Good “ないと”

by三咲


 眠れない。
 これまでにだって、眠れない夜くらいいくらでもあった。神崎士郎からカードデッキを受け取った時も、そのきっかけとなったあのことを考えても、最初にモンスターを倒した夜も。色々なことが脳裏に去来して、疲れきっているはずなのに、頭の芯が冴えきってしまって眠れなかった。
 けれど、今、秋山蓮が眠れないのは、そんな理由ではなかった。
 寝返りをうっても、ベッドの隅、なるべく遠くに離れても、耳をふさいでも聴こえてくる大音量のいびき。
 たまらず起き上がって、枕をぶつけてみた。けれど、それでもぴくりとも反応せず、健やかに眠り続け、大きないびきをかき続ける同室の男のせいで、眠れないのだ。
 ライダー同士は敵だ。なのに、蓮の前で、呆れるほどに無防備に眠りこける城戸真司。
 このまま自分ひとりが、眠れない夜を過ごすなんて、果てしなく不愉快だ。と、蓮は考えた。しかし、大声を出して起こそうとしたりすると、ここの家主や、優衣まで起こしてしまうかも知れない。せっかく同居までこぎつけたのに、それは避けたいところだ。
「しょうがないな」
 蓮は小声で呟くと、真司のベッドに歩み寄り、高らかにいびきをかいている彼の耳もとに口を寄せる。
「おい、起きろ!」
 ぐー、ぐー、ぐー。なんて、可愛いものではない。ぐがーっ、ぐおーっ、がご〜っっと、大きないびきはやまないし、真司は蓮の声に身動ぎもしない。
「おいっ! うるさいんだよ!!」
 ぐがーっ、ぐおーっ。優衣たちを気にしつつも声を少し大きくしてみたが、やはり変わらない。
 うらやましいほどに、気持ちよさそうに熟睡している。
 蓮は、しみじみと間近からそんな真司を観察してしまう。いつもは、蓮の言葉にむきになって反発したり、直情型の正義感に燃えてみたりで、何かと忙しく表情がころころ変わるせいもあって、真司がどんな顔なのかなんて、気にかけたこともなかった。そもそも、男が男の顔をじっくり見る機会というのは、あまりなくて普通だろう。
 しかし、この夜は違った。あまりにも眠れず、小声でなんとか起こそうという努力から、とても至近距離からじっくりと見てしまった。
「こいつは、案外・・・」
 ――綺麗な顔立ちをしていたんだな。という言葉を、蓮は寸前で飲み込んだ。
 蓮は真司のベッドに浅く腰かけて、腕組みしながら思案する。殴る、蹴る、怒鳴りつける、などの報復行動に出たいのはやまやまだが、それにすればどの方法を選んだところで、優衣たちを起こしてしまいかねないし、そうでなくてもこの男のことだ、あとで優衣に報告されて顰蹙を買うかも知れない。
 しかし、二人を起こさず、何があったかこいつが二人には泣きつけないような報復手段も、ある。と、蓮は思いつき、にやりと笑った。
 相変わらず、平和に高いびきをかいている真司の頭の脇に手をつき、再び耳もとに口を寄せる。
「城戸、起きないとキスするぞ!」
 ぐがーっ、ぐおーっ、がご〜っっ。いびきは、やまない。このままキスしても、ただそれだけで終わってしまう。真司に自覚がなければ、少しも嫌がらせにならない、と蓮は気がつく。
「なら、先に鼻をふさいでやるか」
 というわけで、蓮は真司の鼻を洗濯バサミでしっかりはさむこみ、それからおもむろに、唇を寄せる。
 鼻と口をふさがれる恰好になった真司は、ようやくいびきを止めた。そのままでは、息が出来ず、心臓まで止まってしまうのだから、当然苦しさでぱちりと目を開いた。
 真司の目に最初にうつるのは、蓮のアップ。そして、じたばたしながら状況を悟る。
「ぎゃーーーっっっ」
 とびのいた真司は、壁に背中をつけながら平然と見下ろしている蓮を見上げ、口をぱくぱくさせた。酸素が足りなかったのかも知れないが、それより頭のなかがパニックを起こしていて、言葉が出なかったということなのだろう。
「おはよう。と、言ってもまだ夜だがな。やっと起きたな」
「れ・・・れ・・・れ・・・」
 肩で息をつきながら、なんとか喋ろうとするが、真司はまだ混乱している。
「しばらくそのまま起きていろ。おまえがいびきをかきはじめる前に俺が寝させてもらう」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待った。な・・・なんだったんだよ、今の」
 真司は、大袈裟に唇を両手でぬぐっている。
「知らなかったよ、おまえにこんな趣味があったなんて」
 蓮は表情ひとつ変えずに、口からでまかせをさらりと言ってのけた。
「な・・・どういう意味だよ?」
「寝惚けたふりをして、俺を誘っただろう?」
「そ・・・そんなことするはずないだろ!」
「どうかな。胸に手をあてて、よーく考えてみろ。思い出すまで、眠るなよ!」
 不敵な笑みを浮かべつつ蓮はそう告げると、自分のベッドに入ってさっさと布団をひっかぶった。なんとか、真司がまたいびきをかきはじめる前に寝てしまおうと急いでいる。
「う・・・嘘」
 一方の真司は、言われた通り闘魂と書かれたあたりに手をあてて、考えこんだ。まだ少し、動悸がおさまらない。ドキドキしている自覚があるが、それはただ驚いただけのせいだと、自分に確認する。
 しばらくすると、隣のベッドから蓮の規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「う・・・嘘に決まってる。嘘だ。嘘。俺も、寝よう」
 真司は考えるのをやめて、またベッドにもぐりこんだ。
 すぐにまた、真司のいびきが部屋に響き渡る。が、さんざん苦労してからだったので、すっかり熟睡していた蓮も、こんどは目覚めない。
 期さずして寝室をともにすることになったライダー二人の最初の夜は、こうして更けていくのだった。

 

―END−
2002.4.4