Longer Than Forever
by Nina(1998.7.13)
「どうした?
ぼっとしているではないか?」
突然呼び止められて、仕方なく振り返った、予想通りに同期のセイジは、視界の中に収まった。予想しているのも関わらず、彼を見た時に痛みが心に過ぎった。
「最近は、書殿に入り浸りだそうだが、あまり勉強が過ぎると、いくらわれわれでも、体に障るぞ。」
セイジの瞳から、心配な色を受け取ったトウマは、魂の痛みに体が震えた。
セイジの昇級から、あまり会わなくなって、いくつの日が過ぎたのだろうか?あまり長くないはずだった。けれど、トウマにとっては、思ってもみなかった、痛手に立ち直るのには、しばらくかかった。
ここまで誰か一人に心を寄せることは、しないようにやってきたのに。この、しばられる事が定めな天界でも、自由で生きられるように、心を構えてきた。
そのせいで、自分が、「変わり者」というレッテルが貼られても、別に気にしなかったはずだった。いえ、むしろ楽だった。それに、本当の自分をわかってくれる友人もいる。その中の一人がセイジだった。セイジは、ほかの誰よりも特別だと、自覚してはいたが、失ってから、その重さを思い知らされた。
頭がよくて、力が強くて、能力が高いが、「魂の色が違う」と言われてきた。何時の間にか、近寄っては、自分達の魂にも影響が現れるじゃないか、とほかの天使に囁かれた。傍らにいるのは、あまりにも強い魂であるため、自分達の魂の弱さを気づく事もなかった彼らは、幸せなのか、愚かなのか。強く自分を持ち堪えるのなら、魅き寄らせられる心配なんか要らないと言うのに。現にセイジは、なんともなかった。
初めて、セイジを見た時、これほど、白い翼が似合う天使がいるなんて、思わず感嘆した。光輝なる金の髪はともかく、紫の目は、魔性の色だと信じる人もいるのに、セイジに関して、そのような噂は、一切なかった。違うのは、外見じゃなくて、魂のほうなのだ。真っ直ぐで、清らかで、翳り一つないその強い魂の光が、体中からあふれたかのように。学び舎時代が、同室だったのも、あまりにも、普通の天使から離れる自分によい影響を当たえるではないか、と上からの期待かも知れなかった。
顔の造作もよかった。と実は、結構面食いなトウマである。自分の顔も並以上の自信があるだけに、一瞬だけにしても、たかが、外見にうっとりさせたなんぞ、生まれて始めてだった。
それからは、今から思えば、幸せの毎日だった。セイジが努力の人にたいして、自分は、面倒くさがりやの違いがあるにもかかわらず、妙に馬が合った。時折に、セイジと競争してみたいと、遊び心で、学び舎の成績を一気にタップにした事もある。その度、セイジの影響がよかったな、と回りの囁きを醒めた目で見たりした。
そんな時に、セイジの感想は何だったっけ。そう、たしかに、「やる気が無いなら、いっそのこと、何もしないほうがいい。遊び心で付き合わされたこっちが迷惑だ。」とからかわれた。いわれても止める俺じゃないだと、互いもわかっているが。
セイジの昇級は、意外なものではなかった。トウマが本気を出した時ならともかく、そうではない時は、一人で、ほかの同期の成績から大きく離れた、くらいの学び舎きっての秀才だった。何故そんなに真っ直ぐに進む必要があるだろう、と自分は思うが、セイジは、そんな事を考えてもしなかっただろう。そういう生き方が、誰よりも似合う奴だから。
