Because now I know It's all that I wanted.





クッキーの生地をゴム箆で混ぜていると、こういった作業はつくづく男性向きなのだと実感する。

想像以上に粘り気のある生地を、かなり力を入れて混ぜなければならない。

マドレーヌの生地も、ケーキのスポンジも、相当根性を入れて粟立てなければ美味しく作れない。


誕生日、クリスマス、記念日。そしてバレンタインデー。


――全く、女って奴は不思議な生き物だ。

台所で一生懸命調理するのを見ちまったら、手助けせずにはいられなくなった。



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二月十四日、午前七時三十分。
鷲尾岳は、眠い目を擦り擦り、台所でテトムを手伝っていた。
何もしていないと手持ち無沙汰で寝てしまいそうだったので、クッキーを作りながら。


「あ!ほらテトム!27℃より下がっちまってるぞ!?」
テンパリングなしでチョコレートを固めてしまうとえらいことになる。
岳はクッキー生地の入ったボールを抱き込んだまま、テトムに調理の指示を出す。
「あ〜…これじゃあ失敗…?」
「や、もう一回湯煎して、42℃まで上げるんだ。そしたらそっからやり直し」

空気が入らないよう念入りに練り込んだ生地を置いて、胡桃を刻む。
胡桃が終ったら、今度はチョコチップ。


――あいつは甘いのあんまり好きじゃなかったな。


そんな事を思い出し、岳はチョコレートを少なめ、刻んだ胡桃を多めにして、ボールの中に包丁で流し入れた。
混ざり過ぎない様に、加減に気をつけてへらを動かす。

「あーもう!何なの!ただ溶かして固めるだけじゃないの!?」
岳の隣で、癇癪を起こしたテトムが叫んでいる。
「ちゃんと温度調節しないと、見た目も最悪、味も最悪のチョコになっちまうんだ」
掻き混ぜていた生地を天板の上にスプーンで掬って並べながら、一言一句諭すように岳は言う。
「口当たりが悪い、綺麗に固まらない、艶が無い、そんなチョコをあいつに食べて欲しいのか?」

「ッううん!そんな訳ないじゃない!!」
痛くなる程首を横に振って、再び温度計とにらめっこをし始めたテトム。
並べた生地をオーブンに入れ、扉を閉じた岳は、そんな様子を目を細めて満足そうに見守る。


――『チョコレートっていうのはな、愛の深さで味が左右される食べ物なんだぜ?』――


そしてその定義は、チョコレートだけに限られる筈もなく。



テンパリングが終わり、できあがったチョコレートが固まらないうちにナッツと一緒に型に流し込む。
「固まったらできあがり。初めてにしてはよく頑張ったんじゃねぇ?」
どうやらテトムの方も、無難に終ったようだ。こちらのクッキーももうそろそろ焼ける頃だろう。

テトムが出かけていった後、頃合を見計らってオーブンから取り出してみる。
時間。こればっかりは、オーブンに頼るわけにはいかない。バターが冷えて、硬くなったクッキーを両手で割り、口に放り込む。


甘さ、控えめ。


――突然思いついて作った割りには、上出来じゃねぇ?

台所で満足そうに微笑む岳を見て、これまた幸せそうな顔をした海と草太郎が笑みを交わす。


      ※    ※    ※


テトムに頼まれて付き合ったレコード探し。

好きな人にレコードを送る。
送ったレコードの歌詞が、自分の気持ちにピッタリであれば尚更良し。
そんな事を提案したのは自分だったりするのだけれど、実際目の前で実行されると結構気恥ずかしいものだ。
テトムがキャッシャーで包装してもらっている最中、何気なくNEW RELEASEの棚に目をやっていた走は、ある一枚のCDに目を留めた。


――確か、あいつの好きなアーティストだった筈。


「テトム、俺あそこの視聴機のとこにいるから」

「うん」


見つけて、視聴したCDアルバムの五曲目。
アコースティックギターの音色がやけに心地良く。

柔らかなアルトが歌い上げる英語の歌詞。
その歌詞が、やけに心に響いた。



「あれ?レッドもCD買うの?」

「ああ。まさか自分が実行するとは思わなかったよ」

「は?」

「いや、こっちの話。それよりテトム、良いのが見つかって良かったな」

「選ぶの手伝ってくれてありがとう。レッド」

「いやいや。俺も最近来てなかったからね。楽しかったよ。あいつも喜ぶって!絶対!」

「喜んでくれるといいなぁ…」


      ※    ※    ※


岳は、焼きあがってケーキクーラーで冷ましておいたクッキーを、茶色い紙袋に放り込む。

――そろそろあいつが帰ってくる頃だよな。




走が買ったばかりのCD。プレゼント用の包装もなにもしていないけれど。

――あいつが、喜ぶといいな。





「ただいま。これ、おみやげ」

「おかえり。これ、作っといたから食えよ」








                END?




2002.03.08. 脱稿

バレンタインデー銀巫女の獅子鷲(素)サイド。
おやおやぁ〜?この話の裏側では、新しいドラマが始まっていたようです(マスオ調)
走が買ったアルバムは、某邦楽アーティストのものです。
リリースされたのが三月に入ってからなので、話と噛み合ってませんがその辺はご愛嬌(笑)
(この辺りと、真砂が入っている同盟(リンクページ参照)辺りで見当がつくかと・笑)

何だか今度は牛鮫が出てきてます。まだこの話続けるつもりなの私!?
もうすぐホワイトデーなのにね…(遠い目)

そしてこの話、日頃のお礼も兼ねてうみきんぎょ嬢に捧げます。
これからもよろしくな!!(サムズアップ)