執 着

 
 沢渡桜子の研究室で、ぼんやりパソコンの画面を覗き込みながら、雄介はぼそりと呟いた。
「危なっかしくて目が離せないんだ」
「え?」
 不思議そうな顔をした桜子が雄介を見上げる。
「あ、あの刑事さんだよ。一条さん」
 桜子は苦笑を浮かべる。
「危なっかしいのは五代君のほうじゃない?」
 多分、一条もそう思っていることだろう。雄介から、そんなことを言われたら、呆れかえるに違いない。「危ないのはおまえのほうだろう」と冷めた口調で切り返されるかも知れない。
「それでも、いつだって無謀なのは、無謀すぎるのは一条さんのほうで・・・・・・」
―――そんなひとを大好きだと思ってしまう自分は、止めることも自粛をお願いすることも出来ず、ただただそばにいて力を合わせられる距離を保つ努力をするしかなくて。―――雄介は、続く言葉を心のなかだけで呟いた。
 四六時中そばにいたい。
 捜査会議の席上だって、(そんなヒマないかも知れないけど)家で寛いでいるときにだって、トイレにさえついていってしまいたいくらいだ。
 でも、実際にそんなことしたら嫌われる。いや、嫌われてもしたい気持ちだってあるけど、民間人である自分が警察にそうそう気安く出入り出来るはずもなく、物理的にも立場上も不可能だ。
 それでも、自分の見ていない場所で、一条が危険な目に遭ったり、傷ついたりするのは耐えられない。いつだって、盾になれるところにいたいと思うのだ。
 他人にこれほど執着する気持ちを今まで知らなかった雄介は、そんな思いを持て余している。
 桜子は、めずらしく真剣な顔で考え込む雄介を見て、溜め息をもらす。
「そんなに心配なら、首に縄でもかけておいたらどうかな?」
 口調はおどけたものだ。雄介を茶化してふざけている。けれど、当の雄介はそれを聴いて、ぱっと明るい顔になる。大袈裟に、手を打って桜子を指差す。
「そうだ。その手があるじゃない」
「ちょっと、五代君。それ、本当にやったら犯罪よ!」
「そうだね。すごーく長い縄が必要だよね」
 言いながら、雄介はすでにドアに向かって足を速めている。
「長さの問題じゃないでしょう。ねぇ、待って五代君っ!!」
「大丈夫。刑事さん相手に犯罪者になんてならないから」
 雄介はドアの寸前で桜子を振り返り、笑顔でサムズアップをして出ていった。
 
 
 特技はたくさんあるけれど、さすがにそれを作ることまでは出来なかった。かなり小型で軽量じゃなきゃいけないし。こちら側の備えのほうも、大きいのは持ち歩けない。そのうえ、問題は距離だ。さすがに長野まで届くほどというのは無理だけど、首都圏全域くらいの距離をカバー出来る高性能なのが欲しい。
 秋葉原を歩き回ったが、なかなか思ったようなものは見つからない。そうこうしてるうちに、何故だかたどり着いたのは品川のほうだった。もしかして、ここで頼めば手に入るんじゃないか、という勘が働いたのは、いわゆる『なんでも屋』らしき事務所だった。なんだか胡散臭い気もするのだが、そう言ってしまえば雄介も充分胡散臭い存在ではある。それだからか、少々の親近感を覚えつつ、そのドアを叩いた。
「いらっしゃいませ」
 と、出てきたのは、まだ高校生くらいの茶髪の男の子だった。一条の髪も茶色っぽいが、この子のはもっとはっきりした茶色で、ふわふわしてる。そしてそのふわふわ感そのまんまの、人懐こい笑顔でなんの依頼だろうかと期待に目を輝かせている。
「お願いしたいことがあって」
 と言うと、どうぞこちらへ、となかに招き入れられる。入り口脇の応接セットに腰かけて室内を見回すと、一箇所だけ畳が敷かれていて、そうかと思えばパソコンが置いてあったりする、妙なつくりの部屋だった。机や椅子は5人分あるのに、今は応対に出てくれた男の子のほかには誰もいない。
 雄介がきょろきょろしているうちに、少年はコーヒーを運んできてくれた。そして、向かい合って腰かけると、真っ直ぐに雄介を見て訊いた。
「それで、どういったご依頼ですか?」
「実は―――」
 雄介は、一生懸命説明した。なるべく小型軽量で、充電期間は短時間で長持ちするもの。そして、長距離をカバー出来て、安価で高性能なら言うことないんですけど。と、ちょっと照れたように笑う。
 少年は、雄介の話をいちいち頷きながら真剣な表情で聞き取って、それからふいに瞳を和ませる。
「作るのは難しくありません。でも、悪用されたら困るたぐいのものですよね」
 本気で悪用を恐れているというわけではなさそうだ。ただ、どんな用途であるのか、確認の必要があると言いたいのだろう。
「大切なひとを守るために、どうしてもそれが必要なんです。いつでも、どんなところに居ても、すぐに駆けつけられるように」
 雄介の必死な気持ちが、少年にも伝わったようだ。
「解りました。すぐ出来ますから、ちょっと待っててください」
 少年は、それ以上深く追及することなく雄介の依頼を了承した。そして、工具を持ち出してきて、早速それの作成にかかった。
「ただいま」
 待っているうちに、若くて凛々しい印象の女性が帰ってきた。
「あ、お帰りなさい」
 少年が嬉しそうに顔をあげた。
「ほかのみんなは? あ、お客さんだったんだ」
「はい。僕の仕事だったんで今やってるところなんです」
 少年は、女性に雄介の依頼の内容を説明した。説明しながらも手は忙しく働いている。
 雄介は自分の依頼を繰り返す少年の言葉を聞きながら、まだ問題が残っていることを思い出す。
「そうだ、それ。肌身離さずどこに行くときにも必ず持っててもらうには、どうしたらいいんだろう?」
 半ば独り言だったのだが、その言葉には女性のほうが答えてくれる。
「こういうのはどうかしら? 名刺に挟んでおくの。うちのスタッフは優秀だから、彼の作ったものならきっと紙の隙間にでも仕掛けられるでしょう」
「はい。出来ました!!」
 女性の言葉にかぶせるようにして少年が声をあげ、出来上がったそれを、雄介のまえにあるテーブルに運んでくる。
「早い。それに、ホントに小さいですね。これなら確かに、名刺に隠しておけますね」
 雄介は、少年が作ってくれたそれを見て、満足そうに頷いた。
 思った以上に安価ですんだそれの精算をすませ、雄介は意気揚々とその事務所をあとにした。
 残された女性は、少年に言う。
「流行ってるのかしら、発信機なんて」
「どうでしょうね、ユウリさん。でも、もし流行ってるならぼくの仕事が増えて嬉しいです」
 
 
 雄介が単に『なんでも屋』と認識した事務所には『Tomorrow Research』という看板が掲げられていた。そして、鼻歌混じりにバイクを転がす雄介の内ポケットに大切に仕舞われている一条薫の名刺には、さきほどの茶髪の少年、シオンが作った発信機が仕掛けられていることを、雄介は知らなかった。
 
 
 

fin.2000.5.10