苦労な事は、奴に任せて、自分は、下級こその幸せに満喫すると、そのはずだった。
見るのではなかった。なまじに強い力に持つのではなかった。なまじに好奇心が強いのではなかった。後悔しても、後悔しきれない。
「天使の誕生」。人間と違って、父母から生まれるのではなく、光の中から生まれる天界の一族。初めて、それを見たのは、前の学期の終わりだった。その時に、セイジの昇級は、もう決めたはずだった。見学にいたのは、そもそもの間違いだった。すざましい光の中で、段々形が浮かべてくる白い翼に包まれる天使。ホールが静まり返って、誰もかも目が奪われるほど美しかった。幼年時代の無い新たな天使は、はじめから成体だった。天使長から、裳をもらって、儀式は終わった。
そのあとにいつもの遊び心が起きたのは、想像できない事じゃなかったのに、とトウマは、深く自分を呪った。
セイジの誕生を見たかったなんぞ。
誰にでもできる技じゃなかった。特定の場所で、特定の時間に戻すのは。同期の間にでも、できるのは、多分自分とセイジだけだろう。奴なら、もっと綺麗だろうと、強く思った自分のほうが、誰よりも、愚かだった。
......一瞬に、魂が、う。ば。わ。れ。た。
セイジは、久し振りに部屋で自分の時間を過ごしている。昇級以来、あまりの忙しさに、部屋に帰って、シャワーを浴びてそのまま寝てしまったという時期もあったが、最近は、段々慣れて、やっと余裕を持つようになった。
目を閉じて、心を澄ませると、トウマの気に触れた。最近は、この手の事が、あまり意識しなくてもできるようになった。そして、気が付けば、いつも、トウマを捜して、いた。
会う前から、噂をいろいろ聞いた。魂の色が違うとか、天使にあるまじき振る舞いとか、あまりいいものはなかった。出会ったから、噂は、ある意味に真実を突いていることも、わかった。
それは、何と言う生命力の強い魂なんだろう。活発で自由で、回り構わずで、魂ごと存在そのものの現す方に、賛嘆に近い感動を覚えた。回りの事には感じ易くて、動かれ易くて一般の天使にとっては、異端であるに違いないであろう。しかし、その違いは、何という魅力的なんだ。
トウマは、ある意味で自分と似ている。あり方一つで、こうも違うものかと、自分も、こうなる可能性があるのではないかと。現実に、トウマほど、心を通わせる存在はなかった。トウマの気を真っ先に感じるようになるのも、単に彼の気が強いだけじゃないだろう。
強い魂、強い気。トウマの気は、いつもふわふわして、掴めがたい。それでいて、回りにいるほかの気をすべて覆うほど、激しい。疲れて弱気になりそうな時、奴の存在に、どれほどに救われただろうか。癪になるから、本人には、一向言わずにおくが。
同室だった時も、離れ離れの今でも、それは、変わらなかった。
だが、先のあれは、何なんだろう。昇級以来、久し振りにあったと言うのに、疲れを取る時間を犠牲にして、積る話の一つでもしようかと思ったのに。
元気が無いと言うか、白々しいというか、目を合わせようとしてくれなかった。そういえば、最近は、書殿で入り浸りと言う話だった。学び舎のときにも、時折そういう行動を取った事があるが、どうも、今度のは、前と違う気がした。いつもなら、勉強をしても、そのふてぶてしさは変わらなかったと言うのに。
まさか、自分の昇級に妬んでいるなどは、有り得ないが、寂しくなってただをこねてでもいるのか。寂しいのは、こっちでも同じと言うのに!
