The day of searching thing
 〜Now I light the candles and close my eyes again...That's all I can do.〜






かりかり。

かりかり。

固まった蝋を針の先で突ついて削る。
じんわりと熱をもった、まだ柔らかいそれは、鋭い先端で突つくだけでぽろぽろと零れる。

いとも簡単に円柱の頂上にたどり着き、蝋の塊をかぶったままの頂面を指先で一撫で。淵を軽く突ついてやると、その蝋は割れもせずに、綺麗にティッシュの上へ落ちた。

「な。綺麗になるモンだろ?」

走が台所で片付けをしている間、暇だからと無理矢理やらせてもらった印鑑の埃取り。暇つぶしにと始めた作業なのだが、これが思いの他ハマった。

蝋燭に火を点けて、熔けた蝋を印鑑の押面に垂らす。
蝋が固まったら、針の先で削り取る。
そうすれば、細かい彫刻面に入り込んだほこりも、爪楊枝では一向に取れない朱肉の汚れも、いっぺんに取れるという寸法。

「おおお…」

たった今、岳が剥がしたばかりの蝋には「獅子」の文字がしっかりとスタンプされていた。そいつを指先で摘み、走は感嘆の声をあげる。

「これで全部か?」

テーブルの上に転がっている数本の印鑑を拾い、走の手へと押しつける。
かたこと、とモンゴル石が触れ合う音がした。

「サンキュ、綺麗になったよ★…へぇ…蝋燭使うのかあ」

久しぶりに二人で過ごす連休。
久々に二人で迎えた午前中のまぶしい光。

折角来てもらったのに、こんな雑用を押しつけてごめんなと、印鑑を引き出しに仕舞いながら言うと、岳はに、と笑って。

「いや、結構楽しかったぜ」

「午後の予定とかないの?」

極めて自然に会話の内容を変えることが出来るというのは、この男の特技の一つ。

「あ…ちょっと付き合ってくんねぇ?」

「勿論。どこ?」


「バイク屋」



※    ※    ※




腰掛けていたガードレールに黄色い車体が横付けされる。
目を細めてバイクの持ち主に訝しげな視線を投げつけていた海は、フルフェイスのメットの下に馴染みの顔を認めると、吸っていた煙草を唇から離し、ひゅうっと小さな口笛を吹いた。

「ドゥカティじゃん」

「まぁな。この間買ったばっかの新車」

「意外ー。岳だったら絶対国産――スズキとかホンダだと思ったのに」


十月四日。

大手下着メーカーがブラジャーの一千万枚販売を記念して、語呂合わせから『天使の日』と制定したのは二年前のことであったか。
某都道府県おさかな健康食品協議会には『い(1)わ(0)し(4)』の語呂合わせで『イワシの日』とも制定されている。いずれにせよ、洒落の通じるおめでたい日付である。

そしてもうひとつ。

「誕生日?」

「ん。去年と一昨年の分も兼ねてな。奮発した」

ああそうか。と海は心の中で両手をポンと鳴らした。
最後の戦士兼リーダーが加わり、ガオレンジャーが五人体制になったのは、去年の二月のこと。その時点で戦士歴一年だった岳は、二回分の誕生日をあのガオズロックで過ごした訳である。

「自分で自分に?」

「三年分ってことで」

シャバに出て半年の前科者が言う台詞みたいだな、と思ったが、海は、口には出さずにバイクの方に目をやって。

「岳がドゥカ乗りだなんて知らなかった。大型持ってたんだ」

「昔取った窪塚ってヤツだな」

「おもんないよそれ」

「笑えよ」

杵柄だろ、と突っ込む気すら失せる笑顔を見せられて、海も同じ様に破顔する。


「久しぶり、岳」

「ああ。久しぶり」



※    ※    ※



走のアパートに付いて、駐輪場の片隅にバイクを止める。

「着いたぜ」

「サンキュ」

「乗り心地なかなかだろ?」

「うん。カタギの人間の運転じゃない気がした」

海の指摘に、ヘルメットを脱いだ岳はがしがしと頭を掻いて笑った。
そして、バイクの、イエローとグレーのグラデーション部分を指でなぞり、満足そうにまた笑う。

このところ、岳は良く笑うようになった、と海は思う。
特に、戦士として毎日の使命を全うしていた頃と比べたら。

「ははは。まあそりゃそうだ。高校の時から無免で従兄弟のバイク乗りまわしてたから」

「車は?取んないの免許」

「ああ、車は――」

――車は、アイツが持ってるから無くても不便感じないんだよな。



(あああ全くー…この夫婦はー…)

