「五代くん、いつまで戦い続ければいいんですか?」
深刻なようすで喫茶店に呼び出され、ひどく気鬱そうな調子でそう訊かれた。
城南大学の研究者は、民間人でありながら、ずっと積極的に協力を惜しまずにいてくれた。
五代雄介の大学の同級生であり、ごく親しい友人であるのだと聴いている。
心配はもっともだ。果てが見えない。被害者は日増しに増えるばかりで、警察は未確認生命体に対して目に見える功績をあげていない。ほとんどを五代にばかり頼って倒してきている現状を思えば、返す言葉がみつからない。
危険な目に遭わせたくない。心から彼の身の安全を願っている。
そんな本音を言っていい立場ではないことくらい、充分に自覚している。
だから、苦い気持ちでなんとか負担を減らせるように警備の増強をはかっていると、そう説明するのが精一杯だった。
彼女は、漠然とした不安を語る。根拠はなにもないが、ただ不安なのだと。
自分には、そんな彼女の不安を払拭してあげられるような言葉の持ち合わせがなかった。根拠がなくても、感じることはあるのだと、ただその気持ちを肯定してみせることくらいしか、ほかにどうしようもなかった。
「もしかしたら、五代くんのことを?」
出かかった言葉は、いいタイミングでかかってきた携帯電話のおかげで、口に出さないですんだ。
―――もしかしたら、五代くんのことを・・・・・・好きだから、心配ですか? 友達としてではなく、もっと特別な意味で・・・・・・。
彼女の必死なようすを見ていたら、椿には悪いが、どうしてもそんな気がしてきてしまった。
大学時代から五代雄介を知っているという。
あの笑顔を毎日のように向けられてきて、なにも感じないなんてことがあるだろうか?
殺伐とした日々を過ごして、それに慣れてしまったせいで、すっかり風化してしまったと思っていた感覚。誰かを特別な存在だと思う気持ち。
温度の高い笑顔に触れて、溶けていく心。やさしさに、明るさに、圧倒的な存在感に、魅かれずにはいられなかった。
永遠に喪ってしまったのかと思ったときには、この世のすべてから色がなくなってしまったように感じた。モノクロームの無機質な世界に取り残されて、奴らへの復讐だけを糧にして残りの生を単なる《余生》として消化していくしかないのか、と。悲愴な決意をした。あれからまだほんの少ししか時間が経っていない。
不吉な回想にとらわれそうになり、頭をふって現場へ急いだ。
五代が戦っている最中に、パトカーでかけつけた。紫の変身フォーム。よく見ると、まえに見たのとはまた微妙に形態が違っているようだ。本人が言っていたびりびりくる感覚が、なにか関係しているのかも知れない。
援護する必要もなく、五代は強いと言っていた36号を倒した。
変身をといて、嬉しそうに振り返る五代に、走り寄る。
「見ててくれました、いまの? 勝ちましたよ!!」
誇らしげに言って、笑う。勝ったことくらい、見ていたのだから解っている。それでも言葉にして、報告したかったのだろう。
「戦ってる間にね、一条さんのパトカーがそこまで来たのが見えたんですよ」
五代は自分を心配して、椿のところまでいったという友達を無視して、こちらにばかり話しかける。彼女ももう、しかたないという姉のような目をしてそんなようすを眺めている。
「それでね、俺、はりきっちゃって。あの、びりびりってくる感覚もね、科警研の榎田さんのところでコツを掴んで、それで新しい力になったみたいなんですよ」
まるで手に入れたばかりのおもちゃを自慢するような口調が無邪気すぎる。
自分が助けた友人を安全に送っていこうなんてことも、まったく思いつかないらしい。五代は、こちらばかりを見ている。
「私、研究室散らかしたまま来ちゃったから、ジャンに悪いからもう帰るね」
とうとうこの場に居たたまれなくなったのだろうか、彼女がそんなことを言い出しても、五代はまったくいつもの調子で、じゃあ、なんて言って手をあげる。
「もう36号は倒したから大丈夫だと思うけど、気をつけてね!」
いいのか? こんなんで。
と、思って二人の顔を見比べていたのだが、彼女も当然のように手をあげて、それからこちらに会釈をして帰っていった。
それに対して頭を下げて挨拶する以外、自分になにが出来ただろう?
