帰 郷
天羽
冷たい空気が、肌を刺すようだった。
1月2日、夜。酷い寒さも、征士の中の怒りを宥めることはできなかった。
頭の芯は冷静に思考を続けている。言動に多少大人気なかった自覚もある。それでも、この足を止める気にはなれない。
申し訳なさそうな顔をしている姉に一礼して、征士は躊躇なくタクシーに乗り込んだ。 21時25分の最終の新幹線に間に合うかどうかギリギリの時間ではあったが、迷いはなかった。
「仙台駅まで」
行き先を告げてから、征士は家を振り返った。
数年前まで、ここは間違いなく自分の故郷だった。
戻って安心できる場所の筈だったのに。
遠ざかる庭から視線を離して、征士は一つ大きく息を吐き出した。
あんなにも人に対して嫌悪感を抱いたのは、久しぶりのことだった。仮にも一族に連なる者の醜さを認識することは、それを判断する征士の側にもある種のせつなさを残す。それでも繰り返される征士の意志に反した様々な思惑の裏側を、見ないふりをすることすら許されない状況に、きっぱりと告げないわけにはいかなくなった。今回おとなしく従ってしまえば、考えるまでもなく同じようなことが何度となく繰り返されるのは目に見えている。祖父が病気がちになってから、酷くなった周囲の煩わしい声。厳格ではあるけれど、心根は優しい祖父の計らいが多くあったのだろうと、今になって征士はしみじみと実感していた。
思えば祖父が元気な頃は、迷うことなくここが故郷なのだと云えた。だが、今はどうだろう。故郷だと告げることに、一抹の羞恥すら覚える。誇りに思えていた筈の家の、内実を見て知るほどに、誇るべきものは失われていく。そのことを寂しく思いながらも、故郷を思うような己の心の拠り所が、既に他にあることを征士は自覚している。
そう、今はあのとくに取り柄もない東京の部屋こそが酷く恋しい。だから、こんなにも強引に帰ろうとしている。今帰っても、当麻はいないだろう。今年は珍しく正月にアメリカ住まいの彼の母親が帰ってくるのだと聞いていた。当麻がいなければ、他に予定よりたった一日早く帰るメリットは何もなかった。
征士の中の理性は認識を誤ってはいない。それでもすべて理解してなお、帰りたかったのだ。これでもし大雪が降っていたとしても、出てきていただろうと思う。いつになく怒りを露にした征士に、親類は驚いていたがそれもどうでもよかった。征士に媚びる人間も、敵意を向ける人間も大差ない。どちらが増えても減っても関係ないのだと、ここ数年で征士は学んだ。一部の人間への諦めにもにた思いを意識しながら、努めて客観視するようにして取り巻く人間を見極めている。
そんな状態で安らげる筈もない。柳生邸の居心地のよさや、当麻の近くにいる時の安堵感など今ではかけらも感じられない。ただ諦めたつもりでいても、寂しさがないわけではなかった。
やるせなさに溜息ばかりが増えていく。間違ったことも、後悔するようなことも言ってはいなかったが、後味は非常に悪かった。ふいに告げられた見合いの席を断ってきたことも、相手に対しての申し訳なさが残った。
見るともなく車窓越しに外の景色を眺める。暗くてあまりよく判らなくとも、何年経ってもさほど変わらぬ田園風景が広がっていることだけは確かだった。その景色にだけは、素直に郷愁を感じられるのを、行きに実感している。煩わしい思惑さえ存在しなければ、それはとても簡単なことなのだろう。懐かしい想いをただ綺麗なものとして残しておける。けれど人との関わりにうんざりしながらも、征士は今だって人に会いたくて行動しているのだ。懐かしい記憶には、優しい人々に向けられた暖かい感情の伴う想い出も多くある。 どれほど嫌な面を見ようとも、人と完全に関わりなく生きていくことなんて所詮できはしない。結局どうしようもないことなのだ。こんなことを鬱々と考えてしまうのも、自分が思っているよりも諍いにダメージを受けていたからなのだろう。
