(作者注1:これは、一種のパラレルです。かなり無茶な設定です。パラレルがお嫌いなかたと、『ポレポレ』の某姪のファンというかたは、お読みにならないようにお願いします)
かげりを知らないおひさまみたいな笑顔に惹きつけられた。公的な立場では、真っ直ぐな心で寄せてくれる信頼に少しでも応えたいと思った。そして、個人的にも、ストレートに寄せてくれる好意に、応えることが出来るならと本気で思ってきた。
ところが今、そのまぶしいくらいに思っていた笑顔に、かげりが見えてきた。
理由は・・・多分、解っていると思う。原因は、おそらくは・・・俺のことも無関係ではないのだろう。
それでも、どうしてやりようもない。優柔不断な自分の態度が、五代を傷つけていると解ってはいても、そう簡単に露骨に遠ざけるような態度をとるわけにもいかないのだから。
「はい、一条さん。ごっつう熱いですから、気をつけてくださいねvvv」
もしかしたら、語尾にはハートマークでもついていたかも知れない。そんな甘えた声で、大きめのマグカップに入ったコーンスープを差し出したのは、五代のバイト先で一緒に働いている朝日奈七緒君17歳。ここのマスターの甥っこで、役者を目指して京都から上京してきたのだという。ここのマスターは五代の親がわりだったらしいが、それでも血縁はないはずなので単なる偶然なのだろうが、見かけやノリが五代とそっくりだった。明るい笑顔も、ふわりと温かな雰囲気も。違っているのは、まだ十代という若さと、関西弁、そして戦う必要もない安全な立場にいるということだろうか。
「ありがとう」
と、スープを受け取った俺の顔を、七緒君はじっと見ている。自分で作ったものだから、味が気になっているのだろう。
そうと察して、少しだけ飲んでみる。
「美味しいよ」
たった一言で、七緒君は目を細める。くしゃくしゃの笑顔が、五代とそっくりだ。
「ほんまに? 嬉しいvv」
七緒君は飛び上がって喜んでいる。
そんな姿を、五代は複雑な表情で見ている。
「どうしたんだ? なんか、言いたそうだな」
訊くと、五代は俺と七緒君を見比べて、軽く息をつく。
「すみません。一条さん、忙しくて、ちょっと俺の顔を見に寄ってくれただけなのに、こいつがわがまま言って、引き止めちゃって」
「俺の」に力が入っているところに、五代の苛立ちが感じられる。苛立ちと、子供っぽい独占欲。いや、そういうところも可愛いと思うが、七緒君は敏感に感じ取って五代を睨む。
「ええやないですか、一条さんかて美味しいて言ってますし。あ、五代さんもスープ欲しかったんですか?」
「いらない。俺、ちょっと切れてる調味料、買いに行ってくる。一条さん、すみません、失礼します」
五代は、早口でそれだけ言うと店を出て行ってしまった。
「なんやろ、あれ。僕たちが仲良しだから、やきもちやろか?」
七緒君は、そんなことを言いながらどさくさに紛れて、俺の肩に手を置いてる。
俺は、その手をやんわりと押し返して、立ち上がる。
「ごちそうさま。俺もまだ、用があるから、失礼するよ」
「えー、まだええやないですか! もうすぐ自信作のクッキーが焼きあがるとこなんですよ!!」
「それはまぁ、また次の機会にいただくよ」
それでも俺の腕を握って放そうとしない七緒君を強引に振り切って、店を出た。
言葉通りに調味料を買いに行ったのなら商店街のほうだろうが、あのようすでは多分違うだろう、と判断する。
俺は、いつか二人で子供が落としたボールを拾ってやったことのある川原を目指した。
見上げる空が高い。雲ひとつなく晴れ渡っている小春日和のこんな日なら、あいつはきっとあそこにいるだろう。
案の定、五代は川原に腰かけて、ぼんやりとかすかに吹く風にふかれていた。
その背中が、いつもよりも頼りなく、淋しそうに見える。
俺は足音を忍ばせて近寄った。革靴をはいていても、足許が地面であり、雑草などもはえているので、さほどの音は最初からたたない。
そうして、後ろから両手で五代の目をふさいだ。
だぁれだ? とか、言うんだよな、こういう場合は。と、やってしまってから、恥ずかしくなった。
なにをやっているんだ、俺は。
間抜けなことに、俺は五代の両目を塞いだまま、次の言葉が言えなくて、硬直してしまった。
困った。これでは、変質者かなにかと間違えられてしまってもしょうがないような状況ではないか!