彼女の心配は、やはり単なる友達として、だったらしい。妙なことを勘繰った自分がバカみたいに思えてきた。
「それでね、一条さん」
五代はまったく何事もなかったように話を続ける。
「色々、忙しいのに煩わせちゃって、すみませんでした」
と、いきなり頭をぺこりと下げられて、面食らった。なんの話だか解らなかったから。
「桜子さんのこと。ほら、一条さんのところまで行ったんでしょう? 俺のこと心配して」
「沢渡さんが心配されるのも、もっともだから」
気にしなくていい、というように頭を振った。あんな恐ろしげな人外のモノと戦っているのだ。変身すること、それ自体も、本人の身体に直接どんな影響があるのかも、はっきり解っていないというのに。
「えー、そんなことないでしょう。心配することなんかないのに。だけど、心配させちゃったとしたら、それも俺の力不足が原因ですよね。一条さんも、心配しました?」
真顔で顔を覗き込んでくる。真っ直ぐな瞳が、すぐ近くにある。
期待に満ちたその瞳を、無表情に見返す。
「いいや、まったく」
本音を漏らせば、止まらなくなってしまう激情を恐れて、感情を殺してそう言うと、五代は目に見えて落胆した表情になる。
喜怒哀楽の解りやすさは、まるで小学生並みだ。
「そんな風に言われると、なんかぐさっときますねー」
情けなく目尻を下げながら、それでも五代はおどけた調子で笑っている。
ぐさっと、と言いながら心臓を刺す真似をしてみせたりする。身振り手振りの大袈裟さは、まるで片言しか喋れない外国人並みだ。
「勝てるって信じてるから」
「え?」
へらへら笑っていた顔が、その言葉に、にわかに真面目な表情になる。
「一条さん、それは、えーと・・・・・・」
ガラにもなく照れているのかも知れない。五代は、なんとも言えない複雑な表情を見せた。
本当に信じているのだろうか? 勝利を確信出来る根拠など、どこにもないのに。
信じているというより、信じようとしているだけ、なのかも知れない。それでも、この男のこんな顔を見ていられるなら、言ってしまって構わないという気持ちになる。
「心配する必要なんかないだろう? おまえが勝つって解ってるんだから」
「一条さんっ!!」
五代は、笑顔全開で、飛びつくように抱きついてきた。
あたりに人影はない。何故だか知らないけど、昼間っからすっかり周囲の人間はひいているのだろうか? もしかしたら、未確認生命体を恐れて避難したままなのかも知れない。警察官としては、もう危険がなくなったと知らせるべきなのかも知れない。けれど、つかの間、今だけはこの状況を二人だけのために維持させてもらってしまおう。
「俺ね、2000個目の技を手に入れて、ホントに良かったです」
がしっと抱きついたままで、五代が言った。
背中に手をまわして、なだめるようにそっと叩く。
「厳しい戦いが続いても?」
「はい。それでも、一条さんのそばにいられますから」
「また、死ぬような目に遭うかも知れない」
「それでも、一条さんは俺が勝つって信じてくれてるんでしょう?」
至近距離から見詰めてくるその瞳が、さきに俺を信じて疑わない。
「ああ」
たったそれだけの返事をきいて、五代はすごく満足そうに微笑んだ。こんなに近くで見たら、まぶしすぎる笑顔だった。
ストレートな感情表現。思ったことを、そのまま告げる、真っ直ぐな瞳。
無自覚に魅力を振り撒いて、こんな風に甘えられるこちらの身にもなってもらいたい。いつ誰が通りかかってもおかしくない往来だというのに。
「だから、もういい加減離れろ。いつまで抱きついてるつもりだ?」
「いつまででもvv」
五代は、抱き締める腕に力をこめる。幸せそうな笑顔を向けられて、それ以上強硬に拒めない。
もう少しだけ。このままでいてもいい。戦って、勝ったばかりなのだから。避難したひとたちを呼び戻すのは、あと少しだけあとでもいいはずだ。
報告書に生まれてしまうだろうタイムラグをどうやって埋めようかと頭の片隅で計算しつつ、心のなかで言い訳を繰り返す。
もう少しの間だけ、この魅力的な笑顔を独り占めさせておいて欲しい―――、と。
fin.2000.7.22