聞かされた答えに、海は小さく溜息を付いた。
勿論、岳に気付かれないように極小さく。

(どうせこのバイクだって…)

「ねぇ岳、このバイク誰と買いに行った?」

「走と」

やっぱり。

岳の笑顔の意味も、どう考えても好みとは違う――しかし良く似合ってはいる――メーカーも車種の選択も、一気に納得がいった。

(また走せんせーが『このバイクが似合う』とか言ったんじゃなかろうか)

(助けてー草太郎ー)

すっかり一人で当て付けられた気分になってしまった海が、心の中で恋人に助けを求めていると、既にアパートの階段を半分位登っている岳が頭上から声を投げつけてきた。

「何してんだ鮫津、早く来いよ!皆揃ってるみてーだぞ」

「わかってるってー」


「祝ってくれんだろ?今日は」

(あ、また笑顔)

(きっと荒鷲は、飛び立ち飛び降りる在処を見つける事が出来たんだろうな。)

(走せんせーはきっと、岳専用の止まり木を持ってるに違いない。)


草太郎にも、自分専用の水槽を持っていて欲しいものだと海は思い。

そして、岳が上がりきったばかりの階段を、二段飛ばしで駆け抜けた。





――十月四日。
某大手通信会社の電話番号案内が104番であることから。


その日は、こう呼ばれている。



――『探し物の日』





※    ※    ※



ピンセットで用心深く摘み、アルキル硫酸トリエタノールアミンの水溶液に十秒程浸す。
引き揚げたら、ぬるま湯にさらし、やわらかい布で水分をふき取って。

「おおお…」

岳は、見違えるように輝きの戻ったLIONHEARTのリングを、ことりとテーブルのテーブルの上に置いた。

「これで全部か?」

「サンキュ。今までやろうやろうと思ってたんだけど、時間が無くてさ」

「ものぐさ獣医」

「しょうがないだろー昨日のパーティの準備で忙しかったんだから」

「だからって昨日の主役にやらせるなよな、全く」

「んじゃ、お礼でもしようかな」

「へ?」


何時の間にか後ろに回った走は、岳の左腕を取った。
首筋に息がかかり、擽ったそうにしていると、人差し指にリングを嵌められる。
向き合った二羽の鷲をモチーフにしたデザインは、アクセサリーに疎い岳でも知っているデザイナーのもの。

「何、くれんのこれ」

「ん。バースデープレゼント。それからこれも」

じゃら、と首にドックタグがかけられる。
「おま…これ、いつの間に…」

昨日の夜、パーティーではしゃぎ疲れた皆が帰った後。
一通りの片付けとシャワーを済ませ、抱き合った時には、それは確かにこの首に下げられていた筈。

「夜、岳が疲れて寝てる間にね。チェーンが傷んでて根元から切れそうだったから、新しいのに付け替えといた」

「………」

見ると、付け替えられたチェーンも、今走から貰ったばかりのリングと同じデザイナーのもので、金具部分にはリングと同じ、鷲のモチーフが彫られている。

自分の胸に下げられているドックタグをぎゅっと掴んで、感触を確かめる。
そしてくるりと後ろを向いて、目の前にいる男を見上げて。

「何?岳……うわッ…」

「…ッ」

シャツの襟を掴んで引き寄せて、触れるだけのキス。




「二週間後、楽しみにしてろよ」



「それまで同い年だね、岳」









                    END?







2002.10.14. 脱稿(気分だけ10月4日)

監督@鷲尾岳、ハッピーバースデー!
ということでお祝いSS。

手先の器用な甲斐甲斐しい妻っぷりを発揮する鷲。
バイク乗り鷲。
シルバーアクセと鷲。
全て自分の趣味です(病)

獅子と鷲ってモチーフ的においしすぎると思うのですよ。
シルバーアクセのメーカー。
獅子モチーフメインのブランドも鷲モチーフメインのブランドもあるし…
鷲が獅子から貰ったのはカムホートです(趣味)

それから鷲のバイク。
こっちはドゥカティ(背景の写真のもの)
これも趣味丸出しですな。

うちの獅子は中型二輪と普通車。
うちの鷲は大型二輪のみ。
車は乗せてもらうんだってさ!しょうがないなぁ!(病)



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