けれど、不自然な沈黙のあとで、五代は肩を震わせて・・・くすくすと笑い出した。
そして、そっと俺の両手を握って引っぱった。
「うわっ」
俺はバランスを崩して、川原に座りこんでいた五代のうえに崩れ落ちた。
「まったく、一条さんったら、慣れないことするからですよ!」
「いや、これは、その・・・」
懸命に弁解の言葉を探す俺を、五代は両手で抱きしめた。
「来てくれて、嬉しいです。俺のこと、捜してくれたんでしょう?」
「どうして、解ったんだ?」
一言も言葉を発することもなかった。いきなり手を引っ張って、別の誰かだったらどうする気だったんだろう? 俺自身、らしくないことをしてしまったという自覚がある。例えばあの、七緒君あたりならば、してもまったくおかしくはないような、そんな行動であったのに。
「一条さんのこと、俺が間違えると思いますか? 触れることがなくても、きっとそばに居てくれたらそれだけで、すぐに解りますよ。そばに、じゃなくても半径50メートル以内に近寄ったらすぐに解りますね」
五代は自信たっぷりに言ったが、大袈裟すぎる。気配などというもので、そう簡単に個体識別出来るものではないだろう。ましてや、なにを根拠にそんな広い範囲の話になるのやら。
俺が、抱きしめられた体勢で、至近距離から疑りの眼差しを向けていると、五代がふっと破顔した。
「白状しますよ。ホントはね、手の感触と温度で解ったんですよ」
「温度?」
感触はまぁいいとしても、温度っていうのはいったい?
「そうです。一条さんいつもは少し体温低いでしょう? 手も、ひんやりとしてて気持ちいい。でも、さっきまで七緒の作ったスープ飲んでたじゃないですか。あのカップを両手で持って。だから、温かかった。大切そうに触れてくれるそのいつもの感触と、温度で・・・それに、ここまで来てくれるとしたら、一条さんしかいませんから!」
五代は、煌々と照り映える太陽にも負けない笑顔で理論的なのか希望的観測なのかよく解らないことを言った。
俺は、少しほっとした気持ちでその表情を見ていた。いつの間にか、見蕩れていたのかも知れない。
その顔が、唇が近寄ってくるのも見えているのに、避けるという発想が浮かばないくらいに。
昼間の川原で、誰に見られるかも解らないという場面であることを、唐突に思い出して、俺は五代から離れる。
名残惜しそうにしながらも、五代も川原に座りなおした。
二人で、膝を抱えて、少しだけ肩にもたれあって座った。
「すみませんでした。俺、あいつが一条さんにあんまり懐くから、なんか見てられなくなっちゃって」
「つまらないことで、やきもちを妬くな。君の、弟さんみたいなものだろう? 顔だって、そっくりじゃないか」
「それは、解ってます。でも、いくら似てても、一条さんだけは、駄目です。ほかの誰でも、俺以外の誰かと親しそうにしているの見るのは、辛いです」
あんまり必死な眼差しでそう言われ、ついつい意地悪をしたくなる。
「七緒君のが、おとなかも知れないな。そんな駄々っこみたいなこと言わないし。さすがに若いだけあってすごく元気がよくて、まぶしい陽光みたいな笑顔をいつでも見せてくれるし・・・」
「そんな・・・一条さん・・・。でもほら、俺ほど一条さんのこと大好きな奴、ほかにいませんから! あいつ、お菓子作るのもうまいし、明るくてホント、いい奴だとは思いますけど、でも、俺のほうが∞倍くらい一条さんのこと想ってます!!」
わけの解らない倍数ではかって、足をばたばたさせながら、五代は熱く主張した。
七緒君にだって欠点はあるだろうし、若ければいいというものでもない。それでも、そうしたこと一切を押しのけて、他人を悪く言ったりしないで、ただ自分の想いを強く主張するところが、この男の美点だ。
「人の話は、最後まで聴け」
「え?」
俺の言葉を遮って、自分の主張をまくしたてていたことに、気がついていなかったようなきょとんとした表情だった。
笑顔も好きだが、こんな顔もまた可愛いと思う。いつまでも、意地悪ばかりでは可哀想にもなってくる。
鞭のあとには、飴だって必要だろう。
俺は、五代の肩を宥めるように叩いて、耳許に口を寄せる。
「あの子の笑顔は本当に陽の光みたいだが、おまえのは太陽そのものみたいに、大切に思ってる。だから、あんまり妬くなと言ったんだ」
「一条さんvv」
飴の効果は絶大に発揮された。まぶしく一点のかげりもない本当に太陽そのもののような笑顔に。
fin.2000.11.18
(作者注2:つまり、オダギリさん本人が男の子の役ならやってみたかったという発言を見て、奈々が七緒君だったら、それでオダギリさんが演じてたら、きっと一条さんに懐いちゃうんだよ、とか想像してみたんでした。でも、雄介の役もほかの誰かでは想像出来なくて、一人二役だったらどうなるかな、と。まぁ、そういうお遊びなお話でした)