イラスト/颯城零様

 刹那の闇の中に、彼はいた。
 街外れの瓦礫の元、まるで時間が止まってしまったかのように、あらゆるものを寄せ付けない空間がそこにはあった。その冷たさは、おそらく冬の冷気だけのせいではない。肌を刺すような痛みに、セイジは彼へと近づく足を止めた。
 すらりとした長身の後姿。その瞳は一体何を映しているのか。
 畏怖を感じる程の鬼気に、近付くことの危険は本能が告げていたのだけれど。
 導かれたかのように、その一歩が砕かれた石を踏みしめた。
「誰だ?」
 低く深い声が、静寂の世界に響く。
 慌てた風も無く、殊更ゆっくりと振り返る。
 まるでそれを見計ったかのように、月を覆う厚い雲が流れた。淡い月明かりが、闇に埋もれていた周囲をぼんやりと照らす。今宵は、満月。あやかしの者が跋扈するという、そんな夜だ。
 その月が、セイジに彼の顔を見せた。
 鋭い視線が、セイジを射抜く。その色は、深く闇に飲み込まれそうな青。
「どうした?」
 じっとセイジを見つめたまま、彼はその眼差しを僅かに眇めさせた。
「……すまない。邪魔をしたようだ」
 彼の足元に朽ちて原型をとどめない十字架を見つけ、セイジは視線を逸らした。瓦礫の下に眠るものを悟って……
「いや、かまわない」
 ふっと、その薄い唇に微かな笑みが浮かぶ。それが、端正すぎるほどに整った顔がもたらす冷たい印象を、僅かに和らげた。 

駄文/りんと

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