らしくもなく、殊勝である態度を取りおって、おかげで、こっちまで調子が狂いそうになるのではないか!と、今、目の前にいない奴に対して、恨み言を言ったりするセイジ。
しばらく、一人で頭でも冷やしておけ、と。
ペンを上げたり、おろしたり、先から、どうも集中力が散漫だった。
書殿の規定は、声を出してはいけないのだが、真夜中の今では、出してもどうせ誰もいない。試験が近いならともかく、まだ、学期の始めの今では。
久し振り、セイジにあった。流石の忙しさに、疲れているようであるが、ほかは、何一つ変わらなかった。会いたくないと言えば、嘘になるが。会うほど後悔が深まった。
もう、後戻りはできないと、思いっきり思い知らされるだけだ。
つい、言葉ではくらかしたが、あれでは、セイジも変だと思うだろう。セイジは、敏いから。
もう一冊の本を取り上げる。まったく、この段階の本は、封印が複雑でいけない。力が、知識が、段々付いてから読むべし、と言う意味だろうが、面倒で適わなかった。
飛び級試験は、並じゃない難しさを誇っているが、勉強さえすれば、パスする自信はある。だが、セイジと違って、素行のあまりよろしくない自分がセイジを追いついたのは、多分最低半年は、かかる。
それに、たとえ追いついたとしても、何になる?お互いが忙しくなっているだけではないか?会う機会が多くなるとはいえ、所詮は仕事上の事だ。
一人部屋であるため、同室も無理だろうし。どう考えても、昔のようには、戻れなかった。
その上、セイジのこともある。告白したら、一切うまく行くならいいが、そう思えるほど、トウマは、めでたくなかった。今まで築いて上げた何かを壊しかねない一種の賭けだ。そんなささやかな可能性のために、すべてを賭けるというのは、あまりにも、愚かであるかもしれない。
だが、何もしなくてはいられない。じっとしていられない。このままでは、さら膨れる思いに、追い詰められるだろう。
半年もかけて、結局何もならないかもしれない。半年が終わる前に、この思いのせいで、すでに狂ったかもしれない。結果が同じなら、何故こうも勉強する必要があるのだろう?いっそのこと、今の所で破滅が来たら、まだ苦しむ時間が短い。
もう、どうしようもない。
次の本の封印を解ける。これはまた思いっきりひねくれである。こんな封印を施したのはどこの誰だ!どうせ、頭が化石になった上のお偉いさんだろう、と心の中に悪態をつける。ったく、そんなに大事な本なのだろうか?よく見たら、分類は歴史で、神代の戦いの記録のようである。
光と、闇と。
........トウマに初めてはっきり破滅の声が聞こえたのは、この時からだった。
それから、何ヶ月が過ぎても、トウマが飛び級試験を申し込むことは、なかった。
「後継者?私が、ですか?」
思いもかけない事に、さすがのセイジでも目を見張った。
「時代交替の時が近づいている。これは、そなたも知っている事。」
目の前にいるのは、昔から、尊敬し続けてきた天使長その人である。突然の呼び出しに、戸惑いを感じているだとしても、こうも、この方のおっしゃっている事が、半分も理解できないでいるのは、初めての事である。
「しかし、まだ歳若い私に、そのような重責は。」
この方への反論もどきの言葉を口にするのも、もしかして、生まれて初めての事だった。
「確かに、そなたはまた若い。だが、天使長の位は、歳だけで決めるものではない。天界広しとはいえ、資質で、そなたと競えるのも、一、二人だけの事。そなたの誕生以来、目をかけてし続けてきたが、成長の仕方は、実に申し訳ない。仕事も難なく成し遂げてきた。このまま、成長すれば、いつか、理想的な長になるだろう。」
セイジは、答えられない。渦巻くこの感情は、光栄と、恐縮さと,、それともう一つ、識別できない感情は?
「経験の無さは、補佐の仕方によって、補ってくれよう。明日から、清めの式に入る。交接は、式の終わりに控えておる。」
「わかりました。」
セイジは、恭しく答えました。この件に関して、拒否の権利は、ない。ならば、できるまでの事をするだけだろう。
「そなたに、期待している。」
いつも威厳なるこの方のこのような、晴れやかな微笑みを目にかけたのも、初めてだった。心底から沸き上がる暖かな気持ちを感じ取って、セイジは微笑んで返った。
「畏まりました。」
ふっと、トウマの事を思い出した。しばらくほっておいたら、立ち直るだろうと思ったが、どうも様子が変だった。それほど会っているわけじゃないから、詳しいはわからないが。
それに、何故か、避けられていた気がしてならない。
式の前に、トウマと、最後にもう一度、無遠慮に会えることができないでいるのは、セイジの唯一つの心残りだった。
書殿と宿舎を通じる廊下で行ったり来たり。この本の封印を解けたり、封じたり。本を前に、明け方まで座って考え込んでいたりしたのは、もう、これで何度めだっただろう。トウマ自身にもわからなかった。
最近、セイジと会うのが苦痛になってきた。会いたいのに、会ったら、自分が何かをやらかすのではないかと危惧して、つい、避けてきた。会えないと、焦がれる感情が積もる一方で、どうしていいのかわからなかった。一度捕まれただけというのに、一生囚われるしかないのか?