取りあえず今は、明日には会えるひとのために、少しだけ早く帰るだけだ。吹っ切るように意図的に思考を切り離して、征士は苦笑する。まるで今から帰郷するようだと思えてならない。日常の疲れや嫌なことを忘れるために、旅をしたり故郷で癒されようとする気分に今が一番近かった。
タクシーを降りて、腕時計を気にしながら乗車券の手配をした。明日の切符のキャンセルなどしていると、改めて自分の行動の非合理が目に付く。当麻の馬鹿を笑えないな、と本人に失礼な感想を心中で呟きながら、駅の構内を小走りに抜けた。滑りこむようにして列車に乗り込む。こんなに慌てて新幹線に乗るのは初めてかもしれない、とどこか人事のように思った。
ユーターンラッシュを避けるように帰省先から戻る人々が結構いるせいか、だいぶ乗車率は高いようだったが、なんとか席はとれた。
乗車券の番号を確認してシートに腰を下ろし、征士は静かに瞳を閉ざした。とても疲れた一日であることは間違いなかった。後味の悪さはまだ尾を引いていたし、怒りからくる気分の高揚は漸く静まりつつあったが、脳裏の一部が酷く冴えたような状態が続いていた。目を閉じても眠気もなく、珈琲を飲んで征士は文庫本を開いた。
だいぶ経ってからゆっくりと体内の緊張が解け出すのを感じた。そこに至ってやっと人心地ついたようだった。
慣れないことをするからだ。そんな声がどこからか聞こえて、征士は苦い笑いを浮かべる。こんなことも、数が重なればいずれはなんでもなくなるのだろう。当麻は慣れないことに困惑していたが、征士はむしろ慣れてしまうことに恐れにも似た感情を覚える。諍いをおこして平気でいられる自分の姿。それは違う、と今は言い切れる。でも、未来の自分がどう考えるのかまでは判らない。
手にした本の内容は、頭の隅を素通りしていく。切り離した筈の思考が、しつこく頭から抜けていかないのを忌々しく思いながら、征士は闇の中の遠い光を見つめた。戻って安堵できる場所がある分、今はまだ幸せなのだ。たとえ未来に希望は見えなくても……
マンションに灯る、小さなあかり。遠目にもいくつかのまばらに灯る光を見て、ほっとした。
ああ、帰ってきたのだ。
胸の中がほんのり暖かくなるようなこんな郷愁を、5日前あの家の前では感じなかった。 確かに数年前までは、似たような感覚があったのに。いつの間に変わってしまったのだろう。今は、かつて暮らした家であるという懐かしい思いだけを、抱くことはできない。 見定められる緊張感、笑顔の裏の意図、何気ない言葉の裏に隠された真意。挨拶と日常会話の中だけで、そんな仄暗い思惑をいくつも感じ取れてしまう。
そんなもの、知らなければよかったのに。
いずれにせよ、あの家に生まれついた自分の義務は変わらない。冷たく色のない函のような、広いようで狭い世界。あそこへいつかは、入らなければならない。それは判っている、もうずっと昔から。
ただ、それは今すぐではない。粘れば何年か延ばせるだろうと征士は見ている。せせこましくても、できる限り延ばしたいと今は思っている。それが自分の心から望むことであるから。今までこんな我儘を通したことはなかった。けれどどうしても譲れないことだと気付いたから、まだしばらくこの暖かな時間を自分に許したいと決めたのだ。
楽な方を選びたいだけではないのかと、さんざん自問もした。それでも征士の中で、すべて切り落として考えていった先に残るのは、心に染みるような青。ただ一人の存在だけだった。
当麻は、きっと本当に心底征士が困るような選択は迫らない。当麻は征士を借りているかのようなつもりでいるのだ。あの家から。
『征士がいつかは家を継ぐ』ことを当麻までもが当然のように認識している。征士の心が、それをどんなに否定したくとも、口に乗せることはできなかった。勝手な話だと思う。当麻に甘えているのだとも。けれど当麻は、一度だってそのことを否定的に話したことはなかった。征士が征士であることに当然付随するものとして捉えてくれている。
