(6/25に発行しました『おひさまと月』という本の予告編としてUPしたものです)
世界の平和を守ろうとか、そんな大層なことを考えてるわけじゃない。不屈の闘志だとか正義の鉄拳だとか、そういうものともいたって無縁。
クウガはある意味ヒーローなのかも知れないけど、俺はただしたいことをしてるだけ。犠牲的精神なんかないし、ただ、大好きなひとの笑顔を守れればそれでいいって思ってる。
腹にある石が、普通の人間ならとうに死んでるところを助けてくれたりして、もしかしたらもう人間とは呼べない存在なのかも知れないけど、それを気に病むこともない。生きていられて、また大切なひとを守れることをラッキーだと思いこそすれ、そんなことをうだうだ悩む気持ちはない。
俺にとって問題なのは、人間か、そうじゃないか、なんてことじゃない。言ってみるなら、どんな自分であるのか、というただそれだけのこと。
いつだって、望んだ自分でいられればいい。
戦うことに大義名分がいるだろうか? 力を行使することに、いちいちご立派な理由が必要だろうか?
「なんだか、上の空なんだな」
「やだな、一条さん。俺、嬉しくて舞い上がってるだけですよ!」
考え事をしていたことを見破られて、俺は声を上ずらせた。
ここは、一条さんの部屋。非番で半そでのTシャツにジーンズといういでたちの見慣れない一条さんは、昼間の光のなかでも充分あでやかで、だから俺はいきなり襲いかかってしまいそうな自分をなんとか押さえようと無理をして別の考えに気を散らそうと努力していたところなんだけど。
まさか、一条さんにそのままの事実を説明するわけにもいかない。警戒されて、もう部屋に入れてもらえなくなってしまうかも知れないし、そうじゃなくても呆れられて、軽蔑されるかも知れない。
どんな自分でも、それが例え人間じゃなくてもいいとまで思っているのに、一条さんに嫌われることだけは怖いと思う。取り繕ったり虚勢をはったりしたくないし、より以上に見てもらいたいとは思わないけど、等身大の俺自身を解ってもらいたいとは願ってやまない。
なのに、そんな俺の熱い思いをよそに、一条さんは淋しげな表情で俯く。
「冒険に行きたいんじゃないのか? 俺のせいで、それを我慢してるんじゃないか?」
なんてことまで言い出す。
ただ黙ってそばにいて、その顔を見ているだけでも天にも昇る心地がするほど幸せだってこと、なんど言っても、この人には理解出来ないらしい。
「どうしてそうなるんです? 俺、こんなに嬉しくて、幸せ過ぎて怖いって思うくらいなのに」
決して大袈裟な話じゃない。心からの言葉だったのに、一条さんは、ちっとも本気にしようとしない。
「まったく、おまえときたら誰にでもそんなことを言ってるんだろう」
物分りのいい兄のように言われてしまって、俺は必死の抗弁を重ねる。
「そんなはずないでしょう。一条さんだから、言ってるんじゃないですか。俺、ずっと、こんなに誰かを好きになることがあるなんて、考えもしなかった。一条さんが大切で、大切すぎてどこかに仕舞いこんで、誰にも見せたくないって思うくらいなのに」
一条さんは、そんな俺の必死の訴えに、くすくす笑いで答える。まるで、俺の言葉が誇張と冗談のかたまりとでも思ってるかのようだ。
「考え事を取り繕うのに、そこまで話を大きくしなくてもいいよ。こんなでかい図体、どこに仕舞うっていうんだか」
しょうのない奴、と一条さんが笑う。
俺はその笑顔を見ただけで、もうなにを信じてもらえなくても、構わないような気持ちになってしまう。
それでも、このまま引き下がったらすべて認めてしまうことになる。一条さんの言い分は、あんまりだって気がして、なんとか解ってもらえないかと頑張ってみる。
「俺、どこにだって仕舞いますよ。本気なんです。本気で、誰からも隠しておきたい。笑って欲しい。その綺麗な顔の笑顔を、時を止めて見詰めていたい。でも、もったいなくて恐れ多くて、だからこんなに幸せでいいのかって怖くもなるんです」
言い過ぎた、と気がついたときには遅かった。
一条さんは、とても戸惑った顔をしてた。俺の思いの重さに耐えかねるように、表情は暗い。
「俺はおまえの将来が、心配だ」