この苦痛を解決するのに、一番手っ取り早い方法が、この本に載っているに違いない。
セイジと自分の力は、それほど差が無かったが、昇級したセイジが更に力をつくし、さら強大なる力を身につけないと、力づくというのは、無理であろう。
.....本音を言うと、できれば、こういう方法を選びたくない。セイジの自分を見る目は信頼から、軽蔑に変わるのを見るのが、恐ろしかった。こういう方法を選ばなくても、済むのではないか、という、淡い期待も無くは無かった。
一度闇を召喚すれば、それっきりである。過去も、未来も無い。
突然、周りの音が聞こえた。書殿の規定は、声をだしてはいけないのだが、時折こそこそ話し合っている無粋な野郎どももいる。自分の思考の沈んでいるトウマには、耳に届く前に本能が消したはずだったが、今度は、そうにはいかなかった。
......セイジの話ならば。
────セイジが、天使長の後継者として、清めの儀式に入ったと────
一瞬、目の前が真っ暗になったトウマは、前にある本に、手を伸ばした。
.........天使長・セイジの前に届いたのは、堕天使・トウマと署名してある一封の挑戦書だった。
会議の激しい争論に対して、セイジは、ずっと沈黙を保っていた。
会議の行方は、思った通り、堕天使となったトウマの抹消に傾く一方だった。まだ天界にいる堕天使の存在は、汚れに慣れない天使達に多大の影響を与えるだろう。そして、それを防ぐのは、今、天使長でいる自分の務めである。
どこをどう間違っていたのか。まさか、この様な事態になるとは。セイジの中に感情がごたごたになって渦巻く。
.......痛かった。心が。
「セイジ様、ご裁決を」
「結論は?」
「やはり、抹消するしかないと。」
セイジは、答えなかった。
「そして、人界との境界を守る事に当たる天使達を召喚してよろしいかと。」
「だめだ。」
今度は、セイジからはっきりした答えが返ってきた。
「ですが...」
セイジとトウマとは、親友だったという事は、知れ渡っている。意見をする天使も、ためらっていると見える。
「お前は、何が言いたいのかはわかっているが。私が言いたいのは、そういう事ではない。」
セイジは、周りを見た。
「トウマは、私と並べる資質のもつ主である。その彼が、闇の力を持つとしたら、たとえ、守りの天使達を遣わせても、ただでは済まなくなる。」
「それは...」
「天界のただ真ん中で戦いになれば、もう、トウマ一人の問題では済まなくなる。」
影響を受け易い、周りの天使達の中にも、堕天使が出てくるに違いないから。
会議場は、だたち、ざわめいた。そういう可能性もあると、思い至ったら、誰もが、蒼白な顔になった。
「セイジ様...それでは、どうすれば...」
セイジは、ため息をついた。
「なぜ、トウマは、直接な攻撃より、このような、挑戦書を送ってきたと思う?」
誰もその問題について、考えていなかったらしくて、顔を合わせたりする。
「トウマは、事態を拡大するつもりはない。」
これは、確信。セイジは、目を閉じた。
......今でも、トウマの気を感じられる。だが、この気のあり方は...