少し前までは征士自身も家を継ぐことを疑問に思ったりはしなかった。いつかそうして離れていくことも仕方のないことなのだと思っていた。仲間としての絆が消えることはないのだからと。
でも今になって、かたくなに思い込んできたことにさえ迷いが出てきている。何が正しいのか一概に言い切れない分、判断に困るのだ。
また一つ溜息。マンションの前まで来てふと顔を上げれば、自分の部屋にも明かりが灯っている。
当麻が、帰ってきているのだろうか。
ならば、少しでも早くに戻ってきたかいもある。
ふと綻びかける口元を押さえて、征士は足早にマンション内に入った。
明らかに軽くなる足取りに苦笑しながら、征士は四日ぶりに自室を開けた。
「……いい加減にしてもらえないかな?」
部屋に入るなり、かたい声が当麻の部屋の閉まりきっていない扉の隙間から微かに聞こえてきて、征士は「ただいま」と云いかけた唇を閉ざした。当麻の声は、征士が暫く聞いたことがないほど、冷たいものだった。
冷たい水を浴びせられたように、征士の中で暖かな微かに浮かれた感覚が消えていく。
「だいたいルール違反じゃないですか? そもそもこの番号をお知らせした覚えは全くないんですけど。……はぁ、まぁそれはいいでしょう。どちらにしろ、迷惑なことに変わりない」
誰かと電話をしているようだった。少々堅い口調から察するに仕事関係かもしれない。 ふと当麻に聞きそびれていたことを思いだす。征士と暮らすようになってから、やめているらしい仕事の件。気紛れな男だから、簡単に征士のせいだと決めつけなくてもいいのかもしれないのだが。それでも征士には窺い知れないほど多彩な能力を秘めている筈の男が、のんびり主夫をしている姿を見ていると、どうしても気になる。暫くは放っておこうと様子を見ていたが、半年が過ぎても当麻の生活にあまり変わりはない。らしくないほどに尽くされているのは判っている。いいのだろうか? と思いながら、話すきっかけを見出だせないでいたのだ。
「先日もお断りしたはずだ。だから、金銭の話ではないと再三にわたって申し上げている。同じことを聞かないで下さい。……ええ、そうですよ。あなたが社長でも俺の返事は変わらない。諦めてください。他にやりたいことがあるんです。時間が惜しい。お忘れかもしれませんが、俺はただの大学生なんです」
「ただの」ではないな、と聞こえてくる当麻の声に征士はぼんやり思う。
ああ、あまり聞いてはいけない。そう思いながらも、征士は動くことができなかった。
「征士? あれ、一日早く帰ってきたのか? おかえり」
「ああ、ただいま。義務は果たしたから帰ってきた」
征士を見て、当麻は一瞬『しまった』という顔をした。電話を聞かれたくなかったのだろう。征士とて盗み聞きしたかったわけではないが、仕方ない。どこか憮然とした征士に、当麻は首を傾げながら聞いた。
「……なんかあった?」
「それなりにな。騙し討ちのような見合の席が設けてあったようだが、後は知らん。論文をダシに戻ってきた」
「終わってる論文をダシに?」
愉快そうに笑いだす当麻を、征士は軽く睨んだ。
「まだ提出していないのは本当だ」
「お疲れさん。麻子さんもさ、大阪のオヤジにも会いに行くとか言って、今日の夕方慌ただしく帰ったんだよ。お前明日だと思ってたからもう一泊してもいいと思ってたんだけど、なんかあっちで一人だと落ち着かなくてなぁ。おかしなもんだよな、ずっとあそこで一人で居たってのに。で、ここに戻ってきたらお前もいないのにほっとしてね」
「私も今日から帰郷するような気分だった」
「ここが故郷みたいだなんて、お前まで言うのか?」
「昔はともかく、今はそう思う」
肯定した征士に、当麻は目を瞠った。何か云いかけたものの音にはならず、ただやるせなさそうに微かに笑う。それは征士を慮って云えなかったのだと思えてならなかった。
