maditate 

光 月湖

 

 夕暮れの空がやけに綺麗に見える。
 浮かぶ月は透明な蒼空にひどく似合っていて、それがさらに気分を下降させる。
 ―――何故だろうか?不満なんてカケラもない。その筈が、何処からこんな靄が生じるのか理解できない。自分に苛立つような、厄介なもの……
 思考は堂々巡りになるだけで、纏まろうとしない。ここのところ、ずっとそうだ。
 そんな中、掛けられた声は衝撃だった。はっとして顔を上げた先には、久しぶりの顔、久しぶりの声。
「……トーマ?」


「驚いた。」
 面食らうほど驚いた。あんな時に、いきなりだったから。
「私もだ。久しぶりだな、トーマ。」
 優しい笑顔だ。時間ができたからと、遊びに来る途中なんだと征士は言う。
「……久しぶり。」
 オレも、久しぶりに会えたのは嬉しかった。元気そうなことも。
 ……けれど今はできれば会いたくなかった。こんな時には。揺らいでなんかいる時には。


 一緒に歩く帰り道は、風も心地良くてゆったりとした時間が流れていく。雑談なんかを楽しんで、さっきまでの不可解な靄を追いやる。
 もうじき家だというところで、征士が立ち並ぶ木々の前で足を止めた。
「どうかした?」
「……どうも気になってな。お前、少し元気がないのではないか?」
「え……?」
「何か、心配事でもあるのか?」
 ―――凍りついた。
 征士に隠し事は出来ないと、当麻が言っていた事がある。あの時は軽くそうだろうな、と思っただけだった。だが……
 ……直面すると、動けなくなる。
「トーマ?」
 訝しむ声、覗き込んでくる瞳。透明な、紫―――
「……そういう優しいコトバは当麻に掛けてやってよ。最近忙しくてストレス溜めてるからサ。」
 逃げようとして、失敗する。腕を掴んで、強い声が叱責する。
「誤魔化すな。今はお前と話しているんだ、トーマ。」
 初めて見る、きつい瞳。
 まっすぐに自分を射抜く、その光……
「……ゴメン。ほんとに何でもないんだ。」
 嘘ではなかった。本当に何でもないことだ。自分の中ですら明確でない、ただの靄だ。
 一体何処に悩みが生まれる?必要とされて生まれ、大切にされ、今も真剣に心配してくれる相手が目の前にいて。間違いなくこここそが自分の居場所だ。
 ―――生み出された存在であっても、自分は愛されている。
 影という存在であっても、それは誇れる。
「何でもないことだから。」
 繰り返すと、征士のため息が聞こえた。
「……そう言うのなら、無理には聞かん。まったく、お前たちはこういうところも似ているのだな。」
 苦笑しながら、言う。
「似てる?」
「ああ、よく似ている。」
「そっか……」
 安堵に似た感情が湧く……何かに、とても。
「トーマ、お前は、ひとりではないぞ?」
 優しい、声。
「わかってる……ありがとな、征士。」
 たった今、靄程度に捕まっていた事が嘘のように思えてきた。
 笑える、大丈夫だ。
「早く帰ろうぜ。きっと当麻が拗ねてる。」
「そうだな、行こう。」


 帰り着けば、何事もなかったかのような、少し騒がしい時間が待っていた。



 これはこっそりと交わされた、秘密の会話。

「征士、サンキュ。ちゃんと笑ってるな、アイツ。」
「いや、私は何もしていない……トーマが自分で乗り越えたのだろう。」
「多分俺じゃ駄目だったからな、助かったよ。」
「礼はいい。私が心配になって、手を貸したのだからな。」
「……でさ、泊っていけそう?」
「ああ、大丈夫だ。」
「よし。明日は一日、バースディパーティだ。」

 ―――明日訪れる幸福な時間を、まだトーマだけが知らない。

   ENDE 

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