「私が行く。」
きっぱり言い切ったセイジに、周りの天使達から、阻止の声が上がる。
「セイジ様、なりません。そのようなことは、あまり危険なのでは...」
「今は、事態の拡大を防止のが何よりも大切だ。そうであろう。」
セイジは、微笑んだ。
「奴の目的は、私だ。私がいくしかあるまい?」
それに、もう希望が無いと、限ったわけではない。セイジは、心の中で、祈った。
「一人できたとは、豪胆だな。天使長殿。」
トウマの面には、見慣れない嘲笑がよぎる。白い翼と代って、凶凶しい黒い翼が背から広がった。トウマ自身も、それを隠そうとしない。
「説得にきたのか、堕天使を?」
「無駄だ。」
セイジは、言った。
「トウマ、その言い方で、私を騙せるとでも思うのか?」
誰よりも、近くにいた。
「闇に、堕ちたのではなく、取り込んだ、だろう。」
トウマは、絶句した。
それは、トウマの気から、読み取った一つの事実であった。凶凶しい気配より、懐かしいトウマの気の方が恐ろしいほど強くて、切なかった。
「今からでも遅くない。戻ってこい、トウマ。」
できない事ではない、闇の力さえ捨てたら。いくらか反動は、食らうかもしれないが。
...戻ってきてほしい。今は、この思いだけが、セイジの心を占めた。これを伝えるために、セイジは、一人でここにきた。
「たしかに、物理的には、できるかもしれない。」
だが、トウマから、返した答えは、セイジが望んだそれではなかった。
「だめだ、セイジ、俺には、できない。」
セイジは、思わず目を見張った。続きを聞いてはいけないと、聞かなくてもわかると、両方の気持ちがよぎる。
「何故なら、俺は、お前を手に入れたかったから。」
トウマは、そんなセイジを構わず言葉を続いた。
「ずっと、お前がほしかったっ。この想いがある限り、俺は、力を捨てないだろう。たとえ、それが闇のだとしても!」
「トウマ!」
セイジから、悲鳴めいた阻止の声が上がった。
「わかるだろう。」
トウマの微笑みは、何故か却って痛かった。
「これしか、道が無いんだ。いや、セイジ、反論するな。お前のそばにいられるだけで満足できるのならば、俺も、こういう方法を選ばないだろう。お前は、俺一人のものにしたかった。天使長の位に奪われるなぞ、絶対、許せないっ」
セイジには、反論ができなかった。天使長になる運命がすでに動き出した今、トウマの願望を叶うのに、それ以外の方法は、ないに等しい。
「セイジ、頼むから、俺の元へ来い。」
トウマの声は、懇願に近い。
だが、セイジは、うなずくわけには、いかなかった。天使長が堕天使になる事は、天界の破滅に繋ぐ。
「それなら、力づくまでだ!!」
闇の力が巻いた渦は、段々大きくなっていく。その中心にいるトウマの気は、何故か押されて弱くなるところか、段々強くなっていく。
トウマの気の強さは、想いの強さそのものだったのか。
......その気を感じているセイジは、、闇の鎖縛に縛られるまで、つい、反撃することができなかった。
セイジと二人っきりになれたのには、どれほどの時間を費やしたのか。
ここは、もう天界の中ではない。天界の境界を超えて虚空に、闇の結界で幾重も包ませて、光の一筋さえも、届かない所。光の祝福を受けない所。
セイジに似ても似付かぬ所。
セイジほどの資質を持つ者が天使長となったら、どれほどの力を得ただろう。ならばこそ、光の恵みを得るはずの無いところにいるしかない。
......たとえ、それが、セイジの身に多大なる負担をかけるとしても。
転移したから、セイジの顔を見入れたトウマ。青白い顔をしているのは、闇のダメージを生身で受けたせい。闇で作った鎖に繋がれている愛しい人は、まだ、意識が戻らない。
......セイジは、自分が嫌ってはいなかった。立場が変わったというのに、攻撃は、しなかった。
そして、それを逆手に取った俺。
すでに狂いはじめたのかもしれない。セイジにこんな仕打ちができるなんて。
狂っても構わない、セイジさえ手に入るならば。
「...ん」
セイジから、微かな身動きがした。切れ長の目が、ゆっくり開けて、自分へと、焦点を合わせた。
沸き上がるのは、愛しさなのか、欲しさなのか。
...焦がれて、いる。
「セイジ」
愛しいその人の名を呼んで、白い頬へ、手を伸ばした。
──────瞬間、セイジから、光が弾んだ。
光も届かない闇の中に、光を使うのは、命そのものを光りに替すしかない。
トウマの心が、沈んだ。そうするまで、拒むというのか?自分に対して、好意を持っていると感じたのは、只の思い過ごしだったというのか。
だが、視界に入ったセイジの顔に浮かべたのは、拒絶のそれではなく、驚愕だった。