不自然な空白。それを取り繕うように当麻は、征士に風呂を勧めた。疲れてるだろ、と尤もらしく続けられて、征士は電話の件を気にしながらも頷いた。当麻がその件に触れられたくないのは見え見えだった。
風呂からあがった征士に、当麻は叱られるのを待つ子供のような視線をちらりと向けてきた。当麻はだらしなくソファーに座り、酒を飲んでいる。
基本的に征士は聞かれたくないことまで無理に聞き出そうとは思っていない。ただそれは、征士自身に関係のない話であるならば、である。今回の件は、征士にも要因がある気がしてならない。そうだとしたら、とても知らないふりはできない。
「当麻、……前から聞きたかったのだ。お前が片手間にしていた仕事をやめているのは、私のせいもあるんだな?」
当麻の正面に座りながら、征士は尋ねた。
「…………。いつか云われると思ってたよ。ったく携帯にまでかけてきやがって。ほんとに番号変えようかな。どうせ俺の携帯なんてお前にだけ繋がれば問題ないんだし」
さらりと、当然のごとくに口にして、当麻は苦笑した。
「それで?」
「お前に否定されそうだけど、違うって云いたい。最大理由は、金には困ってない。そしてあんまり面白みがないのもホントのコト」
「……それだけか?」
「そうだよ」
当麻は酒を置いて、征士の横へと移動する。じりじりと身体の距離を縮めてくる。
「ほんとうに?」
触れてくる指先が、嫌だったわけではない。それでもなだれ込むようにして仕掛けられた口付けを征士は止めた。
「なんだよ」
「話は終わってない」
当麻の困った顔に彼の口にした理由はすべてではないのだと思いながら、征士は冷静に指摘した。
「……だから、仕事を途中で投げ出したりはしてないよ。おかしいことじゃないだろ? 誘われてるけど、今度の話には魅力が感じられないから断ったんだよ。それだけだ」
「それだけではあるまい?」
「……それだけのことだ。気にしすぎだよ」
征士の見極めるような視線から逃れるように当麻は視線を逸らす。そうしてそのまま伸ばされた指先を征士は避けた。
「……なに? 5日ぶりに会ったってのに、疲れてるとか云って断りたいわけ?」
「誰もそんなことは云っていない」
隠し事をする後ろめたさのようなものが覗く当麻の態度に、征士は小さく笑った。
「私の納得がいくような答えが聞けたなら、朝までだって付き合ってやる」
当麻は瞳を見開いた後、嫌そうに眉を寄せた。
「……ずるい」
「いい加減、はぐらかさずに云え」
そこまで云ってさらけ出させるようなことでもないのかもしれない。けれど、今聞かなければ、ずっと本当の気持ちなんて判らないままだ。そう思えたから、突き詰めるように訊いてしまっていた。
「……そんな御大層な理由なんてない。ただお前といる時間を、俺の方から一分だって一秒だって削りたくなかっただけ。ましてやつまらない仕事なんぞ抱えてイライラするなんて以ての外。それだけのことなんだって」
隠すのを諦めたように、ぼそぼそと当麻は告げた。気まずげに頭をかく男を、征士は見据えた。
「……やっぱり私のせいもあるではないか」
「違うだろう。俺がそうしたいからしてるだけだ。自己満足みたいなもんだよ。征士が云いたいことはわかってる。でもこの時間はさ、永遠に続くわけじゃないだろ。うまい酒を一滴だって零したくないみたいに、今の時間はほんの僅かでも大切だからさ。今じゃなくてもいいことは後回しにしたってかまわないし、つまらないことのためには動かない。俺がそうしたいと思ったからそうしてるだけだ」
何も、云えなかった。当麻は、わかってる。いつの間にこんなに物わかりのいい、諦めの早い大人みたいなことを云うようになったのだろう。それがすべて征士のためなのだというのが、酷く切なかった。征士が云わせているようなものなのだということが。
