たれ当征物語
by 結城あきら(99.10.24)
ある日当麻は重大な決意をした。
今日こそ、今日こそ彼の人に結婚を申し込みをする……!
そうして征士と二人きりになることに成功した当麻は意を決して顔を上げた。
当「征士、好きだ。結婚しよう」
征「ああ当麻。私も貴様のことは好きだぞ」
当「ええっ、じゃあ……」
征「すまぬ。当麻のことは好きなのだが……だが結婚はできない。許してくれ、当麻」
当「な、何故だっ!?」
征「ずっとだまっていたのだが、私は……」
当「私は? なんだ、言ってくれ」
征「実は……(ためらっていた征士は、やがてきっと当麻を見つめ返してきた)、実は私は、たれ当征界の王子なのだ」
当「なにっ!? とすると征士は……」
征「そうだ。私のこの姿(注・人間バージョンです)はニセモノで、本当の私はたれているのだ――!」
当「そ、そんな!(愕然とする)」
征「しかも王子であるゆえ、婚姻はたれてる相手と定められている。当麻、すまないが私の事はあきらめてくれ…(と、立ち去る)」
当「ああっ、征士。行かないでくれー」
しかし征士はあっけなく行ってしまい、当麻は一人になった。
当「ああ、何故に神様はオレ達にこんな辛い運命を差し向けるんだ……(間)……よし決めたぞ。オレも修行して、たれ当麻になるっっ」
こうして当麻(人間バージョン)のたれ修行が始まった。
たれ当麻になるための訓練
その1 日がな一日たれまくる。
たれ たれ たれ たれ たれ。
その2
歩く時はでんぐり返り。なので、でんぐり返りの練習。
でん でん でん でん でん。
その3 好物はすあま。なので食事はこれに統一する。
もぐ もぐ もぐ もぐ もぐ。
その4
たれぱんだはビンの中に入る事もできる。(わなにかかった時)
のでビンに入る練習。
んぐ んぐ んぐ んぐ んぐー(どうやら息が苦しいらしい)
そして今もまだ当麻はたれ当麻になる修行を続けている……。
了
ある日征士が目から覚めると、隣のベッドの上には、だらだら〜とたれまくった、たれぱんだがいた。むにゃむにゃと寝言を呟きつつ、安らかな寝息をたてている。
そのほのぼのした光景に微笑もうとした征士は、はたと気がついた。昨夜共に寝たはずの当麻の姿がない。
「……」
寝呆けた頭のまま、征士は枕元の時計を見た。
6時48分。
どう考えても当麻の起きられる時間ではない。
首を傾げる征士の隣で、眠るたれぱんだがごろんと寝返りをうった。ぷにゃぷにゃした、やわらかそうな身体を精一杯投げ出している。
知らず征士の顔に笑みが浮かんだ。そっと人指し指を伸ばす。しっとりした肌は、けれど暖かく、やわらかかった。
しばらくぼんやりとたれぱんだの寝顔を見つめ、征士は再度時計を見た。
7時3分。
一望できるこの部屋に当麻はいない。代わりにたれぱんだがいる。
「もしやこのたれぱんだが…?」
当麻と呼べば、不意に胴体がぴくんとふるえた。うすめの瞳がゆるゆると開かれていく。
ふにゃと声がした。
「も、もしや本当に当麻なのか!?」
思わぬ事実に衝撃を受けた征士が息をのんだその時、部屋のドアがさっそうと開けられた。当麻がドアから顔だけ出して覗く。
「おはよ、征士。朝飯できたぜ」
ちょいちょいと招かれ側まで行けば、当麻が征士の手を取った。引っ張られ、たどり着いた居間のテーブルの向こうでは、確かに美味しそうな朝食が湯気をたてていた。うながされ、席に着いた征士へにこにこと当麻が給仕してくれる。このかいがいしいまでのまめさは昨夜のベッドでの事が原因として。
「当麻……」
「ん?」
「朝起きたら私の寝ていた隣にたれぱんだがいたのだが……」
そのたれぱんだは、今は征士のベッドの上で丸くたれているはず。
当麻はカップにコーヒーを淹れながら、鼻歌などしはじめた。
「ああ、あれ?
かわいかっただろ。今、流行ってるらしいんだ。征士なら喜ぶかなと思ってつれてきた」
「……」
昨夜はどこに置いといたんだ、とか、まさか飼うつもりではあるまいなとか、えさはどうするのだとか、訊きたい事は山程あったが、それらは全て飲み込んだ。
一旦消えた当麻が、たれぱんだを抱えて戻ってきた。ほらよと渡されたその生き物を見つめ、胸に抱く。
たれぱんだはとても暖かくて、柔らかかった。ぷにゃあとの泣き声に、よしよしと撫でてやると、ふににと首を傾げた。その格好も愛らしい。
「征士、そう言う生き物好きだろ?」
のんきに訊いてくる当麻に、征士はうなずき、秘かにため息をついた。
それにしては似てたな、とのつぶやきは果たして当麻の耳に届いたかどうか。
――ある朝の光景だった。
了
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