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帰還
口数の少ない男の声を、それでも跡部は記憶していた。 「それは俺に引かせてくれないか」 その一瞬、体内の血が一気に逆流したかと思った。心臓が、無駄にうるさく動き出す。 手塚が、戻ってきたのだ。ようやく、跡部の前へと。 馬鹿にしたような揶揄はとても聞いていられなくて、余計な口出しをした。せずにはいられなかった。 視線が、追いかける。追いかけてしまう。久しぶりのその姿を。 片時も見逃すことを許さないといわんばかりに、頭のどこかから出た指令に、跡部は逆らえないでいる。あまり凝視していては、おかしい。もうやめようと思うのに、逸らせない。 伸ばされた背筋、眼鏡越しにも迷いのない瞳が、前だけを見据えている。変わらない、その姿。いつも脳裏に焼きついていた。ちりちりと胸を焦がし、ほんの小さな棘が指を苛むかのように、あれ以来、心のどこかで気になっていた。あんな存在は、他にはいない。あんなにもこの全身を熱くさせるようなテニスができる相手は、他にいない。 あのときは、心底勝ちたかった。柄にもなく真剣に必死になって戦いながら、でもどこかそれが楽しくもあった。全力で打つボールが返ってくる。跡部の渾身の力を込めたボールを、彼だからこそ返してくる。ちょっとのミスも命取りになる、あの緊張感。それが、どこか心地よい高揚を与えてくれた。勝利は紙一重だったが、とても満足のいく試合だった。 ただ、彼が怪我のために戦線離脱したりさえしなければ……。そのことについて、他の誰にも何一つ云ったことはなかった。それを口にするのは、跡部のプライドが許さなかった。 それでも手塚の状態が気になっていたことだけは、本当だった。療養のために離れているという手塚が戻ってくるのを、おそらく青学の連中以上に跡部は待ち望んできた。きっと誰もこんな自分を知らない。知らせるつもりもなかった。完治して彼が跡部の前へ立つ日がくれば、それで満足だと思っていた。 でも、その姿を見たら、実際に目の前にしたら、どうしても話をしたくなった。自分がのほほんと変わらぬ日々を過ごしてきた間、長く彼を苦しめたであろう怪我の責任があることに違いはないのだ。 抽選が終わり、帰り際、一人で歩く手塚の姿を見かけたとき、跡部は迷わず声をかけていた。ひょっとしたら憎まれているかもしれない。そんな不安もあったが、一言云わずにはいられないと思った。 「……手塚」 「なんだ?」 振り返るその表情に、嫌悪や憎しみはない。それに勇気づけられるようにして、跡部は口を開いた。 「……肩は、もう大丈夫なのか?」 「ああ、問題ない」 「その、……」 珍しく言葉に詰まった跡部に、まっすぐに向けられる揺るぎのない眼差し。 唐突に感じた。 謝罪は、この男を侮辱することにはならないか。その凛と澄み渡った眼差しに、告げようと思っていた言葉は、似合わない気がした。彼が、自ら選び、望んだ上での試合を、否定する言葉になるのではないか。 迷い、視線を落とした跡部の前で、ふっと、手塚が小さく笑う気配がした。 「お前が、責任を感じる必要はない」 「!」 「あの試合を、悔いてはいない。俺は全力で戦えた。それが、すべてだ」 静謐なまでに澄んだ視線が、跡部を貫いた。 ああ、この目だ。誰よりも自由である筈の跡部を、とらえる眼差しだ。 「そうか」 全身全霊でテニスを愛し、そのために生きているような手塚の姿がそこにはあった。あのときから少しも変わらない。否、おそらくその腕はきっと、さらに磨かれている。休んでいたなどとは信じられないような、キレのある手塚のプレイを想像するだけで楽しみに心拍数があがってくるかのようだ。 「ああ。気にしなくていい」 殆ど崩すことのない端正な顔に、微かな笑みが浮かぶ。意外そうな視線、でもそこに跡部の気持ちを否定する感情はなく、そんな些細な感情の動きに馬鹿みたいに安堵した。きっと、跡部がそんなことを云うなどとは思わなかったのだろう。否、跡部自身おそらく、他の誰が相手だとしても云わない。手塚だからこそだ。手塚だからこそ、真正面からぶつかりたいと思うのだ。 「おーい、手塚〜!」 遠くから、手塚を呼ぶ声。青学の連中だろう。 手塚を待っていたのは、跡部だけではない。跡部と手塚を繋ぐものは、テニスだけだ。他になに一つ繋がりなどない。彼と対等な試合ができる。それだけが、跡部にとって唯一の繋がり。きっと、ひとときも油断ならない。腕が落ちれば、彼の興味は失われるだろうから。もしも同じ学校だったなら、無条件に他に色々な繋がりを持てただろうか。 でも、きっとそんなものを望んでいない、おそらくは互いに。自分達は、これでいい筈だ。ライバルとして在るべきなのだ。 僅かな時間を邪魔されたような思いで、声の先を見やれば予想通り青学のジャージが見える。手塚の顔に、ほんの一瞬残念そうな表情が浮かんで、思わず跡部は目を瞠っていた。見間違いかとつよく瞬きをしてみれば、もうそこにはいつもの冷静そのものな手塚の顔がある。 「じゃ、またな」 「ああ、次は、コートで会おう」 ごく自然に差し伸べられた掌を、スローモーションビデオを追うように凝視しながら、ゆっくりと掴んだ。跡部より少しだけ冷たい掌。 「あぁ、おかえり」 コートの上こそ、彼には似つかわしい。 待ってたんだ。彼を。他の誰でもなく―― その言葉に手塚は今度こそ意外な顔を隠さずに、小さく頷いた。しっかりと握手を交わして、仲間のいる方へと歩いていく。 あれは一種の宣戦布告かな。それもまた、彼らしいじゃないか。 触れ合った掌を見つめながら、跡部は小さく笑うのだった。 <ENDE> 2004.12.16 天羽 跡部さん、恋のはじまり?編(笑)。WJ手塚さんお帰りなさい小話でした。跡塚初書き♪ 拙いながらも、リバ友の和貴さんに捧げます。返品可(笑) |