......セイジ自身、止める術が無かった。
「光を捨てろ。」
トウマは、一瞬にして、事態を悟った。セイジの属性があまりにも光りに近いため、闇にいる自分に反発しただろう。
セイジは、答えなかった。
光は、トウマが離れる事によっては、収まったが、セイジ自身への損害は、けして小さくなかった。闇の中でもわかるほど、疲労が漂っている。
───それでも、光を手放すわけにはいかなかった。
トウマが、悪いのではなかった。たとえ、闇を召喚して、天使長となった自分を捕えても、悪くは、なかった。
...悪かったのは、自分だったのだ。トウマの想いに気づくのは、あまりも、遅すぎだった。
間違ったのは、二人を別れる運命だった。
そのために、天界が乱れ、トウマが闇に陥れた。
闇の封印の中に、外界からの助力が望めないとなれば、永劫の闇から、トウマを助けることには、この光だけが頼りだった。方法は、まだ分からないが。
そして、この想いをトウマに言ってはならなかった。言ったところで、納得はしないだろう。それでも構わないと答えるトウマを前に、どうすればいいのかわからなくなるだろう。トウマの意志を、さらに頑固にするだけだろう。
「光を、捨てろ」
トウマの面に浮かぶ表情が、心を貫く針になって、セイジを責める。
それでも、譲るわけには、いかなかった。
セイジは、真っ直ぐに、トウマを見つめた。自分より、トウマの方が大事だ。この想いがある限り、光は、捨てないだろう。
トウマは、懇願した。繰り返して繰り返す、同じ、ことを。
セイジの真意が分からない。自分を拒むくせに、自分しか、見つめない。
抱きしめたいのに、指一本触れるわけには、いかない。セイジの命をこれ以上削るわけには、いかない。
───互いの距離は、こんなにも近いのに、トウマは、ついに、セイジに触れることは、なかった。
闇の中では、時間のながれが、わからなかった。
互いの息が感じるほど、近くにいたが、互いの決意を変えるのが、できなかった。
見るから、トウマから、期待が、願いとなって、希望となり、身をまつわる気がだんだん闇に染めるのが、わかる。
希望から、絶望となるのも、それほど遠い事ではないだろう。
セイジ自身、消耗が激しかった。闇の中にいるのは、あまりにも、長すぎた。限界が来るのも、もはや遠くないだろう。
「セイジ」
トウマが呼んだ。
呟いた自分の名は、あまりにも、切なかった。自分を見つめる目をみるのが、つらかった。
───時間は、もう無いのに。
絶望となったトウマは、闇に堕ちるだろう。そうなると、遅い。
トウマが何を望んでいるのかは、知っている。答えるのは、できないが、最後まで、そばにいる。
...最後まで、トウマのために生きる。
最後なら、これくらいは、できる。手を伸ばして、触れて、抱きしめる。ぬくもりを介して、自分の想いが通せばいい、と。帰って来い、と。一緒にいたい、と。
───瞬間、セイジは、自分が何をすればいいのか、分かってしまった。
驚愕におちるトウマを。抱きしめた。
「───やめろ、セイジ!」
トウマから、悲鳴が上がった。
「死ぬぞ!!!」
抵抗するトウマを押さえて、抱き込む腕に、さらに力を込める。
光が、溢れてくるのがわかる。自分を包み、トウマを包んで、結界に満ちいる。
ようやく触れることが叶ったトウマのぬくもり以上、うれしく感じることは、なかった。
プロローグ
それは、一面の光だった。
何よりも、暖かくて、何よりも、やさしくて、何よりも、美しい。
切なかった。
───これは、当麻のただ一つの記憶だった。
目が覚めたのは、見るからに知らない湖の近くだった。まぶしい日光を反射して、水面が輝いた。
...何故か懐かしい気がする。
湖の水で、顔を洗って、映したのは、見覚えない顔だった。
「って、俺って、誰?」
......これって、もしかして、記憶喪失という奴だったか?と、あまり深刻でもない考え込む。
当麻という名以外、何も知らなかった。
それでも、光を見るのが、懐かしかった。
切なくて、つらくて、悲しいが......好きだった。
何故かは、すでに、記憶にないが。
「覚えてなければ、探し出せばよかろう。」
────それは、当麻の旅の、始まりだった。
[ END ]
後書き
......やっと終わりました。今まで付き合ってくれて、ありがとうございました。
すでにわかると思いますが、このストリーのテーマは、天使の征士と、堕天使の当麻。
ネタが出てきたのは、月湖さんとチャットの最中でした。その時に決めたのは、「昇級が早くて、天使長になる征士と、堕天使になって、征士を奪う当麻。力なら、同じだったですが、闇の力をいれるために堕天使になった当麻...
