*この小説は、サークル「ふかふかPINK」の工藤文子さんが、Katzeさんの為に書かれたものです。そして、話の中の当麻のモデルはKatzeさんご自身。今回、お二人のご厚意により当サイトでの掲載許可が頂けましたのでお披露目することが出来ました。
カップリング的には征当ですが、たぶん当征の方が読んでもさほど違和感は感じないかと思われます。当麻も征士もカッコイイですし(^^)
以上の点、ご了承の上読んで頂けたらと思います。

  WITH

by 工藤文子


毎日、帰りは日付けが変わる。
疲れ切った体を引き摺るように終電を降りた。
外は折からの雨が嵐に変わりそうな勢いで雷も混じる激しい吹き降り。
不動産屋のおやじ曰く駅から13分のワンルームは普通に歩いて20分。こうも疲労困憊の状態でしかも嵐の上り坂。30分はかかるだろう。駅前に置いたというより乗り捨てたボロ自転車には乗らない方がきっと無難。
定期を改札に通して肩を落として人通りも稀な駅を過ぎようとする。と、いきなり正面から腕を掴まれた。酔っ払いか、カツアゲか。何れにせよ今夜は勘弁してほしい。
けだるくゆっくり目をあげて、驚いて固まってしまった。
「遅いお帰りだな。当麻。目の前の人間の気配も分からんとは、お前もヤキがまわったか?」
居る筈のない金髪が柔らかく微笑んで真夜中の駅に立っていた。
「せ・・・セイジ・・・!」
名を呼んだきり、身動きもかなわない当麻を面白そうに笑うと、クシャっとブルーの髪を撫でた。
「耄けるのはあとにしろ。何時間待ったと思っている。寒くてかなわん。早く車に乗ってくれ。」
指差す方を見ると、夜目にも美しい流線形の白い車。
「お前のンか?」
「誰のだというんだ。乗れ。」
高そうな車だなあということは外見でも見当がついたが、助手席に乗り込むと包み込むようなシートに改めて高級車だと実感する。どこに行くんだろうと思う間もなく当麻の小さなマンションの前に静かに止まった。
「あの、俺の家?」
「目まで見えなくなったのか?」
「いや、あのもしかして、征士も上がる気イか?」
「お言葉だな。5年ぶりにしかも嵐の夜中に4時間も駅で待っててやった友人にそう言う態度をとるのか?当麻。」
「いや、ええけど。駐車場ないで・・・ええ車なんやろ?」
「大丈夫だここで。いまだかつて駐禁くらったことはない。運はいいんだ。それに持っていかれたら取りに行くまでだ。きにするな。」
「気にするて。・・・それに部屋汚いし、なんも無いで。」
「想像はつく、かまわんさ。ごちゃごちゃ言わずにさっさと降りろ。」
相変わらずの理路整然かつ強引な征士に促されるように渋々部屋のカギをあける。
部屋の中はまさに何にもなかった。それはもう、見事なまでに。
「机は?」
「そこ。」
「まさかと思うが。このパソコンの空き箱か?」
「うん。」
6畳程のワンルームのまん中に段ボールが一つと壁際にパイプベッド。タンス代わりか開け放した押し入れに突っかい棒で吊るされた服。流しに水道とガスコンロが一口。
「湯でもわかしてやろう。やかんは?」
「ない。」
「なんだと?」
「そこに小さい鍋あるやろ。100円均一で買うてん。あ、茶とかコーヒーとかは無いで。白湯しかできん。コップはワンカップの空き瓶が一つか二つあると思うねんけど。」
「お見受けしたところ、茶わんも箸も炊飯器も無いな。」
「箸はあるぞ。そこの流しの引き出しに。」
開けてみると、コンビニの弁当についている箸が3本とマクドナルドのストローが2本。
かろうじてあった冷蔵庫の中身は缶ビール1本と栄養飲料2本。
当麻の生活振りが見て取れて征士は深くため息をついた。
「なんやねん。やから、嫌やったンや。おまえ絶対文句言うと思た。俺、会社に居る方が長いんや。此処では殆ど寝るだけやからこンでええ。別に困らん。」
「多少予測はしていた。私もお前とは長いから、呆れるだけでもう驚かん。ほら。」
鞄からいつの間に仕入れたのかまだ暖かい缶コーヒーを二つ取り出して、ちょっと自慢げに征士は笑う。その笑顔についつられて笑った。
「ありがとう。」
「今は何をしてるんだ?」
「え?プログラマー。」
「何のだ?5年前はゲームだったか。どうせ長続きはしていないんだろう。」
「うーん。いろいろやったなあ。天才は人間関係が難しいんや。」
「ほう。そうだ純に先日会ったぞ。」
「おう。いくつや大学生か?全然会うてへんなあ、元気やったか?」
「ことし卒業したそうだ。プログラマーになったと言っていた。お前に憧れてな。」
「・・・・」
「ふん。言葉もないか?」
「いえ。我が身をちょこーっと顧みてただけでございます。」
「そろそろ帰ってこないか?」
「え?」
「私達のところへ。」
「お前ら一緒に住んどるんか?」