本心は、否定したかった。ずっと続かない時間を簡単に認めてしまいたくはなかった。それでも征士には、枷がある。今のままではどうにもならないその枷を、当麻がきちんと見据えている以上、いい加減な望みを口にはできなかった。ずっと、と口約束だけでもかわして、僅かな間でもそんな甘い言霊に互いを束縛できたらよかったのに。
それをするには、二人とも先が見えすぎてしまっている。零れ落ちる砂の城のような不確かな希望に、心は躍らせられない。
「……すまない。無理に云わせて」
当麻にだけさらけ出させて、己の本心はなにも伝えられない。ずるいのは、自分ではないか。強く聞き出したことを、征士は後悔していた。
「いいよ。朝まで付き合ってくれるんだろ?」
当麻はからかうように笑った。それでも切なさとどうしようもないもどかしさを隠しきれないその顔に、何も云ってやれない代わりのようにして征士は口づけた。
はぐらかすなと告げた唇で、はぐらかすように交わす口づけ。矛盾だらけで、最低なのは自分だ。
深く落ち込みかけた思考を、強くソファーに押し付けられた身体の痛みに呼び戻される。強い仕種で己を引き寄せる青が間近にあった。
「帰ってきてまで難しいこと考えてないで、流されちまえ。たまには悪くないだろ、そんなのもさ」
すべて見透かすように、耳元で囁かれた。煽るようにそのままゆっくりと息を吹きかけられて、ぞくりと身を震わせる。
キスだけで、簡単に体温が上がっていく。当麻の意外に綺麗な指先が、身体を統べていくのを、愉悦が身体の芯にじわじわと浸食していくのを感じた。
「殉教者みたいなカオしてんなよ」
どこか苦いものを含んだ声。
「少しの間くらいアタマん中、からっぽにしろよ。お前は何があったって逃げ出すことなんてできやしない。よくわかってるから」
「……すまない」
「ばーか。謝ってんな、おれにまで」
苛立ったように珍しいほど乱暴な動きで衣類を乱され、痛むほどの刺激が与えられる。それもすべて故意になされたものかもしれなかったが、今はそれに甘えてしまおうとゆらゆらとぶれはじめた思考の中で征士は思った。
「っ!」
「いたい?」
意図的に戯れる指先が引き起こした強すぎる感覚に息をつめたまま、見上げればどこか辛そうな光を宿す青い瞳。指先の激しさと反比例するように優しい声の問いかけに、征士は小さく首を振る。口を開けば謝罪の言葉しか出てきそうになかったから、ただそのまま強く目の前の体躯を抱きしめた。当麻が小さく笑う気配。向けられる感情の、そのたとえようもない甘やかな愛しさに全身が震えた。
いずれ征士は、あの仄暗い函の中に戻らなければならない。偽物の故郷へと。
突き刺さるような胸の痛み。
空を失う鳥のようだと、ファンタスティックな比喩が浮かんで苦笑する。
あの優しい青を手放して、ひとり、くらい函のなかへ。
絶望という無彩の色を、思う。
あの函のなかには、きっと色は存在しない。
だから、今のうちに、おぼえておこう。
やさしいこの青を、身体中に満たして。
いつでも思い出せるように。いつでも感じられるように。
まだ、時間はある。
鎖に繋がれる前に、ぜんぶしておきたい。
あの函に入る前に、ぜんぶを当麻がさらっていけばいい。
入ってしまえば、無彩の抜け殻になるだけ。その前に、ぜんぶもっていけ。征士の中が、優しい色に満ちているうちに。
そしていつか。赦されるなら、当麻の元へ帰ろう。
それは、魂と身体が切り離された後かもしれない。
それでも、かえりたい。当麻がゆるしてくれるのなら。
帰る場所は、ここだけなのだ。
全身を貫くような深い想い。
今はただ、この存在に感謝しよう。
こうして共にいられることのなによりの奇跡に。
ENDE
初出 2002.5発行「帰 郷」
暗いですねぇ。書いた頃の心理状態が色々出てる感じなのも痛いとこですが(苦笑)。
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