五代雄介。彼って私に生きやすい過ごし方を教えてくれただけじゃなくて、こんな楽しいからかい材料までくれるなんて、なんて有り難い存在かしら。
私は、一条君の背中を見送りながら、小さくガッツポーズを決めた。
あの二人、早くまた来てくれないかな。
fin.2000.6.11