「一条さん、なにを言い出すんです」
「ちゃんと普通に女性と恋をして、幸せな家庭を築くべきだと思わないか?」
同性愛を差別して言ってるんじゃない。ただ、俺のことを心配してくれてるだけ。それは、解るんだけど、そうかって喜ぶわけにもいかないでしょう。
「一条さんは、そうしたいんですか?」
「いや、俺の話をしてるんじゃない。おまえのことだ。おまえは、なんか勘違いしてるんだ。そうじゃなきゃ、こんなこと…」
思わず勢いで、握ってしまった手。
一条さんはそれを見下ろして、ますます困惑の表情を深める。
「俺ね、一条さんと一緒ならそれで幸せなんですよ。男二人で暮らしても、それは家庭とは呼ばないのかも知れないけど。でも俺、妹と二人きりでも家族でしたから。俺たち、ちゃんとあったかい家族でいられましたから。一条さんだって、そうじゃないんですか?」
俺は、みのりと二人きり。一条さんは、お母さんと二人きり。それでも、ちゃんと家族だった。自分たちには、そのせいでなにかが欠けているなんて思えない。
「だけどその家族に。おまえは、妹さんに俺のことを話せるのか?」
一条さんは、深刻な顔で訊いてきた。
それはつまり、一条さんのお母さんには俺の話なんか、出来ないって言われたも同然だった。
「俺は、言いますよ。一条さんさえ良かったら、今すぐでもいいです。なんだったら、行きましょうか、みのりの保育園。あいつきっと、喜んでくれると思うなぁ」
でも一条さんは、力なく首を振った。
「そんなこと、出来るわけがないだろう」
そして、俺の腕を振り払って横を向く。
名古屋にいるお母さんのことを考えているのかも知れない。
俺は、ひどく拒まれている気がして、しゅんとする。
笑顔を見せてもらうには、まず自分から笑顔でいられることが先決だって、時間をかけて気がついた。だから、一条さんといるときも、ずっと笑っていられたらいいと思ってたけど、今日のこの事態は、笑い事じゃない。
おひさまみたいな笑顔だって言ってくれるひともいるけれど。おひさまも夜には沈む。今はまだ昼なんだけど、俺はすっかり沈んでしまった。
おかしいなって思う。こんなこと、なかったのに、と。今、俺が沈んでしまった理由って、一条さんがみのりに会えないって言ったせいじゃない。お母さんに紹介出来ないって思われてるせいじゃない。ただ、この状況をお母さんに説明出来ないと、一条さんが哀しい気持ちでいるのが解るから、俺も落ち込む。誰の元気がなくたって、真っ先に笑ってパワーを分けてあげられる俺だったはずなのに、こんなに簡単に一条さんの感情に引きずられてる。
「五代、腹が減ったな」
そんなようすを可哀想にでも思ったのだろうか。一条さんが、唐突に言った。
「え?」
「いつか作ってくれたろう? カレーでいいから、また作ってくれないか?」
「はい。それじゃあ、材料買出しに行きましょう」
「そうだな」
一条さんは財布だけを持って、身軽に立ち上がる。
「うんと美味しいの作りますからね」
俺はとたんに元気を取り戻し、満面の笑顔でサムズアップしてみせた。
「ああ、期待してるよ」
一条さんも、微笑んで頷いてくれた。
考えても答えの出ないことは、一時棚上げにしてくれたのかも知れない。奴らが出て、事件現場で、というのではなく久し振りに二人きりでのんびり出来る時間が持てたんだ。憂鬱そうな顔を並べてるなんて、勿体無いって気がついたのかも。
我ながら単純だなって思うけど、こうやって二人でスーパーで買い物なんか出来るひとときが、信じられないくらい幸せだと感じる。
とびきり美味しいカレーを、一緒に食べよう。
俺がホントにおひさまなら、あなただけを照らし続けよう。
沈んだおひさまは、あなたしだいでいつでも昇るから。
fin.2000.6.14
*実は「マンスリー・オダギリ」を読んでどうしても書きたい話が出来て、書いてみたらそっちのが気に入ったので、入稿直前まで掲載する予定だったこちらの話を没にしました。でも、こんな感じの本です、ということでクウガパロディの頁には載せてなかったタイトルなんですが『予告』としてUPしちゃいました。本に載せる予定で考えていたタイトルは『おひさまが沈むとき』でした。