天使長なのに、ほかの天使の力を頼みたくない征士...闇の力で縛られた征士、なのに、光が無くならない。そのために、近づけない当麻...征士の光で、人間になった当麻。当麻のために力使い果てた征士...
」その通りに書きました。(って、触れる事ができないなら、Cはもちろん、Bも、Aも無理ですよ。結城さん...別に狙ったわけじゃないですが。^^:)
なんて暗いストリーだろう。HappyEndが好きなのに、書くと悲劇になる自分が恨めしい。(これで、皆も懲りただろう。)所詮、こんな程度ですよ。私の書くはなしって。
設定についてはね、この話の征士は、はじめから最後まで、大天使です。天使の最高位は、熾天使ですが、この話の昇級は、大天使のなかの昇級という意味だったです。だって、大天使と熾天使と外見が違いますよ。熾天使は、六つの翼と、なんと「四つの頭」があるだそうです。熾天使の名は、好きですが。
それと、責任も違います。熾天使は、神の側にいて、神に仕える以外、あまり、何もしないです。(神が出てくるとややこしいです。)大天使は、人間と一番関わりが強いし、堕天使達と戦うのも、大天使です(それ以外の説もありますが)。ミカエルとか、我々がよく知っている天使も、大天使です。(ごめんね、琳杜さん、熾天使じゃなくて。)当麻ももちろん大天使です。
天使は、実に堕ち易いのも、本当です。
ストリーの最後に、「当麻」と漢字を使ったのは、当麻は、すでに、人間ですから。そして、当麻の記憶を消したのは、もちろん征士です。(ということは、当麻という漢字を当てたのも、征士です。)天使としての征士も、すでに存在しません。(光の中で誕生した征士は、光となって消滅した。)征士が人間に転生しているかどうか(または、できるかどうか)は、みんなの想像にお任せします。でも、征士の記憶が消えた当麻は、ふてぶてしく、強く生きるだろう。
おっと、ストリーの中の当麻への酷評(ふてぶてしいとか)は、征士の意見です。作者と関係ありません(本当か?)。このストリーの征士、結構当麻に惚れてますね。自覚は、ありませんが。当麻は、惚れた所で自覚してますが。
天使長となった征士の補佐役は、伸を当てたかったのですが。どう思っても、この方は、脇役に満足したわけがありません。ややこしくなるから、やめました。
このストリーは、実は、「征士さえよければ、ほかのはどうでもいい」という、見本です。つまり、当麻の言い分と、征士の言い分と、どちらを取るか、といわれれば、即答で、征士です(^^;)。ですから、征士のほうは、幸せです。(当麻は、記憶がないから、悲しくもないですが。)...ってこれ、悲劇になるのかな?やはり、結ばれないですが。
このストーリーに、一年半ぶりトルーパーのカラーイラストを描きました(何故だろう。)琳杜さんは、いずれ、隠しページにするだそうですが。(でも、探し易い隠しページは止めてね。琳杜さん。)下手な絵で許してください。
こんなに早く書き上げたのは、やはり、この様なストリー、あまり、待たせると、ヘビの生殺しになり兼ねないと思いましたから。(だったら、書くなって?^^;)ほめて〜ほめて〜
.....ところで、みんな、タイトルは?(^^;)
By Nina(1998.7.25)
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