「Visionary」

天羽りんと

 

 朝、目が覚めたら、すぐ側に征士がいた。
「え? なんで……」
「お目覚めになられましたか。おはようございます、当麻様」
「へ?」
 まだよく働かないアタマが異常な事態に適応できないでいた。今、征士は何て云った?
「なんなりと、ご命令を」
 云うなり征士は、片膝を地につき、その右手を胸にあて、恭しく頭を下げた。当麻のベッドの側で。
「は?」
(な、なんなんだこれはーっ!!)
「……征士?」
 パニックしながらも恐る恐る尋ねた当麻に、どう見ても征士の姿をした男は小さく首を振った。
「ああ、勘違いなさっているようだ。私は、あなた様の作られた征士のクローンのセージです」
「クローン!?」
(俺、とうとう作っちまったのかー??)
「そうです」
「…………」
(記憶が無い……)
「どうかしましたか?」
「……ひ、ひとまずさ、その敬語と、敬称は止めてくれ。考えも纏まらない、お前にそんな話し方されると」
「だが、貴方は私の主人(マスター)だ」
 くらりと、大きなめまいがした。
「それでも、呼び捨てで呼んでくれよ、頼むから。この鳥肌をどうしてくれるんだ!!」
「……仕方ないな、当麻がそう云うのなら」
「そうそう、それでいい」
 心拍数が一気に上昇している。
(なんだってこんなことになったんだ……)
 胸を押さえつつ、当麻は大きく深呼吸をした。
「……朝食の用意が出来ているが……」
「あ? ああ……」
「いらないか?」
 ちょっと寂しそうな顔をしたセージに、当麻はドキドキしながら、思いっきり首を振ってみせる。
「いや、そんなことはない! ただ、その前にちょっと顔を見せてくれないか? いまいち信じられなくて」
「ああ」
 ほっとしたように笑うセージの、その、華やかな笑顔。
(うっわぁー)
 日頃まず見せない征士の表情に、当麻はどぎまぎしながら、その姿から目が離せないでいる。なんで、こんなに感情豊かなんだろう。征士はいつだってポーカーフェイスで、それが崩れることの方が珍しいくらいなのに。
 当麻の言葉に、更に近付いてきたセージへと、そっと手を延ばす。無防備に晒された征士と同じ色の瞳と髪、同じ顔に、同じ体躯。
 顎に手をかけて、顔を覗き込む。疑うことを知らない子供のような眼差しで、まっすぐに当麻を見つめるその瞳は、僅かな曇りすらなくどこまでも澄んだ紫水晶。
 身体は、自然に動いてしまっていた。
 その瞳に吸い込まれるように近付いて、口付けを交わす。
(やば、何してんだ、俺は!)
「あ、ごめん。いきなり」
(カッコ悪すぎる……)
 がくりと、反省した当麻に、セージはあっさりと告げた。
「いや、かまわない」
「え……」
「私は、お前のものだ」
「…………」
(ひえー……どうなってんだよ、これはっ……)
 ショックのあまり当麻はパタリとベッドに倒れ込む。茫然としながら。
「……当麻?」
 ただ純粋に心配そうに覗き込んでくるセージに、当麻の心臓は更に跳ね上がる。
(うわっ。……でもこれは実は、おいしいのかもしれない……)
 ベッドの上の当麻を覆うように覗き込んできた無防備すぎるセージの背中を、そっと引き寄せてみた。
「セージ?」
「何だ?」
 当麻の行動を咎めることもせずに、おとなしく引き寄せられたままセージはそこにいる。
(い、いいのかな……)
「キス、していい?」
「かまわんと云っただろう?」
 静かに拡がる微笑み。あまりも当麻にとって都合のよすぎるセージに、ちょっとだけ迷ったものの、再びその唇に口付けを落とした。唇を重ねたまま、体勢を入れ替えていく。そのまま口付けを滑らせていった当麻が、セージの鎖骨に口付けた時。
 ガタッ、と寝室のドアが音を立てた。
(なんだ、いいところで!)
 不機嫌そうに振り返った当麻の視線の先には、……伊達征士がいた。
「……貴様、何をしているっ!?」
「うわぁっ!!」
(ほ、本物だっ)
「いや、その、これはだな、」
 慌ててベッドから飛び起きながら、当麻はいかにも言い訳っぽい言葉を叫ぶ。
「と、とにかく。俺は覚えてないんだーっ」
「ほぉ……」
 突き刺さるような視線が、冷たい。
「では、何故このような者がいるのだ?」
「知らん。とにかく、俺が作った覚えはないんだっ」
 ぷるぷると首を振る当麻に、背後から寂しげな声がした。
「当麻……」
「あっ、その、えっと、だから」
「見苦しいぞ、当麻」
 二人の征士に挟まれて、逃げ場を失った当麻の顔色がさーっと青褪めていく。
「……だから、ほんとに覚えてないんだって」
「お前以外の誰にこんなことができると?」
 冷静極まりない征士の、氷のような声音。
「……できないな、確かに」
「そうだろうな」
「あっ! もう一人いる」
「誰だ」
「トーマだよ。トーマ!」
「…………」
「そういえば、トーマはどこにいったんだ?」
「……?」
「トーマ?」
 不思議に思って、寝室からリビングへと移動する。
 リビングは何故か、目も眩むほどの光に溢れていた。
「うわっ」
 突然の光の大洪水に立ちくらみを起こして、当麻は倒れた。
「当麻っ!」
「当麻?」
 二人の征士の声が、遠くに聞こえて……



「当麻、当麻!」
 肩を揺さぶられて目が覚めた。
「大丈夫か? なんだかうなされてたけど」
「トーマ! 探したんだぞ。お前いつのまに征士のクローンを作ったんだ?」
「は?」
「おかげで俺が疑われて酷い目に……」
「当麻?」
「あれ? セージは?」
 きょとんとした当麻に、トーマは僅かに首を傾げて問い掛けた。
「当麻、夢でも見たんじゃないのか?」
「ゆ、め……。だって、さっきまで征士が二人いたんだって」
「はは。願望が出たんじゃないの」
 まだ茫然としたままの当麻に、トーマは笑って続けた。
「しかし、楽しそうな夢だな」
「し、心臓発作起こすかと思った……」
 へなへなと倒れ込みながら当麻は疲れたように呟く。
「やっぱりさー、征士は今のままが一番だよな」
「なーに当然のこと云ってんだよ」
「いや、そうなんだけどな」
 何やら考え込むように、当麻は口を噤んだ。
 と、その時。ピンポーン、とインターホンの音が来客を告げる。
「……たぶん、征士だな」
 同じ夢を、他にも誰かが見ていたのか、それはまだ判らない。
「当麻!」

ENDE

 1999年8月発行「MOONDUST DEEPBLUE Aperitif」より

 

 当麻の誕生日にアップするのだから、当麻が幸せな話をと思ってこのくだらん話を選んでみました(笑)。結構ちまちまとクローン話も書いてたんですねぇ。すっかり忘れてました(苦笑)。このコピー本あんまり作ってないから記憶に残ってないのかな。
 まぁ少しでも笑ってもらえれば幸いです。今回タイトルつけてみました。本の時は「オマケ」扱いでタイトルもなかったんですが(笑)   

 

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