事実は小説より奇なり

  サイキックヴァージョン

 

 サイキックの火村とSF作家のアリスが同居を始めて、もうすぐ一ヶ月が経とうというころのこと。

 火村が腕によりをかけた夕食は、今日に限ってアリスの口に合わなかったのか、食事中、彼はずっと黙りがちだった。

 彼等が出会ったのは中学生時代で、付き合いももう十年を越えようとしている。毎日一緒にいれば、そんなに話すことばかりがたくさんあるというわけでもなく、居心地のよい沈黙のなかで、ただお互いの存在があたたかいと感じられる、そんな関係である。けれど、その日のアリスは、ただ黙っているだけではなく、目に見えて元気がなかった。俯き加減で、機械的に箸を動かすようすは、味わっている余裕もなさそうだ。

 そう、料理がまずいせいなんかじゃない。アリス自身に、味わう余裕がないせいだ、と火村はしばらく観察して気がついた。

 けれど、アリスからなにか言ってくるまえに、なにがあったんだと問い詰めるのもはばかられる。どうしようかと迷っていると、アリスが唐突に箸を置いて、真っ直ぐに火村を見た。

「なぁ、俺の小説って奇抜さが足らんかな?」

 そう言えばさっき、どこだかの編集者と電話していたのだ。そのときに、作品についてなにか言われたのだろう。

「SFってジャンルで奇抜さなんか追及したら、ギャグかコントになっちまうだろ。俺は、今おまえが書いてるので充分面白いし、そんなこと心配しなくていいと思うぜ」

 だが、そんな言葉では納得しなかったのか、アリスは口のなかで小さくうなって、また俯いてしまった。

 食後の一服を楽しもうとして、タバコを切らしていることに気がついた火村は、近所の自販機まで出掛けることにした。アリスは、作る段階でほとんど役に立たなかったので、おとなしく食器洗いに席を立った。

 火村は風のように走って……ではなく、ちょっと超能力を使って用をたすと、すぐにアリスが洗い物をしているキッチンに戻ってきた。足音を忍ばせて、後ろからそっと近づき、右腕だけでがっちりアリスに抱きついた。

「ひぁっ、なんや火村、洗剤が飛ぶやないか!」

 そんな抗議にもかまわず、火村は含み笑い。

「それより、これはなーんだ?」

 アリスを振り向かせないようにがっちり押さえたままで、下半身に熱くてかたいものを押しつけた。

 アリスは真っ赤になって逃げようと……なんてしない。そんな根性では、とても火村と同居なんか出来ないからだ。

「アホ! なにさかっとんねん」

 まったく、いつもの調子で洗い物の手も休めずに言った。

「なんだよ。口に入れて、全部飲んでくれないのか?」

 火村は、わざと声をおとして、アリスの耳に囁いた。

「どんな味がする?」

「甘くてこくがある」

「自分、飲んだんか?」

「ああ、何度か」

 これには、アリスもちょっとは慌てた。というか、驚いた。ワーカホリックなうえに、少しでも時間があけば(本当に少ししかあかないところが哀れではあるが)アリスのもとにすり寄ってくる男に、まだそんな余力があったのか? という、かなり方向違いの驚き方をしていたのだが。

 火村は黙り込んだアリスの心理を誤解して、くすくす笑う。

「この変態、とか思ってんだろ? でも、おまえだって飲んだことあるぜ。それなら、おまえも変態だな」

「そういう問題ちゃうやろ」

 アリスはここまで言われて、あんなことやこんなことを思い出して、声をうわずらせる。

「なんなら、口移しで飲ませてやろうか?」

 そこまで言われて、ようやくアリスも気がついた。腰にあたっているそれが、少々熱すぎるということに。

 だから、にっこり笑って言い返す。

「そうやなぁ。今すぐなら口移しでも飲んだる。けど、ぬるいのは嫌やな」

 火村は憮然として、その熱くてかたいものをアリスの頬に押し当てた。

「あちっ。あかんって、やけどしたらどないする!」

「おまえが、俺の猫舌知ってて無茶言うから悪いんだろ」

「アホか。紛らわしいまねするのが悪い」

「おや? 有栖川先生は、なにを期待なさったのかな?」

 くるりと振り返ると、アリスは火村の手から、それを奪い取って、さっさとプルトップを引き上げる。

「別に。このココア熱いうちに、口移しで飲ませてくれるんかと思っただけや」

 言いながら、さっさと飲み干す。確かに、甘くてこくがある。

「なんだそれ。そのまんまじゃねぇか。ちっとも、紛らわしくなんかねぇぞ」

「うるわいわ。なんで、君はそこまでガキなんやろ」

「事実は小説より奇なりってのを実践してやったんじゃねぇかよ。ランクAの超売れっ子サイキックの俺が、一介のSF作家のためにここまでやってしまうって、仰天の事実を」

「おまえのはただの、厚顔無恥や」

 アリスはにべもない。

「悩んでるみたいだから元気出させてやろうとしたのに、その言いぐさかよ」

 言われたアリスは、さっきまでの暴言など一気に帳消しにさせてしまうほどの極上の笑顔を向ける。

「そら、ありがとう。けど、悩んでたわけやなくてやな。さっき、編集さんに訊かれたんや。この主人公をなぐさめてるキャラクターは、とてもリアルな感じですが、モデルがいるんですか? ってな。で、君に似てるんかなぁって思ったら、確かめてみたくなって」

 それで、ちょっと落ち込みのポーズをとってみた、とアリスはしゃあしゃあと言ったのだった。そして、とどめに。

「けど、全然似てへんって解って、ほっとしたわ」

 まぁ、いい。なんだかアリス元気みたいだし。結構、おとなじゃないか自分は、と自らを慰める火村だった。

《了》

 

 

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