「いや。そういうことではない。いつまでも孤高をかこつことも無かろう?いい加減に連絡を取り合える普通の仲間関係にはなれんのか?」
「・・・普通て、何やろな。」
「連絡先を知らせ合って、困ったときにはお互い助けてやれる関係だ。」
「おれたちは、普通の仲間なんかやないやろ。」
「おれたちとは私とお前か?私達とお前か?」
「後者、いやどっちもやな。肉親とか戦友とか前世とかより、妙に深い因縁めいた関係やないか?」
コーヒーのプルトップを親指でカチンとあけて、ゆっくり口に持っていく。瞳は愛しそうに征士を見ながらもどこか達観したような光をたたえていた。
「それがどうかしたのか。」
対する征士も動じない。当麻の口先三寸で言い包められるようでは礼の心は立ち行かない。
「俺はな、征士。生れてきた訳を考える。天空の鎧のためでは無く、俺個人が。羽柴当麻が生れた事について。」
「答えは出たのか。」
「出てへん。けど、俺がどう有りたいかは大体見当ついてきた。・・運命に、絡めとられとうない。俺は他の何にも頼らず俺でありたい。」
「当麻は当麻だ。私について言える限り、何ものでもなくお前はお前だ。他の誰でもないし、代わりもいない。何を嫌って、何に怯える?らしくもない。」
「独りで生きて行くのもええんやないかと思う。意地張っとるわけやのうて、強く地面に根エ生やしたみたいに。俺みたいなちゃらんぽらんな男は人に頼ったり甘えたりしよう思たら何ぼでもできんねん。お前も伸も僚も秀も俺に甘いからなあ。居心地良すぎるんも考えもんや。」
「立派なことだな。自立は悪いことでは無い。だが独りで居るのが自立ではないぞ。」
「・・・?」
「だいたい、最先端の巨大プロジェクトから逃げ出して地味なプログラミングで口を糊したところで、世間が羽柴当麻を忘れたと思ったら大間違いだ。私達の前から姿を隠したところで消え遂せたわけでは無いのと同じでな。皆お前を待っているんだぞ。当麻。逃げずに立ち向かえ。お前にしかできない場所で真実お前を必要としている人の元に戻れ。甘やかされてもチヤホヤされても、いいではないか。逆に向い風が強まろうがなんだと言うのだ。そこがお前の居るべき場所なら、そこでこそ根をはれ。そこに立つべくして生れたのだ。そこで立っていられるようにその人生と天才を与えられたのでは無いのか。何百人に囲まれようと頼りにされ支えられようと己を見失わずに居て始めて独りを語れ。当麻、私を失望させるな。」
「俺は富や名誉に付きまとうドロドロの人間関係に嫌気がさしたんや。戻る気はない。」
「富や名誉を追えとは言わん、敵前逃亡は見苦しいと言ってるんだ。」
「敵?」
「殺戮だけが戦いでは無かろう、本気で生きて行くならな。」
「・・そうか・・」
「私とて、戦っている。」
「知っとる・・天才レーサー伊達征士。」
「持ち上げられたくて、有名になりたくて私が走っていると思うか?」
「いや。せやけど・・ほんまに俺が雲隠れ止めることが征士の望みなんか?そのためにわざわざ逢いに来たんか。」
「そうだ。だがそれだけのためではないな。本来うらぶれた誰にも知られぬ当麻を攫って私だけの者になってもらった方が、私にとっては幸せなのかも知れないが。当麻の人格を無視するわけにはいかんだろう。ただ迎えに来ても付いてくるお前でもなかろうしな。」
「・・・征士、お前まだ俺の事好きなんか?」
「馬鹿者。当たり前だ。お前を迎えに来るために、足場を固めて自信が付くまでに今までかかった。遅くなったが気持ちが揺らいだことなど無い。当麻。私はお前しか要らない。」
相変わらずけろっと恥ずかしいことを平気で口にする征士と好対象に当麻は耳まで赤くなる。
「阿呆はお前や。信じられへん。恥ずかしいやっちゃな〜。」
「どうする。」
「分かった。征士にそこまで言わせたんや。やってみるわ。駄目もとや。もっともしがらみや思わんと征士の言うように戦争や思たら勝てる気がするから不思議やな。もともとゲームはお手のもんやしな。」
「期待しているぞ策士殿。さてそれで私の元には来てくれるのか?」
「まあな。待っとってくれや。お前の足場だけ固まってても片手落ちやろ?すぐに追い付くからそれまでお預けな。」
「願わくば急いで欲しいものだな。今まで待ってもう少しが待てないわけではないが、私とて健康な成年男子だからな。」
思わず笑ってから気付く。声を立てて笑うのは何年ぶりだろう。変わらない綺麗な金髪に片手を添えてそっと軽いキス。
「ほな、ちょっとだけ前払いな。」
征士も微笑んで背丈はあまり変わらないのに軽い恋人の腰を引き寄せて深く長い接吻をする。
いずれ共に行こう。登り詰めてこそ味わう真実の孤独を分け合って。二人でならきっとどこまでもゆける。

 

了 

BACK